第111話 青炎
「ああ、その予想通りだ。……私は四代元素の一つ『炎』を司る、四元精霊の一角。人呼んで炎の精霊カグラ、だ!」
「!」
突然ホムラ達の前に現れた赤色の子供。
その子はクスクスっと無邪気な笑みを浮かべながら、自らを『炎の精霊』だと名乗った。
「貴方が、カグラ……」
「そう、私がカグラだ。あの超有名&高名なスーパー精霊のね! ……どうだい? こうなにか、スーパーな精霊である私を前にして、言いたい事とかあったりしない? あるなら遠慮なく言ってくれて良いのだけども」
「言いたい事……? えっと……あ、それなら一つ良い?」
「良いとも良いとも。さて、一体何かな?」
「精霊って意外と可愛いのね。私もっと……なんかこう、怖いの想像してたからさ。カグラの見た目にはちょっとびっくりしちゃった」
「うんうん……って、え? えっと……いや、まあそれはそうなんだけど。なにか、他にはないかな? 一応、私結構凄い精霊なんだけど……」
「他に……?」
まるで捨てられた子犬みたいな表情でホムラに何かしらのセリフを強請るカグラ。
ホムラはそんなカグラの様子を見て、少し間何か他に『言いたい事』がないか考えるが……。
「……ごめん、他は特にないかな」
「――!」
カグラの期待は虚しく、バッサリと切り捨てられてしまった。
「ああ、そう……。ま、まあないなら仕方ないね、うん。……私ってそんなに威厳なさそうに見えるのかな……」
「……? あの、どうかした?」
「気にしなくて大丈夫だよ、ホムラちゃん。ちょっと自意識過剰だった精霊の悲しい独り言だから」
まあ、カグラは褒めるなしてほしかったのだろうが……残念ながら、旅の中でハルマから(良くない)影響を受け始めていたホムラは、四元精霊を前にしても特に物怖じすることはありませんでした。
あと、ホムラとは別にジバ公の一言もなかなか強烈にカグラの心に刺さる。このスライム、案外ハルマ以外にも口が悪い。
「……ま、まあなんだ! 精霊を前にしたって自分を失わない、というのもある種の才能だと私は思う! うん、そういう子が一人は居ても良いんじゃないかな!」
「強引だな。あと、無理矢理自分を納得させたところ悪いけど、僕他にも多分アンタを前にしても物怖じしない奴知ってるぞ」
「……え? マ?」
「マ。てか、寧ろこの子がアンタに物怖じしないのはソイツが原因」
「なッ! お、おのれ……! 誰だか分らんけど、おのれぇ……!」
と、衝撃的な事実を知り、見たこともないハルマに対し恨めしそうに呪詛を飛ばすカグラ。理由がしょうもないだけあって、その姿はなんとも虚しく、そして悲しく見えてしまった。こんなのが超有名&高名な四元精霊なのか……大丈夫なのか、この世界。
「あ、あの……カグラ、ちょっとお話良いかな……?」
「……え? あ、ごめんごめん。つい恨み辛みで君達の事忘れるところだった。大丈夫だよ、目をつぶる度にキス顔のおっさんが見える呪いをかけるのは後にするから」
「タチ悪! なんだその呪い、地獄か!」
「それで? 君達は私に何の用だい? その服装からして君は巫女っぽいけど……何か祭りに関してかな?」
「んで、スルー!?」
「……。あ、えっとそうじゃなくてね。実はちょっと今ピンチで、出来たら貴方の力を貸してほしいのだけど……」
「ほう? 」
ホムラの言葉に対しカグラは一瞬不思議そうな顔をした、が……すぐにパッと表情が変わり、今度は納得したような表情になる。どうやら、なにかしらの方法で下の様子にカグラも気付いたようだ。
「なるほど、確かにあの魔物使い君は結構強そうだね。あれは苦戦しても不思議じゃない。……でも、どうしたものかな。可愛い巫女の頼みだし聞いてあげたいのは山々なんだけど、かと言って私が出ていったらこの山が噴火して大惨事だし……」
「怖!? ……え? 何? アンタが戦うとこの山噴火すんの?」
「するよ? しかも小さなミニ噴火、とかじゃなくてテンガレットが余裕で壊滅するくらいの大噴火をね。まあ、私この山の炎の精霊な訳だし? そのくらいは当然の原理だよネ」
「どこが!?」
「えっと、流石に大噴火は困るかな……。他に何かないかな?」
「他ねぇ……、うーん……」
案外難しい注文だったろうかのか。思いのほか答えはすぐに出ず、カグラは子供のように首を捻り本当に「うんうん」言いながら、その場で悩み始めてしまった。
