第139話 いろいろ思い出話

「……可愛い雀の鳴き声とは裏腹に、本日はなかなか最悪のスタートを切ったのであった」


 チュンチュンと外から聞こえてくる可愛い鳴き声とカーテン越しの朝日を浴びながら、ハルマは本日の目覚めを享受していた。

 が、なんとも平和的な目覚めでありながらもその顔色はあまり良くない。それは一体何故なのかと言うと、


「ま、睡眠時間僅か2時間(25点)じゃクソ頭痛い&クソ眠い&クソ怠いのも無理ないか……」


 そう、シンプルに睡眠不足である。

 なにせ昨日の夜は幽霊少女の件でいろいろあり、(主にハルマの)奮闘の結果一応無事解決は出来た。

 しかし、全てが終わった頃にはもう時刻は午前4時前。それから急いで床に戻り、少しでも明日(正確に言うと今日だが)に備え眠りに落ちたのだが……、


「なんだろう……。なんか変な時間だけ寝たせいで余計にキツくなった気がする……」


 当然ショートスリーパーでも何でもないハルマはその程度の睡眠時間では回復しきれず。寧ろダメージを負ってしまったのであった。

 徹夜で人助けしたのに得たのは不調3K(とペンダント)だけとは……なんとも悲しいものである。


「……人助けに報酬を求め始めたらそれこそ終わりだけどさ」



               △▼△▼△▼△ 



「あ、おはようハルマ。……やっぱり貴方も眠そうね」


「……ホムラか、おはよ。そりゃ、もうバチコリに眠いですよ」


 さて、そんな訳でなかなか辛い朝を迎えたハルマだったが、だからと言っていつまでもベッドでゴロゴロしている訳にもいかない。

 なのでとりあえず眠気を覚ます為にハルマは部屋の外へ。すると、そこには同じく目を覚ましたホムラの姿があった。


「その、ごめんなさい。昨日いろいろあったみたいなのに何も出来なくて……」


「あー……まあいいよ気にしないで。ヘルメスさんはともかく、俺らは半ば偶然巻き込まれたようなもんだったし。それにどっちにしろド深夜に起こすのも気が引けたから。それでも気になるってなら、それは今後の活躍で取り返しておくれ」


「……うん。ありがとう、ハルマ。3人が頑張ってくれた分、今日からは私ももっと頑張るから。期待していて」


 ふんっ、と可愛らしく気合いを入れるホムラ。

 そんな様子を見ているだけで、ハルマは起きた瞬間から襲い続けてくる鈍い頭痛が少し引いたような気がした。

 可愛いは正義とはよく言ったもんである。


「……ありがたやありがたや、だな。ところでホムラ、さっき『貴方も』って言ってたけど。あれか、その感じだとシャンプーもやっぱり?」


「うん。そもそも昨日の夜の事はさっきシャンプーが教えてくれたから。でも話し終わった後『そういう事なので私は寝ます。なので決して起こさないでください。もし起こしたら私は全力で拗ねますからね』って言われちゃって……」


「子供か! ……子供だったわ(シャンプーさん16歳)。いや、確かに気持ちは分からんでもないけど、今日はこの後出航なんだから起きてくれないと困るんだよな……」


「そうよね……。それは私も分かってるんだけど。その、私はここに着いた時……」


「ああ……」


 ホムラはそっと気まずそうに目を逸らす。

 まあ、無理もないだろう。なんせホムラはこのアーチボル島に着いた時は、自分が思いっきり寝過ごしている側だったのだ。

 故に来た時にそんな状態だった人が「出航するから起きろ」なんて言ったところで完全に「お前が言うな」案件である。

 ……というか、この船旅始まってからみんな睡眠事情乱れ過ぎではないだろうか。


「元の世界だったら今週は完全に捨てだったな、なんて。……やれやれ、しょうがない。ホムラ、シャンプーは俺がどうにかする。何、こっちには姉さん直伝の必殺技があるからね。どんな奴もイチコロさ」


