3章幕間 賢者との一時
「……」
ハルマは気が付くと砂と霧がひたすらに広がる砂丘の真ん中にいた。
目が覚めたらそんな所に居た……なんて事態、普通なら腰を抜かすレベルで驚くべきことなのだが、ハルマは特に驚かない。
何故なら、彼はここが何処なのかも、そしてこの事態が誰によるものなのかも知っているから。
故にその顔には『驚き』ではなく小さな『笑み』を浮かべ、ゆっくりと砂の中を歩いていった。
―楼閣の前―
「や、遊びに来たよ」
「うん、ようこそ。……それにしても、つい先日までは100年間ずっと誰も訪れるようなことはなかったのが、今となっては『遊びに来たよ』なんて軽い口調で来訪する人が現れるようになるとはね……。人生、本当に何が起こるか分からないものだ」
「それは俺も同感。死んで異世界転生することになるなんて本当に人生は……。ん? ちょっと待てよ? 俺の場合はこれ死んでるから、この言い方はおかしいか?」
「……それ、こないだも言ってなかったかい?」
「言ったな」
特に深い意味合いはない雑談。
どうにも、話し好きのガダルカナルはちょっとした話題からでも、ついつい話を広げていってしまう癖がある。
それは恐らく100年の孤独から生まれた癖なのだろう。ガダルカナルは自分でその道を選んだとはいえ、人間なら『寂しさ』という感情はどうあっても生まれるものだ。
それはハルマもなんとなく分かっていたので、彼はしっかりと一つ一つガダルカナルの話に付き合っていた。
ハルマも誰かと話をするのは嫌いではなかったし。
「と、前回もそうだったけど。こんな所で立ち話も難だね。中にお入りよ」
「ありがたい。……けど、前回と言い、ここで立ち話を始めたのは君の方だからね?」
「……確かにそうだな。すまない、つい嬉しさがこみ上げてしまって」
「子供かな?」
「僕はまだ15歳だからね。その辺りは多めに見て欲しいかな、お兄さん」
「まさかの開き直り!?」
フフッと笑いながら、ガダルカナルはハルマを連れて楼閣の中へ。
―書斎……のような部屋―
さて、今回ハルマが案内されたのは前回とはまた違う部屋だ。
前に会話をした部屋は庭園のような部屋だったが、今回の部屋は外国の書斎みたいな部屋だった。
黒に近い茶色の木を基調にして作られた部屋に所狭しと本が並んでいる。
部屋に漂うのは木と紙の匂い、落ち着いた植物の香りがハルマの心にも安らぎを与えていた。
「前とは違う部屋だね」
「ああ、こうやって毎回違う部屋に案内される方が君も楽しいだろう? せっかくこの楼閣には部屋がたくさんあるんだし、有効活用していこうと思ったのさ」
「……ちなみにたくさんっていくつくらい?」
「1万くらいあるのは確かかな?」
「馬鹿かな?」
1万って。
絶対いくつか100年間の間1回も使ってない部屋がありそうだ。
まったく、一体何の為にそんな大量の部屋を作り出したのか。
「賢者に向かって馬鹿とはなんとも……まあ、いいとしよう。それに今回は君もなかなかに馬鹿げた土産話があるはずだろう?」
「……既に知ってるなら話す必要なくない?」
「そんなことはないさ。ただ見て『知っている』だけなのと、本人から直接話を聞いて『理解する』のは全然違うことだよ。そんな訳だからぜひぜひ君の話を聞かせて欲しい」
「やれやれ……」
まあ、今回は最初からそのつもりでハルマはここに来たのだが。
こうもせがまれるとなんだかむず痒くなってくるのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……それで、ジバ公に協力してもらって風を受けて空に飛びあがったのさ」
「ホント、そこの発想はなかなか僕も驚いたよ! いや、別にその理論自体はとても単純なんだけど、それを実際に実行した君の勇気にだね!」
「……」
小さな子供のように、はしゃぎながらハルマの話に聞き入るガダルカナル。
この話好きは100年間の孤独が一因であるのは確かだろうが……それを加味しても彼女は頭一つ抜けているようだった。
だってそうでもなければ、一部始終を観測して全てを見知っているはずの話をこんな楽しそうに聞くのは無理だろう。
