第63話 勇者の音
「あれはどうしたものでしょうか……」
空を見上げるハルマとマイ。
そこにはマイですら届かない程高みに飛びあがったアルファルドの姿があった。
しかも、いつの間にか口の前に炎の塊のようなものが出来ており、それが段々と大きくなってきている。
……良い予感はしない。
というか、アニメやゲームや小説やら、なんであっても敵がああいうものを準備した時は大体どうするつもりなのか相場は決まっている。
つまり……。
「マイさん。アイツ、もしかしたらあの炎のでこの谷ごと全部まとめて吹き飛ばすつもりじゃないですかね……」
「……」
返事はない……が、マイは苦虫を嚙み潰したような顔でアルファルドを睨んでいることから、恐らくハルマの推測に間違いはないだろう。
「おいおい、冗談じゃないぞ。あんなのぶっ放されたら……」
「間違いなくこの谷は消し飛ぶね。最悪キャメロットにも被害がでるかもしれない」
「……!」
冷静に、されど無情に現実を告げるジバ公。
実際ジバ公の言葉はまったく大げさでも何でもなかった。
炎の塊の大きさは直径30m近く、しかもそれは今もどんどんと大きくなってきている。
一体どれ程の大きさにするつもりなのかは知らないが……既に今の大きさでさえ放たれたら甚大な被害が出るレベルなのだ。
このまま放っておけば、確実にこの谷は消し飛ぶことになるだろう。
「どんだけだよ……。怒りに呑まれて谷ごと消し飛ばそうとするとか、某宇宙の帝王かアイツは! ……スケールは大分小さくなってるけど」
「よく分かんないこと言ってる場合か!? このままじゃ間違いなく僕ら全滅だぞ!?」
「分かってるよ! マイさん……何か方法、ないですかね!?」
「方法!? え、えっと……どうにかしてアルファルドをあの高さから落とせれば、どうにか出来るかもしれませんけど……。いくら私でもあの高さまでは届かないです……」
アルファルドが飛んでいるのは約上空50m。
いくらマイでもあの高さまではジャンプ出来ないのは無理もないだろう。
ハルマからすれば普通は5mだって無理な高さなのだ、50mなんてもはや論外である。
だが、それでもハルマは質問を続けた。
「マイさん。魔術とか出来ること全部やって全力だしたら俺をどの高さまで打ち上げられます?」
「え? 打ち上げる? ……そうですね。頑張れば30mくらいなら、なんとか……。ってハルマさん、何するつもりなんです!?」」
「30って凄えな……。で、何するつもりって、そんなの決まってるでしょう? アイツをあそこから引きずり落としてやるんですよ!」
「えええ!?」
ニヤリと笑いながら、ハルマは遥か上空に居るアルファルドを睨み自信満々にそう言い放つ。
その顔には少しの冷や汗と、少年のような緊張した笑いがあった。
だが、それがマイやジバ公の安心に繋がる訳ではない。
「引きずり落とすってどうやって!? またさっきにみたいに罵倒するつもりですか!?」
「それ以外に方法もないでしょう? 大丈夫ですよ、俺の罵倒の切れ味は世界最強レベルなんでね。……まあ、アイツが火球作るのよりも俺を殺すことを優先するくらいの罵倒が出来るかは分かりませんけど」
「それじゃあ無茶しても無駄になるかもしれないじゃないか!!!」
「……」
ジバ公の緊迫した声。
ジバ公は普段ハルマに対して当たりが強いくせに、こういう時にはハルマに対して甘いというか意外とちゃんと心配してくれる。
思えばシックスダラーでもそうだった。
コイツ、意外とハルマにもかなり優しいのである。
そんなジバ公の対応にハルマは内心で感謝した……が、それでも諦めることはしなかった。
「でも、そんな無駄になるかもしれないことをしないと確実に俺達は死んじまうぞ」
「……それは、そうだけど」
「大丈夫だって。そんな無茶なことは……するけど、どうにか生き延びてやるさ」
「どっから来るのさ、その自信!?」
「運の良さから! 多分今回もなんとかなる気がする!」
「そんな無茶な!!!」
「無茶でも無理じゃない! 出来ることを残して負けるなんてあってたまるか! 負ける時は全部出来ること出しつくしてから負けるんだよ!」