「……それは、その。頼もしいけど、出来るだけお手柔らかにね?」


「……善処はする」


 一応前向きな返答はしたハルマだったが、それはなんとも難しい相談だった。

 何故ならハルマが姉から受け継いだ天宮家直伝のふとんひっくり返し技、通称『夢殺し』はそれはそれは絶大な威力を誇る超大技だからである。


 一気に布団ごと身体を引っ張りあげ、そのまま勢いを殺さず叩き落すあの瞬間に全身を襲う布団と重力のMIXされた重圧は、まさに『死の衝撃』の一言。

 実際、幼少期に何度もこの技をくらったハルマは、その度に睡眠とは違う意味で夢と現実の間を行ったり来たりしたものだ。


「ま、シャンプーさんなら死にゃあしねえだろ。てか、よく考えたらこれ最悪ヘルメスさんにも仕掛けないといけないかもしれn—―



「ん? 呼んだ?」



「おうわーーーーーーーーーー!!!!!?!?!」


 と、もう一人。同じく寝坊助になっているだろう人の事を考えていたハルマだったのだが、その当人から突然何の前触れもなく声を掛けられてしまう。

 これには一回同じような目に会ったハルマも再びびっくり仰天。あまりの衝撃に眠気もすっかりどこかへ吹っ飛んでしまった。


「て、てめえ! 急に後ろから音もなく声掛けるなってあれ程散々言ったし、昨日も言われただろうが!!!」


「あ。……ごめん、つい。別に脅かすつもりは今回はマジでなかったんだけど」


「余計に質が悪いわ!!!」


 なんとも申し訳なさそうにハルマを見下ろすのは、お馴染み最近本気で人間じゃないのではないかと疑い始めている『最強の騎士』ことヘルメス・ファウスト。

 この男、この船旅が始まってから既に2回もハルマとシャンプーに「急に後ろから気配も音もなく声を掛けるな」と散々言われたのだが……今朝も見事にやらかしてくれやがりました。


「……ったく。つうか最強なんだったらせめて気配は最強レベルで分かりやすくあってくれよ。なんでクソ強いくせに気配遮断EXまで持ってんだ。そんなのマジで無敵じゃねえか」


「いや、一応気配は強い方だと思うよ? ただほら、僕足速いからね。だから相手が気配感知する前に距離詰められちゃうんだ」


「あのほんとにすんません。マジで何なの、あんた?」


 何で当然のようにハルマの文句のさらに上を行くのか。

 気配は強いし隠せないけど、感知される前に距離を詰められるからモーマンタイとかほんとに無茶苦茶ではないか。

 いやまあ、ここ数日で聞いた彼のスペックで無茶苦茶ではなかったものの方が少なかったような気もするが。


「ほんとにコイツは……。……で、別にさっきのはヘルメスさんを呼んだ訳じゃなくて。これからシャンプーを(叩き)起こしにいくから、ついでにヘルメスさんも起こした方が良いのかなと思っただけです」


「なるほど、それはお気遣いどうも。でも僕は別に大丈夫かな。申し訳ないけど2人と違って眠くもなんともないしね。ご覧の通り今日もバッチリ元気でしっかり最強なヘルメスさんですよ」


「なんで? 俺とシャンプーは徹夜激務&2時間睡眠で朝から死にかけなのに、なんであんたは平気なんだよ。何なの? 人間じゃないの?」


「どうだろう。一応父と母は人間だったけど、もしかしたら僕はそうじゃないかもしれないね。ほら、たまに動物とかにもいるだろ。明らかに突然変異的なやつ」


「え、えぇ!? ヘルメスさんって、人間じゃなかったんですか!?」


「……あの、ヘルメスさん。変な冗談やめてください。ウチのお嬢は(バカだから)そういうの信じちゃうんですよ」


「いや別に僕は可能性として在りうる仮説を述べただけだけど」


「あり得ねぇよそんな仮説! というかあり得ないでくれ! あとそんな人の心がない仮説を自分で述べるな!!!!!」


 さも当然のように、当然であっては困ることを言ってのける最強騎士。


 ……とまあ、こんな感じで。

 今日も今日とて朝っぱらからぐたぐだしながら、ハルマのいつも変わらぬぐだぐだした異世界での一日が始まったのでありました。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 さて、それから予告通りシャンプーに容赦なく『夢殺し』を叩きこみ、死ぬほど文句を言う彼女と死ぬほど感謝する宿屋の店主とその娘の感謝の言葉を一身に受けながら、またもや広い広いバルトメロイ海域へ旅立ったハルマ達。


 勢いよく海へと乗り出した船は、現在アーチボル島から見て北西の方角へと進んでいた。ヘルメスが言うにはどうやらこの方角に次の島があるらしい。

 ただ、アーチボル島から次の島へはまたそれなりに距離があるようで、結果ハルマ達は再び船の上で各々自由に過ごしているのであった。


 例えば、ホムラは次に何かあった時は活躍できるように魔術の再調整、先ほど無理やり叩き起こされたシャンプーは再び自室で就寝、そしてシャンプーと同じく寝不足のはずのハルマは――、


