第112話 焔祭り
「はぁ……酷い目に合いました……」
心底疲れたという表情で、シャンプーはとても大きなため息をつく。
テンガレット活火山での戦いが終わりを迎えてから早1時間。すっかり夜になった頃に、ハルマ達はようやくシャンプーを連れて街に戻ってきていた。
「もう! ホント、なんで巫女姫狙ってたのに私を捕まえていくんですかね!? しかもあんな暑い所にずっと閉じこめるなんて、アイツら人間じゃねぇですよ!!」
「……それは元ネタを知ってて言ってんの?」
「元ネタ? それはどういう?」
「あ、いや知らないなら良いんだけど。てか、じゃあ今の素で出てきたのか……」
まあ、暑がりのシャンプーからすれば今回の件は非常に彼女にとっても、辛いものであったのはハルマにもよく分かるのだが……。だとしても、あの迷言が素で出てきたのにはびっくりだ。
それともあれか? 案外怒りが極限にまで達すると、意外と誰でも出てくる言葉なんだろうか。……それはそれで嫌なんだが。
「もう今日は本当に辛い1日でした。……そんな訳でこのままではストレスが解消しきれません。なのでハルマ君、何かしらの方法で私を慰めとご褒美ください」
「……。えっと、シャンプーさん。ちなみに何かしらの方法とは具体的には?」
「そうですね……。私としては添い寝とかしてくださると嬉しいですよ?」
「なッ!? そ、そい――!?」
(案の定の)シャンプーの爆弾発言に、一瞬で耳まで真っ赤になるハルマ。
そりゃそうだ。だって、普段は(最近忘れがちだが)生徒会長代理としてかなり抑制しているとはいっても、結局はハルマも一匹の餓狼。そんな奴が年頃の美少女に「添い寝してほしい」なんて言われたら、ある程度動揺して当然だろう。
てか、これで一ミリも動揺しない奴とかいたら、それはそれでちょっと怖い。
「あ、いや……その! そういうのはちょっといろいろ問題的なあれがさ……!」
「そうだよシャンプー。こいつと添い寝なんかしたら、明日の朝にはどうなってるか分かんないよ?」
「なッ!? ジバ公てめえ! 変な言い方するんじゃねえよ! 流石にそこまでヤバいことはしないわ!!!」
「へえ。じゃあ、つまり逆に言えばある程度のことはするってことか?」
「……あ、いや! 今のは別にそういう意味じゃなくて!!!」
「……えっと、私としては別にフリーでも構わないのですが」
「うん! ちょっと静かにしててくれるかな、シャンプー!?」
段々と混沌の渦に呑まれていく現場。疲れもあってか、ハルマは少しづつジバ公とシャンプーを捌き切れなくなってきていた。
てか、最近ホントにシャンプーのハルマに対する好感度のぶっ壊れ方が怖い……。
「ハルマ、そのなんだ。まあ僕はその……正しき愛の元におけるものなのであれば、そう否定はしないけども――」
「お前もか、騎士王! なんで余計に場を混乱させるんですかねぇ!?」
あと、ソメイの相変わらずの天然っぷりも怖い。
△▼△▼△▼△
と、そんな風にわいわいしながら一行はそのまま神主たちの元まで帰宅。
すると、そこではもう既に祭りの準備が始まっているようだった。
「お、おお! 無事お帰りになられましたか!」
「はい。いろいろとありましたが、まあなんとか」
実際のところ『いろいろ』の一言では言い表せないくらい、本当に大変だったのだが。まあ、それをわざわざ言う必要はないだろう。
変に相手に気苦労させてもしょうがない。無事に帰って来れた、それだけで相手にとっても十分なはずだ。
「本当にご無事で何よりです……! それで、その……帰ってきて早々にこのような事を言うには大変酷なのですが……」
「大丈夫ですよ、もうすぐ祭りが始まるんですよね? すぐに準備してきます!」
「――! 申し訳ないです!」
状況を察し、ホムラはすぐに準備を始める。
どうやら焔祭り開催までもう本当にあと少しのようだ。だがそんな状況でも、ハルマは一つホムラに言いたい事があった。それは、
「ホムラ、その……大丈夫? 疲れたりとかしてない?」
「え? ああ、うん。全然大丈夫よ? カグラのおかげかしら。今ね、私凄く調子が良いの。だから平気よ」
「そう、それなら良いんだけども」
と、ハルマの不安に対し、ホムラは満面の笑みで返事をする。
