第8話 南進

「いつまでもここに留まっていたら戦闘に巻き込まれかねない。早急に移動しておかの拠点となる場所を探さなくては」


「久しぶりに艦長らしい言葉を聞いた気がします」


 幼女にされたことといい、竜子やフワーデの出現といい、ここでのんびりしてるとさらにトンデモないことが起きそうだからな。


 いずれにせよ現在の位置はあまりにも戦場に近い。ゆっくりと南進して離脱しつつ、拠点に適した陸を探すことにしよう。


「進路そのまま、よーそろー!」

 

 田中航海長の声に艦橋の乗組員クルーたちが慌ただしくそれぞれの持ち場へ戻る。


 その様子を見ながら、私はフワーデに気になったことを尋ねてみた。


「ちなみにフワーデに操艦を任せることは出来るのか?」


「操艦をオートモードにしてくれればできるよ」


「ふむ。それってフワーデができるのは情報操作だけってことなのか?」


「ウン。物理はちょっと苦手かな? というかこの姿のままじゃ何ひとつ動かせない。アレを使っていいなら別だけど」


「アレかぁ……」


「アレだよ」


 『アレ』について知らされていない平野が眉をひそめる。


「何の話ですか?」


「あっ、いや……副長! 飛行長に連絡して、進路方向にドローンを飛ばして観測を続けるよう伝えてくれ」


「了!」


「さてと……吉と出るか凶と出るか」


 私は指揮官席によじ登り、その上に立って進路の先を見つめる。


「拠点に適当な場所が見つかるといいが……」




 ~ 艦内食堂 ~


 私が昼食をとろうと食堂に入ると、端っこの方で不破寺さんが竜子の相手をしていた。どうやら言葉を教えているらしい。


 そんな不破寺さんの目の前に、フワーデが床をすり抜けて姿を現した。


「あなたが不破寺神社の人ね」

 

 フワーデが問いかけると不破寺さんが驚いて目を見開いた。


「あ、あなたは、も、も、もしかして幽霊さんですか?」


 不破寺さんが明らかに動揺している。もしかして幽霊が怖いのだろうか。神職なのに?


