第59話 ミスリルの直剣

 白髪男のガラムがロイド子爵家の食客であったことから、その後の話はトントン拍子で進んで行った。


 さらに翌日には天上界による言語対応も調整が終了。ガラムの案内でロイド子爵に面会する頃には、私は大陸の共通語を話すことができるようになっていた。


「勘合符が正しく符号しました。皆さんをマーカスの友人としてお迎えしましょう」


 私は海賊フェルミから譲り受けたマーカス直筆の信任状と金属製の勘合符をロイド子爵に手渡した。彼は念入りにそれらを確認した後、私たちをマーカスの使者であると認めてくれた。


「彼らはマーカス達を新大陸で待つ友人たちのところへ連れ帰るために来たそうだ。マーカスとヴィル坊はもう目的を果たして、帰る方法を探していたよな」


 ガラムが私たちの来訪の目的をロイド子爵に説明してくれた。ロイド子爵がそれに頷きながら答える。


「ああ、ヴィルくんは『もうお姉ちゃんに会えたから、早く兄ちゃんたちのところに戻りたい』と言ってたからね。北の魔王との戦争さえなければ、もうとっくに新大陸に帰っていたはずなんだ」


 ロイド子爵の言うヴィルというのは、私たちが探しているヴィルフォランドールのことだろう。彼は子供の頃に生き別れた姉を探してこの大陸に渡ってきたらしい。


 その再会はおそらくもう果たされたのだろう。だから彼はタヌァカ氏のところに帰りたいと考えているのだと思う。


 もちろんヴィルフォランドールの姉探しを助けるために付き添ったマーカスも、今は新大陸に変える方法を探していると考えて良いだろう。


 ロコたちから聞く限り、マーカス・ロイドとタヌァカ氏は家族のような関係にあるようだった。


 ロイド子爵の言う通り、戦争さえなければ二人とも新大陸に戻っていたのかもしれない。


 しかし、人魔戦争の影響で古大陸間を往来する大船団は港湾都市ローエンに停泊したままずっと動けずにいるのだ。


 というかちょっと待て、戦争って?


「北の魔王との戦争? それはこの大陸で起こっている戦争ですか?」


 私の疑問に、ガラムは少し思案した後、何かを思いついたような顔で答える。


「なるほど、新大陸でも魔族との戦争が起こっているのか。北の魔王というのは、この大陸に現れた魔族の王のことだ。北の魔王は魔族を率いて大陸中を戦火に巻き込みつつある」


「なんてこった……」


「この辺りはまだまだ平和なものだがな」


 ガラムの視線からは『ここは安全だから心配することはない』と言っているのが感じられたが、私はまったく安心することはできなかった。


 私たちがこの異世界に転生したことや天上界の混乱を考えると、二つの大陸でほぼ同時に魔王が戦争を起こしている事実には凄まじい悪寒しか覚えない。




~ 王都へ向かう ~

 

 ロイド子爵によると、現在マーカス・ロイドとヴィルフォランドールは王都にいるらしい。


 どういう理由か分からないが二人は非常にお金持ちで、王都にいるロイド子爵の三人の子供のために、貴族学校の学費と生活費を気前よく出してくれたという。


 次女であるミーナの手紙には、マーカスたちがミーナをとことん甘やかし尽くし、彼女に湯水のように金をつぎ込んで、とうとう貴族の社交界に引っ張り出す様子が書かれていたのだとか。


 ため息交じりにそんな話をしながら子爵は、二人が多くの貴族や商人が集う王都で、金の力にものを言わながら新大陸に戻るための方法を探しているのだろうと言った。


「かくいう俺も、ヴィル坊に『姉を助けてくれたお礼だ』とこのミスリルの直剣を貰ったよ」


 そう言ってガラムが腰に二本差ししている剣の一方を抜いて見せてくれた。見事な装飾が施された銀色の剣を見せる。


「この剣は、おそらく俺の身体と同じくらいの金を積まないと買えない一品だ。正直、魔物よりもこれを持っている事実の方が怖いくらいだよ」


「そ、そうなのか、二人が相当なお金持ちだということはわかった」


 そう答えはしたものの、実際のところ私の感想としては『それは大変ですね』という程度のものだった。


 正直、私たちにとってはミスリルなんちゃらよりも魔鉱石の方が遥かに価値が高い。


 いや、もしかしてこのミステリなんちゃらには、魔力が沢山こもっていたりするのか? それならちょっと欲しいかも……。


「ほら、この剣を見た人間は皆そういう目になるんだ。いくら積まれてもこの剣はやらんぞ」


 ガラムが急いでミテスリなんちゃらの剣を鞘の中に戻す。機会があればフワーデに鑑定させよう。思わず私はニヤリとほくそ笑んでしまった。


「やらんからな」


 ガラムが念を押した。


「とりあえず、マーカスさんとヴィルフォランドールさんは王都にいるということですね。早速、王都へ二人に会いに行きたいのですが」


「わかりました。次女にあなた方をマーカスに引き合わせるよう手紙を書きましょう」


 ロイド子爵がその場で巻物に次女への手紙をしたためてくれた。


「ではタカツ殿を王都まで案内する役目は俺が引き受けよう。久々に王都であいつらの顔も見てみたいからな。馬車の手配は任せてくれ」


 任せておけとばかりに胸を叩くガラムに私はニヤリと微笑んだ。


「それは大変ありがたい。よろしくお願いします」


 私の笑顔を見たガラムの表情に一瞬、警戒心がよぎるのが見えた。



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