第13話 勇気に見える無茶

 端的に言えばハルマの判断は圧倒的に甘かった。

 「大丈夫だ」と、ハルマは思ったのだろうが……そんなことはなかった。


 20メートルの高さから飛び降りても下が水なら大丈夫だろうと。

 流れが強くても気を付けていれば溺れはしないだろうと。

 川を遡っていけばホムラとも簡単に合流出来るだろうと。


 そんな甘い判断をしていたのだろう。

 しかし現実はそんな妄想を一瞬で消し飛ばす。

 大丈夫、なんてどうして思ったのかと思うほどに。


 ――……あれ?



 ハルマは川に飛び込んだ瞬間、その衝撃で気を失ってしまった。




 ―???―

「……」


 暗い暗い暗い。

 何を考えるよりも、まず先にこの暗さをどうにかしたい。

 暗い暗い暗い暗い暗い。

 ここは――圧倒的に暗い。


 別に暗いのが怖い訳じゃない。

 暗いのが嫌いな訳でもない。

 だが、今目の前にある暗さは余りにも不愉快だった。


 暗い暗い暗い。

 光を、明るさを、輝きを。

 この暗さはダメだ、この闇は不愉快過ぎる。


『なるほど……、君は本能的に理解出来るんだね』


「?」


『ああ、そうだとも。その闇は大変悪しきものだ。……出来ることなら私が取り払ってあげたいのだけどね』


「??」


『……えっと、今はまだ私のことは気にしないでおくれ。いずれちゃんと会えるから』


「???」


『とりあえず、今は君を引き上げないとね』


 瞬間、目の前に光が現れる。

 光は不愉快な闇を消し飛ばしながら、ハルマを呑み込んでいった。




 ―試練の洞窟―

「……マ! ハ……マ!」


 ――……?


 声が、声が聞こえる。

 でも遠すぎてよく聞こえない。

 その割には中途半端に聞こえるのだから、気になってしょうがない。


「……ルマ! ハ……マ!!」


 ――なんだ? なんて……なんて言ってる?


 微妙な声が、半端な声が、ハルマの耳に入ってくる。

 それは段々と近づいてきて……。


「……ルマ! ハルマ!!!」


「――ッ!」


 ハルマの意識を叩き起こした。


「! 起きた、ハルマが起きました!」


「……え?」


 目を覚まして一番最初に目にしたのはホムラの心配そうな顔。

 どうやらハルマは崖の上に引き上げられ、そこで横になっていたようだ。

 とりあえず現状を把握するためゆっくりと身体を起こしてみる。

 するとそこには不機嫌そうな顔をしたスライムと――


「おお、それは良かったです。ですが、まだ動いてはいけませんよ」


「……」


 メチャクチャ悠長に喋る半魚人が居た。

 それはそれは悠長に、さっきまでとは別人かのように。


「……あれか? お前らモンスターの間では『実は喋れました!』系のネタが流行ってるのか?」


「そんなの流行ってねーよ。そもそも僕は最初から喋ってるし」


 不機嫌そうな顔のスライムは、不機嫌そうに返事をする。

 一体何に怒っているのかハルマは少し気になったが、今はそれよりも大事なことがある。


「で? なんでお前は普通にそこに居るのさ、半魚人」


「ああ、申し遅れました。私、この洞窟で試練官を務めている半魚人のウォーガーという者です」


「……」


「すみません。試練中は私が理性のないモンスターだと思っていた方が戦いやすいと思ったので、敢えてあのように振る舞わせてもらいました」


「……はあ」


 ――……なんかもう、なんでもありだな。


 ついさっきまで化け物だと思っていたモンスターが、実は超理知的だったなんて誰が想像できるものか。

 だが、ハルマはここ最近いろいろあり過ぎてもう特になんとも思わなくなってきていた。

 慣れとは恐ろしいものである。


「……ハルマ、ちゃんとウォーガーさんにお礼言ってね? 飛び込んだ貴方をウォーガーさんが庇ってくれたから、その程度の怪我で済んだんだからね」


「いや、流石に私も驚きましたよ。確かに私は水にずっと浸かっていると戦えなくなりますし、私だけ落としてもすぐに出てこれます。けれどだからといって一緒に飛び込むなんて人は貴方が初めてです」


