第57話 冒険者ギルド

 言葉が話せなくてもシルバークラス冒険者であるミライの推薦があれば冒険者登録ができる。自信たっぷりに語るミライを信じて、私たちは港町ガドアにある冒険者ギルドに足を運んだ。


 少女と幼女が冒険者ギルドに入るのは、正直トラブルの予感がしないでもなかった。しかしムキムキマッチョマンの青峰と相模が同行していたからか、何事もなくスムーズに受付を始めることができた。


 受付カウンターでは、先程からミライが登録の申請を進めてくれている。ただその会話の内容は私にはさっぱりわからなかった。


「ハニャホロヒンヌ? パイパイオッキチャッチャネルケ」


「ロリローリシンシ? ノンノンノンケ、コノチビトウロク?」


 ん? この受付嬢、私を見てチビと言ったか?


 ……いや空耳ってやつか。


「チンチン! フトモモハスハスコノチビトウロク! オヘソナメナメ、ミライシルバ」


「オー! マンマン! シルバスラパイヨッシ!」


 何やら受付嬢が難しそうな顔をしたところで、ミライが胸元から銀製の小さな筒を取り出した。それを見た受付嬢の顔が何やら得心したようにパッと明るくなる。


 それにしても彼女たちの会話の中に出てくる単語がチラチラ聞き取れているような気がするのだが。気のせいだろうか。

 

 受付嬢が私たちの方を見てニッコリとほほ笑んだ。


「ビーチクピクピク! チビトニキトウロク」


「あっ、これから登録します。私が通訳しますのでお一人ずつ受付嬢さんの指示に従ってください」


「わかった。それじゃ私から」


 ミライが通訳してくれる受付嬢の指示に従って、私はカウンターに置いてある水晶に手を置いた。


「冒険者シートに記入するために、幾つか質問するそうです」


 私と受付嬢の顔を見て頷くと、彼女は質問を始めた。


「コノクソオチビドドドドーテイチャウカ?」


「えっと、艦長さんに『これまで魔物と戦った経験がありますか?』って聞いてます」


「あっ……あるけど? それはミライも知ってるよな」


 港湾都市ローエンで私はミライと一緒に初級ダンジョンで戦ったことがある。


 というか、本当にそんなことを聞いているのか?


「フマーレテウキウキ、ド・エームエロヘンタイハオマエーダナニキ?」


「『こんな小さいのに勇敢だ』って褒めてますよ! 良かったですね艦長!」


「そ……それはどうも……」


「コノク・ソチービ、デバガメバッカ? シテンジャナーゾハゲ?」


「『何か特殊なスキルや魔法等はお持ちですか?』って聞いてますが?」


「そ……そうか……」


 私には受付嬢が明らかに悪意のある言葉を発しているように聞こえるが、もしそうだとしたらミライが顔色ひとつ変えないでいられるはずがない。


「エロチビ、トーロクモシャカイテキライフモエンドゥ!」


「『登録が完了しました。冒険者としてのご活躍を心よりお祈り申し上げます』だそうです! 良かったですね艦長!」


「お、おう……」


 未知の言語のせいで、大量のソウルを削られた私はげっそりとした顔のまま受付嬢に微笑んだ。続いて、青峰と相模も冒険者登録のために受付嬢の質問を受ける。


 登録が終わった後、相模は私と同じようにげっそりとしていたが青峰は違った。何が嬉しいのか顔を上気させ、かなり嬉しそうな表情になっている。


 そうか……青峰、お前はそういう奴だったんだな。


 私はドン引きしつつも、青峰の反応自体は悪くないとも考えていた。


 だってもし精神攻撃を受けても、こいつだけ効かないどころか逆に元気になるなんて冒険者パーティーとして考えればありがたい存在じゃないか。


 多様性バンザイ!


「さっ、とりあえず今日の目標はクリアしたから帰ろうか」

 

 私が撤収の指示を出そうとしたその時、


「キャァァァァ! ガラムさまぁぁぁ!」


 ミライが素っ頓狂な黄色い声を上げた。


 頭大丈夫か?


 と私がミライの顔を見ると、彼女の視線は階段から降りてくる白髪の男性に向けられていた。以下、ミライの同時通訳で二人の会話を聞いてみよう。


「おぉ、誰かと思えばミライの嬢ちゃんじゃないか。最後に顔を見てからもう何年だったか、とにかく 元気そうでなによりだ」


「はい! ミライは元気です! ガラムさまに嫁ぐためにミライはずっと修行を続けてまいりました!」


 ミライは男性の前に走り寄り、よほど嬉しいのか目の前でピョンピョンと子犬のように跳ね回る。


 『嫁ぐため』だと!? ミライは俺の嫁だろうがぁぁ! それに私より遥かに年上っぽい白髪のおっさんにうちの大事な娘を嫁がせてなるものか!


 あぁ、わかってる。わかってるよ!?ミライは俺の嫁じゃあないし、娘でもない。


 でもね! でもね!


 納得がいかん!


「ガラムさん! いま私、凄く大きな魔法の船に乗って、とっても強い魔法使いの皆さんとお仕事してるんですよ! ほら、こちらが大魔法使いの艦長さんです!」


 そう言いながらミライは中年男の手を引いて私の前までやって来た。不機嫌な私は白髪のおっさんを下からギロリと睨みつけながら観察する。


 ま、まぁ? なかなかシブイおっさんじゃないか。年上好みの若人に受けそうな、若者向けのファッション雑誌の表紙も飾ってそうな、見た目は顎髭のチョイワル親父でも実は善いヒト! みたいな、そんな印象だ。


「艦長さん! こちらがガラムさん! 大陸でも超有名なプラチナ冒険者なんですよ! 近い将来、ミライをお嫁さんにしてくださる御方です」


 そう言って男の腕にしがみ付いて慎ましやかな胸を押し付けるミライと、それを見て困ったような顔を向けるチョイワル親父。


 許ざん!


 許ざんぞぉぉ! ガラムぅぅ!


 お前は私の敵だ!

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