第207話 ハンスの恋

 ハンス・ロイドは、竜子に一目惚れしてしまった。もちろんハンスにとっては初めての恋である。


 竜子は護衛艦フワデラが異世界に到着したときに、シンイチのスキルによって【幼女化】されている。


【幼女化】は、もとの種族の特徴をどこかに残すことがある。竜子の場合は赤い髪と紅い瞳、ドラゴンに似た角と羽、そして尻尾が幼女の身体に残されている。


 あきらかに魔族とわかる外見であるにも関わらず、ハンスはそんな竜子の姿をとても美しいと感じていた。


 スマホを持った竜子が、ハンスに自分のダンス映像をもっとよく見せようと、身体を寄せる。


 ドキッ!


 肩に竜子の肩が触れた瞬間、ハンスの心臓が激しく鼓動をはじめ、その顔が真っ赤に染まる。


「ハンス、どうしたの? 顔が真っ赤だよ、大丈夫?」


 海になれていない者が、船酔いなどで体調を崩すことがあるのを知っていた竜子は、心配そうにハンスの顔を覗き込む。


「!?」 


 竜子の髪からフワっと花の香りがひろがって、ハンスの鼻をくすぐった。


「だ、大丈夫だよ!」


「そう?」


 そう言って顔を近づけてくる竜子に、ハンスはドギマギして顔を紅潮させる。


「あ、あの、竜子ちゃん! 僕、ダンスもっと見たいな!」


 ハンスが照れ隠しで言った言葉に、竜子は満面の笑顔になった。


「本当!? なら今から甲板に行って撮影しよっ! 手伝ってくれる?」


「えっ!? あっ、あ、うん……」


 竜子の専属アシスタント下っ端誕生の瞬間であった。


「じゃ、行こ!」


 ダンス動画撮影のために甲板へと向かう二人。竜子に手を引かれて歩くハンスは、幸せのあまりもう何も考えられなくなっていた。


 その日に撮影されたダンス動画は、竜子のチャンネルで最大のPVをゲットすることになる。




~ 竜子 ~


 結局、ロイド一家が乗艦している間、竜子はずっとハンスの相手をしていた。


 ロイド子爵の栗毛と母親のエメラルドの瞳を授かったハンスは、屋敷のメイドたちから「将来イケメン確定のショタコン殺し」と陰で呼ばれていた。


 実際、護衛艦ヴィルミアーシェの女性乗組員のなかでは、乗艦したハンスを見てショタコンに目覚めた者は少なくなかったという。


 一方、竜子と言えば、もともとがワイバーンだということもあり、これまで人間の子供に対しては、特別な感情を抱くことはなかった。


 それどころか、ワイバーン視点ならエサでしかなかったりする。


 だがシンイチによって【幼女化】され、そのままの姿で護衛艦フワデラでの生活を送るようになってから、竜子は自分が人間に染まっていることに気づいていた。


 艦内で乗組員たちと同じ食事を取り、同じ部屋で寝る。同じ敵と戦い、同じ仲間と笑い合う。完全に人間の感覚とライフスタイルが身に染みている。


 ワイバーンだった頃に狩っていた動物や魔物は、もはや食べる気がしない。せめて料理班の人によって、美味しく調理してもらわないと見るのも嫌になっていた。


 まして人間を食べるなんて、今の竜子の感覚ではグロ系ホラーになっているのだ。


 乗組員たちは、竜子のことをいつだって大切にしてくれる。


 ダンスのことも、高津艦長をはじめとして、フワデラやヴィルミアーシェの乗組員は一応ほめてくれる。


 そのことについては、嬉しいとは思うものの、竜子の心のなかにはもやもやが付きまとっていた。というのも彼らのほめ言葉はいつもイエス・バット方式なのだ。


「うーん。いいんだけど、ここの動きはもうちょっと手首の返しを弱めにして……」

「前よりよくなってるね。曲を変えた方がいいかも」

「いい感じで踊れてるわ。でもせっかく翼があるんだから、これも使った方がいいわね」

 

 そんなダメだしをしてくる同じ人間が、フワーデのダンスには鼻息を荒くして賞賛しまくるのを竜子は見ていた。フワーデと自分も同じダンスを踊っているというのに、この違いなんだろう。


 竜子はいつも心のどこかにむなしさを感じていたのだった。


 だがハンスは彼らとは違う。ハンスは竜子のダンスを見て、ただ純粋に感動してくれた。


「竜子ちゃん! すごい! かわいい! キレイ!」


 語彙こそ少ないものの、ハンスの言葉からは純粋に賞賛の気持ちが伝わってくる。


 竜子を称える熱い気持ちが伝わってくる。


 嬉しくてたまらない竜子は、ハンスが乗艦している間、ずっと彼の手を引いて艦内のあちこちを連れ回った。


 それをハンスは嫌がることもなく、竜子の手をしっかりと握り返してくる。


「ねぇ、今度はこの船の主砲を見せたげる!」


「しゅ、しゅほう?」


「そう主砲! すっごく大きいんだから!」


 竜子は手近にいた乗組員に声をかけて「ハンスに主砲を見せたいの!」と伝えた。乗組員は笑顔で頷くと、インカムを通じて許可をとり、二人を主砲まで案内した。


「ねぇねぇ、こんどは艦橋に行ってみない?」


「かんきょー!? うん。行ってみたい!」


 竜子に手をひかれて、艦内を移動するハンス。


「ヒュー、お熱い事で!」


 艦内をちょこちょこ走り回るかわいいカップルに、ときおり乗組員がひやかしを入れてくる。


 竜子にはその意味がわからなかったので、ただ笑顔を返すだけだ。しかし、ハンスはといえば、顔をますます赤くして俯いてしまうのだった。


 これからずっと後に本当の恋に落ちる二人。


 ワイバーンと人間の恋の前に、さまざまな困難が立ち塞がることになるのだが、それはまた別の物語。


 今回は、会談を終えたロイド子爵たちが、家に戻ることになった別れ際――


 竜子との別れに顔をぐしゃぐしゃに濡らしたハンスに、見送りにきていた平野艦長が声をかける。


 ちなみに竜子とハンスの仲良し振りは、すでに艦内の全員に知れ渡っていた。監視カメラや乗組員たちのスマホで盗……こっそり撮影された映像を、山形P砲雷長がフワーデネットでライブ配信していたのだ。


 小さな二人の淡い恋物語は、ヴィルミアーシェ全乗組員の胸をキュンキュンさせていた。クールを装っているが平野艦長も、その一人である。


「ハンスくん。私たちとの連絡用にお父様にはこれと同じタブレットをお渡ししています」

 

「ぐすっ……た、たぶれっとですか?」


「はい。これがあればいつでも竜子のダンスが見れますし、コメント……竜子に言葉を伝えることができますよ」


「竜子ちゃんと話せるの!?」


 ハンスの顔がパーッと明るくなりました。


「そうよ! ここに文字を入れたら私はちゃんと読むし、必ず返事を書くから!」


 ハンスとの別れに同じく顔をぐしゃぐしゃにしていた竜子が、平野のタブレットを操作して自分のチャンネルを表示してみせました。


「わかった! 竜子ちゃんにいっぱい手紙を書くね!」


 こうして――


 チャンネル『きゅんきゅん♡ワイバーン』のコメント欄は、竜子とハンスの交換日記で埋め尽くされることになった。


 二人のやりとりは、またたくまにヴィルミアーシェ艦内や天上界の甘い物語に飢えた視聴者たちのハートを鷲掴みにしてしまうのだった。


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