第65話 勇気の価値
「……」
「……」
聖王国キャメロットの玉座の間に静寂が広がる。
竜の谷からハルマ達は無事にここまで戻ってきたのだが……。その割には、玉座の間には笑顔も喜びの雰囲気もなかった。
帰ってきたハルマ達も、城で帰還を待っていたロンゴミニアド達も、皆神妙な顔つきをしている。
「マイ、それは事実ですか?」
「……はい」
ロンゴミニアドの確認の質問。
そこに怒りや疑いの感情はなく、寧ろマイを抱擁するかのような優しい声掛けだったのだが……それでもマイは若干涙声であった。
何故なら――
「私は……逆鱗を取ってくることは出来ませんでした」
聖騎士団長の戴冠の儀式の失敗。
暴魔竜アルファルドの逆鱗を斬り落とすことこそ出来たが、それを持ち帰ることは叶わなかった。
「申し訳ございません……。王のご期待に沿えられなかったばかりか……国の歴に泥を塗るような真似まで……」
マイが涙声なのは儀式の失敗だけが原因ではない。
マイは……この戴冠の儀式を初めて失敗した者になってしまったのだ。
この竜の逆鱗を持ち帰る戴冠の儀式は実に100年の歴史を持つ。しかし、その長い歴史の中にあってもこの儀式は今まで失敗した者はいなかった。
……その理由は明白だろう。そもそもこの儀式を受けることが出来る程の者は竜の逆鱗を取ってくるなど本来朝飯前なのだ。
事実、マイはアルファルドと戦う前に簡単に竜の逆鱗を取っている。
つまり、この儀式は今まで事実上形だけのものだったのだが……。
マイはその儀式に100年の歴史のなか、初めて失敗してしまった。
「……で、でも! 逆鱗は確かに斬り落とせたじゃないですか! あの後アルファルドが起き上がったのは予想外の事故ですし! なら……!」
「ホムラさん。申し訳ないですが、そういう訳にもいかないんです」
「……え?」
見かねてホムラが助け舟を出すが……それはあっさりとキンキに切り捨てられた。
キンキも少し辛そうな表情をしてはいたが、だからといって情けを掛けることはなく無情に事実を告げる。
「貴女方の言葉を疑う訳ではありませんが、これも儀式の一つ。確かに斬り落としたという証明が出来なければ成立はしないのですよ」
「――!」
「非常に残酷な話ではありますが……結果がなければ意味はないのです。聖騎士団長は国民の命を預かる役職、背負う責任は他の役職のそれを遥かに凌駕するのですから」
「それは……そうかもしれないですけど……」
キンキの言い分はもっともだ。
だからこそ、いくら仲の良い相手だからといって情けを掛けることは許されない。
それで取返しのつかないことが起これば……責任の取りようがない。
「……良いんですよ、ホムラさん。この事実は私の不甲斐なさが招いたことですから」
「マイさん……」
重く、辛い雰囲気が漂う。
誰もがなんと言えば良いのか分からず次の言葉に悩んでいた。
……そんな時だった。
「王様。一つ、良いですか?」
「?」
重い雰囲気とは程遠い、どこか明るみのある声でハルマが質問したのは。
「……何でしょうか? 天宮さん」
「この儀式には同行者が認められていますよね? なら、一つ気になることがあるんですが」
「はあ……」
「例えば、例えばの話ですよ。激戦の結果、竜の逆鱗を斬ることに成功した。だが、挑戦者は怪我が深く逆鱗を持ち帰る体力はもうない。……そんな時に、同行者が代わりに逆鱗を持ち帰ればどうなりますか?」
「……? それは特に問題はありません。この儀式で大事なのは竜に挑む勇気と、その証を示すことですから」
「そうですか」
「……それがどうかなさったのですか?」
質問の意図が理解出来ず困惑するロンゴミニアド。
そんな空気のなか、ハルマは嬉しそうな顔をしながらバックをまさぐり始めた。
そして、子供のように嬉しそうな表情をしながら、何かを取り出す。
それは……。
「これ、何だか分かりますか?」
「それは……。……! 竜の逆鱗!」
「!?」
「ええ、そうです! 正真正銘、今日マイさんが斬ったばかりの逆鱗ですよ!」
マイがアルファルドと戦う前に斬った、竜の逆鱗だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「どうして……それを!?」
嬉しそうな顔をしながら逆鱗を掲げるハルマに、マイは心底不思議そうな顔をしながら問い掛ける。
その逆鱗は、他ならぬマイ自信が『必要ない』と切り捨てた物のはずなのに、何故かハルマが持っていることが理解出来なかったのだ。
「え? だって勿体ないじゃないですか、せっかく斬ったのに」
「勿体ないって……。……いや、でも、その逆鱗があったところで意味はありません……」
「なんでです?」
「そんな小さな逆鱗で聖騎士団長となる資格になり得るはずがないじゃないですか! さっきキンキさんも言っていたでしょう? 聖騎士団長は国民の安全と安寧を担う役職なんですよ!? それをそんな小さな逆鱗で――」
「……マイ、一ついいですか」
「――! はい! なんでしょうか、王!」
ハルマの持ち帰った逆鱗を拒絶するマイに、ロンゴミニアドが声を掛ける。
