第64話 白昼、魔竜すらも照らして

「では……暴魔竜アルファルドよ、ここからは「白昼」の騎士ソメイ・ユリハルリスがお相手仕ろう!」


 狙ったかのようなタイミングで割り込んで来たソメイは、高らかにアルファルドに向けそう宣言した。

 その姿――まさに威風堂々、それでいてどこか柔らかで温かな雰囲気があるのだから不思議である。

 これが……本物の『聖騎士団長』というものなのだろうか。

 だが、そんな温かな雰囲気もアルファルドには通用しない。

 それどころか彼からすれば、あと少しで倒せるというところで訳の分からない相手に邪魔された状態なのだ。

 元から権能と罵倒と傷とで怒りが頂点に達していたアルファルドだが、その怒りは簡単に限界突破しさらなる高みへと昇っていく。


「ソメイさん……気を付けてください。何故かは分かりませんが、アルファルドは逆鱗が斬れたのに襲い掛かってくるんです!」


「そのようだね。だが、そう大きな問題ではないよ。少々心は痛むが、こうなれば相手方が引いてくれるまで剣を振るうことにするさ」


「―――――------—————-------—————!!!」


「出来ることなら、なるべく早くお帰りいただけると幸いなんだけどね」




 ―その頃、ハルマ達―

 さて、ソメイとアルファルドが向き合っている頃。

 マイを庇って致命傷を受けたハルマは、ホムラの癒術でなんとか一命を取り留めていた。


「おお……、ホント凄いな癒術って……。あんな傷も一瞬で塞がって……あれ? でもいつもと違って傷跡は残ってるな?」


 いつもなら癒術はハルマの身体に傷一つ残さず癒しきってくれるのだが……。

 今回はくっきりと腹に3つの傷跡が残っている。

 別に痛くはないので、特に問題がある訳ではないのだが。


「それは傷が深すぎたのが原因。貴方、なんか実感ないみたいだけど、さっきのは本当に致命傷だったんだからね?」


「そうなんだ。なんかもう意識が朦朧としててあんまり記憶にないんだよな……。ま、別に良いんだけどね。これが後ろ傷だったら恥だけど、向こう傷ならこれも名誉の傷跡ということで……」


