第216話 真九郎……頭を抱える
娯楽施設の扉を開いた真九郎と牧羽は、そこで繰り広げられている光景の凄まじさに思わず息を呑んだ。
「スッキ! スキスキ! スッキ! スキスキ! 旦那様ァ~♪」
「「「スッキ! スキスキ旦那様ァ!」」」
カラオケステージの中央では、砲雷科の池田健太一等兵曹が、マイクを持った左手をブンブン高く振り回しながら、右手を腰に当ててクイックイッと振っている。
妙に高いキーで歌いながらノリッノリッで歌い続ける池田に、他の乗組員やロイド家のメイドや執事たちが歓声を上げていた。
激しい盛り上がりに思わず呆然としてしまった真九郎だったが、すぐにハッと我に返ると、竜子とハンスを抱えたまま中へ入る。
真九郎が牧羽に目線を向けると、彼も続いて中へ入りすぐに扉を閉めた。
牧羽はフゥーッと深く息を吐くと、額に冷や汗を浮かべつつ真九郎に声を掛ける。
「た、たぶん艦長たちのところまでは音は届いていないはずです」
「か、艦長たちがいる場所とは距離がありますからねん。き、きっと大丈夫ですん」
そんな二人の焦りを完全に呑み込むような池田の絶唱がクライマックスを迎えていた。
「チュッチュッ、 チュッチュ♪ あなたの~♪ メイドは~♪ わったしだけ~♪」
「「「わったしだけ~!」」」
「わったしだけ~!」※竜子
「わったしだけ~!」※ハンス
真九郎に抱かれた竜子とハンスが、一瞬でノリノリになっていた。
「チュッチュッ、 チュッチュ♪ あなたの~♪ メイドは~♪ わったしだけぇぇぇぇぇえ!」
「「「わぁぁあああああ!」」」
「「わー!」」※竜子とハンス
真九郎の腕に抱かれた竜子とハンスが、池田に向って大きく手を振る。
歌の最後に、砲雷科の池田健太一等兵曹はくるりと一回転すると、ウィンクしながらの投げキッスをする。
「「「わぁぁあああああ!」」」
はっちゃけスキルとノリの良さにかけては、かなり自信を持っていた真九郎が、初めてドン引きした瞬間なのであった。
もし真九郎が最初からこの大会に参加していれば、皆と同じようにノリノリになれたのは間違いない。ただ今現在は、平野艦長がいまにもここにやってくるかもしれないという焦りが、真九郎の心にブレーキをかけていたのだった。
なにせ「カラオケDeラブゲッチュ」などと言う企画が、平野の許可を取る前に勝手に走ってしまったことに、今の真九郎は焦りどころか恐怖を感じていた。
この異世界横断お見合いカラオケ企画は、相手が高津艦長であったとしても、時間をかけて丁寧に説明していく必要がある内容だった。
平野が相手となれば、なおさら慎重に丁寧にあらゆる手練手管を尽くして説得しなければならないはずだ。
なのに、一切の説明もせず、許可もないままに企画が走り出してしまっている。
しかも、めっちゃ盛り上がっている。
いまこの瞬間、ここに平野が立っていたら……。
真九郎がそんな想像をしていたとき――
バンッ!
と背後で扉が開かれる音がした。
「ひぃぃぃいい! ごめんなさいですん!」
竜子とハンスを抱えたまま、思わずその場にしゃがみ込む真九郎。
この異世界に転移して以降、最大級の恐怖を感じて、ちょびっと漏らしてしまったのであった。
「ごめん遅れちゃった! まだやってる?」
真九郎が振り返った視線の先には――
全力で走ってきて息を切らしている東雲ゆかり機関長が立っていた。
「ファァアアアア! ゆかりちゃんでしたかん! 艦長かと思って心臓が止まっちゃいましたよん!」
「えっ!? 真九郎、どうして泣いてるの!?」
東雲ゆかりと竜子が、滂沱の涙を流す真九郎に驚いていた。ハンスがハンカチを取り出して真九郎の涙をそっと拭う。
「ありがとうハンスくん。さすがは立派な紳士ですねん」
真九郎は竜子とハンスを降ろすと、東雲ゆかり機関長に二人を預けた。
「ゆかりちゃん、竜子ちゃんとハンスくんをよろしくお願いしますですん。私と牧羽さんは外で見張って……入場チェックしてますから、ゆかりちゃんはみんなと一緒にカラオケ大会を楽しんでくださいねん」
「わ、わかったよ。よくわからないけど頑張ってね、真九郎。それじゃ竜子ちゃん、ハンスくん、お姉ちゃんと一緒に行こうか」
「「うん!」」
竜子とハンスが、東雲ゆかり機関長に手を引かれてカラオケ大会に向かうのを見送った真九郎は、牧羽と共に娯楽施設の外に出て、大会の最後まで見張り番を務めたのであった。
結局、平野とロイド夫妻は、カラオケ大会が終わってもここに訪れることはなかった。
そして「カラオケDeラブゲッチュ」で、
ステージの上で手を取り合って歌う二人に、会場の熱は最高潮。
「「リュ、リュリュリュー♪ リュ、リュリュリュー♪ 竜子はかわいえワイバーンだよ~♪」」
それは竜子が作詞作曲、山形砲雷長Pアレンジのオリジナル曲で、竜子のチャンネルに流れるオープニング曲。
「「リュ、リュリュリュー♪ リュ、リュリュリュー♪ 竜子はかわいえワイバーンだよぉぉ~♪」」
この歌を竜子はハンスと二人で以前から何度も練習していたのであった。
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