「そうなのか?」


「はい。長いこと試験官をしておりますが、貴方のように勇気のある方は初めてです」


「……そっか」


 素直にハルマを称賛するウォーガー。

 ……だが、他の二人はウォーガーとは違った。


「……確かに勇気はあるかもしれないわね」


「え?」


「でも! あれだけ無茶しないでって言ったのに! なんであんなことしたの!?」


「……ご、ごめん!」


 確認するまでもなくカンカンに怒っているホムラ。

 その迫力は凄まじく、下手すればさっきまでのウォーガーより恐ろしかった。


「今回は完全に俺の計算間違いだった! まさか着水と同時に気絶するなんて……。でも、もう今後はもうちょっと低い時にしかしないから、安し――


「ちーがーうー!!!」


「!?」


「そもそも! 飛び降りるなって言ってるの!!!」


「えぇ!?」


 どうしてか根本的に着眼点がズレているハルマ。

 本人には全く自覚もないようで、ホムラの怒りに対して困惑が隠せていない。

 そんな様子のハルマにスライムは呆れながら話し始めた。


「お前、それ本気で言ってるのか? だとしたら……お前かなり変だぞ」


「……お前に言われたくないんだが」


「いや、まあ僕も自分が変わってる自覚はあるけど……。それとこれとは話が別だ。……普通の人はどんなにそれが戦いに有効な手であったとしても、こんな所から飛び降りないよ」