「名誉の傷跡、じゃないでしょう!? 無茶しないでって……いつも言ってるのに……」


「おうわ!? そ、そんな涙目にならなくても!!! 悪い、悪かったって! で、でも今回はこうでもしなかったらヤバかったんだよ!!!」


 予想以上にホムラに心配されて動揺するハルマ。

 ……どうも彼は自分が仲間達からどれくらい想われているのか理解が出来ていない。

 どういう行動が無茶なのかは理解しているくせに、それをしたって誰も特にはなんとも思わないだろうと思っているのだ。

 まあ、もちろんそんなことは微塵もないのだが。


「ジ、ジバ公! お前からもなんとか言ってくれよ! 実際今回はそんな感じだっただろ!?」


「知らなーい。理由はどうあれホムラちゃんを泣かせた奴の味方なんてしないもんねー」


「ああ、クソ! そりゃお前はそうだわな! お前に援護頼んだ俺が馬鹿だったわ!!!」


「……まあ、でも、ハルマも今回は頑張ったのは頑張ったんじゃない? その傷もマイさんを庇ったものなんだし。いつもみたいにお説教くらって終わりでいいでしょ」


「んで、デレたと思ったら大してデレてないし!!!」


 ジバ公は常にホムラの味方である。

 故にこういう状況で彼に助け舟を求めても大した援護はしてくれないのだ。


「……てか、よく考えたら説教くらって『終わり』じゃないだろ! アルファルドはどうした!?」


「なんだ、気付いてなかったの? ほら、アルファルドならもう問題ないわよ」


「え?」


「「白昼」の騎士サマが相手をしてるからね」


「……」


 ホムラが指さす先、そこでは一つの戦いが繰り広げられていた。

「白昼」の騎士と、【憤怒】の魔竜の戦いが。




 ―空中の戦線―

「申し訳ないが、その程度では僕には届かないぞ!」


「―――――-----————-----————————!!!」


 なるほど、これは騎士の戦いなのか。

 ……それはハルマがソメイとアルファルドの戦いを見て、最初に出てきた感想だ。

 先程までのマイとアルファルドの戦いもハルマにとっては到底届かない領域の戦いだったが、今の戦いはその領域すら凌駕している。


 アルファルドは翼や口から風や炎を無尽蔵に飛ばし、器用に空中を駆けまわるソメイを迎撃しようとする。

 しかし、その一撃がソメイに当たることはなかった。

 流れる水のように一片の無駄もない剣技で風と炎を打ち払いながら、ソメイは道なき道を駆けていく。

 時には岩肌、時には木の枝、また時にはアルファルドの身体。

 それはどれも地面と呼ぶにはあまりにも頼りなく不安定な足場なのに、ソメイは微塵も動きを乱さない。

 剣技と同様にに無駄なく軽やかに身体を動かすその様子は、まるで空中で踊っているかのようであった。


「―――—-----————-----——————!!!!!」


 攻撃が全く当たらない鬱陶しさにアルファルドはさらに怒りを増すが、それではソメイの前では寧ろ逆効果だ。

 アルファルドがソメイを倒したいのなら、ステータスの高さよりも冷静な判断力の方が大切である。

 故に【憤怒】の権能でどれだけ怒りを力に変えたとしても、結果は何も変わらない。

 いや、寧ろ悪くなっていくくらいだ。


「―――--------————————————----———!!!」


「さて、そろそろ仕留めにいかせてもらうが……構わないかな?」


「――――----————----————!!!」


 声にならないアルファルドの咆哮。

 だが、今の咆哮のに込められた感情はハルマにも理解出来た。

 ……焦りだ。

 アルファルドはこちらの言葉の意味を理解出来るからこそ、焦っている。

 自分の攻撃は未だ一発も当たらないのに、相手は「そろそろ本気を出す」と言っているのだから、まあ焦りを感じるもおかしくはない。

 だからこそ、アルファルドはより攻撃の手を強めるのだが……やはり結果は変わらなかった。

 もう、いっそのこと逃げ出せば良かったのだろうが……。

 それはアルファルドの理性という『プライド』が許さない。


 ……故に、アルファルドはソメイの一撃を受けることとなった。


「日本晴れ!!!」


「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 どこかハルマにとっては聞き覚えのある単語と共に放たれた一撃。

 それはアルファルドの右目に容赦ない傷を叩きつける。

 アルファルドはその痛みにのたうち回りながら、2度目の墜落をすることとなった。


「……どうかな? かの伝承の勇者、ユウキが編み出した剣技……SIN陰流が一つ。『日本晴れ』の味は」


「あ、やっぱりユウキが関連してるのな!」


「え? あ、ハルマか。……それで今の言葉はどういう?」


「お前は分かってないかもしれないけど、『日本晴れ』の『日本』っていうのは俺の地元の名前なんだよ。……それにしてもユウキ、SIN陰流とはなんとまあ……」


「どうかしたの?」


 自分で剣技を編み出してそれに『SIN陰流』と名付けるとは……ユウキ、やはりなかなかに異世界ライフを楽しんでいやがる。

 ハルマだって出来るならそういうことしたいが……弱いが故に剣技を編み出すなど出来ないのが悲しいところ。

 まあ、仮に編み出したとしても『新陰流』はもう100年前にユウキに取られてしまったが。


「ま、それは気にしてもしょうがないか。……で? 今後こそアルファルドは倒したのか?」


「……いや、多分まだ」


「!?」


 すぐさま再び距離を取ろうとするハルマ達だったが……遅かった。

 その場から逃げ出す前にアルファルドは三度その顔を上げてしまった。


「……」


 未だ怒りに満ちた表情でハルマ達を睨むアルファルド。

 だが、睨みはすれど襲ってくる様子はない。

 そんなアルファルドに、ソメイは再び恐れなく語りかける。


「アルファルド、君がさらにこれ以上の交戦を望むというのなら僕はそれに応じることもやぶさかではない」


「……」


「だが、ここは君のために引くべきではないだろうか。怒りを買う発言だとは分かっているが、それでも君は僕に勝てないことは分かっただろう? これ以上の戦いをするとなれば、僕は君から左目の光まで奪わなくてはいけなくなる」


「!? ソ、ソメイさん何を!?」


 アルファルドにトドメを刺さず、逃げるよう促すソメイにマイは困惑するが……。

 ソメイは言葉を止めなかった。


「それは僕も望むところではない。だからここはどうか引くことをおすすめする。そして傷が癒え、力を蓄えた時にまた僕の元に来ればいい。ただし、その間に無関係の人々を襲うようなことはしないこと。さもなくば僕はまだ満足のいかない君を斬らなくてはならなくなる。それは君も望むところではないだろう?」


「……」


「だから身勝手な話だが、僕に少しでも悔しさを感じているのなら……。その【憤怒】は今後、僕にだけ向けるようにしてもらいたい。誰か他の人を巻き込むことはしないでほしい」


「……。―――――----————-----———」


「!」


 ソメイの言葉をどう受け取ったのだろうか。

 アルファルドはしばしソメイを睨んだ後、そのまま静かに何処かへと飛び去っていってしまった。

 ……ソメイの言葉を素直に受けいれたのだろうか?


