第66話 遥かからの継承
「……さて、では次の話に移りましょうか」
「へ?」
無事、マイの戴冠が認められてからほんの5分程した後。ロンゴミニアドは喜ぶハルマ達に次の話題を話し始めた。
……が、ハルマ達はその『次の話』があると予想していなかったので、突然言われて驚くばかりである。
「次の話?」
「えっと、その……オーブなどについての話なのですが」
「……あ、あー!」
言われてようやく何のことか思い出すハルマ。
そう言えばここに来た初日(と言っても昨日だが)にマーリンとロンゴミニアドでオーブについて調べておく、……と言っていた。
結構大事なことなのに、ハルマはこの戴冠の儀式のゴタゴタですっかり忘れてしまっていたのである。
……もちろん、そのことを『会って1時間で分かる愉快系人間』ことマーリンが見逃すはずがない。
「おいおい……それはないぜ、ハルマ君。確かに君達も頑張ったんだろうけど、私はその間夜しか寝ないで文献を集めていたというのに……」
「すみませ……って! いや、夜しか寝ないのは普通のことですよ!」
「あ、バレた?」
「いや、バレるっていうかあからさまって言うか……」
「あはは」
いたずらっ子みたいな笑みを浮かべて誤魔化すマーリン。
流石は愉快系といったところか、ちょっとした会話にもおちゃらけを混ぜることを怠らない。
……何だろうか、努力の方向性が違う気がする。出来ればその力はもっと別なことに使って欲しい。
「とはいえ、だ。ちゃんと君達が望むであろう情報は見つけておいたから安心したまえ。どうだい? 頼まれてたった1日でこんなしっかりと情報を集めてしまう天才マーリンさんをもっと褒めても良いんだぜ?」
「そういう発言しなければお礼言ったかもしれないんですけどね」
「アウチ!? なんと……私としたことが自分からチャンスをドブに捨ててしまうとは……不覚」
「……」
マーリンの元気さに置いていかれるハルマ達。
その元気さは、最近子供っぽさが若干目立つハルマのさらに上を言っている気がする。歳はハルマよりもさらに上だろうに。
さて、そんなふうに全然進まない話にいい加減痺れを切らしたのか。ロンゴミニアドはまたマーリンが何かを話し始める前に、先に話を始めた。
「……えっと。マーリン、貴女が話していると会話がまるで進まないので、しばらく黙っているように」
「!? い、いつも優しい王から割とキツめの要求が!? ……はーい、じゃあ私はしばらく静かにしてますー」
「頼みますよ。えっと、じゃあ話を戻しましょうか」
「あ、はい」
マーリン鎮静。これでようやく話が前に進んでいく。
彼女には少し悪い気がしないでもないが、まあ自業自得なので我慢してもらうとしよう。
あのままずっち彼女の戯言に付き合っている程はハルマ達も暇ではないのだ。
「えっと、私はマーリンで調べたところ大体オーブが何なのかは分かりました。……ですが、その前に一つ聞いておきたいことがあります。ホムラさん」
「はい?」
「今、オーブを蒐集しているという貴女の兄上は『杖』のような物を持っていませんでしたか?」
「……杖?」
ロンゴミニアドの問いに、グレンと一度遭遇しているハルマ達は過去を振り返ってみる。
それはマルサンク王国での出来事。グレンが王城に襲撃を仕掛けた時のことだ。
その時に現れた彼は確かローブに身を包んでおり、その手には……。
「――! 持ってた! 杖、持ってたよ!」
「うん、私もそうだった気がする。確かあの時兄さんは何かの杖を持っていたわ」
確かに杖を持っていた。
……が、それが何だというのだろうか。ハルマ達には少なくとも何か特別な杖には見えなかったが。
しかし、それを聞いたロンゴミニアドは一層神妙な表情になったことから、それは結構大事でかつあまり良くないことのようである。
「そうですか……では、やはり……」
「?」
「あ、すみません。それでは続きを話しますね。……オーブのその起源、それを辿るとどの文献でも一つの時代に行き着いたんです。それが……100年前」
「100年前……ユウキの時代か!」
「はい。俗に言う『伝承の時代』です」
この世界に来てから度々名を聞く『伝承の勇者 ユウキ』。
100年前にハルマと同じように異世界転生を果たし、本来の転生者としての力で世界を救った大英雄の名である。
そんな彼がオーブにも関わっている……と、いうことなのだろうか。