だが、今眼前にいる賢者サマはその綺麗な碧眼キラッキラさせながらハルマの話を聞いているのだった。
「うんうん! やはりただ見ているだけなのと、実際に本人から話しを聞くのでは感動の躍動感が違うね!」
「感動の躍動感とは。まあ、楽しそうで何よりですよ。……俺からすれば死に掛けた思い出だからそんなに思い出したくないんだけど。……そういえばさ、俺のこの異常に癒術が効く体質は何なの? 原因分かる?」
「ああ、それかい。分かっているよ、その原因は君の魔術適性だ」
「あ、やっぱし?」
魔術適性、7つある魔術の属性のうちどれに適性があるのかを示すもの。
人によってその数は異なり、1つしかない人もいれば7つ全てに適性を持つ人もいる。
ただしあくまで違いは数だけで、どんな人にも絶対に魔術適性自体は存在する……はずだったのだが。
「俺の、空前絶後の魔術適性『なし』が原因ですか」
ハルマにはそれがなかった。
無機物にさえ存在するはずの魔術適性、しかし何故かハルマにのみそれが存在しないのだ。
故に……ハルマは憧れていた魔術を一切使用することが出来ず、ただただ見せつけられるだけという何かの嫌がらせみたいな状態になっていたのである。
「うん、その前代未聞の魔術適性『なし』が原因だよ。……あの子も言ってなかったかい? 癒術は魔術適性が少ない方が使いやすいと」
「……そういえば、そんなことも言っていたような?」
「魔術適性はね、そのままその人のオドの複雑さでもあるんだよ。ようするに癒術にとって魔術適性は『壁』だ。だから君の場合はその壁がないお陰で癒術が十二分に力を発揮出来るのさ」
「へえ……」
なるほど。だからハルマには本来効きにくいはずのホムラの癒術さえ、致命傷を一気に治してしまう程の回復力になるのだろう。
今までハルマは魔術適性『なし』にデメリットしか感じていなかったが、この異常回復力には素直に感謝せざるを得ない。
実際、弱いハルマは何度もこの回復力に助けられている。
「……じゃあさ、癒術とは逆の『呪術』はどうなの? なんか俺、呪術に対しても変な効果を発揮したんだけど」
「それも魔術適性が原因だよ。君には魔術適性が存在しない……あまりにもプレーンなオドだから、呪術を使うと同調しちゃって術者もダメージを受けちゃうんだ」
「ふーん……。じゃあ、途中でダメージがなくなったのは?」
「……さあ。脳内麻薬じゃない?」
「……」
急に現実的な話になった。
……どうやらそれはガダルカナルにも分からないらしい。
まあ、そもそも魔術適性『なし』が世界でハルマ初なので、知識と推論だけでここまで答えられるだけでも十分凄いことなのだが。
さて、ガダルカナルのおかげで長年(と言ってもまだ転生してきて2ヶ月ほどだが)の疑問は解消されたハルマだったが。
一番大事な根本的な部分は解決されていない。
それは――
「なんで、俺は魔術適性がないんだろうか」
そう、それらの事態の原因となっている、魔術適性『なし』である。
繰り返すが魔術適性は本来赤ん坊にも、動物にも、植物にも、無機物にさえ存在するものだ。
それなのに、何故か普通の人間であるはずのハルマにのみ存在しない。
……よくよく考えればこれは相当不可解なことである。
「君の魔術適性『なし』は僕にもよく分からないんだ。何せ前例が存在しないからね」
「……まあ、そうだよなぁ」
「申し訳ないね。何か分かったらすぐに僕も報告するよ」
「ん、ありがとうな。……さて、それじゃ俺そろそろ帰るわ」
「そうか。まあ、またいつでも来ておくれよ」
「おう」
とりあえず今日は疑問が解消されただけ良しとしよう。
まだまだ分からないこと、不思議なことは山ほどあるが……それは一つ一つ解消していければいい。
ハルマはそう思いながら、夢から目覚めていった。
【後書き雑談トピックス】
一応もう1回言っておくと。
マナが空気中の魔力で、オドは体内で生成される魔力です。
マナは植物や地面など自然そのものから。オドは魂のお零れから生成されております。
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