第72話 悪魔勇者討伐作戦
私たちは護衛艦フワデラにタナァカ氏を招き、幼女化した帝国水陸機動隊全員を元の屈強な連中に戻してもらった。
「あとは艦長だけですが……えっと……」
何か言い淀んだタヌァカ氏を庇うように下がらせ、マーカスが私の前に出る。
「悪いが艦長さん、あんたの幼女化解除は全てが終わったときだ」
顔中に包帯を巻いたマーカスの声はちょっと聞き取りにくかった。
「どういうことだ?」
「あんた個人を信用してないわけじゃねぇが、状況が状況だ。何が起こるかわからないのも確かだろ? しかも、あんたは多くの船員の命を預かる立場だ。もしライラを預かるリスクがそれを脅かすとなったら、ライラを切り捨てるかもしれない。それは艦長として正しい判断かもしれねぇが、俺たちにとっては絶対に許すわけにはいかないことなんだよ」
「いや、そのことについては了解した。タヌァカ氏の立場とその顔を見れば納得もするさ。私が聞きたいのは、どうして君の顔がそんな包帯だらけの状態になっているかってことだよ」
「クッ……それは……」
いつの間にか私の後ろに立っていた平野副長がマーカスを見下しながら口を開く。
「このセクハラ男のハーレムの女性たちに、彼がこの艦内で行った愚行の数々を録画した動画を提供させていただきました。それを見て怒り狂った彼女たちに、ご褒美としてサンドバックにしてもらったみたいですね」
「ちょ、平野、おまっ、それは禁じ手じゃね?」
「自業自得です」
そう言うと氷の女王は、いつもの絶対零度よりさらに超絶対零度な冷たい視線でマーカスを見下ろした。その背中から黒いオーラが立ち昇っているのが目に見えるくらい怖くて、私はちょっとちびった。
「くっ、ユキナ……そんなことまでして俺を独占したかったのか……すまん。俺が気づいてやれなくて」
「艦長、こいつ撃っていいですか? 発砲許可を申請します。私が許可します。では許可されました」
「ちょっ、平野! 銃を抜くな! 発砲駄目! 駄目だから!」
平野副長のオーラを見て怯えているタヌァカ氏が、震えながらマーカスを擁護する。
「も、申し訳ありません。許してやってください。このマーカスという男は信義に熱い、信頼するに足る素晴らしい男なんです……女性関係以外は信頼するに足る素晴らしい男なんです」
「シンイチ! どうして言い直したんだよ!」
マーカスが両手両膝を床についてうなだれた。私は茶番を終わらせるために、まぁまぁと両手を振ってその場を収める。
「私の幼女化解除は、悪魔勇者を倒した後で構いません。その方が皆さんの信頼も得られることでしょうし、私としては何の問題ありませんよ」
「あ、ありがとうございます!」
お礼を言いながら何度も頭を下げるタヌァカ氏に、私も何度もお辞儀を繰り返した。
そのとき、脳の血流が上がったのか、ふと大事なことに私は気が付いた。
「平野副長……一応、確認しておきたいのだが?」
「何でしょう?」
「マーカス氏の浮気現場実録映像、まさか私のバージョンは存在しないよな?」
「黙秘します」
あるのか! やっぱり録画してるのか!
平野副長の口角がニヤリと上がる。それは僅かな変化だったが、長年家族ぐるみの付き合いの私にとっては、あからさまな嘲笑だった。
私はちょっと帝国に帰りたくなくなった。
少なくともその動画が妻の手に渡らぬよう完全に削除することができないまま、帝国には戻れない。
いや、その、別に浮気なんかしてないけど? 確かにしれっと女湯に入ったり、女性の胸やお尻をちょーっとマッサージしてあげたり、「この異世界では独身だけど何か?」みたいな発言はしたことがあるけど、それはあくまで幼女だから! 幼女だからなんだよ! 幼女だからセーフだろ? 本来の俺じゃないんだ! だからセーフ! セーフ!
「その脳内の言い訳が奥様に通じると良いですね」
私を見下す平野の顔がズームアップで迫ってくる。
「ちょ、おま、スキル使うな!」
女王様に踏んで欲しいという欲望と、妻に動画が渡った際の阿鼻叫喚地獄の絵面を想像した恐怖によって、私の足がガクブルし始めてきた。
「ぐぐ、グレイベア村との回線を開け! 各科長を士官室に集めろ! これから悪魔勇者討伐の作戦会議をひ、開く!」
「了!」
思わず膝を屈しそうになった直前、私は最大級の気合を込めて話題を変えた。
~ 作戦会議 ~
何時間にも渡る作戦会議が何度も繰り返され、最終的に作戦をまとめ上げたのは三日後のことだった。
「これより護衛艦フワデラ、リーコス村、グレイベア村共同による悪魔勇者討伐作戦を開始する!」
護衛艦フワデラの後甲板上で
「これは我々が帝国に戻るため、家族の元へ戻るための戦いであり、この世界の人や魔族を救う戦いでもある! 幸いなことに私たちは十分な魔鉱石を確保することに成功している。そのため強力な武器と十分な兵站を用意することが可能だ」
全員から歓声が沸き起こる。
「だが、この異世界には魔法があり、また妖異という、私たちだけでなくこの異世界に生きるものから見ても異質な存在を相手にしなくてはならない。もしかすると妖異の中には、我々の武器が通用しないものもいるかもしれない」
歓声が一気に静まった。
「だが、そうした妖異に対して最大級の戦力となる人物の協力を我々は得ることができた。それがこのタヌァカ氏だ」
顔を真っ赤にしたタヌァカ氏が何度も頭を下げる。
「諸君らも知っての通り、このタナァカ氏のスキルは戦場において水陸機動隊を一瞬で幼女に変えた。彼は人や魔物、そして妖異でさえ一瞬で無力化できる最強のチート能力者だ。我々の最終目標である悪魔勇者でさえ、彼の力によって現在は幼女になっている」
「「「おおっ!」」」
「さらにグレイベア村には、この世界で最強とも言われているドラゴンや精強な戦士たちがいる。リーコス村には精強な白狼族が我々と共に近代化装備を持って戦ってくれる。つまり……」
ここで私は一呼吸おいた。
「我々が勝利するということだ! 我々は悪魔勇者を倒し、この世界を救い、そして帝国へと帰還する!」
「「「うおぉぉぉ!」」」
そして――
悪魔勇者討伐作戦が開始された。
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