第132話 幽霊少女と夢追いの歌 Ⅱ

「……どうか! どうか、うちの宿屋に住み着いた幽霊を退治してくださいませんか!?」


「……はい?」


 切羽詰まった表情でヘルメスに懇願する少女アミューの口から放たれたその言葉は、思わず首を傾げてしまうようななんとも不思議な案件であった。……だが、その雰囲気からしてどうやら冗談などではない様子。

 ヘルメスもそれを察したのか、普段より一回り真面目な姿勢でアミューへ返答を投げかけていた。


「えっと、ごめん。とりあえずすぐそこ行くから、もうちょっと詳しく聞かせてもらっても良いかい?」


「あ。はい、分かりました!」


「うん、じゃあちょっとそこで待っててね。――よっと」


「!? ちょ、え!?」


「ほい、お待たせ。それじゃあ詳しく聞かせてもらって良いかな」


「……」


 と、返事をするや否や颯爽と甲板から飛び降り、アミューの目の前に見事着地してみせるヘルメス。


 なるほど、確かに『すぐ』そこに行くのであれば今のやり方が最短最速のルート。普通に船を降りるよりも遥かに早くアミューのもとへ辿り着けるだろう。流石は最強騎士のヘルメス・ファウスト、一度した発言は決して違わないのである。


「ま、問題はこの甲板から地上までどう見ても7m近くはあるって事なんですけどね。……なんだよ、今の無駄にカッコいい登場。あんなの目の前でやられたらちょっと憧れちゃうじゃねえか」


「あの、お願いですから真似しないでくださいねハルマ君。貴方があれをやった最悪そのまま死にかねませんので……」


「分かってる……って。いくら俺でも流石にこの高さから降りたくらいじゃ死にはしないだろ! いや、まあ確実に怪我はするだろうけどさ」


「どう……かな。確かに上手く姿勢を保っていれば死にはしないと思うけど、ハルマの身体能力で果たしてそれが出来るかどうか……」


「ちょ、ソメイまで!? もう散々分かりきった事とは言え、いくら何でもお前ら俺への信頼なさ過ぎじゃないかなぁ!?」


 神妙な表情で地味に酷な見解をハルマへ告げるソメイ。

 流石は最弱勇者の天宮晴馬、一度刻まれた(マイナスの)信頼は決して違わないのであった……。


               △▼△▼△▼△ 


 さて、そんな訳である意味信頼バッチリのハルマはシャンプー達と普通に船を降り、アミューの話を再度詳しく拝聴。

 若干焦りながらも丁寧語に詳細を語る彼女の話を聞き終え、ヘルメスは一旦彼女の話を整理する事にした。


「よし、それじゃあ一旦話をまとめようか。……つまり、君のご実家は昔からここで宿屋を営んできており、今までは特に何か問題があったりするような事はなかった。しかし、1ヶ月ほど前から『深夜に不思議な音が聞こえる』という声が出るようになってしまいお客さんが激減。いろいろと調査をしてみたけど原因は一切不明で、今ではすっかり『幽霊が住み着いてる』なんて噂されるようになってしまった……と。こういう事で良いのかな?」


「はい、仰る通りです」


「そっか。うーん、そっかー……」


 まとめた内容に間違いはなかったが、それはそれでヘルメスは再び首を傾げてしまった。

 どうやらいくら最強騎士の彼でも幽霊退治までは経験がなかったらしい。……まあ、実はすぐ隣に幽霊退治(?)の経験がある最弱勇者が居たりもするのだが。それはまた別のお話。


「うーむ。これはなかなか、なんとも言い難い案件だな……」


「……流石のヘルメスさんでも、幽霊退治まではキツい感じなんですか?」


「どうだろう。なんせ、ヘルメスさん今年で20年くらい騎士やってるけど、生憎幽霊とは一度もエンカウントした事ないからな。……まあ、でもとりあえずやれるだけの事はやってみるさ。もしかしたら幽霊も案外簡単に倒せるかもしれないしね」