……どうもカグラはその感じからして、力が強すぎるせいで『盗賊を追い払う』という簡単な事を被害なしで行うのが難しいようだった。多分、犠牲を考慮しないで良いなら今すぐにでも解決しているのだろうが……。
「マジでどうしようかな……。何しても山が噴火するか、火事になる未来しか見えないな……」
「いや、だから怖えよ! なんなの!? なんで何してもそうなんの!?」
「しょうがないでしょ!? 私はこの星の全ての『炎』を司る大精霊なんだよ!? だからどんなに頑張っても火力がエグイことになっちゃうの!!!」
「なんだよそれ……。そんなのもう寧ろ弱いより不便じゃねえか……」
まさに『過ぎたるは猶及ばざるが如し』、何事も大きすぎると余計に不便になるものなのであった。……まあ、だからといってハルマのように、小さくし過ぎるのもそれはそれで問題なのだが。
「えーっと、それじゃあ何か私に技を教える……とかは? それなら流石に大噴火、とまでは行かないと思うのだけど?」
「いや、それも無理。残念だけど、普通の人じゃどんなに頑張っても精霊の使うような技を身に着けるなんてことは――」
「あ、それは多分大丈夫。私、『普通の人』じゃないから」
「……え? ホント? それじゃ、ちょっと失礼して……」
と、カグラはホムラの言葉を確かめるかのように、ホムラをジロジロと見つめ始めた。そして、しばしカグラはそのままホムラを見定めるかのように、眺め続けていたのだが……、
「と! 君、ホントに『普通の人』じゃないじゃないか! なんだ、それならそうと早く言ってくれれば良かったのに!」
「え、あ、ごめんなさい……」
「いや、別に謝らなくても良いけどさ」
どういう力なのか。どうやらカグラはただ『見る』だけで、ホムラが『賢者』であることを見抜いたようであった。
一体どうやって見るだけで『賢者』を見抜いたのかは不明だが、この辺りはもう「流石は四元精霊」としか言うしかないのかもしれない。
「でも、そうとなれば話は早い! 君なら私のとっておきも使いこなせるだろうからね!」
「とっておき?」
「ああ、そうだとも。……さて。それじゃあ早速だけど、下で待ってるお友達の為にも始めようか。この炎の精霊カグラのとっておき、名付けて『特級魔術』の特訓をね!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「特級魔術……?」
聞き慣れない単語を前に首を傾げるホムラ。
魔術に下級、中級、上級と位があることは知っていたが、それでも『特級』なんてものは今まで一度も聞いたことがなかった。名前的になんとなく、上級の更に上……というのは想像出来るのだが。
「そう、特級魔術。名前の通りこれは、上級魔術の更に上を行く魔術のことさ。さっきも言った通り普通の人はこれを会得することは出来ないけど、その分これは凄い威力を持っているんだよ。確か……上級の5倍くらいだったかな?」
「5倍!?」
5倍、言葉にしてしまうと微妙に分かりにくいが、それは要するに威力20が100になるということ。つまりは『どろかけ』が『じしん』になるという事なのである。
なんともインフレ的なパワーアップ、確かにこれは普通の人は早々会得出来ないだろう。
「……だ、大丈夫? それ、使えるようになるのに何年も掛かったりしない?」
「大丈夫大丈夫! 確かに普通の人なら何年かけたって会得出来ないだろうけど、君なら話は別さ。ちょっとコツを教えればすぐに使えるようになると思うよ?」
「そう……」
ホムラの不安とは裏腹になんともあっけらかんとした様子でカグラはそう言う。
そしてカグラはそんな雰囲気のまま、早速特級魔術の使い方を指南し始めた。
「そんなに不安にならなくても大丈夫さ。使える才能がある人なら、本当に簡単に使えるから。で、その方法なんだけど……これもびっくりするくらい簡単だ。ただ『いろんな事を意識する』だけ。ただそれだけでいい」
「……へ?」
「いや、本当にそれだけなんだよ。呼吸、動作、色、音、匂い、感触……といった『この世の当たり前』を、もう一度意識的に認識するんだ」
「……」
と、カグラは簡単に言ってのけるが……。これで本当に出来るようになるのか、ホムラは不安しかなかった。だって、実際この工程には何も難しいことがない。こんな誰だって出来るようなことで、どうして特級魔術が身につくのか……、
「分からない、かい?」