「……良い風だなぁ。俺、こっちに来てからすっかり海が好きになったわ」


「へー、僕はあんまり海に良い思い出ないからよく分かんねー感覚だわ」


「お前海嫌いなん?」


「そうだね、僕が一人で船に乗るとそれは『密航』もしくは『不法侵入』だったからね。仕方ないね」


「あー……」


 何故か床に着くことはなく。

 甲板で海風を浴びながらジバ公とのんびり雑談していた。


「てかさ、お前眠くないの? シャンプーは船に乗った瞬間、『私まだ眠いので寝ます。次、またアレをしたら今度は殺しますからね?』って即行寝ちゃったのに」


「それが不思議な事にもうあんま眠くないんだよな。多分、原因は朝からヘルメスさんの最強漫才に巻き込まれたせいだとは思うんだけど」


「……何があったんだよ」


 ハルマの返答に若干引き気味というか最早呆れ気味のジバ公。

 どうやら彼も一応「何があった」とは言っているものの、大体どういう方向性の話があったのかは何となく察したのだろう。

 まあその結果、こんな表情になるあたりジバ公もヘルメスのぶっ飛び具合にはいろいろ諦め始めてしまったようだが。


「……良いよなぁ、あの強さ。てかさ、俺も本来ならあの人みたいになれたはずだったんだよな。……それが、一体どうしてこんな事に」


「そも強いハルマって全く想像出来ねーな。それはもうハルマじゃないだろ」


「俺=弱いの悲しみの解釈方程式を成立させてんじゃねえよ。なんかあるだろ、俺にも強いところ一個くらい」


「飯が美味い、洗濯が得意、掃除も上手、裁縫もお手の物」


「主婦かな?」


 ものの見事に『家事のさしすせそ』を網羅していくジバ公評のハルマ。

 なんなら残る最後の『し』の躾も、いろいろとアレなお嬢共のお世話でしっかりその力が養われているような気がしてならない。


「じゃあ、しっかりコンプリートじゃねえか。……異世界生活には要らねえよ、こんなスキル。もっとマシなのくれよ」


「そうかな? 僕はハルマの家事が得意なところ、常々羨ましく思っているけどね」


「え? って、ああ。ソメイか。……あれ、お前船酔いは?」


「あ。えっと……恥ずかしい事についさっき、前にマーリンから酔い止めを貰っていた事を思い出してね。それを飲んだらすっかり平気になったよ」


「……」


「ん? どうしたんだい? そんな不思議そうな顔して」


「いや、薬ってちゃんと効くんだなって。ちょっとびっくりしただけ」


「驚くとこそこ? 何? お前、過去に薬関連で何かあったのか?」


 変なところに驚くハルマとそれに怪訝な表情でツッコミを入れるジバ公。

 そんな二人のやり取りに思わず苦笑するのは、ホムラと同じく昨日の夜はすっかり眠りこけていた騎士王ソメイさんだ。

 昨日の夜はゆっくりとお休みを取られていただけの事はあり、酔い止めから解放された今朝の彼は随分と健康的なご様子である。


「……今、何か見えないところで凄いチクチク刺さなかった?」


「マサカ、ソンナコトアリマセンヨ。……で、俺の悲しみの家事スキルが羨ましいとはどういう事かね? あれか、騎士としてはそういうスキルも会得しときたいってコト?」


「まあ、それもなくはないけど。どちらかと言うと僕は実家の為にそういうスキルを身に着けたいんだよね。一応料理はそれなりに出来るけど、それ以外の家事はからっきしだから。そのせいで家に帰ると家事は全部妹に任せきりで……」


「なるほど。……あとお前さん、しれっと妹が居るという新しい情報をお出ししてきましたね」


「あれ? 言った事なかった?」


「思い切り初耳学ですが」


「ふむ、そうか……」


 そうだったかな?とでも思っているのか、深く首を傾げるソメイ。


 ……これは前々からそうではあったのだが。やはり、どうもこの男は自分の話をあまりしたがらない。もちろん、プライベートについて周りにどれくらい話すか個人ごとに差があるのは当然だ。だが、だとしても彼は少し話なさ過ぎではなかろうか。


 このままではこの先の旅路で何か不都合があるやもしれない。

 なにせもう彼との付き合いも短くはないのだ。コミュニケーション不足はいつだって最悪のBADENDのスタートライン。油断は禁物である。(例:妖精國)


 ……と、いう訳なので、


「よし。ソメイ、これからこの場はお前の今までについて聞く場にしよう。別に全てを赤裸々に話せとは言わないが、俺もそろそろ騎士王英雄譚を聞くのを我慢するのも限界なんだ。なんかあるだろ? 面白い話の一つや二つ」


「良いなそれ。僕もソメイの話聞いてみたい」


「う、なっ!? 何故そんな急に!? しかもジバ公まで……」


 いきなり(ソメイは)予想だにしていなかった話題を振られ、少し赤面しながら動揺する騎士王。だが、やはりこの手の話題はあまり気が進まないのか。

 なんとか話題を変えられないものかと彼はしばし無言でオロオロしていたのだが……もちろんそうは問屋が卸さなかった。


 動揺するソメイを前に、ハルマとジバ公は容赦なくキラキラ視線攻撃を全ツッパ。

 これには流石の騎士王も堪えるものがあったらしい。その証拠にしばらくは抗っていた彼も程なくして抵抗を諦め、軽くため息をつきどもりながらも自分語りを始めたのだった。


「とは言え、何からどう話したものか……。……そうだ、じゃあ今日は僕が騎士になった時の話をしようか」


「おお、『騎士王誕生の秘密だニャン!』は普通に気になり過ぎる。ぜひそれを聞かせてくれ」


「分かった。じゃあまず、僕は9歳の頃にキンキとシキザキと竜の逆鱗を取りに行ったことがあってね」


「悪い、ちょっと待ってくれ」


「え?」


 開始早々いきなりクライマックスの『騎士王誕生の秘密だニャン!』に、すぐさま待ったをかけてしまったハルマ。そのまま彼は頭を抱えてしまったのだが……でも、よく考えればこれは当然の事だったのかもしれない。


 なんせ最近はヘルメスとかいうもっとヤバイ奴が近くにいたせいで忘れかけていたが、コイツもコイツで単独で巨大飛竜を叩き落せるくらいには十分化け物なのだ。

 なら、そんな彼のエピソード0のスタートがいきなりクライマックスでもおかしくはない。……それでも俄かに信じがたい言葉が聞こえた気がしないでもないが。


「……あ。ああ、ごめん。シキザキが誰なのか君たちは知らなかったね。だから困惑してたのか。えっと、シキザキと言うのはキャメロットの「夜半」の騎士でね、同時に僕とキンキの幼馴染みで――


「違うそうじゃない。問題なのはそこじゃないんだ。あとシキザキさんに関しては一応話だけは聞いてる」


「そう、なのかい? じゃあ何故いきなりストップを?」


「……本気で言ってるのお前?」


「え? ……うん」


「……マジか。どう思うよ、ジバ公。コイツマジで分かってないみたいだぜ」


「まあ、彼らは僕たちとは住む世界が違うからね。これくらいのズレは致し方あるまいよ」


「そっかぁ……」


「?」


 なんとまあ、生物学上は同じ生命体であるはずなのに悲しい格差だろうか。

 『天は二物を与えず』なんて言葉も世の中にはあるが、例え二物を与えなくても与えた物の質の方に差があり過ぎたら結局意味ないと思うのだが。

 ……いやまあ、ジバ公は生物学上でも同じ生命体ではなく、ハルマは文字通り住む世界が違うのはそうなのだけど。


「……えっと、話の腰折って悪かった。もう止めないから続けてくれ」


「そう……か。まあ、君が良いなら良いのだけど。……で、えっと僕は9歳の頃にキンキとシキザキと竜の逆鱗を取りに行ったことがあってね。それが僕たちが騎士になれた理由なんだ」


「そも、何故9歳で逆鱗ハントしてんのお前ら?」


「そんなに難しい理由ではないよ。ただキンキが『城の騎士は正式に戴冠する時に竜の逆鱗を取ってくるらしい。じゃあそれを俺らが取ってきたら騎士にしてもらえるんじゃないか!?』って言い出してね。実際そうしたらそうなった」


「……」


 なるほど、確かに理由と理屈は難しくなかった。過程は超絶難しかったが。

 ……ほんと、何喰って育ったら年齢2桁にもならない頃から竜をぶっ倒して逆鱗取ってくるなんて事が出来るようになるのだろうか。心底不思議である。

 あと王国も王国で、いくらマジで逆鱗取ってきたらって子供3人を騎士にするのはいろいろヤバイ気がするのだが。……まあ、この辺りはラルセルム特有の『超・実力主義』の考えによるものなのかもしれないが。


「ただ、もちろんいきなり騎士になれた訳ではなくて。しばらくは『見習い』として城に住み込みで修行と勉強の毎日だったんだけどね。で、その時に僕たち4人の先生だったのがマーリンなんだ」


「へぇ……マーリンさんとソメイってそういう関係だったのか……。……ん? 待って、4人? そのあと1人はどっから湧いてきた?」


「あと1人はヴィ……じゃなくて王の事だよ。当時は王もまだ王じゃなかったからね。修行中の身として僕たちと一緒に毎日勉強&修行してたんだ」


「未来の王と騎士が一緒に勉強&修行してるって何か凄えな」


 実際ソメイ達とロンゴミニアドはそこまで年が離れているようには見えなかったが、これはもう実質ロンゴミニアドも幼馴染のようなものではないか。

 幼馴染が将来自分の主になるなんて、幼馴染の居ないハルマにはどんな感覚なのか想像もつかなかったが……それでもやはり、少し不思議な気分にはなってしまう。


「勉強と修行って言うのは具体的にどんな事してたんだ? 僕は当然学校とか行った事ないからそういうの全然分かんないんだけど」


「別にそこまで特別な事はしてないよ? 普通に剣術指導を受けたり、それぞれの国に文化や政治の勉強をしたり、実戦で魔物退治をしたりとか。……強いて変わった修行を上げるなら一度コウホクさんとマーリンに『これも社会勉強』って言われてエイトスのカジノに行った事もあったけど」


「何させてんだよ、大人組」


「ははは……昔からマーリンとコウホクさんはマイペースだったからね。でも、2人とも頼りになる人だった。実際、そんな頼もしい2人と一緒に勉学に励んだキンキ達が居たから、今僕はここに『僕』と居られている。誰か1人でも欠けていたらこうはならなかっただろう」


「……」


 と、今は遠くに居る恩人と幼馴染たちの事を思ったのか、少しだけ寂しさと懐かしさの同居した表情で海を眺めるソメイ。

 最後にソメイが彼らと顔を合わせてからもう3ヶ月程経っているが、やはり彼でもこれだけ友人たちと顔を合わせていないと少し思うところもあるのだろうか。


「……。……と、まあざっくりだったけど、これが僕が騎士になったきっかけと騎士になれた理由だ。……これで満足してくれたかい?」


「うーん……まあ正直言うとまだ全然聞き足りないけど、まあ初回だし内容自体は割と濃かったから良しとするか。次はこうはいかないがね」


「そうか、それは恐縮だ。……ああ、でも。次、次もあるのか……」


「そりゃそうよ」


「ぐぬう」


 ハルマの返答にソメイはキュッと少し顔をしかめる。……が、その表情は自分語りが本気で嫌という訳でもなさそうであった。

 やはりどちらかと言うと、シンプルに話し始めるのが少し恥ずかしいところがあるのだろう。実際話し始めてからは割とスムーズだったし。

 そして、そうであるのならハルマは友人としてその恥ずかしさをこじ開けてやるのみである。


「そう、あくまで友人としてね」


「……やれやれ、まったく君には恐れ入るよ。まあ正直に言えば、その誰とでもすぐに親しくなれる気質も少し羨ましく思いはするのだけどね」


「そうか? 僕はただ単にこれはデリカシーがないだけど思うけどな。そんなに良いもんじゃないだろ」


「なんだと、この野郎ぅ」


 相変わらずのジバ公の容赦ない一言に、負けじと突っかかるハルマ。

 そんな2人を見て、ソメイはまた少しの苦笑と心からの微笑みを浮かべていた。

 それはさながら子供の頃に幼馴染たちと修行に明け暮れていたあの頃のように。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ……と、そんな風に他愛無い雑談を楽しみながら海を進んでいたハルマ達。

