第110話 炎の精霊

「――くっ!」


「おらぁ! いけっつーの!」


 炎の精霊カグラの住まうテンガレット活火山で始まった、ハルマ達と盗賊兼魔物使いウダッツの戦い。その現在の戦況はと言うと、なんと意外なことにそれは割と本気の接戦となっていた。


中級火炎魔術フレイア!!!」


「『象』! 水でかき消せ!!!」


「――――!!!」


「そ、そんな!」


 全力ではないとはいえ、あのアルマロスにさえ効果があった火炎魔術を簡単にかき消す『象』。いくら火と水では相性が悪いとは言っても、魔術をかき消すなんてそう簡単には出来ることではないはずだ。だが、それでも『象』はそれを成し遂げてしまった。それはつまり――、


「あの『象』の方がホムラより魔術の実力が上、ってことか……?」


「まあ、そういうことになるんだろうね。僕も俄かには信じ難いけど」


「マジかよ……! アイツ、本当に何で盗賊なんてやってるんだ!?」


 二回目の疑問。

 だが、ここまで強力な実力を持つモンスターを従えていると分かれば、尚更そう思ってしまうのも仕方がないだろう。

 ……でも、ホント。なんでもっと違うことしないのだろうか。これだけ強いならその実力を活かせるいい仕事に就けばいいのに。そうすれば効率も上がるし、特に悪い事もしてないから一石二鳥だと思うのだが。


「なあ、お前さ。なんなら俺が何かいい仕事探してきてあげようか? お前は絶対に転職するべきだと思うんだよ」


「だから、うるせえって言ってんだろうがっつーの! 俺が何しようが、俺の勝手だろうがっつーの!」


「まあ確かにそれはそうだけど……。うーん、もったいないなぁ……」


「いや、まず普通に『悪事は根本的にダメ』ってツッコミを入れろよ。あと、『転職するべき』っていうのに関しては、かなりのおまいう案件だからな?」


「え?」


「……」


 ジバ公のツッコミに首を傾げるハルマ。

 この少年、自分も他人から『なんでコイツ料理人として生きていかないんだろう……』と思われていることに関しては、どうやら一ミリも気づいていないようだった。人間、案外自分のことには気づきにくいものである。


「……。で、これはどうする? とりあえず、俺このままじゃ勝てるような気はしないんだけど……」


「そうだね、確かにちょっと今のままでは辛いものがある。だが、だからといってシャンプーが捕まっている以上引くわけにもいかない。……うーん、これはかなり厄介な状態だ」


 敵が強く、逃げる事も出来ず、仲間は一人少ないというなかなか絶望的な状況。

 さらに今はそれに加えて、時刻が夕方になってきたせいでソメイの「白昼の加護」が使えず、洞窟の中であるが故にハルマの『エクスカリバー』も使えない。と、狙ったかのように不利なことばかりが重なっていた。

 これがゲームなら分かりやすい負けイベントと諦めるのだが、実際に戦っているハルマ達はそういう訳にもいかない。まず、そもそも負けたところで身包み剥がされて終わりだろう。


「くそ。まさかここでゲーム中盤あるある『皆あんまり言及しないけど、ここって意外と難所じゃね? あれ、俺だけ?』にリアルで当たることになるなんてな……。しかもその相手がアイツっていうのが、またなんとも」


「……ゲーム中盤って何?」


「あ、いや。こっちの話だから気にしないで」


「そう。……まあハルマの事だから、多分そんな事だろうとは思ったけど」


「ちょっ! 地味に辛辣だね、ホムラ!?」


 まあ、それはここまでそんなノリばかりをして来たハルマの自業自得なのだが。だがしかし、それはそれとしてやはりこうもバッサリと切り捨てられると、少し心にくるものがありはするですよ。……まあ、ぐいぐい質問されても困るのだが。

(じゃあどうしろと)