「うん、分からないわ。だって、これは別に誰にだって出来ることじゃない。どうしてこれで特級魔術が使えるようになるの?」
「……まあ、確かにそうだね。当たり前を再認識する、それは確かに誰にでも出来ることだ。……でも、逆に聞くけどじゃあ誰かこれをするかい?」
「え?」
「誰かに言われた訳でもなく、こんなことをする人が果たしていると思うかい? ……早々いないだろう? そう、いないんだよ。だってみんな雑に生きる方法を知っているから」
「……雑に、生きる?」
「そう、雑に。この世のありとあらゆる生き物はみんな雑に生きる方法を知っていて、そしてそう生きてる。理由は簡単だ、こっちの方が楽だし、効率的だから。まあ生き物なら普通はそうするだろう」
「……」
「それを否定はしないよ。……でも、もっと上の領域に行きたいならそれではダメだ。もっと真剣に生きないと、どうやっても高みには登れない。生きるっていうのはそんなに甘くはないんだよ」
今までの雰囲気とは違い、カグラは少し真面目な表情をしてそう言い切る。
そんな様子を前にしてホムラとジバ公はただその言葉を聞き入ることしか出来なかった。
「だから特級魔術を会得する方法は『当たり前を再認識する』なんだ。つまり、もっと強く、もっと高みに登りたいなら……雑に生きるな、もっと真剣に生きろ。その五感で感じることくらいは全部意識してみせるんだ、ってことだね」
「……なるほどね。そう言われると……途端に難しく感じるわ」
「うん、だから普通の人には出来ない。でも君は違う、君ならそれが出来る」
「……本当に?」
「もちろんだとも、知らないかもしれないけど君って案外凄いんだぜ? だからもっと自信を持て、自分を信じろ」
「……」
「『半獣の賢者』なんて他人の言葉に呑まれるな。……結局、自分の在り方を決めるのは自分なんだから。自分が自分を信じないでどうする」
「――!」
懐かしいような感覚が身体に走る。それはぐっと背中を押されたような感覚だ。
果たして、カグラはホムラが昔そう呼ばれていたことを知っていたのか、それとも事実そうだから察しただけなのか。それはホムラには分からない。
ただ、それでもカグラの言葉は確かにその背中を強く押してくれていた。遠いいつの日かに兄が、そしてハルマがそうしてくれていたかのように――
「カグラ……」
「ふふっ。……さて、それじゃあ教えることは教えたしこれで私はお役御免かな? ほら、そこでびっくりしてないで早くお友達を助けに行ってあげなさいな。お礼は祭りの時に頑張ってくれればそれでいいからね」
「あ、そうだった。……うん、それじゃまだ会ったばかりだけど私行くわね。ありがとう、カグラ!」
「ほいほい、どういたしまして」
一体疲れはどこへやら、ホムラは来たときよりもさらに元気よく山を下っていく。
……どこか少しだけ強くなったような、そんな後ろ姿を見せながら。
「……やれやれ。本当に……世話がやける子だよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一方、その頃。
「ちっ! お前、どんだけしぶといんだっつーの!」
「まあ、僕は基本防戦がメインなのでね」
既にホムラが離脱してから1時間近く。しかし、ソメイは未だハルマを庇いながら見事に戦いを続けていた。
「お前……本当にマジで凄いな……。流石は騎士王ってもんだ……」
「……何度も言うけど。その名は僕には重すぎるよ、実際僕はただ耐えることしか出来ていないしね」
「いや、それで十分凄いからな!?」
果たして本気で言っているのか、それとも謙遜しているのか。ソメイの言葉にキレのいいツッコミを飛ばすハルマ。
まあ、ソメイの事だからこれもわりと本気で言っていそうな気はしないでもないが。
「ふん、だがどっちにしろ耐えるだけじゃ勝てねーっつーの。このままいけばいずれ俺の勝ち――
「あら? それならじゃあ攻撃が加わればこっちが勝つのかしら?」
「――なッ!」
「その声は……ホムラ! ――と、ジバ公!!! テメエ、何急に居なくなってんだ!!! こちとら、わりと心配したんだぞ!?」
「え、あ、ごめん」
「いや、ごめんで済むなら騎士はいら――
「今は喧嘩しない。それよりも先にやることがあるでしょう?」
「う……」
怒鳴り散らそうとするハルマを抑え、ホムラは両者の間に堂々と立ち塞がる。
