第215話 スキスキ♥ チュッッチュ♥ 旦那様♥
ロイド夫妻と平野艦長が振り袖姿の渡井に案内されて、『美肌満腹温泉エステプラチナコース』へと向かった直後、
ポツンと取り残されたハンスと竜子を真九郎が背後から抱え上げた。
「わっ!?」
「何、どうしたの真九郎!?」
二人を両腕に抱えた真九郎は、速足で歩きながら事情を説明する。
「艦長たちがいないうちに娯楽施設に急ぐですん! あそこにはロイド家の執事さんやメイドさんが、いま思い切りハメを外して楽しんでいるのですん」
「あっ!?」
真九郎の話を聞いたハンスが「しまった」という顔になって口元に手を当てた。
「父上と母上には娯楽施設のことを内緒にしなきゃだった! 真九郎、ごめんなさい!」
自分がとんでもない失敗を犯してしまったかのように驚くハンスに、真九郎はニッコリと笑顔を向ける。
「大丈夫ですよん。ハンスくんはちゃんとご両親の案内をして、十分お仕事してくださいましたよん」
基地建設当日から色々と手を貸してくれたロイド家の執事やメイドたちには、四日目には完成していた食堂と娯楽施設を運用試験を兼ねて解放した。
基地で働く乗組員たちは、普段から色々と手を貸してくれる彼らに喜んでもらおうと、過剰とも思えるサービスを行っていたのだった。
その結果、翌日からは全ての執事とメイドが入れ代わり立ち代わり、休憩の合間を縫って第二基地に訪れるようになる。
五日目にもなると、メイドたちが基地内のランドリールームで洗濯したり、料理長がお醤油を分けてもらうためにボトルを持ってやってきたり、対戦ゲーで乗組員たちと激しいバトルを繰り広げるようになっていた。
一週間後には完成した温泉風入浴施設で、執事長のランドルフが湯船にゆったり浸かりつつ、
「旅ぃ行けばぁ〜駿河の〜国に〜茶のかおり〜♪」
と日本酒の注がれた杯を手に渋い声を響かせる始末。
乗組員の方も彼らから服を借りて執事やメイド気分を味わって楽しんでおり、最近では「ランドルフ先生による執事のお茶入門」や「メイド長マリアンヌの王国式カーテシー講座」などの教室まで開かれるようになっていた。
もちろんこれらのことは、ロイド子爵はもちろん平野にもお伺いが立てられて許可を得たうえでのことである。
しかし、それはあくまで言葉による伝達。二人にしても「ロイド家で働く人々と護衛艦ヴィルミアーシェの乗組員が、交流を深めて仲良くなるのであれ良いことだ」程度の認識でしかなかった。
なのでまさかここまでハッチャけていたとは思いもしなかったのである。
「以上! メイド長マリアンヌさんによる熱唱『帝国軍艦摩耶岬』でした!」
「「「ふぉぉおおおおお!」」」
娯楽施設の最奥部に設置された簡易ステージでは、ロイド家メイド長(【検閲】歳未婚)がマイクを手に、見事なカーテシーを行っていた。
「さぁ、皆様の心を撃ち抜いたメイド長の美声、得点の方はどうでしょうか……」
ステージ背後のスクリーンに「89点」という表示が映し出される。
「「「「おぉおおおお」」」」
ステージ前に群がる乗組員(独身・一部妻子持ち)や若い執事たちが歓声を上げると、メイド長は顔をポッと赤く染めて、口元に手を当てた。
「さぁ、でました89点! 異世界の歌をここまで感情を入れて歌い上げる【検閲】十路の美魔女マリアンヌ! この美女と二人っきりの食事と30分のSH-60L哨戒ヘリ遊覧デート権に挑戦するのは誰だぁ!」
「「「「おぉおおおお」」」」
野郎どもの手が一斉に上がる。
今日は、牧羽と真九郎が企画したカラオケ大会「カラオケDeラブゲッチュ」の開催日だったのである。そもそもは昨日、たまたま食堂で一緒になった二人の会話から突然持ち上がった話であった。
明日はロイド夫妻の視察もあるため、開催は来週あたりと二人の話が落ち着こうとしていたところで、
――――
『その企画いいッスね! 早速、明日やりましょうよ! おーい、みんな! 牧羽大尉と真九郎さんが明日『お見合いカラオケ大会』やってくれるってよ!』
『えっ! マジ!? メイドさんたちとお見合い!?』
『イケメンメガネ執事さんとお見合い!?』
『えっ、私と結婚してくれるの!?』
『でゅふふ。ようやく異世界でオレの嫁キタァァァ展開でござるな!』
と騒ぎ立てる隊員たちによって、本日の開催が決定してしまったのである。
―――
ちなみにこのカラオケ大会。事前の推薦によって選出された男女がまず得意の曲を歌い、指名された挑戦者がその得点を超えられたら様々な特典をゲットできるという企画である。
「ではマリアンヌ嬢! 手を必死で振っている猿どものなかから挑戦者をご指名ください!」
ちなみに特典ゲットならずとも、挑戦者を指名し指名された時点である意味お互いが告白しているような状態なので、その後の二人のラブ波動計測値メーターが振り切るのは必須。実質、告白大会であった。
ちなみに護衛艦フワデラの高津艦長は、いつか帝国に戻る日のことを考えて、乗組員とこの世界の住人との恋愛は、禁止にこそしてはいないものの、あまり推奨していない。
しかし、その高津艦長はいま広い海を隔てた遠い海の彼方。平野艦長もいまは『美肌満腹温泉エステプラチナコース』の真っただ中である。
「で、では池……あちらの殿方で」
メイド長マリアンヌが顔を真っ赤にして指さしたのは……。
「おぉっと! マリアンヌ嬢の指名は砲雷科の池田一等兵曹! いつの間にメイド長のハートに弾着決めてたんだコノヤロー! それにマリアンヌ嬢も、池田って名前で呼ぼうとしてましたよね。ユー! もう付き合っちゃいなよ!」
「「「わぁぁああ!」」」(♀s)
「「「ブーブー!」」」(♂s)
「おぉっと、男女で見事に反応がわかれました。池田一等兵曹、見事89点を上回る点数を叩き出して、マリアンヌ嬢との空中デートをつかみ取ることができるのでしょうか」
司会が手元にある参加者名と選曲一覧にさっと目を通す。
「では歌っていただきましょう。砲雷科、池田健太一等兵曹。高得点を狙う一曲は、アニメのオープニング曲から『スキスキ♥ チュッッチュ♥ 旦那様♥』。ただのメイド萌え野郎が歌います!」
「「「わぁぁぁあああ」」」
真九郎たちが娯楽施設の扉を開いたのは、そんな大盛り上がりのタイミングだった。
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