「……えっと、一旦話を戻すよ。それで現状をどうするか、だが……」


「だが?」


「……。ホムラ、ここは僕達に任せてくれないか?」


「……え?」


 突然真顔でよく分からないことを言い始めるソメイ。

 ただでさえ厳しい現状でさらに離脱しろ、というのはどういうことなんだろうか……。危ないから逃げろ、という意味ならホムラを指名するのもおかしいし……。


「ソメイ? それはどういう?」


「忘れていないかい? ここはかの『炎の精霊カグラ』が住む山だよ。ならその巫女の適性を認められたホムラなら、きっとカグラにも会えると僕は思うんだ」


「……、……なるほど。で、もし会うことが出来たら何か良い方向に状況が転がるかも、ってことか」


「そういうこと。まあ、あまり確実な話ではないが……。どう考えてもこのままではジリ貧で負ける現状を維持するよりはいいと思うんだ」


 確かにその通り。

 どうせこのままの状態をキープしたって勝てない、それなら何か新しい行動を起こしてみるべきだ。


「なるほど。じゃあ私はそうしてみるね。あ、でも大丈夫? 現状でもかなり厳しいのに、ここで私が居なくなったら……」


「何、心配はいらないよ。確かに『勝つ』のが難しいは事実だが、『負けない』のはそこまで厳しい条件ではないからね。こちらは気にせずに行くといい」


「分かった。それじゃソメイ、ハルマをよろしくね」


「ああ、任せておきたまえ」


「うん、まあ事実そうなんだけどさ。俺がそういう守られる的なポジション前提で会話するのはどうな――おうわ!?」


「さあ、ここからは逃げがメインだ。だから申し訳ないけど、ハルマはしばらく僕に担がれていてほしい!」


「いや、イケメンにお姫様されるは普通ヒロインの役目だろーーー!?」


 ……なんか、まだ微妙に不安が残りはするが。

 それでもホムラはこの状況を打破する為に、カグラの元を目指して駆け出して行った。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 さて、そんな訳で勢いよく駆け出した……ところまでは良かったのだが、


「……待って。そもそもカグラどこ?」


 洞窟を飛び出し、少し走り続けて気付いた根本的な問題。


 そう、そもそもカグラがどこに居るのか分からないのだ。


 これでは会おうと思ったってどうしようもない。だってどこに居るのか分からないいから、どっち進めば良いのかもまるで分からないのだ。果たしてカグラに会うには山を登れば良いのか、それとも降りればいいのか……。


「うーん、こんな事になるなら街の人に聞いておけば良かったね。まあ知ってるのかどうかは分からないけど」


「そうね……って! ジバちゃん!? いつから居たの!?」


「最初からだよ。万が一ホムラちゃん一人ではどうしようもない状況になったとしても、僕がいつでも助けられるようについて来たのさ!」


「そ、そう。それはありがとうだけど……」


 果たして、それにハルマ達は気づいているのだろうか。

 もし何も言わずに着いて来てしまったのだとしたら、向こうは今くらいにジバ公が居ないことに気付いて困惑しているのでは……。(←正解)


「まあ……それは今気にしても仕方ないか。……それで、どうしよう。私、本当にカグラがどこに居るのか全然分からないのだけど……ジバちゃん知ってる?」


「ごめん、それは僕も分からないや……。でも、こういう時って大体は山頂に居るものじゃないかな? あんまり山のふもとに居を構える精霊とか神様って聞かないよ」


「そうなの? じゃあ、とりあえずは登ってみようかしら。出来ればその途中で誰かに聞けたら良いんだけど……」


「えっと。うん、まあ、そうだね。……居るかな、そんな誰か」


 微妙にズレたこと言うホムラをジバ公はそれとなく受け流しつつ、とりあえず二人は山の山頂を目指してみることにした。

 ……そう、それはつまり。この旅三度目の登山スタート、という訳である。


               △▼△▼△▼△ 


 さて、そんな訳でテンガレット活火山を再び登り始めたホムラなのだが……。

 一応、既にスタート地点の段階で3分の1くらいは登っていたとはいえ、やはりそう簡単には山頂までは辿り着けるはずもなかった。というか、山は普通登れば登るほど辛くなっていくのだから、最初の3分の1とその次の3分の1が同じ疲労度のはずがない。つまり……。


「……ふぅ。流石に……ちょっと辛いわね……」


 いくら人並み以上には体力があるホムラと言えど、流石に疲れが出てきてしまっていた。まあそれも当然だろう、なんせ今日は旅→舞の練習→登山→戦闘→登山2と運動しぱなっしなのだ。これでもなお疲れが出てこないのなら、それはどっちかというとそっちの方が異常である。


「……、……。……ああ、もう! この服、歩きづらい!」


「ホムラちゃん!?」


 と、ここでとうとう我慢の限界が来たのか。

 ビリビリという音と共に、ホムラは大胆にその巫女服の長い裾を破ってしまっていた。そんな訳で動きやすくなった代わりに、長く白い足がかなり上まで露わになったホムラの姿がそこにはあった。

 それはなんともジバ公には眼福――もとい目に毒な光景だ。まあ、スライムは毒に耐性があるのだけども。


「ホムラちゃん……何と言うか、その大胆だね」


「それは分かってるけど……。でも、ハルマ達の為にもあんまり時間掛ける訳にもいかないでしょう? なら、もうこれは非常事態だししょうがないかなって。後で直せば街の人も多分許してくれる……わよね?」


