第107話 帝国撫子型アンドロイド

 ここ最近、安定した魔鉱石の確保、小規模ながらも繰り返される妖異撃退や女神クエストによって、護衛艦フワデラのEONポイントに余裕が出てくるようになった。


 またカトルーシャ王女の仲介によって、ビッグマートの衛生関連商品や食材を中心に取引が行なわれるようになった。取引価格については、単純に比較できるものでもないけれど、定価の100倍で取り扱っている。


 それでも、我々以外から入手する方法はない。厳密に言えば、シンイチのスキル【神ネットスーパー】からでも入手できないことはないが、その彼は今我々と行動を共にしている。


 というわけで我々は超強気で殿様商売ならぬ米帝商売している。これによりアシハブア王国と近隣諸国で流通しているミラーク金貨を入手。


 帝国の商品を流通させることの不安や、現地の通貨入手の必要性については、各科長たちを交えて何度も話し合いを繰り返した。


 結論としては、我々がこの世界にいるのは悪魔勇者討伐までの一時的なことだということでGOサインを出すことになった。


 私がリーコス村に移動するために後甲板に待機しているヘリに向かおうとすると、平野副長が黒淵補給長を伴なってやってきた。


「どうした平野? 何かあったのか?」


「ええ。搬入物資が多すぎて格納庫に収まりきらなくなりつつあるようです」


 平野副長の言葉を受けて、黒淵補給長が搬入状況について報告を続ける。


 来月に決まった南・坂上両大尉の結婚式準備や、王国に発送する商品の搬入、弾薬・兵装の補給が重なって、格納庫の容量をオーバーしつつあった。


 黒淵補給長がフワデラの艦内図を拡げてとある場所を指し示す。

 

「艦長、ここの封鎖区画を使わせていただくわけにはいかないのでしょうか? ここをバッファとして使えれば搬入搬出の効率が各段に上がるんです」


「うーん。あの区画は幌筵基地に付くまで開けてはならんと厳命を受けていてなぁ」


 そう言って考え込む私に平野副長が声を掛けてきた。


「今、我々は異世界にいるのですが、このような状況でもその命令は有効なのですか? そもそも何を積んでいるのです?」

 

「アンドロイドだと聞いている」


「アンドロイドですか? それであの広い区画を使用していると? もしかして、複数体保管されているのですか?」


「いいや、確か帝国撫子型が1体だったはずだ」


「であれば、別室に移動してしまって良いのでは? アンドロイドの移動は艦長と私と黒淵だけで行えば、機密に触れるものは最小限で済みます」


「そうだなぁ……。うん。そうしよう!」


 あっさりと重要な決断を下した私は、リーコス村行きをキャンセルし、平野副長と黒淵補給長と共に封鎖区画へと向かった。


 正直、何が積まれているのかわからないという状況は、どうにも落ち着かなかったのだ。せっかく異世界転移などという想定外の緊急事態にあることだし、ここで秘密の扉を開いてスッキリしてしまおう。


「そういやフワーデが、あのアンドロイドボディを使いたいとか言ってたな。よし、フワーデも呼ぼう」


「はーいっ!」


 こうして私たちは秘密のヴェールを上げた。




~ カプセルの少女 ~


 保管カプセルの中には少女の姿をしたアンドロイドが横たわっていた。


 少女は両手を胸元で組んだまま、静かに眠っている。


 その姿を見た私たちは同時に同じことを口にした。


「「「フワーデ!?」」」


「んっ? 呼んだ?」


 カプセルの中の少女は、フワーデの姿と瓜二つだった。

 

 私は少女とフワーデを交互に指差して言った。


「これ? お前だよな?」


「んーっ、厳密には違うかなぁ」


 フワーデが首を左右に振って銀色の長い髪を静かに揺らす。


 薄く緑色に輝くフワーデの瞳が近づいて来たので、私が唇を突き出してチューの形にする。


 フワーデの額が私に押し付けられると同時に、後頭部に平野副長の平手が私の後頭部を叩いた。


 私の目から星が飛び出すと同時に、頭の中にフワーデの図鑑が表示された。

 

 ~ テーシャ ~

 個体名はテーシャ。帝国海軍が極秘裏に開発している最新帝国撫子型アンドロイドだよ。現在、全世界で8個しか確認されていないコアの1つを搭載。98%完成しているんだけど、肝心のコアが起動しないので動かないままなの。ホロムシロエクスペリメントのために移送中だったのが、護衛艦フワデラと一緒に異世界に飛ばされちゃった。フワーデ用の筐体に使えないかなって色々試してみたんだけど、起動シーケンス99.5%のところで止まっちゃうの。なんでだろう? 動かせたらみんなと一緒に遊んだりできるのになぁ。これで食事したら、食材に含まれてる魔力も吸収できるはずだよ。だからタカツ、何とか動かして!


「な、なるほどぉ~。実験体だったのか。触ると危ない機能とか搭載されてるんじゃないのか?」


 私の質問にフワーデは再び首を横にふる。


「……大……大丈夫だよ? まぁ、帝国で使われている汎用のアンドロイドよりは丈夫だし力も強いけど、これは主に前線での戦術演算に特化されたものなの。単体ではそれほど危ない事にはならないから大丈夫」


 具体的には分からないが、つまり単体でなければ危険な存在になりうるということか。とりあえず複製は禁止にしよう。


「ワタシの1割をゴーストインすれば、ドローンなら同時に2000体をびゅんびゅん動かせるんだよ! アラクネ2000体フル稼働とかすごくない!?」

 

 絶対に複製禁止! というかゴーストインって何だよ! かっこいいな!


 いや、悪魔勇者と戦うためにはそれくらいの準備が必要か。うーん。とにかくこいつのスペックを把握しないと判断しようがないか。


「とはいえ、そもそも起動できないんだよなぁ」


 私がこのアンドロイドを起動しようとしていることに気が付いたフワーデの顔がパッと明るくなる。


「タカツ! テーシャを起動してくれるの?」


「まぁ、お前がゴーストインできるなら起動してみてもいいかな」


 ゴーストインが何か知らないが、私は知ったかぶりをした。


「艦長、ゴーストインとは何のことでしょうか?」


 私の知ったかぶりを察したに違いない平野副長が素早くツッコミを入れてくる。


「ワタシがテーシャの中にビューンって入っちゃうの! 全部入りもできるけど、そうしちゃうと艦の制御は完全にできなくなっちゃうかな」


 フワーデが素早く平野副長に回答する。助かったぜ。


「そう。つまり、ピザの具全部載せのようなものだ」


「はぁ……フワーデの説明で何となく理解したのですが、今の話でよくわからなくなりました」


「そ、そういう微妙な感じなんだよ」


 私と平野副長の漫才に黒淵補給長が割り込んでストップをかけて来る。


「とにかく起動しないのであれば、ただのお荷物ということで、動かしても良いのでは?」


「そ、そうだな」


 私たちはテーシャの入っているカプセルは部屋の端に寄せ、その上にブルーシートを被せて中が見えないようにした。


 こうして出来た空きスペースにはサイズの小さい搬入物の一時的な置き場所として活用されるようになった。


「ブーッ! なんだか私の身体が邪魔な荷物みたい!」


 フワーデがブツブツと文句を言う。


「まぁ、何とか起動させないとなぁ」


 突然、艦内放送で呼び出しがかかる。


「ぴんぽんぱんぽーん、タカツ艦長、グレイベア村からお越しのフワデラ夫妻がリーコス村でお待ちです。至急、後甲板までお越しください」


 そう言えば、二人を出迎えるためにヘリで移動しようとしていたんだったな。


「起動方法については今後考えていくことにしよう。とりあえず行ってくる」

「「了!」」

「わかったー!」


 こうしてテーシャの件は一端保留となった。

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