「――!」
「ハルマさん……」
誰もよりも弱く、誰よりも脆いのに……ハルマは誰よりも勇敢だった。
この絶望的状況を前にして、彼の心は欠片も折れていない。
それどころか、これから自分が行おうとしている無茶の愉快さに小さな笑みすら浮かべている。
そんな様子を見ていたら、不思議とジバ公やマイもまだ抗えるような気がしてきてしまう。
折れかかっていた心がハルマのおかげで再び立ち直ったのだ。
……そんな今のハルマは、『最弱』であれど確かに『勇者』であった。
『勇者』とはただ『勇気がある者』のことではない。
それではただの蛮勇を振りかざす者と同じだ。
真に『勇者』とは『勇気がある者』であると同時に『勇気を与える者』でもあるのだ。
どんな絶望的な状況でも、諦めず立ち上がる勇気を与えることが出来る者。
それこそが本当の勇者なのだろう。
そういう意味ではハルマはまさに勇者にピッタリだ。
なぜなら彼は『最弱』。
彼の罵倒は世界一腹が立つように、彼の激励は世界一勇気を奮い立たせてくれる。
だって、それは他人からすれば、誰よりも弱い奴ですらまだ出来ると言っているのだから。
ここで諦めてどうすると、勇気を振り絞らせてくれる。
「……よ、よし! こうなったらヤケだ! ぜ、全力でやってやる!」
「私もです! これから騎士団長になるんですから、初陣で敗北なんてしてられませ!!!」
「ジバ公! マイさん!! ……それならもう迷うことない! さあ、竜退治の始まりだ!!!」
まさにこの時、『最弱勇者』の英雄譚が幕を上げた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「それじゃあ、マイさん。頼みますよ!」
「はい! お任せください!」
背中をマイに向け、ハルマは上空のアルファルドを見据える。
アルファルドはハルマ達がここまで来れると思っていないのだろう。
故にゆっくりと確実に火球を大きくしていっており、まだ放つことはしていなかった。
だが、それでも確実に大きくはなっている。
いつどのタイミングで撃つか分からない以上、急ぐに越したことはない。
「ハルマさん、どうかご武運を!」
「おう!」
「
「――ッ!!!」
凄まじい勢いの水を背中に受け、ハルマは思い切り上空まで吹っ飛んでいく。
その威力まさに水鉄砲。
ハルマは背中が尋常じゃないくらい痛かったが……それはもう我慢するしかない。
「痛ってえええ!!!!! これ、絶対背中痣になってる!!!」
「水の勢いで空に吹っ飛ばせって言ったら、そんな威力にもなるだろうが! 今はそんなこと言ってないで集中しろ!」
「分かってるよ! ……良し! ジバ公、開いてくれ!!!」
「了解!」
マイの水鉄砲は本当にハルマを上空30m近くまで吹き飛ばしたが、それではまだ高さが足りない。
なら、ここからはジバ公の番だ。
ジバ公は伸縮自在の身体を思い切り広げ、ハルマの両手両足を四隅で掴む。
そしてそのまま広げた身体で風を受け、上昇&滑空。
簡単に言えばムササビみたいな感じである。
「良し! このまま風を受けてさらに上がって行こう! 上手く出来るかは分からんけど!!!」
「それはもう頑張れよ!」
アルファルドの翼から放たれる風を受けてなんと上昇しようとするのだが……。
そう簡単には行かない。
そもそも運動神経皆無のハルマが、ぶっつけ本番でこんなことをしようとしてもそう簡単に出来るはずがないのだ。
フラフラと不安定な飛行を繰り返しながら、それでもどうにか少しづつ上昇していく。
右へ、左へ、かと思えば落ちたり登ったり。
ちょうどそれは糸が切れた凧のようだった。
だが、そんな頼りない飛行でもアルファルドが見ているだけ終わりにするはずもなかった。
「おうわああああああああ!?!?!?」
翼を思い切り羽ばたかせ、さらなる突風を生み出す。
もちろん、なんとか飛行している状態ハルマ達がそれに抵抗できるはずもない。
最初にここに来たときのように、ハルマ達は風に流され明後日の方向に吹き飛んでしまったのだが……。
「
「がおあっ!?」