どうやら強がっている訳ではなさそうだが。それでもあの激闘の後に休みなしで今後は祭り、というのは少し心配になるものである。
どうかこちらも無事に終われば良いのだが……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
と、ハルマにとってはそんな不安と共に始まった焔祭りだったのだが。
「……」
その不安は杞憂だったと、ホムラのその舞を見て一瞬で理解することとなった。
「……」
普段の不器用っぷりは一体どこへ行ったのだろうか。
そう思うくらいにその舞は―――ただただ綺麗だった。
「――」
目が離せない、声が出ない。
月明りを浴びながら綺麗な手足を駆使し、長い黒髪を靡かせながら舞うその姿から、一切意識を切り離すことが出来ない。
住民達の中心で赤々と燃える炎に照らされながら、舞うその姿を一瞬たりとも見逃せない。
……それはまるで心を鷲掴みにされたかのように、ハルマ達は意識の全てがホムラから離せなかった。
「――」
それはまさに魅入る、という言葉がまさにピッタリと当てはまるだろう。今この時、この場に居る全ての者は、ホムラの疑問さえ湧いてくる完璧な舞に魅入られていた。
どうしてこんなにまで綺麗なのか、そんな疑問を思い浮かべながら。
△▼△▼△▼△
そして、数時間にも感じた数分後。無事ホムラは舞を終える。
だが、それでもしばらくはそのまま静寂がその場に続いた……のだが、次の瞬間――、
「うおおおおおおおおお!!!!!」
「凄い! アンタ、天才じゃないのか!?」
「え!? 本当に今日初めてなんだよな!?」
先程までの静寂さを取り戻すかのように、その場は一瞬で歓声に満ち溢れることとなった。
「え、えっと……流石にそれは言い過ぎなんじゃ……」
「おいおい! 謙遜するなよ、お嬢さん! 悪いがそれは嫌味にしか聞こえないぜ?」
「いやぁ、本当に良いものを見させてもらった。これでまた少し寿命が延びるってもんじゃわい。ハッハッハ!」
老若男女問わず、皆がホムラに向ける言葉は絶賛のみ。
当たり前だ。皆が皆、ホムラの舞に魅入られていたのである。その状況でどうして批判なんて出来ようものか。いや、そもそも批判しようにも言葉が出てきすらしないだろう。それくらい、それは綺麗な舞だったのだ。
「……」
「……もっと自信持っていいと思うよ、ホムラ。実際本当に凄く綺麗だった」
「ああ、僕も騎士としてそれなりにいろいろな物を見てきたが……ここまで美しいものは早々見たことがないよ。ね? シャンプー」
「はい! 本当に……凄く、凄く綺麗でした!」
「そ、そう? まあでも皆がそこまで言うんだったら……」
「……それに、ほら。ジバ公なんてもう耐えきれなくて死にそうだしね」
「我が生涯に一片の悔いなし……」
「ジバちゃん!?」
割とマジで昇天しそうになっているジバ公。
まあそもそも巫女服姿でさえ若干危うかったのだ、それにプラスであんな舞まであったらまあそりゃそうなるだろう。
……と、まあそんな訳で。若干一名死にそうな奴は居るが、ホムラの舞は無事に大成功で終わったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「さあ、食いねえ飲みねえ! 今日は何も気にする必要はねえぞぉ!!!」
「マジか! じゃあ僕このお肉いただきー!」
「え、ジバ公さんそんな大きなお肉食べられるんですか?」
「もちろん。こうやってひょいっと」
「え? 今のどうやてやったんです!?」
さて、まあそんな訳でホムラの舞は終わったのだが……もちろん祭りはまだまだ終わりではない。寧ろ舞は始まりの合図みたいなもので、盛り上がっていくのはこれからなのだ。
そんな訳でキャンプファイヤーと月に照らされながら、テンガレットの焔祭りは本格スタート。と言っても、することと言えば騒ぎながら飲み食いするだけなのだが。
「……ふぅ」
そんななか、ホムラとハルマは皆とは少し離れた場所でテンガレット活火山を眺めながら座っていた。
どうやら二人は流石に少し騒がしさに着いて行ききれなかったらしい。
「……」
「……。えっと……流石に疲れた?」
「え? うーん、まあそうかな? でも、それはどっちかっていうと終わった後に……」