「オーブがこの世に生まれたのは伝承の時代の終わり頃のこと。……その頃、勇者ユウキとその仲間たちは多くの冒険を経て、ついに世界を脅かす魔王の元まで辿り着きました。そして勇者ユウキ達は魔王と交戦。その世界の常識を遥かに凌駕する力を持って、魔王を封印することに成功します。……その時に生まれたのがオーブと、ホムラさんの兄上が持つ杖です」
「……どういうことです?」
「つまりですね。勇者ユウキ程ではないにしろ、常識外れの力を持っていた魔王はただの封印では封じきれなかったんです。その為、勇者ユウキは魔王の力を8等分にし、それぞれを『オーブ』に封印。さらに残った『魂』を『杖』に封じ込めました」
「! じゃあ、今グレンが杖を手にして世界のオーブを集めているのは!?」
「……そうですね。ホムラさんの兄上……つまりグレンさんは魔王の魂が封じられている杖を手にしてしまったことで、魔王に操られている可能性があります。」
「――!!! じゃあ、グレンがオーブを集めているのは魔王の復活のため……?」
「恐らくは……ですが」
かつて倒されたはずの魔王が他者を操って復活を目論む……。
確かにそれは、元の世界で様々なファンタジーを嗜んできたハルマからしても、よくよく見てきた王道の展開だ。
……だが、そうなのだとすると一つ気になることが。
「でも、それじゃあどうして魔王はいくつかのオーブを無視するんでしょう? 現に奴はケルトは襲撃しなかったし、ここにも姿を見せなかったですよね?」
「……ハルマ、それは案外簡単なことかもしれないよ」
「? どういうことだ、ソメイ?」
「つまり、魔王が復活するのには8つのオーブ全てが必要ではないということさ。8つの内の過半数、つまり5つあればそれで十分と考えたらどうだろうか?」
「……なるほど、それなら確かに納得いくな。だから襲撃しても、自身にリスクが被さる可能性が高いケルトとキャメロットのオーブは無視したのか」
……だとすれば、現在のオーブの状況はどうなっている?
まず8つのうち、既に奪われたのは2つ。
ツートリスのオーブと、マルサンク王国のオーブ。
次に安全が確保されているのも2つ。
ケルトのオーブと、キャメロットのオーブだ。
そして、詳細不明の物が4つ。
……つまり、魔王の復活を防ぐにはあと4つのオーブのうち、3つの安全を確保しないといけないということである。
「……クソ、結構キツイな。あと1回してミスれないのかよ……。ロンゴミニアド王、あと残りのオーブが何処にあるかは分かりますか?」
「はい、それも把握していますよ。残る4つのオーブのうち、3つはそれぞれの五大王国にあるはずです。『森王国バビロニア』『海王国オリュンポス』『天王国オーディン』の三国です。そして、あと1つは『雪の民』が所持しているものかと」
「……雪の民?」
「このガダルカナル大陸の北端に位置する『雪原地帯』に暮らす人々のことさ。彼らは伝承の時代からずっと『何か』と伝え続けている……と聞いていたが、恐らくその『何か』がオーブなんだろう」
「なるほど。……じゃあ、俺達は次に向かうべきは『雪の集落』か? ……あ、でもグレンがこの大陸に居るかどうか分からないんだよな……」
「……それでしたら、彼は恐らくこの大陸に居ると思いますよ」
「!? それはどういうことですか!?」
ロンゴミニアドの発言に、誰よりも早くホムラが食いつく。
その様子に少し驚いたようではあったが、ロンゴミニアドはそのまま自らの意見を語り始めた。
「ハルマさん達は、此度の戴冠の儀式で【憤怒】の暴魔竜アルファルドと遭遇したといっていましたね」
「はい」
「それが彼がこの大陸に居る証拠です。……あの竜の谷は確かにアルファルドの縄張りなのですが、あそこは彼のメインの縄張りではないのですよ」
「?」
「つまり、アルファルドは常にあそこにいる訳ではないのです。ある一定の決まった時期に、決まった期間だけ様子を見る為に留まっている……はずなんです」
「へえ……」
そういえば最初にアルファルドが出現した時、マイは『【憤怒】の使徒、暴魔竜アルファルド!!! なぜ、この谷に!?』と言っていた。
あの時は非常事態だったので特に聞き返したりしなかったが、あれは本来居ない時期なのに現れたアルファルドへの驚きの言葉だったのだろう。
