第16話 残念な女たち

 アホ毛が常に護衛艦フワデラの方向を指す【フワデラコンパス】。


 そのスキル帝国陸軍第一空挺団出身である坂上大尉が所持していたことは、私たちにとって僥倖であった。私は直ちに坂上大尉を加えた調査隊を編成し、内陸部へ派遣することにした。


 この世界の状況を調査し、魔鉱石の入手方法を探るためである。


「村から贈られた魔鉱石のおかげで、補給については当面の心配はなくなった。今のうちに、安定した魔鉱石の供給源を確保しておきたい」


 リーコス村に設置させてもらっている簡易テントの食堂で、私は平野副長と村長代理のヴィルミアーシェさんと昼食をとっていた。


 ちなみに私とヴィルミアーシェさんが食べているのは「ホーンラビットのふわふわカレー」で、平野は「パラライズフィッシュのピリピリ煮込み」だ。


 もちろんカレーは旨かった。帝国海軍は三千世界のどこへ出向こうが必ず最高に美味しいカレーを作ることができるのだ。


「はぅ……もぐもぐ」


 私の隣に座っている平野が妙に艶めかしい声を挙げる。


「はふんっ……もぐもぐ……この口の中がしびれる感覚がたまりまへぇん……」


「お前は食べることに関しては……なんというかクッコロで即落ちしそうなタイプだな」


 これは平野の悪癖のひとつで、美味しい食事にありついて夢中になると、お茶の間の家族には聞かせられないようなR指定ボイスを垂れ流す。


 私の妻は、平野が我が家で食事するときには、必ず微妙な料理を出すように心がけていた。それくらい青少年の教育に悪く、大人の需要を満たし過ぎる音声なのである。


「タカツ様、クッコロというのは何ですか?」


「ヴィルミアーシェさんにはあまり聞かせられない類の言葉です。この場合、食べることに関しては恥も外聞も投げ捨てる残念な女性といったところです」


 ヴィルミアーシェさんが平野に視線を向ける。


「なるほど……確かにいつもの平野様とは雰囲気がまったく違っていますね」


「もぐもぐ……あんっ……艦長、ちゃんと聞いてますからね……パクッ……ああんっ……奥様にご報告……」


「食事に関するお前の悪癖は妻も了承済みだ。そのことについてはいくら脅したって怖くないぞ! でもごめんなさい!」


 いや待て私! ここは100%私に正義がある! ここは怒っていい、怒っていいところ……のはずだ!


「そ、そんなこと言うなら、村の食堂を出禁にするぞ! 艦内の食堂か一人で食事させるからな!」


「「「「そんなぁ~」」」」


 突然、私たちの周囲でと食事をとっていた人々からドッと落胆の声が上がる。


 気が付くと私たちの周囲を取り囲むように男性乗組員クルーや白狼族の男性が恨みがましい視線を私に向けていた。


「副長がいる時に食事するのが俺の唯一の楽しみだったのに……」


「俺だってそうさ。唯一のオカズだったのに……」


「幼女なんかじゃダメなんですよ。だいたい中身は艦長でしょうが……」


 いろいろツッコミたいところだが、彼らの視線に怨念がこもる前に対処しておこう。


「ま、まぁ、食事は大勢と一緒にとった方が健康にも良いだろうからな。今のは冗談だ」


 ほぉーっというため息が食堂内に響き渡る。私は思わず冷や汗を拭った。平野の崇拝者がこんなにもいたとは……。しかも白狼族の連中までため息ついてたぞ。


「艦長……」


「どうした平野」


「おかわりしてもよろしいでしょうか?」


 ええかげんにせい!


 ……というツッコミが喉まで出かかったが、期待する周囲の視線に負けた私は、平野が食事を満足に終えるまでコーヒーを啜っていた。




~ 村の集会所 ~


 平野が食堂にいる限り野郎共もその場に居座り続けようとするので、私たちは集会所に移動してヴィルミアーシェさんたちと話をすることにした。


 その際、ヴィルミアーシェさんは魔鉱石について村で一番詳しい白狼族の女性を連れて来てくれた。


「彼女はヴィルミカーラ。以前は冒険者として色々な場所を巡っていました」


 細面で切れ長の青い瞳。白狼族にしては珍しく髪や尻尾が黒く、そのため肌もひときわ白く映える。見た目はなんとなく魔女っぽい印象を受けるが剣士だそうだ。


「は、はじめまして……ヴィルミカーラです」


 大人の女っぽい見た目に反して、彼女の声は少女のそれだった。だがおどおどした喋り方のせいで、直前までの落ち着いた雰囲気が一気に台無しになる。


「はじめまして、タカツです。ヴィルミカーラさんは魔鉱石についてお詳しいと聞きました。ぜひ私たちにお力をお貸しいただきたい」


「は、はい。村の恩人のお役に立てるなら、と、とっても嬉しい……です」


「ありがとう!」


 私は満面の幼女笑顔でヴィルミカーラさんにお礼を述べた。


「か、かわいい!」


 次の瞬間、私はヴィルミカーラさんにハグされていた。


 この乳圧……Aカップだな。


「中身はむっつりのおっさんですけどね」


  平野……いつか切り返して泣かしてやる! まぁ、今まで口論で勝ったことは一度もないんだけど。


「お、おっさん?」


 平野がヴィルミカーラさんに私が幼女になった経緯を説明する。


「えっ!? 艦長さんは男の方だったのですか!?」


 と、ヴィルミアーシェさんが物凄く衝撃を受けた顔で驚いていた。そういえば彼女には事情を説明していなかったな。


「本当は身長が私より高い、筋肉ムキムキのマッチョマンです。そしてむっつりです」


 平野ぉ……お前に何か恨まれるようなことでもしたのかよぉ……。


「アワワ、もしかして私、殿方にあんなことまでしてしまったの……」


 真っ赤になってアワアワするヴィルミアーシェさんの肩にヴィルミカーラさんが手を置いて宥める。


「だ、大丈夫、アーシェ。中身はお、おじさんでも見た目は幼女。幼女は尊い。そ、それは間違いない」


 よくわからない慰め方だが、とりあえずヴィルミアーシェさんは落ち着きを取り戻した。私の中でヴィルミカーラさんへの好感度がMAXになった。


「で、でも、幼女より男の子になってたらもっと良かった……そ、そこは残念」


 ヴィルミカーラの残念度もMAXになった瞬間だった。


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