そこはマイがサポート。
再び水鉄砲を放ち強制的にハルマ達を軌道修正。
弾丸のような水の塊を思い切り叩きつけられたハルマは、その勢いでなんとか風域を抜け上昇することが出来た。
「痛い……けど、抜けた! よしこのままさらに上昇だ!」
「おう!」
アルファルドはまさに目と鼻の先、眼前に居る。
だが、ハルマ達が目指すのはさらに上だ。
アルファルドのさらに上、そこが行き着くべき場所だ。
風と水にサポートされ、2人はさらに上へ上へ。
そして――
「よし! こんなもんだろう! ジバ公畳んでくれ!」
「了解!」
水鉄砲の勢いと風の流れを上手く操りきったハルマはとうとう目的地まで到着。
そこはアルファルドのさらに5m程上空だ、そこでジバ公は元の大きさに戻る。
そうすれば……風を受けることが出来なくなったハルマ達はもちろん落下し始めた。
そのまま落下しアルファルドの眼前で大きくハルマは叫ぶ。
まさにアルファルドに眼飛ばしながら、一言。
「この、他人の権能を借り受けないと何も出来ない能無しが!!!」
「―――」
辺り一帯に、ハルマの罵倒が響く。
瞬間、アルファルドは微動だにしなくなった。
作り途中の火球は消え去り、まったくもって動かなくなってしまったのだ。
そのまま暫しアルファルドは呆然としていた――が。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「――ッ! 来た来た、来たぁ!」
突然、弾けたかのように反応するアルファルド。
ハルマの言葉が何か地雷を踏んでいたのだろうか、その怒りっぷりは今までの比ではなかった。
理性も戦局も全てかなぐり捨てて、何がなんでもハルマを殺してやりたいとでも言わんばかりに迫ってくる。
「!!!! !!!!! ―――――――――――!!!!!!」
「凄いな。俺誰かにこんな殺意向けられたの、多分初めてだわ」
「んなこと言ってる場合かーーーーーーーーーーー!!!!!!」
さて、自由落下するハルマとそれを追うアルファルド。
もちろんその速度の差は言うまでもない。
空を自由に飛ぶことが出来るアルファルドは、どんどんとハルマとの距離を詰めていった。
このままではハルマは確実にアルファルドに殺される。
果たしてここまでブチ切れた獣は相手をどういう殺し方をするのだろうか。
衝動に任せて食いちぎる? それとも思いきり体当たり? はたまた爪で3枚おろし?
……どんな死因も碌なものではないことだけは確かなようだ。
だから――
「怒り買うだけ買って悪いけど、俺はお前には殺されてやらないよ」
「――――!!!!! ――――!!!!! ――――!!!!」
「俺はまだ死ぬ訳にはいかないんでな!!! マイさん!!!」
「はい!」
アルファルドの巨大な口がハルマを呑み込む寸前。
下から飛び上がったマイがハルマを抱えて救出した。
ハルマを殺すことだけを考えていたアルファルドはいつの間にか、マイの届く距離まで下降してしまっていたのだ。
……つまりそれは、アルファルドの敗北を意味する。
「これで終わりです!!!」
「―――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ハルマを小脇に抱えたまま、マイの剣の一撃。
それは今度こそ確実に逆鱗を斬り落とす。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そして闘争心の源を斬り落とされたアルファルドは、声にならぬ絶叫を上げながら地面へと墜落していった。
「――よっと。……ふう、大丈夫ですか? ハルマさん」
「うん、平気。ジバ公は?」
「死 ぬ か と 思 っ た」
「あはは、どうやら大丈夫そうですね」
マイ達はそのままゆっくりと地面に着地。
そしてその少し後にアルファルドと逆鱗も地面に落ちてきた。
その場にドシーン! とその凄い轟音がなり響き……ようやく静寂が訪れる。
「マジか……本当にアイツ倒しちゃったよ」
先程までの激戦のせいで、いまいち勝利に実感が持てないハルマ。
だが、それでも事実は目の間に広がっている。