「……」


「お前、危機管理能力ぶっ壊れてるのか? 普通に危ないとか思わなかった?」


 当たり前の質問。

 いくら下が水だからって、こんな所から飛び降りて大丈夫だとは普通思わないだろう。

 ――普通なら。


「……俺は大丈夫だと、思ったんだけど」


「じゃあもうそれは根本的なズレだよ。自分の身に関する危険にお前は鈍感すぎだ、今日お前と会ったばかりの僕にもそれはよく分かる」


「そう……なのか」


「ああ、そうだ。……お前、本当に気を付けた方が良いぞ。そのままの感じで旅なんかしてたら、絶対いつか死ぬ」


「……」


 自覚していなかったズレを正面から叩きつけられて、流石にショックを受けたのだろうか。

 ハルマは俯いて話さなくなってしまった。

 静けさが漂い、微妙な空気が広がり始めた……が。


「……ともかく! 今は祝ってはどうです? 何はともあれ、貴方達はこの試練を突破なさったのですから!」


 ウォーガーの明るい声が、そんな雰囲気を吹き飛ばした。


「……そういえば、試練は突破扱いになったんですか?」


「ええ、もちろんです。この通り、水を溜める器官を破壊された私にはもう戦う手段がありませんからね」


 そう言いながらウォーガーは腕を見せる。

 なるほど、確かに関節部分に付いている水風船のようなものが割れていた。

 恐らく吸水が終わった直後に再び飛び込んだことから、吸水し過ぎて破裂したのだろう。


「今更ですけど、それ大丈夫ですか? もしかして俺、治らない傷を付けちゃいました?」


「いえ、問題ないですよ。しばらくすれば治りますので」


「あ、そうなんですか」


「はい、そうなんです。さて、ではこれからお二人はお帰りです……が。もしお疲れでしたら私が入口までお送りしますが、いかがいたしましょうか?」


「……送ってもらおうかな。ホムラもそれでいい?」


「うん。私も疲れたし」


 と、いう訳で。

 ウォーガーの転送魔術で帰ることにした二人。

 早速準備をしていると――


「よっと」


「え?」


 なぜかスライムがハルマの頭に乗っかった。


「何してんの?」


「僕も一緒に外に出る。……ダメか?」


「いや、別にいいけど。なんかあったの?」


「……ちょっと長老に話が」


「ふーん」




 ―外―

「おお! 無事に戻られたか!」


 さて、そんな訳でスライムも連れて外に戻ってきたハルマ達。

 着くと早々に長老少女達が出迎えてくれた。


「すげえ! マジで突破して来るとは驚きだぜ! おう!」


「これ、失礼なこと言うでない!」


「ははは……」


 相変わらず、まだ幼さが残るなか覇気のある声で村人達を窘める長老少女。

 まったくその立派さには感服するばかりだ。


「……おや? 今日はセニカ嬢が出迎えとは珍しいですね。長老殿はどうなされました?」


「……セニカ嬢?」


「目の前の御仁のお名前ですよ。セニカ嬢は長老殿の孫娘様です」


「孫娘?」


 長老少女が長老の孫娘とはどういうことか。

 ……そういえば、村に来たときに『お客人が不思議に思われても仕方あるまいの。実はいろいろありましてな』と言っていたが……。


「……そういえばウォーガーにはまだ言っておらんかったの。お婆様はもうおらんよ、4日前に亡くなった」


「――! それはとんだご無礼を! 申し訳ない!!!」


「いや、気にすることはないさ。知らんかったのだからな」


 優しく笑う長老少女ことセニカ。

 しかし、その目には明らかに『哀しみ』に溢れている。

 それにウォーガーは気づいたのか、心底申し訳なさそうに会話を続けた。


「……しかし、一体何があられたのです? 長老殿が亡くなられるなど……。私が前にお会いしたのは1カ月前のことですが、その時は長老殿は健康そのものであったのに……」


「襲撃者だよ。……俺も詳しいことは知らんけど、4日前に村が襲撃されたんだってさ」


「……なんと」


 ハルマは直接聞いた訳ではないので、本当に長老がそれで亡くなったのかは分からない。

 だが、今のこの状況で4日前に亡くなったと言われれば十中八九襲撃が原因だろう。


「……お客人の言う通り。お婆様は襲撃者から宝を守ろうとして、そのまま殺されたよ。あの方は……勇気ある方だったからの、立ち向かうことに恐れはなかった」


「そうですか……。……お悔やみ申し上げます」


「……」


 再び暗くなる雰囲気。

 次にそんな雰囲気を壊したのは……付いてきたスライムだった。


「あ、あの……」


「……? おお、ジバではないか。お前、そこで何をしておる?」


「ジバ?」


「そのスライムの名じゃよ。それで、お前は?」


「折り入って長老殿にお話が……」


「……うむ、それではお前の話は後でゆっくり聞くとしよう。……さて、お客人は再び我が家に泊まるとよろしかろう、ぜひ疲れを癒していってくだされ」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 セニカに連れられて再びお屋敷へ。

 すっかり疲れた二人を、屋敷のフカフカなベットが待っている。




 ―客室―

「……さて、じゃあいい?」


「はい」


 客室に着いたハルマとホムラ。

 だが、まだベットインするには早い。


「とりあえずまずはお礼を言うわ。……ありがとう、ハルマのお陰で試練は突破出来ました」


「どういたしまして」


「……でも、私はもうちょっと考えてほしいと思います」


「……」


 洞窟の時のように怒っている様子はない。

 どちらかというと、今のホムラは心配していると言った感じだろう。


「ジバちゃんも言ってたことだけど……。貴方のその無鉄砲というか、びっくりするくらいの勇気はちょっと危険だわ」


「……はあ」


「確かに、あの時はあのやり方が一番有効だったかもしれない。けどね?」


「けど?」


「もう少し自分を大切にして。いくら誰かの為になるからってあんまり無茶なことはしないで」


「……」


「自分から、自分が傷つくような道を進まないで」


「……分かった。なるべく気を付けます」


「……うん、そうしてね。約束……したんだから」


「うん」


「じゃあ、私はちょっと長老さん……いやセニカさんって言うべき? とりあえず用があるから。ちゃんと貰った装備のお礼も言っておいてね」


「うん、分かってるよ」


 そのまま、たったったと階段を下りていくホムラ。

 夕日の差し込む客室にはハルマ一人。


「……分かってるよ、分かってるんだよ」


 一人だからこそ、小さく言葉を零す。


「あれが……無茶なことくらい分かってる……。でも……!」



「そうでもしないと……俺はどうしようもないじゃないか!!!」



 零すのは憎悪。

 しかし、それは他者に対するものではない。

 憎むべきは自ら、ハルマ自身。

 己の弱さ……、そのものだった。




【後書き雑談トピックス】

 まあ言うまでもないですけど勇気をユーキと読むのは理由があってですね。

 間違いとか、変なこだわりではないのです。

 


 次回 第14話「――遅い」

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