第14話 ――遅い

 ――遅い


 遅い遅い遅い。

 遅すぎる、あまりにも遅すぎて腹が立ってくる。

 どうしてこんなに遅い? どうして追いつくことも出来ない?

 遅い遅い遅い遅い遅い。


 どうして、どうして俺は自分の理想にすら追いつけないんだ。




 ―深夜―

「……」


 深夜、誰もが寝静まったであろう深い夜の時。

 疲れ切っているはずのハルマは何故か寝付けないでいた。


「どうしてかなぁ……。って考えるまでもないか」


 チラッと横を見ると、そこには隣のベットで寝るホムラの姿が。

 ホムラはハルマとは対照的によく眠っている。

 ホント、なんでこの子は全く何も気にしないのだろうか……。


「まあ……前よりはマシだけどさ……」


 2回目になるが、純粋思春期ボーイ天宮晴馬に女の子と同じ部屋で寝るのはメンタル負担がデカすぎる。

 まだハルマはそんなに人間が出来ていないのだ。

 故に緊張が眠気を吹き飛ばしてしまい、まともに眠るなんて不可能だった。


 ……それに、今日は他にも彼の眠気を覚ますものがある。


『もう少し自分を大切にして。いくら誰かの為になるからってあんまり無茶なことはしないで』


「……」


 脳裏に響くホムラの言葉。

 別にそれはハルマを蔑むものでも、嘲笑うものでないのに。

 ハルマの頭からなかなか離れてくれなかった。




「さて、じゃあいつもの通り……」


 寝付けない夜なんてハルマには珍しくもなんともない。

 そんなハルマは寝付けない夜には散歩することにしていた。

 身体を動かして眠気を誘うだけでなく、気分を紛らすのにも効果的なのだ。


 ――まあ当たり前だけど……すげえ静かだな。


 元の世界でも皆が寝静まった深夜というのは静かなものだが、この世界の静けさはさらに一回り強かった。

 そんな静けさに妙な安心感を覚えながらハルマは外に出る。

 その空には見事な満月が輝いていた。


「へえ……この世界にも月はあるのか」


 がしかし月の色が違ったり、数が多かったりすることはない。

 星も多分場所は違うが大方同じように見える。

 ハルマは若干異世界特有の不思議夜空を期待していないでもなかったのだが……。


「……まあ、この方が落ち着けるしいいか」




 見慣れた夜空と慣れない静けさに呑まれながら、ハルマは夜の村を歩いて回る。

 すると……。


「? あ、長老さん」


「え? あ、ああアメミヤ殿か」


 寝間着姿の長老少女こと、セニカが居た。

 どうやら彼女は月を見ているようである。


「アメミヤ殿も眠れぬのか?」


「はい。なんでちょっと散歩をしてまして」


「そうか」


 アメミヤ殿『も』と言うからにはセニカも眠れないのだろうか。

 まあ、親族が亡くなったばかりらしいし、眠れなくても全然不思議ではないのだが。


「……えっと。隣、座ってもいいですか?」


「え? ああ、もちろん。というか嫌がるはずがなかろうて」


「ありがとうございます」


 そんな訳でハルマも柔らかい芝に腰を掛ける。

 そのまま暫し二人で月を眺めていたのだが……。


「……ジバから聞きましたぞ」


 しばらくしてセニカが話題を切り出した。


「え?」


「試練にて随分と無茶をなさったようですな。あの子があそこまで熱弁というか興奮しているのはわた……儂も初めて見ましたわい」


「なッ!? あ、あの野郎……余計なことを……」


「ははは、まああの子も其方を心配している様子でしたし許してやってくだされ」


「ったく……」


 だがこの感じだと会った相手に片っ端から話していそうだ。

 明日には村中にハルマの武勇伝が伝わっていそうである……。


「……まあ、アメミヤ殿のお気持ちは分らんでもありませんがな」


「……え?」


「だから、つい無茶をしてしまう気持ちですよ。流石にアメミヤ殿程ではありませんがな」


「……」


 そういうセニカの顔には何とも言えない『悲しさ』のような感情があった。


「……私の家系は昔からこの村の長をすると決まっていましてな。私もいずれそうなる者として育てられてきたんです」


「……怖かったですか?」


「いえ、確かに掛けられた期待の大きさに少し怯えることもありました。でも、長老になることを恐れたことはありませんよ。寧ろ少し楽しみでもあったくらいです。……でも」


「でも?」


「流石にこんな早く受け継ぐことになるなんて……考えたこともありませんでした。自分が長老になるのはもっと先のことだとずっと思っていたので、正直驚きが隠しきれませんでしたよ」


「そうでしょうね……」


 まあ、普通は子供の内から『長老』の座を受け継ぐは思わないだろう。

 だって長老だし。

 長老はお年を召した方がなるものであって、子供がなるものではない。


「でも、その時は不安はなかったんです」


「そうなんですか?」


「はい。……お恥ずかしい話ですけど、私結構自信はあったんです。『長老』として恥じない仕事ぶりが出来ると、心の底から思っていました」


「……」


「でも、とんだ思い違いでしたよ。……私は圧倒的に実力不足でした。何をしても、何をするにも『追いつけない』。あるべき姿に……自分の理想に追いつけないんです。……それが余りにも私にはもどかしい」