「ああ……」
ハハハ、と苦笑いする二人。
実際あの後もしばらくの間、街の人達の熱気が収まることはなく。ホムラはその間、いろいろともみくちゃにされてしまっていた。
まあ、あれだけ綺麗な舞を見せられたら、そうなる気持ちは分らなくはないが。
「……ホムラってさ、実はどっかで踊りのなんかしたりしてたの? マジでびっくりするくらい美味かったけど」
「別にそんなことないんだけどね……。……もしかして、私ってそういう才能があるのかしら」
「踊り子の才能ってこと? ……踊り子の魔法使い、某導かれし姉さんかな?」
なお得意の魔法(魔術)も同じ炎である。
まあとはいっても、ホムラは流石に(多分)ドラゴンに変身したりは出来ないが。そもそも姉じゃなくて妹だし。
「まあ、無事に上手くいって何よりだね。本当に凄く綺麗だったよ」
「ふふ、ありがとう」
「……。……それにしてもあれだよ。あんなに綺麗な舞を披露なんかしちゃったら、街の人達に『ここに住まないか?』なんて言われちゃうかもしれないね」
「ああ、うん。言われたわよ」
「へえ、そうなん……え? えっと、今……なんて?」
「? だから言われたわよ、って。『この街に住まないか?』って」
「!?」
なんともなさそうに、サラッとそう言ってのけるホムラ。
だが、冗談のつもりだったのにまさか本当に言われていたという事実に、ハルマの方は驚きが隠せなかった。
そして同時に深く動揺も走る。だって、ホムラはこの街をこの街を気に入っていて、街の人達もホムラに対し好意的だ。なら、ホムラはもしかすると本当にこの街に……、
「……えっと、それで? ホムラは……どうしたの?」
「別に? 普通に『気持ちは嬉しいけど、遠慮します』って答えたわよ?」
「……、……え? そう……なの?」
「そうだけど?」
と、これまたサラッと言ってのけるホムラ。
それはハルマにとっては願ってもない答えだったのだが……それでも、その答えに対し疑問は出てくる。
……どうしてホムラは断ったのだろうか。この街はホムラにとってもとても幸せな場所のはずなのに。
「……ちなみに、なんで断ったの? ここ、実はあんまり好きじゃない?」
「いや、この街は好きよ? だってここの人達凄く優しいしね。他の街じゃほら、まあ私ってそんなにいい扱い受けないじゃない。でもこの街の人達はそんなことしないしね」
「じゃ、じゃあなおの事なんで……」
「そんなの決まってるじゃない。だって私、もっとハルマ達と一緒に居たいもの」
「……え?」
「『え?』って……私、そんな変なこと言った? 別に普通のことじゃない? 仲のいい友達と出来るだけ長く一緒に居たいと思うのはそんなに変なことかしら?」
「いや、別にそんなことはないけど……」
果たして約束された幸せを捨ててまで選ぶことなのだろうか。
まだ、ハルマは断片的にしか聞いてはいないが、それでもホムラが幼少期にかなり辛い生活をして来たことはよく分かっている。そして、今はそんな状態にはなくとも、この旅が終わってしまえば最悪また同じような状態に戻ってしまう可能性だって否定は出来ないのだ。
もちろんハルマが帰ってしまった後でもソメイやシャンプー、そして特にジバ公がホムラを見捨てたりはしないだろう。だが、何年も続いてきた差別がそう簡単になくなったりはしない。きっとこれから先もホムラは『半獣の賢者』として、理不尽な扱いを受けることが多々あるはずだ。
なら、ホムラが幸せになるには、この街に住むことがやはり一番なのではないのだろうか……。
「……」
「……。……あのね、ハルマ」
「ん?」
「こんなこと……言うのは少し恥ずかしいのだけど。私、貴方が生まれて始めて出来た友達だったの」
「……俺が?」
「そうよ、兄さんは家族だから友達ではないしね。……だからその、私実は最初の日から本当は凄く嬉しくて。まだ会ったばかりの貴方に結構馴れ馴れしくしちゃったのよね」
「あ、ああ……」
そう言われてみれば、まあ確かにそんな気はする。
まあハルマも別にそれを拒絶しなかったし、特に気にしていなかったので何の問題もなかったが。それでも出会って初日の奴といきなり宿屋で同室はちょっと変だなとは思っていたのだ。ま、これにはホムラの羞恥心が死んでいるというのも理由の一つになりそうではあるが。