「ソメイさん、どうしてです?」


「ん?」


「なぜアルファルドに慈悲を掛けたんですか? アルファルドが今までに齎した災害はソメイさんも知っているでしょう?」


「……」


 アルファルドが今までにどれ程の被害を各地に齎したのか知っているマイからすれば、今のソメイの行動は理解出来なかった。

 あの邪悪な魔竜はここで早急に討つべきだと、マイはそう考えて疑わなかったのである。

 だが、ソメイはそうはしなかった。

 マイの質問を受けて、ソメイは少し恥ずかしそうな顔をしながら答えた。


「……情けない話だけどね。少し淡い期待を抱いてしまったんだ」


「期待……?」


「アルファルドには知性があり、理性があり、心がある。ならば時間を掛ければ彼も変わってくれるんじゃないかと。僕という存在に対象を絞れば変えられるんじゃないかと。……そう思ってしまったんだ」


「アルファルドが……変わる? あの、災害のように人を殺してきた魔竜が?」


「ああ、僕はそれを期待してしまった。……僕は弱いからね、出来ることなら何かを殺したりしたくない。だから、目の前の小さな可能性に手を伸ばしてしまった」


「そんな! それでもし、またアルファルドの被害が出たら……!!!」


「その時は先ほども言ったとおり僕は彼を斬り、そして責任を取って自らの腹を斬ることになるだろうね。そんなことで責任が取れるのか……と言われたら答えられないけど」


「なんで……!? どうしてそこまでしてアルファルドを庇うんです!?」


 マイには理解出来なかった。

 人々の命を脅かす……言うなれば人々の敵を、自らの命を懸けてまで庇う彼の在り方が理解出来なかった。


 だが、ソメイはそんな疑問に簡単に、一言で答える。


「簡単だよ。僕は……何かを殺せない弱い存在だから、だよ」


「……」


 ――その言葉に、迷いはなかった。


「……こんな僕は、やはり騎士には向いてないのかな。ハルマ」


「なんで俺に聞くんだよ。……別に向いてないとは思わない。けど」


「けど?」


「お前はちょっと、真面目過ぎると思う」


「……! ……そうかな、いやそうなんだろうね」


 ある意味では誰よりも『騎士らしい』ソメイに、ハルマは少し複雑な気持ちを抱きながら……今度こそ平穏となった谷で昼の太陽の光を浴びているのだった。




 ―少しして―

 さて、少し休憩を取ったハルマ達は帰りの支度を開始。

 もうこの谷にはこれ以上は用はない。

 あまり長居しても竜たちにも迷惑だろうと思い、なるべく早く帰ろうとしたのだが……。

 何故か一向にマイが戻ってこなかった。

 ずっと戦っていた場所でうろうろとしている。


「……マイさん? どうかしたんですか?」


「ないんです」


「なにが?」


「アルファルドの逆鱗が……どこにもないんです!!!」


「……え?」


 そんな馬鹿な、と思ったが……。

 確かにどこにも逆鱗はなかった。

 それなりの大きなの逆鱗だ、あればすぐに分かるはずなのだが……。


「……ねえ、もしかしてさ」


「?」


「どっかに落っこちちゃったんじゃないの? さっきの戦いで」


「……」


 可能性は否定できなかった。

 確かに一方的であったとはいえ、それなりには大規模な戦いだったのだ。

 いくら大きいとはいえ、斬り落とされた逆鱗くらいならどっかに飛んで行ったりしてもおかしくない。


「……つまり? 全部、骨折り損のくたびれ儲けだったと?」


「……」


「……」


「……」


 気まずい静寂……。

 だが、それがどう見ても今の事実だった……。




【後書き雑談トピックス】

 強くとも殺せないソメイか、弱くとも殺せるマイか。

 どちらが強いのかは分からない。

 まあ、マイの『弱い』はあくまでソメイと比べての話ですが。



 次回 第65話「勇気の価値」

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