「うーん。幽霊みたいなものかもしれないけど……どちらかというと精霊と言っていただく方が嬉しいかな。あっ、女神様でもいいよ!」


「は、はぁ……それでわたしに何か御用でしょうかん?」


「ワタシね。護衛艦フワデラの名前の元になった不破寺神社のヒトに会ってみたかったの!」


「えっ? フワデラの? えっ?」


 不破寺さんがオロオロしながら私に視線を向けてきたので、私は軽く頷いて答える。


「そいつはフワーデ。この艦の精霊みたいな何かですよ。だから不破寺さん、その大幣おおぬさを振り回す必要はありません」


「そ、そうなのですかん……」


 と答えつつも、不破寺さんは胸の前の大幣おおぬさを小さく左右に振り続けていた。


「フーッ!」


 不破寺さんの背中に隠れて竜子がフワーデを威嚇する。仕方ない。私は立ち上がってフワーデを注意することにした。


「おい邪霊! そうやってテーブルから頭だけ出してるから、不破寺さんも竜子もお前を警戒してるんだよ! 人と話すときはちゃんと全身を相手に見せろ!」


「邪霊ですって!? おや、こんなところに艦長の隠しフォルダが……」


「大精霊様! なにとぞその麗しき御姿をわれらの前に現しくださいぃぃぃ!」


 気づくと私は土下座でお願いしていた。


「まぁ、確かに艦長の言う通りよね。それじゃ……」


 フワーデは不破寺さんの隣の席にちょこんと座ってみせた。白いワンピース姿が超カワイイ。


「ほんとうに精霊さんでしたかん。てっきり晒し首になった人の幽霊かと思ってましたん」


「不破寺ちゃんは幽霊が怖いの?」


「ままま、まさかまさかですん。わたしは仮にも神職ですよん? 幽霊なんてパッ、パッと祓っちゃいますですん」


「でも怖いの?」


「こ、怖いというか……殴れない相手が苦手というか……」


「フーッ!」


 竜子ちゃんがフワーデを威嚇する。


「あっ、竜子ちゃん、この精霊さんは悪い幽霊さんじゃないみたいですよん。ほら、わたしとも仲良しさんですん」


 そういって不破寺さんが手を伸ばして握手する動作をすると、フワーデもその動きに合わせて手を動かした。


「な……なか……よし?」


 竜子が不破寺さんの背中に隠れつつフワーデをチラチラと眺める。いつの間にか竜子は不破寺さんに完全に懐いているようだった。


「そうそう、わたしと竜子ちゃんと同じ仲良しさんですん」


 竜子は恐る恐る前にでて、不破寺さんの膝の上に座り直し、恐る恐るフワーデに手を差し出す。


「なか……よし」


「そう! ワタシと不破寺ちゃんは仲良し! だからワタシと竜子も仲良しよ!」


「フワーデ、どうやら二人も友達ができたようだな」


「うん!」


 フワーデがめちゃくちゃ嬉しそうだ。


「それじゃ、不破寺さんとフワーデの二人で竜子の面倒を見てやってくれ。できれば竜子と意思疎通が図れるように言葉を教えてやってもらえると助かる」


「任されましたん!」


「わかったわ!」


「だがその前に、お前たちのことを全乗組員に紹介しておきたい。昼食が終わったら一緒に来てくれ」


「「「はーい!」」」




 ~ 護衛艦フワデラ後部甲板 ~


「諸君もすでに知っての通り、我々は異世界に来ている!」


 後部甲板には各科長と手の空いている乗組員クルーたちが整列していた。私は彼らの前で護衛艦フワデラの現状と今後の任務について話をする。


「当面の目標は、我々がこの世界で活動を続けるための拠点確保。そして補給についての対策だが……」


 補給の話になると乗組員たちの顔が途端に暗くなった。まぁ当然だろう。


「燃料については希望が見えてきた。この世界に存在する魔力を燃料や電力に変換できる可能性が見つかったのだ。その鍵となる存在を紹介しよう。フワーデ!」


 私の隣に立っていたフワーデが空中に浮きあがり明るく輝きを放った。その場の全員に動揺が走る。


「みんな初めまして! ワタシはフワーデ! この護衛艦フワデラの思念体、精霊、女神……なんでもいいけどそういうのよ! でも女神が一番ぴったりね!」


「「「おおっ!」」」

 

「彼女は【魔力転換炉】というスキルを持っている。この世界に存在する魔力を持った物質を確保できれば彼女がそれを燃料や電力に変換してくれる」


「「「おおおぉ!」」」


「ロリカワェェエ」


「お持ち帰りぃぃ」


 驚く乗組員たちの声に不信なものがあったような気がするが、今は気にしないでおこう。


「さらに、我々はこの世界の住人との接触についても大きな一歩を踏み出している。こちらは竜子、元ドラゴンで、今は我々の幼女だ」


「「「おおぉぉ」」」


「ヨウジョ!ヨウジョ!」


「お持ち帰りぃぃ」


 驚く乗組員たちの声に不信なものがあったような気がするが、今は気にしないでおこう。


「また今回の異世界転移では、残念なことに民間人を一人巻き込んでしまう結果となった。皆も既に知っているとは思うが、神職の不破寺真九郎さんだ。彼女には竜子とフワーデの保護、および近接における戦闘要員として活躍してもらうことになった」


「「「おおぉぉ」」」


「ダイナマイッ! 」


「お持ち帰りぃぃ」


「今よけいなこと言った全員腕立て開始! 腕立て組以外は解散!」


 甲板では半数が腕立てを始めていた。


 なかには幼女も混じっていたような気がするが、見なかったことにして私は艦橋へと戻った。



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