第140話 破られた出店許可証
~ ハニートラップの理由 ~
グレイベア村にあるラミアパブの個室で、私とマーカスはお互いの額を突き合わせて睨み合っていた。
目の前のテーブルには、マーカスが私に仕掛けたハニートラップによる「リーコス村へのラミアパブ出店許可証」と、私がマーカスに仕掛けた幼女トラップによる「住宅ローン等支払い約定書」がテーブルの上に並べられている。
マーカスの顔には「何でこんなことになってんの!?」という戸惑いが露わになっていたが、それはこちらとて同じことだ。
双方ともしばらく固まっていたが、先に動いたのはマーカスだった。
ビリビリッ!
マーカスは出店許可証を手に取るとそのまま破り捨ててしまった。
「なっ!?」
予想外の状況に私は困惑した。マーカスはアメリカ人っぽい感じで肩をすくめる。
「そもそもこんなもの必要ないしな。あぁ、タカツのジュタクローンとかいうのはキッチリ払うから安心しろ。娘さんの結婚式も俺がド派手に上げてやるさ」
この時点においては、私はまだこちらのお金を帝国に持って行くことができないことを知らなかった。ので、内心めちゃくちゃほくそ笑んでいた。
「そこまでニヤケ顔になるなんて、ジュタクローンというのはそれほどキツイ債務なのか」
顔に出てた。
艦長の威厳が損なわれかねないと思った私は、可及的速やかに話題を逸らす。
「それでマーカス。お姉ちゃんたちを使って私をハメた理由を聞かせてもらおうか」
もし諸々の言い訳が建てられるような理由なら、またお願いしたいからな。
違った。本音が出ちゃった。
「まずはタカツ艦長に知って欲しかったのさ。アンタたちがカクも色仕掛けに弱いって事実をな」
「な、なにおぅ……」
帝国軍人の名誉に掛けて反論すべきところだったが、まさにマーカスが指摘した通り、いとも簡単にハニートラップに掛った私の声が尻すぼみになるのは仕方ない。
「タカツを含め、フワデラの乗組員たちが兵士としての練度が非常に高いってことは知ってる。これは古大陸でアンタたちと出会って以降、ずっと感じていたことなんだが、その練度の割には人の悪意に疎いというか弱いというか……」
マーカスは、我々を侮蔑しないような言葉を探す努力を続けているようだった。なかなか言葉が見つからなさそうだったので私が助け舟を出す。
「言いたいことがわかるような、具体的な事例があればそれを教えてくれ。私へのハニートラップ以外でな」
私の提案をマーカスが軽く頷いて同意を示す。
「そうだな……。今、フワデラの人間が4名、アシハブアの王城に滞在しているな」
マーカスの言う通り、乗組員4名と他にリーコス村の白狼族4名が滞在している。
「その四人だが、全員、異性に篭絡されてたぞ」
「なんだと!?」
「パーティーで婚約破棄されて泣き崩れたルコライド家の令嬢に手を差し伸べて恋仲になったのがヤマダ。奴隷市場で美しいタヌキ系亜人少女がゲス貴族に買われそうになっていたのを、たまたま、偶然、運命的なタイミングで通りかかったスズキは、横槍を入れて金を支払っている」
その後、亜人少女はたまたま、偶然、不思議なことに運命的なタイミングで城下で見つかった貿易商の叔父に引き取られた。姪を救ってくれた鈴木は大層感謝され、鈴木が獣人少女と会う機会を何かと作っているという。
他の二人についても似たような事態が発生していた。
マーカスはアシハブア王国にいる間は、この四人に何かと気を使ってくれていたらしい。なのでうちの乗組員たちがたまたま、偶然、運命的な出会いをしていたことも、直接彼らから話を聞いていたのだ。
不思議な運命によって導かれた出会いを、浮かれ心地で語るのを聞いたマーカスは、すぐに背後関係を洗う。
結論はすぐに出た。
「貴族の令嬢、貿易商の姪、外務大臣の三男、王国大学学長の娘、そのいずれもがファロスの大劇場で美男美女の名役者たちが熱演するような出会いが発生しているわけだが……」
ここでマーカスが言葉を切る。
「おうふ」
その親たちについては私にも心当たりがあった。私が王都に滞在中、フワデラとのコネクションを作ろうと、何かと強引な接触を図って来た連中だ。
ハニートラップだ……まんま教科書通りのハニトラだ……。うなだれる私の肩をマーカスがポンポンと叩く。
「まぁ、幸いなことに、俺たちに敵対するような勢力は今のところ絡んではいない。王国内での勢力争いだ。それに四人には俺が舞台の裏側を見せてやったから、これ以上、妙なことにはなるまいよ」
どうやらマーカスが手を尽くし、四人それぞれに対して、その運命の相手が何かしらの目論見を持っていることが分かる状況に立ち合わせたらしい。
あ、ありがたい……。正直、どのように対処すればよいのか私にはわからなかったからな。異世界異性交遊禁止!と朝礼で語ることくらいしか思い浮かばん。
マーカス……意外と頼れる男じゃないか。
「ただ、タカコだけはそれでも三男坊がイイと言ってたんだ」
アシハブアに滞在している井上貴子少尉(25歳独身)は坂上大尉の部下だ。恋にうつつを抜かすようなタイプではないと思っていたが……。
「それで……井上少尉はどうなったんだ?」
「仕方なかったから、俺が口説いた」
「はぁ?」
何言ってんだこのハリウッドマッチョ、略してハリマッチョは?
「……って、まさかうちの乗組員に手を出したんじゃないだろうな!」
ハリマッチョは、アメリカ人がよくやるヤレヤレの所作を実行した。
「まだだよ。だけどタカコがこれ以上、俺に本気になったらどうしたらいい?」
死ねばいいんじゃないかな?
視線で私の心が伝わったのだろう。マーカスは両手を前にして、話を本来に戻そうと提案してきた。
「とにかく、フワデラの乗員たちは異性に対する警戒が無さ過ぎるんだよ。免疫がないと言ってもいい。王国や他の国が本気で篭絡してきたら、トンデモナイことになることは必須!」
ビシッ! とハリマッチョが私の目の前に指を突き付ける。
「そこで俺のラミアパブってわけだよ! 異性に対する免疫を付けるにしても、誰でも言いってわけじゃないだろ? 俺なら信用できる人材を用意できるからな!」
な、なるほど! なんだかとっても良い話に聞こえて来たぞ。
私は前向きにマーカスの話を聞くことにした。
話を聞くほどに、ラミアのおっパブ……じゃなかったラミアパブの必要性を私は確信していった。
リーコス村に戻る頃になると、私はマーカスとがっちり手を組んで、村長のヴィルミアーシェさんや平野副長をどのように説得するかについて話し合っていた。
その後――
私たちの熱いプレゼンを、かなり引き気味で聞いていた女性二人の了承を何とか取り付けることに成功。
最初は二人ともシブイ顔を崩さなかったが、マーカスがハニトラの実例を挙げたところから耳を貸すようになり、最後には必要性を認識してくれた。
途中、私が「あくまでおっパブではない! 健全! 健全なお酒の飲めるメイド喫茶だから!」と主張したところで、一度、話がご破算になりかけたが、マーカスのフォローでなんとか乗り切った。
そしてついに――
リーコス村に『マーカスのラミアパブ』がオープンすることになった。
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