「あー、うん……多分」


 まあ、その直す作業をホムラがやるは絶対にダメなのだが。だって、ホムラはただの絵が悍ましいグロ画像になり、料理が毒を越えた何かに変貌するほどの超レベル不器用。そんなホムラがもし裁縫なんてしたら、一体どんなものが出来るか分かったものではない。

 ボロ雑巾になるくらいならまだ全然良いが、最悪街一つ消し飛ぶ爆弾に変貌する可能性だってあるだろう。故に、例え直す必要があったとしても、それはホムラが自ら行うのは絶対にNGなのである。


「それは帰ったらハルマに頼もうね。アイツ、裁縫も上手だし」


「え? 確かにそうだけど、それくらいは私も自分で……」


「大丈夫! 任せて良いの! 実際アイツ『うへへ~! もっと仕事した~い』って言ってたし!」


「そうなの!?」


 まあ、もちろん本当は言ってないが。今はそういうことにしておかないとテンガレットの街が危険なので致し方ない。嘘も方便というやつだ。

 ……まあ、その代償としてハルマはホムラに変な誤解をされるのであったが。それは涙を呑んで受け入れてもらうしかないだろう。


「……許せ。と、ホムラちゃん。申し訳ないけど、あんまり休んではいられないよ。辛いのは分かるけどそれでも今は急がないとね」


「そうね、でも大丈夫。破いたおかげで結構歩きやすくなったから、これならまだまだ歩けそう」


『破くだけでそんな変わるの? でも、ごめんね。それ破いた意味ないや』


「……。……え?」


 再び歩き始めようとした、その時。突然その場に声が響き渡る。

 それは少年のようにも、少女のようにも聞こえる子供の声だ。がしかし、周りを見渡しても不思議なことにその声の主はどこにも見当たらない。


『いや、ごめんごめん。実はさっきまで昼寝しててさ、君達が来てることに全然気が付かなかったのよ。だから本当ならそんな登ってこなくても良かったんだけど、無駄に苦労させちゃったね。本当にすまない。……あれかな。やっぱりインターホン付けるべきかな……』


「……? えっと、その……ごめんなさい、貴方は?」


『え? ……と、ごめんごめん。こっちからは見えてるからついチャンネル変えるの忘れてたよ。ちょっと待ってねー、えっと確かにここを……』


「……」


 何かをし始める声の主。

 しかし、なんというか……『見えない誰かの声』という不思議な存在のわりにはなんとも緊張感の湧かない相手である。

 何と言うか、会話の内容がさっきからやたらと俗っぽいせいで全然緊張感も警戒心も湧いてこないのだ。


「……良し、繋がった! 最近使ってなかったらちょっと調子悪くなってるけど、まあ多分大丈夫でしょう。やっほー、見えてるかい?」


「――うわっ!? きゅ、急に出てきた!?」


「あ、びっくりさせちゃった? ごめんごめん。いやぁ、私も出来ることならゆっくり出てこれるようにしたいんだけどさ。そういう設定にするのは少し面ど――おほん、えー非常に大変でありましてね。まあ、基本この機能使う機会がそもそもあんまりないんだけどさ」


「……」


 そこに現れたのは一見、どこにでも居る子供。

 特に外見には変わった点はなく、強いて特徴を挙げるなら髪も目も服も全て『赤』であることくらい。そんな特に異常でも特殊でもない外見をした存在だ。

 だが、それでも彼女(彼?)がその見た目に反して、非常に不思議な事を起こすことが出来るのはもう分かり切っている。なら、彼女がやはり……?

 

「と、自己紹介が遅れたね。ごめんごめん。……いやね? 一応言い訳させてもらうと、街の連中以外との会話はそれなりに久しくてさ。つい勝手を忘れていたって感じでね。申し訳ない」


「あ、えっとそれは良いんですけど。その、もしかして貴方が……?」



「ああ、その予想通りだ。……私は四代元素の一つ『炎』を司る、四元精霊の一角。人呼んで『炎』の精霊カグラ、だ!」




【後書き雑談トピックス】

 そもそもジバ公ってスライムだけど性別あるの? って疑問に対しては『スライムは雌雄同体なので医学的な性別はない』とお答えします。

 ただしメンタル的な性別はある。(ジバ公以外のスライムは喋れないので判別困難ですが)なお、もちろんジバ公のメンタル性別は男の子です。



 次回 第111話「青炎」

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