第80話 同志幼女よ、敵を撃て
~ グレイべア村の西はずれ ~
「うききき! 今すぐ賢者の石を引き渡せ! さもなくばこのグレイベア村の者たちをを処刑する!」
妖異軍の陣地中央に設けられた処刑台には、子コボルトとサキュバス、そして人間の男女がロープで繋がれて立たされていた。
処刑台には大きな台座が置かれており、その傍らに巨大な曲刀を担いだミノタウロスが立っている。
処刑台の最奥部に設けられた椅子には猿の獣人がふんぞり返って座っていた。やたら勲章らしき装飾の多い服装から、妖異軍でもそれなりの地位にある者と思われる。
「お前たちが賢者の石を差し出すまで1時間毎に一人ずつ人質を殺していく! 四人だから4時間だな」
猿獣人が額に手を当てて首を左右に振り始める。
「いや、いやいや、いやいやいや! 諸君らにも準備の時間が必要だよな! これは失敬、俺様も気が回らなかったぜ! うきききき!」
猿獣人がギザギザの歯を見せてニタリと笑う。続いて妖異軍の兵たちも猿獣人と同じような奇怪な声で笑い始めた。
ざっと観察したところ、そのほとんどが魔族による編成で、妖異はいないようだった。
「くそっ、人質を取るなんて卑怯な奴らめ!」
私は思わず歯ぎしりをする。
妖異軍の陣から川一つ挟んだ対面で、私たちは猿獣人の能書きを聞かされていた。猿獣人の醜悪な声がさらに響く。
「なら時間を増やしてやろう! 1時間毎に四肢を一本ずつ切っていくことにする! なに心配することはない! 人質が途中で死んでも、ちゃんと手足4本! 首を含めてひとり5時間は待ってやるぜ! うききききぃ!」
「「「うききききぃ!」」」
猿軍団が武器をがちゃがちゃと鳴らして囃し立てる。
ステファンというグレイべア村の男性が双眼鏡から目を放し、苦悩に満ちた表情を浮かべ、ルカに話しかける。
「間違いありません。バーグの街まで資材購入に行っていた者たちです」
「たった四人で行かせたのか?」
「いえ、護衛を含めて12名はいたはずです」
「……なるほどの」
ルカが顔をしかめる。
「おい! 猿! 他に8人はいたはずじゃが、そやつらはどこにいるのじゃ!」
怒気を含んだルカの声に、猿獣人は自身のお腹を指差しながら不快な笑い声で答えた。
「うききききぃ! 喰った!」
「「「うききききぃ!」」」
この茶番がたまらなく楽しいのだろう。猿獣人と兵たちの厭らしい笑い声は留まることがなかった。
「くそっ!」
ステファンが膝をついて、地面に拳を叩きつけた。その様子を静かに見ていたルカが再び猿獣人に向って声を上げる。
「おぬしらは獣人じゃろう? わらわから見れば同じ魔族。わらわが憎むのはあくまで妖異。おぬしらをたぶらかす悪魔勇者なのじゃ! このままその四人を引き渡してくれれば、おぬしらを殺さずに済むのじゃが?」
ルカの言葉に対して返ってきたのは、相変わらずの嘲笑だった。
「うききききぃ! 殺すのは俺様であって、お前ではないわ! 矮小なトカゲのクソガキ! 賢者の石を俺様に差し出すことだけが、こいつらの命を救う唯一の選択なんだよ!」
その賢者の石は、ルカの首に堂々とぶら下がっているのだが? もしかして、この猿獣人は賢者の石がどんなものかわかっていないのだろうか。
なら、その辺の適当な石を「賢者の石です」と偽って渡してしまうのも手では?
とも思ったが、どうせこいつらは本物を渡したところで人質を活かしておくつもりなんてないのだろう。この少ない会話だけでも、彼らに約束を守るつもりがないことは十分に伝わってきた。
「殺すかの?」
「ですね」
ルカの問いかけに即同意する。私はインカムに手を当ててタヌァカ氏に現在の状況を報告してもらった。
『こちらカッコウ1。位置に付きました対象までの距離120m。ほとんど無風ですし、今なら的が髪の毛でもライラが外すことはありません』
続いて坂上大尉からも報告が入る。
『こちらカッコウ2。いつでも
妖異猿軍団が人質を取っていることを確認した時点で、私たちはタヌァカ氏&ライラと南・坂上両大尉を狙撃チームとして配置していた。
ルカと猿獣人との会話は、彼らが配置に付くための時間稼ぎでしかなかった。元より、妖異軍を生きて還すつもりはない。投降するなら受け入れるつもりではいたが、村人が殺されていると知った今では誰一人それを許さないだろう。
私も許すつもりはない。
「うききききぃ! さて、こうしてお前たちと話しているうちに時間が過ぎたわけだが……」
猿獣人が叫ぶ。
「切断開始のカウントは1時間前から始まっていたということで! 今からこのサキュバスの腕をぶった切r……」
これが小説や映画なら、ミノタウロスが巨大な曲刀を振りかぶる直前まで待ってから、劇的な逆転劇が始まるところだ。
私たちは待たない。
「撃て」
バスッ! バスッ!
猿獣人とミノタウロスの頭部に穴が空いた。
バスッ!バスッ!
ゆっくりと倒れ込む猿獣人とミノタウロスの頭の一部が欠ける。
帝国海軍狙撃大会で優勝経験のある坂上大尉はともかく、ライラまで魔族の頭部を正確に狙撃していた。
バスッ!バスッ!
約2秒おきに、セミオートマチックのMSG90A2から発射された7.62mmの弾丸が魔族の頭を削って行く。
「「「うきゃ?」」」
状況がつかめないまま、妖異軍の兵は自分たちの指揮官が倒れ込むのを呆然と眺めていた。
ルカが叫ぶ。
「幼女戦隊ドラゴンジャー&お助け戦闘員とドローン隊、突撃ぃぃぃ!」
飛行ドローンがワルキューレの騎行を大音量で流しつつ、敵陣に向う。
「ホーイホー!」
「ホーイホー!」
「ホーイホー!」
幼女戦隊のルカ、グレイちゃん、そして私は、子供用の椅子を取り付けた四脚型ドローン・ティンダロスに乗って、妖異軍へと突撃を開始する。
「ホーイホー!」
「ホーイホー!」
「ホーイホー!」
気分は戦乙女であった。
そこからは妖異軍にとっての惨劇が始まった。
戦闘ドローンのイタカ隊が上空から次々と妖異軍を討ち取って行く。地上では四脚型ドローンのティンダロス隊が牧羊犬のごとく、妖異軍を川岸へと追い込んでいく。
混乱の中、処刑台に昇ろうとする妖異軍の兵は、坂上大尉とライラによって即射殺されていった。
「あれ? 終わった?」
ティンダロスにまたがった幼女戦隊が川を越える頃には、妖異軍の中で生きているものは誰一人としていなかった。
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