アルファルドは確かにハルマ達の手によって堕ちた。
「これはもう大手柄なんてレベルじゃないんじゃないですか? マイさん」
「そうですね、もうこれは超手柄ですよ! ハルマさん、本当にありがとうございます!!!」
「いや、別に俺はそんな……」
「いや、誇れよ。お前結構今回頑張っただろ」
「そう?」
緊張感が抜けて笑いが零れる3人。
さあ、後は逆鱗を回収してホムラ達と合流すればそれで万事解決だ。
「マイさん、怪我大丈夫ですか?」
「え? あ、ああ。この程度なんともないですよ。お爺ちゃんと剣修行してる時に付けられる傷の方がよっぽど痛いですから」
「コウホクさん怖!? 魔竜の爪より痛いとかどんなよ!?」
「どんななんでしょうね」
恐ろしや聖騎士団長の剣修行。
実の孫に対してそんな威力なのだから、他人だった場合死ぬんじゃないだろうか。
なんとまあ異世界は本当に恐ろしいものであ――
「危ない!!!」
「――!?」
瞬間、ハルマは突然マイを突き飛ばす。
いきなりのことだったので何の反応も出来ずに突き飛ばされたマイ。
びっくりして起き上がると―――そこには――。
「――――――-----—————-----—————!!!」
「なッ!? どうして!? 逆鱗は確かに斬ったのに!!!」
逆鱗を斬られてもなお動くアルファルドの姿があった。
「あり得ない! 竜は逆鱗を来たれたらしばらくは動けないはずなのに!!! いや、それにさっきまではアルファルドだって!!!」
確かに動かなくなったはずだった。
だが、それが突然また動き出したのだ。
まるで誰かから回復でも受けたかのように。
「って、そうだ! ハルマさ――!!!!」
マイはの視線のあったのは、マイを庇って傷をおったハルマだ。
爪の斬撃が思い切り腹を引き裂いており、下手に動かせば内臓がこぼれ落ちてしまうくらいに傷が深い。
どうにか治療しないと、確実に死ぬレベルの傷だ。
だが、絶望は無慈悲に連なってくる。
「ハルマさ――!? な、急に……力が……!? ……! そうか、時間が!!!」
空を見上げると、太陽はもうかなり登ってきていた。
つまり……「暁」の時間が終わってしまったのである。
聖騎士団長の異能は特定の時間にしか効果がない。
つまり、マイは自身にに掛かっていたハブを全て失ってしまった。
アルファルドの謎の復活、ハルマの致命傷、マイのステータスダウン。
泣きっ面にハチにもほどがある。
まるで狙ったかのように絶望が連続して襲い掛かり、一気に形成逆転だ。
「そんな……! ここまで来て……!!!」
マイは剣を構えるが、もうアルファルドに勝てるはずもなかった。
だが……ここで逃げる訳にもいかない。
自分が『ハルマが同行しても守り切る』と言ったのだ。
ハルマを見捨てるなんて出来るはずがなかった。
「こうなれば死なば諸共です! 刺し違えてでも倒してやりますよ!!!
「――――――-------———————----—————!!!」
「うわあああああああああああああああああ!!!!!!!」
アルファルドは無慈悲にその爪でマイも引き裂いた……かと思われたが。
そうはならなかった。
「……、……? え?」
「遅れてごめん、マイちゃん」
「……ソ、ソメイ……さん」
アルファルドの爪を受け止めたのはソメイの剣。
それに助けられ、なんとかマイは無事である。
「「暁」が終われば次に来るのは「白昼」だ。なら、今度は僕の番だよ」
「ソメイさん……すみません……」
「謝ることはないさ」
「―――――------—————-------—————!!!」
「では……暴魔竜アルファルドよ、ここからは「白昼」の騎士ソメイ・ユリハルリスがお相手仕ろう!」
【後書き雑談トピックス】
実はアルファルドが堕ちるのはソメイたちも近くで見ていました。
んで安心して走るのを止めたら、また動き出したから心底びっくり。
結局再び全速力で走りだした感じです。
次回 第64話「白昼、魔竜すらも照らして」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます