第109話 シュモネーとテーシャ

 護衛艦フワデラの封鎖区画に格納されていた帝国撫子型アンドロイド、テーシャの存在は艦長である私にさえ機密にされていた。


 見た目は銀髪緑眼の美少女フワーデとそっくりなテーシャは、肝心なコアを起動することが出来ないようだった。帝国海軍が総力を上げて研究中だったことが、フワーデの図鑑を通して判明している。


 そのことを知ったとき、私はテーシャについてはこのまま格納庫の片隅で眠らせておくつもりでいた。


 帝国海軍が総力を上げても起動させられなかったのなら、今の私たちにはとても無理だと思うのが当然だよね?


 ……なんて思ってた時期が私にもありました。


 まだまだ異世界を舐めてました。


 なんとテーシャは格納庫で発見されたその日のうちに起動できたのである。


 テーシャを起動したのは、ちょうどその日にグレイベア村からやってきたシュモネー・フワデラ夫人だった。


 私がテーシャの起動を諦めて、リーコス村に到着したフワデラ夫妻を迎えに行ったときのこと。


 ご夫妻との挨拶を終えた後、鬼人族のフワデラ氏はうちの不破寺さんと剣術の練習試合に向った。


 残された私とシュモネー夫人は、村長宅のカフェでお互いの近況を話し合うことにした。


 シュモネー夫人の毛先を赤と黄色に染めた銀色の美しい髪は、一本一本がミスリル銀のように輝いている。オレンジ色で切れ長の瞳は見ているだけで吸い込まれそうになる。

 

 子供三人の母親なのだが、そのスタイルはどこぞのファッションモデルよろしく細くてくびれもばっちりである。


「ふふふ。そんなにお世辞を戴いてしまっては、これは何かお返ししないといけませんね」


「えっ!? いま口に出しちゃってました!?」


 ニッコリと笑うシュモネー夫人は、人差し指を美しい顎の先に当てながら何事か考えていた。


「そうですねぇ……お寝坊さんを起こすなんてどうでしょう?」


「ほへ?」


「フワデラの中で眠ってる撫子のことですよ」


「ど、どどど、どうしてそのことを!?」


 シュモネー夫人のオレンジ色の目がスッと細くなる。


「えっ……と、そのあの船から凄い波動? そう波動を感じました! きっと何か凄い魂的な器というかそんな感じな波動をビビッと感じたのです。 しかも銀髪少女の波動です間違いない! それがなんかこう、まだ完全じゃない気がするので、私の魔法とか気とか波動拳で起動できるんじゃないかなって、お告げ! そう夢のお告げがあったのです」


 めちゃくちゃ早口で語り始めた。


「は、はぁ……波動ですか」


 正直、波動しか聞き取れなかったん。


「波動です! 私のハンドパワーを当ててその波動を調整すれば、きっと少女の波動が正常になって起き上がるって夢のお告げは言ってました」


 この時点で私の目は、うさんくさい宗教勧誘を見るかのように細められていた。


 しかし、彼女はグレイベア村でも重鎮に位置する人物。無下に扱う訳にもいかない。

 

 それにシュモネー夫人がテーシャの存在を言い当てているのも確かだ。艦内の情報が漏洩しているなんて、スパイがいる可能性が高い。


 ここは一度、現物を見せてみて彼女の反応を見てみたい。土岐川を呼んで彼女のスキル【チョー受ける真偽判定】で何気なく尋問してみるのもいいかもしれない。


 私はシュモネー夫人を伴って護衛艦フワデラへと戻った。


 艦に戻った途端、平野副長が飛んできた。


「シュモネー夫人。ようこそ護衛艦フワデラへ。テーシャの元へご案内します。艦長は少しここでお待ちください」


「はっ?」


「お待ちください」


 平野副長がシュモネー夫人を封鎖区画(現在物置)へと向かうと同時に、私のすぐ目の前にフワーデが現れた。


「タ、タカツー! あの人が来るなら来るって教えてよー!」


 そう言ってフワーデは手足をバタバタ振り回していた。カワイイ。


「言ってなかったっけ? どうしてそんなに慌ててるんだ? 直接話すのは初めてかもしれないが、ビデオ会議で顔を見てるだろ? 優しい女性だよ、ちょっと変なところはあるけど」


「タカツはわかってない! あの人はジゲンが違うの!」


「ジゲン?」


「そう! 例えばタカツがミジンコだとしたら、あの人は銀河皇帝なんだよ!」


「そんなにか!? というか、お前、私がミジンコとか酷くね?」


「冗談じゃないの! ほんと気を付けて! あの人が変なこと言ったりやったりしても、スルー! スルーだよ! フワーデとの約束!」


「わ、わかったよ。とりあえず丁重に扱えってことだな」


 フワーデが必死で訴えるので、とりあえず気持ちを落ち着かせようと、私は彼女に同意した。


「そうだよ! もし、あの人がボケても絶対にツッコんじゃ駄目だから……あっ!?」


 フワーデの言葉が途中で止まる。


「どうした? フワーデ、何かあったのか?」


「起きた」


「何が?」


「今、ワタシが起きたよ!」


「ワタシって……テーシャか?」


「そう! 今、あの人がヒラノを介抱してる。ヒラノは、驚き過ぎて一瞬意識が飛んじゃったみたい。ここんとこずっと忙しかったから疲れが溜まってたんだね」


「だ、大丈夫なのか?」


「うん。軽い立ち眩みだよ。今、こっちに向ってる。それじゃホログラムのワタシがいると混乱すると思うから、ワタシは消えるね」


 そう言ってフワーデが消えてから数分後、平野副長とシュモネー夫人と一人の少女が私のところへやってきた。


「タカツー!」


 とことこと走って私に抱き着いてきた少女はまごうことなき、


「フワーデ!? おまっ、フワーデなの?」

「そだよ! みんなのアイドル、美少女精霊フワーデちゃんだよ!」


「マジか!?」

「マジだよ!」


 マジだった。 

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