 その気持ちはハルマにも痛い程理解出来た。


 追いつけない、遅すぎて全く追いつけないのだ。

 自分の理想に……自分が理解しているあるべき姿に。

 自分に自分が追いつけない。


 他人が追い付けないのは全く気にならない。

 他人に追いつけないのもまだ我慢できる。

 ……でも、自分に追いつけないのは我慢ならない。


 誰よりも、何よりも、自分が『自分』の無力さを……弱さを理解出来てしまうからだ。


「だから、どうしても私は無茶をするしかなかった。分かってます、それが無茶なことは。でも、そうでもしないと……本当に理想に遠すぎるんです」


「……分かりますよ、その気持ち。俺も、セニカさんと同じような理由と気持ちで無茶してますから」


「やっぱりですか? そんな気がしたんです」


 無茶が無茶なことは理解している。

 ハルマだって、本気で崖から飛び落りて大丈夫だとは思ってない。

 でも、そうでもしないと追いつけないのだ。


 遅い、遅い、遅すぎる。

 弱い、弱い、弱すぎる。


 手を伸ばせば伸ばすほどに……理想は遠く感じるのだ。


 セニカが一体どんな無茶をしたのかはハルマには分からない。

 だが、表情と雰囲気からして、彼女も結構な無茶をやらかしたのは理解出来た。

 そもそも旅人と長老では『届かない』距離も全く違う。

 本人は『ハルマ程はしていない』と言っていたが、多分そんなことはないだろう。

 ハルマと同じ、もしくはもっとヤバい無茶をやらかしたはずだ。


「……でも、俺はセニカさんが実力不足だとは思いませんけどね」


「え?」


「もちろん全部を見た訳ではないので、分からない部分も多々あります。でも、少なくとも俺が見てきたセニカさんは立派な長老でしたよ?」


「……あれは虚勢と村の方たちが優しいから成り立ったことです。この村の方達は本当に優しい方ばかりです、私のような未熟者にも文句ひとつ言わず付き従ってくれるのですから」


「でも、セニカさんが本当に実力不足だったらそれも成り立たないでしょう?」


「……そうなんですか?」


「そうですよ。いくら優しくても、本当に何も出来ないような人には誰も着いてはこないです。ましてやそれが『長老』のような重い立場なら尚更ですね。それでも村の人たちがセニカさんを『長老』として認めてくれているのは、ちゃんとセニカさんがそれに見合うだけの実力を持っているから……だと俺は思いますよ」


「……ありがとうございます、そう言って貰えると……少し自信が出てきます」


 実際、ハルマの言う通りだろう。

 確かにセニカはハルマの見ていない場所で未熟を晒したことがあるのかもしれない。

 だが、村人達を窘め自分達を助けてくれたことをハルマは忘れていなかった。

 あの時のセニカは確かに『長老』であり、しっかりとそれ相応の威厳があった。

 決してセニカは実力不足ではないと、ハルマは自信を持って言えるのだ。


「弱いのと無力は話が違いますからね。無茶するな、とは俺は全く言える立場ではありませんけど、セニカさんはもっと自信を持っていいと思いますよ」


「嬉しい限りです。……でも、それを言うならアメミヤさんもそうですよ?」


「へ?」


「崖から飛び降りるとか、犯罪街に乗り込むとか、メチャクチャな無茶ですけど……でも、それも本当に勇気ユーキがある証拠です。臆病な人や、無力な人はそんなこと出来ませんもの」


「それは……って! なんでワンドライに乗り込んだこと知ってるんですか!?」


「晩御飯の時、ホムラさんに聞きました」


「ちょ、ホムラまでバラしてんの!?」


 ……明日の朝が楽しみだ。

 一体村人達からハルマはどんな目で見られることになるのだろうか……。


「とにかく、アメミヤさんももう少し自分に自信を持っていいと私は思いますよ」


「……ありがとうございます」


 その時、ハルマとセニカに小さな欠伸が。

 どうやらようやく眠気が帰ってきたようだ。


「そろそろ寝ますか」


「そうですね」


 静かな夜の村を歩きながら、屋敷へと引き返していく。

 気分も結構落ち着いた。

 これならもう眠れるだろう。


「……あ、そうだ。セニカさん、気付いてますか?」


「? 何をですか?」


「口調、途中からずっと『長老口調』じゃなくなってますよ」


「……、……!? なッ、しまっ! あ、えっと! 出来れば内緒にしてくださ……じゃなくて、内緒にしてくださるとありがたい……」


「さてさて、どうしたものですかねー」


「ア、アメミヤさん!? まさか村人の方に私の醜態を晒す気ですか!?」


「別にそういう訳では。あと、また口調」


「――ッ! あー! もう! 無理ですよ! そんな急に変えられる訳ないじゃないですかー!」


「……そもそも変える必要あるんですかね?」


 深夜の村に響く少女の声。

 その声で自らの醜態を自分で晒してしまったことにセニカが気づくのは……もう少し後のお話。




 ―???―

 嫌だ、置いていかないで。


『大丈夫。ちゃんと戻ってくるから、お前はここで安心して待っていろ』


 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 置いていかないで!


『ごめんな、お前が怖いのは凄く分かる。けど、■■■は■■■■と■■■を助けに行かないといけないんだ』


 怖い、怖い、怖い!

 やだ、やだ、やだ!!

 置いていかないで!!!


『それじゃあ、行ってくる。良い子にして待っていてくれよ』


 嫌だ! 嫌だ!! 嫌だ!!!

 置いていかないで、■■■!!!

 僕を一人にしないで!! ■■■!!!



 ――……あぁ、うるさい。




【後書き雑談トピックス】

 ホムラの睡眠力と食事力は異常なレベル。

 基本何処でも寝れるし、基本何でも食べる。

 サバイバル力旺盛。



 次回 第15話「予期せぬ仲間、予定なき訪問」

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