 しかし雑談も一息してしばらく経った頃、少し周りの様子がおかしい事に彼らは気づき始めていた。


「……なぁ。なんかさ、さっきから霧濃くね?」


「そう……だね。この辺りはそういう海域なんだろうか」


「それにしてもじゃない? もし僕が船を操縦するならこんな危そうなところ絶対避けるけどな」


「……」


 実際、ジバ公の言う通りだ。

 まだ幸い何かおかしな事態そのものは起きていないが、こんなほんの5メートル先の視界も危うい海域普通なら絶対に避けるべきである。

 なのにわざわざこんな場所を進んでいるのは、つまり何かきっと理由があるはずで……、


「……ヘルメスさんに確認してみるか?」


「いや、その必要性はなさそうだ」


「え?」


「ハルマ、あっち」


「? ……あ」


 その理由を問いただそうとした頃には、ヘルメスは困った表情を浮かべながらホムラとシャンプーを連れハルマ達のところに向かって来ているのだった。



               △▼△▼△▼△ 



「……引っ張られてる?」


「そう。……いや、まあ正確には多分違うんだけど。そう例えるのが一番分かりやすい。この船は今何かに『引っ張られて』この海域に来させられた、だから僕らは今こんな意味不明な海路を進む羽目になってる」


 相変わらず、そう語るヘルメスのその表情と口調からは余裕のような雰囲気が感じられた……が、そんな雰囲気に対し事態は割と深刻だった。


 つまり、今この船は何者かに制御権を奪われ勝手に操縦されているという事らしい。もちろんヘルメスはここに来るまでに周辺等を隈なく捜索したとの事だが……。


「面白いくらいに理由も理屈も分からないんだよね、これが」


 不思議な事にどうやって船の制御を奪ったのか、何故そんな事をしたのか、誰がそんな事をしているのか、まるで分からないのである。

 フーダニットも、ハウダニットも、ホワイダニットも分からない八方塞がり状態。

 まさに絶望的も良いところである。


「……でも、誰かに引っ張られてるって事はですよ。じゃあ逆に言えば目的地に着けば何か分かるって事ですよね?」


「それはそうね、着きさえすれば理屈はともかく理由や犯人は分かると思うよ。目的地に着いた瞬間に詰みじゃなければだけど」


「……」


 ホムラの質問に希望的観測と絶望的観測を交えながらヘルメスは返す。

 その回答にハルマ達は何も言えず、そして何も出来ず、しばし沈黙の中で勝手に進む船に身を任せていたのだが……。


「ん?」


「どうかした? ハルマちゃん」


「いや、あれ……」


 船が進む方角の霧の向こうに、僅かに何かが見えるのを見つけたハルマ。

 今はまだ霧が濃いせいでそれが何なのかよく分からない。が、


「ヘルメスさん……あれって」


「……そうだね。多分、ハルマちゃんの思ってる通りだ」


「ですよね……。え? なんでこんな所に……が?」


 船が進むにつれ少しづつ視界は鮮明になっていき、その先にあったものの正体も見えてくる。

 ……それは、今ハルマ達が乗っているものにも負けないくらい大きな『船』であった。しかし、同時にハルマ達が今乗っているこの船とは決定的に違う点が一つある。


 それは、明らかにその船が壊れていること。

 外観は至る所に穴が開き、その隙間を縫うように苔のような植物が生い茂っている。船の目印とも言える帆もボロボロで、それはさながらその船全体の在り方を表しているかのようだった。


 つまりだ。要するに、この船は――、


「もしかして……幽霊船?」


「――ッ!!! 何だよぉおもおおお! またかよぉおぉぉおおおお!!!」


 まさかの2連続のゴースト案件に渾身の憤怒の声を上げるシャンプー。

 しかし、いくら怒りを叫ぼうとその事実は変わらない。



 ――ハルマ達はこの日、広い広い海の中で、幽霊船に遭遇してしまった。






【後書き雑談トピックス】

 ソメイの酔い止めはマーリンの自家製。

 昔から乗り物に弱い彼の為によく効く薬を作ってあげていました。


 ハ「マーリンさんって薬剤師だったの?」

 ソ「そんな事はないはずだけど。そもそも薬以外にもいろいろ作ってたし」

 ハ「宮廷魔術師って何だっけ?」



 次回

 「よし、ではここは一つ勝負と行こうか小僧!」

 「勘違いしないことね。私は仲間でも海賊ですらなくってよ」

 「分かるっス! やはり人生にはロマンが大事っスよね!」

 

 「それは多分……アメミヤさんが弱すぎるからだと思われます」



 第140話「幽霊船ダニック」

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最弱勇者の英雄譚 ギン次郎 @Harured

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