「……」


 実際、この人ならやりかねないから恐ろしいもんである。

 例え物理的に干渉出来ない幽霊でも、なんかこう次元を超えたパワーで消滅とか、肝っ玉で霊体無視とか、何かしらの方法で無理矢理突破してしまいそうだ。


「よし。それじゃあアミューちゃん、とりあえず君の宿屋に案内してくれるかな? まずは現場を見てみない事には何も始まらないからね」


「分かりました! それと、そのありがとうございます!」


「別にお礼を言うような事じゃあないよ。これが僕の仕事だし、そもまだ何も出来てないからね」


 と、いう事でとりあえず出航は先送りにし、アミューの案内のもとハルマ達は彼女の宿屋へと向かう事に。

 さて、ハルマからすればこの異世界で2度目の幽霊騒動。果たして此度は一体どのような事態が待ち受けているのだろうか……。……出来れば今回は前回みたいな悲惨な事にはならないと良いのだが。


「……あ、てかその前にホムラとジバ公起こさないと」


「あ」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ―少し歩いて、アミューの宿屋―

 ……と、言う訳で。寝ぼけまなこのホムラとジバ公を引っ張りながら、アミューの案内のもとハルマ達は彼女の宿屋へ到着。早速入り口の大きな扉を開け、その中へ足を踏み入れると、そこでは――


「お、おのれぇ……! 幽霊めがぁ……!!!」


「……」


 怨念凄まじい男性が、カウンターで一人頭を抱えながら呪詛の言葉を呟いておりました。……その怨念の凄まじさやかなりもので、ぱっと見こっちが悪霊かなんかかと思ってしまう程のレベルである。

 どうやらこの様子から察するに、幽霊によって齎された経営への影響はかなりのものであるらしい……。


「……あのー、すみません。ちょっと良いですか?」


「あぁ? ……、……って!? お、お客様!? お客様ですよね!? ね!?」


「あ、いや、その。まあ確かにお客様と言えばお客様かもだけど――


「おお、オオオオオオオ!!! 久しぶりの、久しぶりのお客様だぁーーー!!! あああああああああああ!!!!!!!!!!!」


「……、……」


 先程の怨念は一体どこへやら。ヘルメス達の存在に気付いた瞬間、今度は賜物を授かったかの如く文字通り狂喜乱舞し始める宿屋の主人。

 その凄まじい暴走っぷりにはハルマ達はもちろん、話しかけたヘルメスやアミューでさえちょっと引いてしまっていた。

 どうやら、本当に幽霊によって齎された経営への影響はかなりのものであるらしい……。……だとしても、普通こんなにぶっ壊れるものかとは思わないでもないが。


「あああああああ!!! はぁ……はぁ……。おぅう……」


「あ、あの……大丈夫ですか?」


「あ、はい……すみません……。なんせ久方ぶりのお客様だったもので、つい興奮してしまいまして……。……、……って!? よく見たら、貴方はオリュンポスのヘルメスさんじゃありませんか!? どうしてこんな所に!?」


「あ。えっと今回は、お宅の娘さん――で良いんだっけ?」


「はい、そうです。……今ちょっとその関係を解消したくなりましたが」


「!?」


「ははは……。で、その。今回はお宅の娘さんに幽霊が住み着いて困っていると、お話を伺いましてお訪ねさせていただいた次第です。はい」


「おお……な、なんと! なんとありがたい!!! はい、そうなんです! そうなんですよ! 本当にもうクソ幽霊のせいで困りに困っておりまして! どうか、お願いいたします!」


「……は、はい。やれるだけやってみます」


 落ち着いたり、驚いたり、歓喜したりと終始忙しい主人に若干振り回されつつも、とりあえず目的を告げる事は出来た。

 なお、その横でアミューはずっと恥ずかしそうにしていたが、まあ文字通り死活問題であった主人からすれば、ああなるもの致し方ない事だったのかもしれない。

 ……流石に叫び出した時はちょっと怖かったが。


「とりあえず! 荷物やらなんやらを持ったまま調査というのもあれですし、まずはお部屋にご案内致しましょう! あ、後ろのお連れ様もご一緒にどうぞ! 皆さまならば特別に無……えっと、半額にさせていただきますので!」


「……」


 ハルマ達を意気揚々と案内しつつ、なんか一瞬言いかけて即訂正する主人。

 どうやら、本当に、本当に幽霊によって齎された経営への影響はかなりのものであるらしい……。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 さて、そんな訳でハルマ達は主人に案内され宿屋の2階の一室へ到着。

 『幽霊が住み着いている』と噂されていると聞いた時は、一体中はどうなっているのかと思いもしたが、とりあえず案内された部屋は特におかしな点はないようであった。てか寧ろ、結構豪華な作りになっており普通の宿屋よりも快適なくらいである。


 あ、ちなみにホムラとシャンプーとはちゃんと別部屋。流石にあの主人もその辺りはちゃんと気遣ってくれました。


「現状普通に良い感じの宿屋、って感じだけどな……」


「そうだね。……だが、噂によると幽霊が出現するには深夜だそうだ。なら今のこの状態はまだ何もないように見えているだけ、という事なのかもしれない」


「oh……。だとしたら地味に怖い話だね。夜になったら部屋が急におどろおどろしくなってるとかヘルメスさん的には勘弁してほしいところだよ」


「ヘルメスさん、意外と怖いの苦手なんですか?」


「いや。だって昼間と比べて見るからに様子が変だったら、寝ぼけとか勘違いでスルー出来ないじゃん」


「ええ……」


 それで良いのか最強の騎士。

 まあ、ハルマも夜中にふと目が覚めたタイミングで、明らかに面倒事が発生している……なんて状態はちょっと勘弁してほしいと思いはするが。

 他ならぬ貴方がそれを言ってしまうのはどうなんでしょう。


「ほんと勤勉なのか、怠惰なのかイマイチ分かんねーな。この人……」


「ははは。残念ながらヘルメスさんはいつだって怠惰だぜ、ハルマちゃん。僕は常に出来る事なら仕事はサボりたいし、やらないで良い事は極力やりたくない!の精神でお仕事頑張ってますから」


「自慢げにそんな事言わないでくれませんかね!? しかも後輩の目の前で!」


「大丈夫大丈夫、もうソメイ君からしたらこんなの今更だからね。……さて、そんな訳で出来れば楽したいヘルメスさんですけど、流石に頼まれ事までキャンセルするほど怠惰でもないからね。とりあえず見回りに行ってくるとするよ。あ、ハルマちゃん達はゆっくりしてて良いからね。それじゃ、また後で会おう」


「あ、ちょ……」


 と、言うだけ言ってヘルメスは部屋からそそくさと出て行ってしまう。

 結果、部屋にはツッコミ損ねたハルマと、そんな彼らをなんとも言えぬ表情で眺めるソメイ(とまだ寝てるジバ公)が残される事となった。

 ……なんというか、本当に彼という人は、


「勤勉か怠惰かはともかく自由過ぎやしませんかね。てか騎士ってあんなフリーダムな感じで良いの? なんか俺の想像してた騎士って、もっとこう厳格な感じのものだったんだけど」


「まあ、確かにヘルメスさんは騎士の中でもかなり自由な方だからね……。でも、普段はあんな雰囲気だけど、実はあの人仕事で大きな失敗したりした事は一度もないんだ。だから少なくとも騎士としては何の問題もない、と僕は思うよ」


「そうなのか……」


 いまいち真面目に仕事に取り組んでいる姿が想像出来ないハルマであったが……。まあ、ソメイはそう言うなのなら実際そうなのであろう。

 ……それなら、普段の態度にも少しくらいその姿勢を反映させてほしいとは思わないでもなかったが。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ―深夜―

 さて、それからしばらく経って宿屋到着から数時間が過ぎた頃。

 ハルマ達はヘルメスのお言葉に甘えて、此度の幽霊退治は彼に任せ今夜は部屋でゆっくりと休ませてもらっていた。


「……」


 時計を見ると時刻は既に12時を回りすっかり夜更け。

 隣では普段は不眠症のソメイが今夜は珍しく寝る事が出来たようで、すうすうと静かに寝息を立てながら眠っている。

 しかし……、


「……」


 そんな彼の姿とは対照的に、ハルマはやけにぱっちりと目を覚ましていた。

 それは一体何故なのかと言うと……、


「……お前、何してんの?」


「あ、いや……その……」


 何故か、この深夜の寝室にシャンプーが訪れていたからである。

 しかも普段の彼女にはあまり見られない、なんとも妙な雰囲気で。


「……すみません、こんな夜更けに。……その、ちょっとハルマ君にお願いがありまして……」


「お願い……?」


「はい……。その、ちょっと一緒に……お手洗いにまで……来てほしくて」


「……、……はい?」


 やたらと歯切れの悪い口調で切り出してきたのは……これまた、なんとも彼女らしからぬ珍妙なお願いであった。

 まあ、内容自体は割とよく聞くようなお願いではあるのだが。しかし今までの旅路では一度もそんな事を頼んではこなかった彼女が、どうして今日になって突然こんな事を言い出したのか。


 ……いや、まあ今のこの状況で普段と違う点なんて一つしかないのだが。

 しかし、もしそうだとするならばつまりシャンプーは……?


「……え? もしかして、お前幽霊怖いの?」


「――! い、いえ決してそんな事は! そんな事はないのです! た、ただちょっと私はその、物理的な干渉が行えない霊体という存在にこう、警戒心と言いますか! ちょっとしたアレが出てきているだけでして!!!」


「……」


 うん、どうやらシャンプーは幽霊が怖いらしい。本人はなんとか必死に誤魔化そうとしているが、これではその必死さが逆にそうだと言っているようなもんである。


 ……しかし、これはちょっと意外だった。

 てっきりふっきれて以降のシャンプーは完全に怖いものなしだと思っていたのだが、まさかこんな可愛い弱点があったとは。どうやら、さしも流石の彼女も肝っ玉までは持ち合わせていなかったようだ。


「ま、別について行くのは良いけどさ。幽霊が怖いなら怖いって先に言ってくれれば良かったのに。そしたら俺達も何かしら考えてたよ?」


「違います! 幽霊は別に怖くないんです! あくまで私は霊体という特性にちょっと警戒をしているだけで!!!」


「はいはい。……それじゃあ、さっさとトイレ行くとしますか。早く寝ないと本当に幽霊が出ちゃうかもしれないしね」


「ちょ!? ですから、別に幽霊は怖くないって! ハルマ君!!!」


 深夜の宿屋に(寝ている人に気遣って)静かに響くシャンプーの声。

 それは彼女にしては珍しく焦りと少しの悔しさの混じった心からの叫びであった。

 しかし悲しきかな。そんな彼女の必死の訴えも、既に本心を見透かしてしまったハルマには全く届かないのでありました……。


「違いますからね! 違うんですからね!!」


「はいはい」


「ハルマ君!!!」














 ―大広間―


「……、……」





【後書き雑談トピックス】

 ちなみにシャンプーが(頼りない)ハルマに頼ったのは、

 ホムラは日中明らかに寝不足だったからで、ソメイは普段不眠症で、

 ジバ公は起こすと怖いからで、ヘルメスは幽霊退治で部屋に居なかったからです。

 つまり消去法でハルマしか選択肢がなかった。


 ハル「てか俺が居ない方が寧ろ安全じゃない?」

 シャ「そんな事ないです! 例えハルマ君で一緒にいてくれないと一人は怖――

 ハル「ん?」

 シャ「あ、いえ、その! なんでも! ありません!!!」

 


 次回 第133話「幽霊少女と夢追いの歌 Ⅲ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る