第56話 言葉が分からないんだが?

~ 30分前 ~


 ロイド領沖に到着した我々は複合艇で港町ガドアに堂々と乗り込んだ。


 違和感しかない私たちの様子を見て、訝し気な視線を向ける者も多かったが、それ以上のことは何も起こらなかった。


「ここの人たちは珍しいものを見慣れてるんですよ」


 とミライが言った。その後、彼女が埠頭で停泊許可を申請したときも、管理担当者は複合艇を一瞥しただけでさっさと持ち場に帰って行った。

 

 さすが港町!


「では調査に行ってくる。青峰、相模の両名以外は複合艇で待機。いつでもフワデラに戻れるように準備しておいてくれ」


「「了!」」


 私は屈強な乗組員クルー二名を伴って港町ガドアに足を運んだ。


「ミライちゃん、ここには冒険者ギルドがあるんだろ? まずそこで私たちの冒険者登録がしたい」


「わかりました! 冒険者の推薦があれば、幼女の艦長さんだって問題なく登録できるはずです! ようやく私がお役に立てるときが来ました!」


 ミライはシルバークラスという点を強調する。そう言えば、彼女はこの大陸ではそれなりに高位の冒険者だと言ってたな。

 

「よろしく頼むぞ! ミライちゃん!」


 ややドヤ顔になっているミライの手を取って、ぶんぶん上下に振り回す。


「はい! お任せください!」


 私とミライは手をつないで足取も軽く歩き出す。町の目抜き通りには数多くの出店が並び、沢山の人々が行き交っていた。


 すれ違う人々からは様々な異国の言葉が聞こえてくる。店の看板には不思議な形をした文字が並んでいた。


「ミライちゃん、アレなに? 魔法のスクロールとか?」

 

 巻物を並べている出店を発見した私は、店先までミライの手を引いて行った。


「いえ、これはただの巻物で魔法は使えませんよ。絵と地図とか……これは町のガイドブックですね」


 そう言ってミライは巻物のひとつを手に取った。


「ガイドブック? ミライちゃん、それ買おう! それ欲しい!」


「わかりました。少々お待ちくださいね」


 ミライが店主と交渉を始めた。二人は異国の言葉で何やら言ってる。


 じっと観察していると、どうやら値引き交渉だけでなく、私たちの持つお金での支払い交渉も行っているようだった。


 しばらく押し問答が続いた後に交渉が成立。ミライは手に入れた巻物を私に渡してくれた。


 早速、私は巻物を開いて町の案内を読もうとしたが、そこに並んでいたのは出鱈目な記号の羅列。当然、意味はわからなかった。


 ん? リーコス村や港湾都市ローエンでは、知らない文字を見ても意味するところは分かったのに……。


 改めて私はこれまで異世界の文字が読めていた自分に驚いた。あまりにも自然に言葉を理解していたので、これまで意識さえしてこなかったのだ。


 そう言えば、ミライと店主との交渉がまったく聞き取れなかった。看板の文字もまったく読めない。


 すれ違う人たちの声がすべて意味不明な音の羅列だ。あれ? あれ? あれあれ?


 ここの言葉がまったく分からないぞ!


「とりあえず複合艇に戻ろう。落ち着いた場所でフワーデに問い詰めたいことがある」


 複合艇に戻ると、待機していた乗組員クルーが私たちが急いている様子を見て立ち上がる。


「何かありましたか?」


「とりあえず危険な状況ではないが、もしかするとすぐにフワデラに戻ることになるかもしれん。準備しておいてくれ」


「了!」


 私はインカムを使ってフワーデを呼び出した。


「フワーデ! の大陸では言葉が理解できていたのに、こちらに来たらさっぱり分からなくなったぞ! どういうことなんだ?」


「んーっとね。上の人たちに聞いてみないとキチンとわかんないけど、何となくわかるかも」


「何となくでいいから、教えてくれ」


 フワーデのによると、この異世界では各大陸に担当神がいて、大陸ごとに転生の扱いや魔力の運用方法など色々と異なるらしい。

 

 言語については、大陸間を移動するときに自動調整が働くため、転生者はその大陸の共通語を理解できるようになる。


 ただ護衛艦フワデラは、神様たちでさえ予想外の特殊な転移であることから、その自動調整に問題が生じているのではないかとフワーデは考えているようだった。


「よし、フワーデ! 取り急ぎ天上界に何とかしろと電文してくれ! Bot攻撃だ!」


「わかったー! 30秒毎に送るー!」


 続いて私はミライに、言葉が分からなくても冒険者ギルドでの登録が可能か聞いた。一応、冒険者登録が今回の目標だったからだ。


「もちろん! 冒険者の保証があれば大丈夫です! シルバークラスじゃなくても大丈夫ですけど!」


 ミライによると言葉が分からない冒険者はそう珍しくもないらしい。そういう冒険者は必ずパーティに所属して行動しているようだ。言葉が分からないのだから、そうなるのが当然か。


「それじゃ、ミライちゃんに頼るとするか! よろしく! みんな拍手!」


 その場にいた乗組員クルー全員が歓声を上げてミライに大きな拍手を送った。青峰と相模はミライの左右に膝をついて掌をヒラヒラさせてミライを称えている。


 そう言えば、TeikokuTockでミライの動画がバズッてるとか竜子が言ってたな。それを考えると、乗組員クルーがミライに向ける視線がちょっと痛いものに見える。


 頼むから未成年相手に問題を起こしてくれるなよ。


 ……と、その時は思っていたが、この大陸のほぼ全ての国の成人年齢が15歳であり、17歳のミライはとっくに成人であったことを後に知る。


 しかし、そのことを乗組員クルーが知るとプロポーズするものが出そうなくらいミライは人気があるようだったので、成人の件については黙っておくことにする。


 ミライは俺の嫁! 私以外の誰かと付き合うなんてパパ許しません!

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