「でも、本当にそれくらい凄く嬉しかった。生まれて初めての友達! もしかしたらこれからはたくさん友達が出来るのかもしれない! ってね。……そして、その喜びは実際その通りになった。ジバちゃん、ソメイ、シャンプー、そして今まで出会って来たいろんな人達……。……多分だけど、この人達と私が一人であっても、今みたいな友達にはなれなかったと思う。私がこの人達とも友達になれたのは……ハルマ、きっと貴方と出会えたおかげよ。だからね、これは強欲な事かもしれないけど。私はもっと貴方達と……いや、貴方と一緒に居たい。だって初めて出来た友達だから、そして一緒に旅してると凄く楽しいから!」
「……そ、そっか」
「うん、そうなの。……あ、それともちろん、兄さんも助けないといけないしね!」
「うん、そうだね」
ふふっと、ハルマは優しく柔らかい笑みを浮かべる。
それは一体どんな感情故の表情だったのか、そもそもそれは壊れかけの彼に感情を呼び覚まさせるものだったのか。それはハルマ以外、誰にも分からない。
だが、一つ確実に言えることがある。それは。もう少なくともハルマはホムラがこの街に残らないことに疑問は抱いていない……ということだった。
「友達、か……」
懐かしい言葉を咀嚼する。
友達、きっとそれはあり触れた言葉だ。だが、それはホムラにとって、そしてハルマにとっても遠い遠い言葉だった。
遠くで輝く手に届かない綺麗な言葉、昔からずっとそんな言葉だった。そしてこれからも、きっとそうだろうと。そう思っていたのだが――
「なんだ。俺、もう友達出来てたのか」
その言葉は、案外すぐに近くに、あったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……と、らしくもなくしんみりとしてしまったハルマ。
出来ればこの綺麗な雰囲気のまま、終われば良かったのだが……。
「……ん? 何、この臭い……」
どうやら、そう都合良くもいかないようだった……。
「なんだ……この内臓を酢で煮込んだみたいな臭いは……。――って! まさか!!!」
最悪の可能性が脳裏に掠め、ハルマは全力で街の中心までダッシュ。するとそこでは、ソメイとジバ公が見たことないくらい必死で街の人達を説得しようとしていた。
「待て待て待て待て!!! アンタら正気か!? ホ、ホムラちゃんに料理作らせて、絵描かせて、歌わせるだって!? なんだその地獄フルコース!!!」
「ダメだ! 悪いことは言わない!!! 君達、今すぐそのプログラムは中止するんだ!!! そうでもないと、最悪この街は滅びることになる!!!」
「ははは、そんな大げさな。それにこの項目は何年も続く伝統ですので、そう簡単に取りやめる訳にはいかないのですよ。というか、誰か最初に言ってませんでした? 巫女姫は料理して、絵描いて、歌を歌うって」
「そんなことを誰かが言っていた気はするけども!!!」
ダメだ。それだけは絶対にダメだ。
一つでもこの世に地獄が顕現するのに! それを三つ同時にだなんて!!!
なんなんだこの街の住人は!!! 実は自殺志願者の集まりだったのか!?
だとしてももう少しマシな死に方を選――
「お待たせしましたー! さあ、後半戦も盛り上がっていきましょう!」
「「「ギャーーーーーー!!!!!」」」
……その日、テンガレットの街は一年でもっとも盛り上がる日でありながら、それはそれは静かな夜を迎えたという。
そして住民達はその後、決してその日のことを語ろうとはしなかったそうな。
【後書き雑談トピックス】
『ホムラの料理、絵、歌へのハルマの感想』
料理:極悪人が拷問に使う毒でも、もうちょっとマシなの出る。
絵:精神的ブラクラ。幼少期に間違って見て一生トラウマになるやつ。
歌:脳が千切れる。死神の怨嗟。冥界からの呼び声。
なお、シャンプーが止めようとしていなかったのは、話では聞いていたけど実際に目の当たりにしたことはなかったからですね。
まあ、その結果は……お察しの通りですが。
次回 第113話「刀神村正、再び」
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