第102話 ラミアのおっぱいパブ

 アシハブア王国の使節が帰国してから一カ月。


 グレイベア村に立ち寄ったドルネア公は、リーコス村より遥かに先進的なグレイベア村での歓待で完全に既存の価値観を打ち砕かれてしまったらしい。


 わかる。わかるぞ、ドルネッち。


 私も、初めて訪れたグレイベア村で、マウンテンバイクをかっ飛ばすリザードマンを見たときには、目が飛び出るくらいのカルチャーショックを受けたからな。


 それに帝国の温泉旅館もかくやと言うあの村長宅。贅を尽くしたおもてなしを受けたことだろう。


 ドルネア公と入れ替わるように、リーコス村に戻ってきた南と坂上によれば、ドルネア公は、玄関にある土産店で温泉饅頭を大量に購入していたそうである。


「到着した当初は、周りが魔族ばかりなのでかなりピリピリしていたようですが、帰国の前日には、マーカス男爵直営のおっぱいラミアパブで超ご機嫌だったらしいです」


 南大尉の報告に、思わず私は両手でテーブルを叩いて立ち上がる。


「あの村にそんな天国があったのか!?」


「未成年は出入り禁止だそうですので、艦長には知らされなかったのでしょう」


「こちとら華のアラフォーじゃい!」

 

「でも幼女ですよね?」


 南大尉!? そんな普通の回答なんてお前らしくないぞ! 「今度一緒に行きましょう!」がお前の正しいセリフじゃないのか?


 ……という私の想いを察したのか、南大尉の視線がひょろひょろと動く。


「ま、まさか南……私には幼女だから駄目だと言いつつ、お前は大人に戻ったからって自分だけ抜け駆けした……のか?」

 

 南! 私はいま裏切られた気分だぞ! 不機嫌になった私はほっぺたをプーッと膨らませた。


「行ってませんって! い、行くわけないでじゃぁ……ないですか。そ、そんなのきょ、興味ないですし!」


 南大尉の挙動が不審なほどに怪しくなる。そのとき、私は南大尉の後ろに立っている坂上大尉の存在にようやく気が付いた。


 どうして報告するときに気配消してるんだよ! 坂上!


 だがこれで南大尉らしからぬ言動の理由がわかった。そりゃそうだよな。坂上大尉に背後を取られたままで、南が本音を吐き出せるわけがない。

 

「そうか。南大尉がそんなものに興味がないことは私が一番わかっている。中断させてしまったな。報告を続けてくれ」


(わかったぞ南! 私はお前の味方だ。フォローすればいいんだな)


 ……私が目をパチパチさせてアイコンタクトを送ると、南大尉が小さく頷いた。


 南大尉の報告では、ドルネア公の価値観を実際に変えたのはシュモネー・フワデラ夫人による説教が決定的だったらしい。


 南大尉自身もその場に居合わせたそうなのだが、シュモネー夫人は【まるでその現場に居合わせた】かのように、ラーナリア聖主教の大陸神典の場面を語っていたそうだ。


「自分にはよくわかりませんでしたが、たぶんその神話の登場人物というのが、実際には部族とか何らかの勢力の象徴という話だったと思います」


 シュモネー夫人は、現正教会の始祖について【まるで会って直接話をした】かのように、始祖の思想と今の教会にズレがあることをほのめかし、教会が目指すべき方向性をドルネア公に掲示したという。


「話が終わったとき、シュモネー夫人の前でドルネア公が滂沱の涙を流して跪いていましたが、まるで宗教絵画みたいでしたね。シュモネー夫人には後光が差してるかのようでしたよ」


 目を閉じて顎を少し上げる南大尉は、どうやらその時のことを思い出しているようだった。


 ちなみに、ここから数十年の後、神の御使いの言葉を記した聖ドルネア伝が、大陸における宗教戦争を勃発させる火種になったというのはまた別の話だ。


「シュモネー夫人のお話があまりにも素晴らしかったので『まるで本当の御使いみたいでしたよ』って言ったら、『以前、ちょっとだけ』ってジョークで返してくれましたよ。素敵なご夫人ですね、アハハハ」


「そうなのか。そりゃナイスジョークだったな、アハハハ」


 ……南大尉に合わせて笑いながらも、私の妖怪センサーのアホ毛がピピッと反応していた。


 まさかな。


 その後、南大尉と坂上大尉による報告が終了した。


 後は、坂上大尉を返した後に、南大尉からみっちりとグレイべア村のおっぱいパブの調書を取るだけの運びとなった。


 ……のだが、

 

 二人ともその場を動こうとしなかったので、私は南大尉に目をパチパチさせてアイコンタクトを取る。


(南! 一旦、坂上を連れて退出してから戻ってこい)


(できません)


(なぜだ!? まさかまだおっぱいパブに行っていないなどと言い張るつもりか!?)


(本当に行ってません!)


 アイコンタクトで会話する私たちに割り込むように、坂上大尉が南の横に進み出てきた。


「艦長……」


 私はビクッっとなってしまった。まさかアイコンタクトがバレている!?


「お話があります!」


 そう大声を出したのは南大尉だ。


 この時、私は初めて二人が揃って表情を固くしていることに気が付いた。


 何か大事でもあったのか!? と思った私は思わず身体を固くする。


「な、なんだ? どうした!?」


「俺たち結婚します!」

「私たち結婚します!」


「「ええぇぇぇぇ!?」」


 いつの間にか田中未希航海長(32歳独身)が私の隣に立っていて、私と一緒に叫んでいた。


「えぇぇぇぇぇぇ!? 田中!? いつの間に!?」

 

 私は田中の登場にも驚かされるという追加の衝撃を受ける。


「艦長おぉぉぉぉ!」


 大声を上げながら田中が揺さぶるので、私の視界はぐるんぐるん回り続けた。

 


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