そんなホムラの姿にウダッツは一瞬たじろぎかけたが、直後に首を大きく振りすぐに元の調子を取り戻した。
「こ、この1時間で何があったのかは知らねえが、俺達に立ち向かおうなんて馬鹿な判断だっつーの! そもそもお前得意の火炎魔術は『象』の水で消せるっつーの!」
「そう。……なら、もうもう一回やってみる?」
「――ッ! な、ならお望み通りやってやるっつーの!」
ウダッツが大きく手を振りかざすと共に、『象』はまた大砲のような勢いの水を躊躇いなくホムラに向けて撃ち放つ。
だが、それを前にしてもなおホムラは恐れることはなかった。ホムラは分かっていたのだ、自分が身に付けた技の威力を。故に、この程度に水には恐れる必要はなかったのである。
「……」
そもそも魔術とはどういったものなのか。それは簡単に言ってしまえば『魔力と魔力の繋ぎ合わせ』だ。
大気に充満するマナと魂から生まれるオドを、魔術適性という色のついた糸で縛ることで魔術は生まれ落ちる。この時、魔力の大きさを変えたり、糸の色を変えることで異世界の人々は様々な魔術を操るのだ。
では、特級魔術も同じように魔力を大きくすることで使えるようになるのか。その答えは――否。ただ魔力を大きくするだけなら、それは『雑に』生きていたって出来ることだ。実際そうだから魔術には下級、中級、上級と違いが生まれるのである。
なら――特級魔術とは、真剣に生きることで変わるのは何か。その答えは大きさでも色でもない。
それは魔力の鮮度に他ならない。
全ての当たり前を意識的に認識した時、人は限りなく純粋なマナとオドを集めることが出来る。この限りなく透明な魔力によって生まれた魔術、それこそが特級魔術の正体なのだ。
「 」
無音の詠唱と共にホムラは右手に魔力を集める。
そこに雑念はない、そこに恐れはない。
今は全てを意識しこの世界に必死で生きている、自分になら出来ると彼女は自分を信じている。だから、そこに雑念も恐れもない。
「」
迫りくる水の塊、それを前にホムラはただ……右手を翳す。
そして彼女はそのまま、純白の魔力に炎を添えて撃ち放った。
瞬間、交わる魔力と炎。
双方は互いを微塵も否定することはなく、空間の間で互いを高め合う。結果、生み出された魔術はお互いをさらなる境地まで引き上げ合い――
炎は、赤から青へと姿を変えた。
「――!?」
その静かに燃え盛る青炎には誰もが驚きが隠せない。当たり前だ、普通は火炎魔術で生まれる炎の色は赤。誰も青色の炎の魔術なんて一度も見たことはないのだ。
だが、それでも事実炎は青く染まった。そしてそのまま青炎は青く燃え盛りながら飛び込んでいき―――、
「―――――――――――――!!!!!」
「なッ!!?」
気が付いた時には、水なんて簡単に蒸発させて、その先に居る『象』を自らの中に呑み込んでいた。
「そ、そんな!!! 一体、何が起こったんだっつーの!!!」
「別に大したことではないわ。ただ炎を放った、それだけよ」
「はあ!? いくらなんでも、たったそれだけのことのはずがないだろうがっつーの!!!」
「いや、わりと本当にそれだけなんだけど……。と、まあそれはいいとして。どうする? これ以上続ける? 『象』さんはもう完全に燃え切っちゃったけど?」
「――! く、くそ! お前ら、撤退だっつーの!」
「え!? ちょっと兄貴!? 待ってー!!!」
流石に分が悪いとすぐに察したのだろう。さっきまでの勢いが嘘のように、ウダッツはホムラの言葉を受けさっさと逃げ出していった。
結果、そのままそこに残されるハルマ達。しばし彼らは呆然としたようでホムラを見ていたが、
「……えっと、ホムラ……だよな?」
「そうよ!? え、何か違う人に見える!?」
「いや、そうじゃないんだけど……。……なんか、メチャクチャ凄いの使えるようになったね」
「まあね、ちょっとこれは特別だから。……さ、それよりもシャンプーを早く助けてあげましょ」
「あ、うん」
フフッとご機嫌な様子のホムラと、未だ驚きが消え切らないハルマ達。
こうしてテンガレット活火山での戦いは、青き炎と共に幕を閉じることとなった。
【後書き雑談トピックス】
リアルでの青い炎と赤い炎の違いは、完全燃焼か不完全燃焼かだそうです。
なんでも青い炎は摂氏約1000度を超えるのだとか。ヤバいですね。
次回 第112話「焔祭り」
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