突然の声掛けに驚きながら、マイは振り返り王と向き合った。そして、そのままロンゴミニアドは諭すように話し始める。
「マイ、どうやら貴女は一つ勘違いをしているようですね」
「……勘違い、ですか?」
「はい。……マイ、貴女はこの儀式においてもっとも大事なことが何か、言えますか?」
「え?」
予想外に簡単な問いを投げかけられ困惑するマイ。
不思議には思いつつも、ロンゴミニアドの表情は至って真面目なので、マイも至って真面目に問いに答える。
「それは……『勇気を示すこと』です。これより聖騎士団長となり、国を守る為に戦っていく勇気があることを示す……」
「ええ、その通りです。……なるほど、貴女はそれが分かっているのに、勘違いしているのですね」
「……? も、申し訳ございません、王よ。私は一体……何を勘違いしているのでしょうか……?」
マイにはロンゴミニアドが何を言いたいのか分からなかった。
自分の問いの答えは間違いではないと言われたのに……なお勘違いしているとも言われる。マイには自分のどこが違うのか皆目見当がつかなかったのだ。
だが、ロンゴミニアドはそんなマイが必死に考えてもたどり着けなかった答えを、当たり前のことのように言ってみせた。
「勇気の価値、ですよ」
「……? ……勇気の、価値?」
「はい。マイ、貴女は勇気の価値をはき違えています」
「……それは、どういう……?」
勇気の価値、と突然言われてもマイには何のことか分からない。
結果、マイはより一層困惑を深めることになったが、そんな彼女にロンゴミニアドは柔らかい雰囲気のまま、勇気の価値について話し始めた。
「マイ、貴女はこの儀式において逆鱗の大きさに拘りを持っているようでしたね」
「……はい」
「それは何故ですか?」
「え? それは、普通に逆鱗の大きさが竜の強さに比例するからです。大きい逆鱗であればあるほど、相手取った竜が強かったということ。ならそれだけ大きな勇気を持っていると示せることになる……と思ったのですが……」
「なるほど。では、小さい逆鱗を捨てたのは何故?」
「今とほとんど変わらない理論ですよ? 小さい逆鱗で示せるのは小さな勇気でしかありません。そんな勇気では聖騎士団長となるのに相応しくはない――」
「はい、そこが間違いです」
「え?」
「その、小さな勇気では相応しくない……という考えが貴女の勘違いですよ」
ロンゴミニアドの指摘にマイは言葉を失う。
今まで一番大事だと思っていたことを、まさかの王本人から否定されたからだ。
一体もちろんマイにはどういうことなのか分からず、動揺しながらロンゴミニアドに質問した。
「それは、どういうことなのでしょうか!?」
「簡単な話です。……マイ、勇気には確かに大小があります。大きなことを成すことが出来る大きな勇気、小さなことに留まる小さな勇気。そういったものがあるには事実で、そこに間違いはありません。……ですが、その二つに価値の違いはないのです。大きな勇気も小さな勇気も、価値に違いはない……同じ勇気なのですよ」
「――!?」
勇気の大きさに価値の違いはない。
それはマイにとって今まで積み上げてきた常識を吹き飛ばす一言だった。
聖騎士団長となるのなら、それに相応しい勇気と示さないといけない。
剣を初めて握ったその日からずっとそう思い続けていたのに―――その思いは簡単に否定される。
「確かに、大きな勇気を振り絞り、偉業を成した人は立派でしょう。……ですが、それでは小さな勇気を振り絞って、小さな行いを成すのに留まった人は立派ではありませんか?」
「……い、いいえ」
「そうでしょう? 大きな勇気でも、小さな勇気でも価値に大きな違いはないのです。だって本当に大事なのは『勇気を振り絞ること』なのですから」
大きさに違いはない。
振り絞ったという結果が、何よりも大事なことなのだ。
ロンゴミニアドはそう言った。言い切った。
それは捉えようによっては多くの者の怒りを買う言葉となるかもしれない。それでもロンゴミニアドは恐れることも、迷うこともなく、それを事実として言い放った。
王として、ではない。一人の人として、そう告げたのだ。
「……つまり、この儀式においても同じことが言えますね」
「……、……!?」
「マイ、貴女は此度の儀式を失敗していません。貴女はしっかりと勇気を振り絞って竜に挑み、逆鱗を持ち帰ることが出来ました。それには天宮さんの協力がありましたが……それは儀式として認められている範囲なので問題もないでしょう」
「で、では!?」
「はい。……おめでとう、マイ・リマヴェラ。貴女は今日から、この聖王国キャメロットの聖騎士団長、「暁」の騎士です。どうか、その身に恥じないように努力してくださいね」
「――!!!」
柔らかく、優しいロンゴミニアドの祝福。
それを聞いて、マイは先ほどとは違う理由で涙を流す。
――この日、新たな「暁」の騎士がここに誕生したのだった。
【後書き雑談トピックス】
儀式が始まったのは100年前。
勇者ユウキが居たのも100年前。
つまり……?
次回 第66話「遥かからの継承」
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