「でも、どうしてそれがグレンと繋がるんですか?」
「アルファルドはとても敏感な生き物です。……【憤怒】の使徒らしく、怒りやすいといっても良いでしょう。つまりは彼はとても縄張り意識も強いのですよ。そんな生き物の縄張りに、普通の封印では封じきれないほど強力な者が入り込んだらどうなりますか?」
「――! なるほど! アルファルドはそれを察知して様子を見に来たのか!」
「はい、そしてそれにハルマさん達は遭遇してしまったのだと思います」
「……でも、今の魔王は力を8等分にされて封印されているはずでは?」
「力がなくなったって魂の迫力と威厳はそう簡単には消えないさ。特に、あんな敏感な生き物の前では尚更ね。さらに言うと、今の奴はオーブを2つ手にして4分の1は力を取り戻しているから、それ相応の力は発揮できるはずだよ」
「……それもそうか」
ソメイの補足を受け、ハルマの疑問は全て解消された。
確かによく考えれば、ハルマ達はマルサンク王国で8分の1の力しか出せていないはずの彼にさえ完敗したのだ。
それは今は単純に計算して2倍の強さになっているのだとしたら……アルファルドが反応しても不思議ではないだろう。
だが、だとすると……。
「じゃあ、なるべく早く俺達も『雪の集落』に向かうべきじゃないか!?」
「そうね。兄さんがいつこの大陸に着いたか分からない以上。急ぐに越したことはないわ」
「そうだね。そうなんだけど……それでも今日は休むべきだよ。特にハルマは」
「え?」
「君、忘れてるかもしれないけど今日死にかけたんだからね。癒術で傷は治せても体力までは回復しない。……そろそろ身体もキツイ頃だと思うのだけど?」
「……」
ソメイにそう言われて……今更ハルマは自らの疲労に気付いた。
実際、ハルマは今日アルファルドに癒術でも消えないくらいの傷跡が付く大怪我を負わされている。
今の今までなんとか根性と気合で頑張っていたが……それも限界だ。
「―――」
「ちょ!? ハルマ!? そんな急に!?」
膝が細かく震えて立つことを拒否している。
ソメイの言葉で、身体はようやく忘れていた疲労を思い出したのだ。
「ごめ……なんか急に……」
「ま、そりゃそうだろうよ。お前今日は結構頑張ったもんな」
「それは……お前もだけどな……ジバ公」
床に倒れ込んでしまったハルマ。
そのまま彼は……落ちるように眠ってしまった。
そんな様子を見かねたマーリンはサッとハルマを担いで、ドアに向かって行く。
「それじゃあ、ハルマ君は私が運んでおいてあげよう。決して公然的な理由でこの難しいお話をしている場を抜け出したいとかそういうんじゃなくてね」
「お願いします、マーリン。それとハルマさんを届けたらちゃんと帰って来てくださいね。戻って来なかったら……」
「怖い怖い、怖いです、王! 心配しなくてもちゃんと戻ってきますよぅ!」
「それなら良いんですが」
「まったく……」
流石のマーリンもロンゴミニアドの笑顔の圧力には敵わない。
無駄な悪だくみ、ここに撃沈。
「えっと、それじゃあハルマをお願いします。マーリンさん」
「うん、任された。……なに、心配しなくてもこの子は疲れて眠ってるだけさ。こんなことで死ぬようなタマじゃないよ」
「……はい」
「それじゃあ皆の衆! また10分後頃に!」
最後に変わらぬ笑顔をおちゃらけのまま、マーリンはハルマを担いで一旦玉座の間を退出した。
―廊下―
夕日が差し込む廊下を、マーリンはハルマを抱えゆっくり歩いていく。
「……本当に、信じているからね」
その言葉は眠っているハルマには聞こえない。
だが、マーリンは言葉を止めはしなかった。
「君が何処まで進んでくれるかが……本当に何よりも大事なんだから」
フッと小さな笑みを浮かべるマーリン。
それは自らの腕の中であどけない寝顔をしているハルマに向けたものか、それとも……。
「もちろん私も協力を惜しまないけど。……だからこそ、仲良くしていこうじゃないか」
その顔には何処か酷く懐かしい様子を浮かべながら――
「同郷の誼みとしてもね」
遠い遠い言葉を。
【後書き雑談トピックス】
61話からここまで全部同じ1日の話です。
いままでこんなにずっと日が変わらないことなかった。
次回 第67話「山脈街 エイトス」
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