第12話 水音の試練官

「ハルマ下がって!!!」


「――ッ!」


 突然崖下の川から飛び出してきた半魚人。

 それはどう見ても敵であり、故にホムラはすぐに戦闘態勢を整える。

 ハルマは一瞬自分も前に出ようと思ったが、相手を見て前に出たところで足手纏いにしかならないと判断。

 悔しい気持ちでいっぱいではあったが、指示通り下がり物陰に隠れることにした。


「ガガガガガガガガガガガガガ!!!」


 目の前に現れたそれはまさに半魚人だった。


 シルエットだけ見ればそこまで人間離れした見た目ではない。

 しかし全身は緑っぽい鱗に覆われており、頭には耳とトサカのようなヒレが生えている。

 手と足は異様に長く、目は極限まで充血したかのように輝きのない真っ赤な目であった。

 さらに手足の関節部分には風船のような器官がついており、見た目の不気味さを加速させる。


 まさに『モンスター』と言った感じであり、ハルマがこの世界に来てから見てきたモンスターの中では間違いなく一番恐ろしい。

 スライムやオークにはどこか愛嬌のようなものがあったが、今相対している半魚人には悪いが可愛さなど1ミリも存在しないのである。


「……どう見てもあれがボスだよな。アイツを倒せば試練は達成ってことか」


 この洞窟に入ってから三度問われた『勇気』


 始めは『恐ろしい見た目の敵にも怯まず立ち向かう勇気』を。

 次は『どんなに不可思議な者であっても偏見を持たず信じる勇気』を。

 そして今回は単純に『戦う勇気』を問われている。


 ハルマには半魚人と戦う勇気くらいいくらでもあったのだが……。

 出て行って邪魔になるなら引っ込んでいるしかない。

 それがハルマには歯がゆくてしょうがなかった。


「……落ち着け、俺。ないものねだりをしたってしょうがないんだ。戦えないならなるべく冷静に戦況を観察して、弱点の一つでも見つけだせ……!」


 自分の代わりに戦ってくれているホムラに全てを任せるなどもってのほかだ。

 『最弱』でも『無力』ではない。

 ハルマは『最弱』を言い訳に逃げたりはしなかった。




中級火炎魔術フレイア!!!」


「ギギギギギギギギギギ!!!」


 ここに来るまでにも何度か見てきたホムラの火炎魔術。

 今までの相手ならこの1発で終わったのだが……流石にボス相手にはそんな簡単にはいかないようだ。


「ガガガガガガガガガガガガガ!!!」


「くっ――!」


 全く効いていない訳でもないだろうが、くらっても反撃してくるだけの体力は残っている様子。

 炎を正面から浴びたというのに、半魚人は一切怯むことなく水を使った技で反撃を行っていた。


「あの水、あれが一番厄介だな」


 手からビームのように放たれる水の攻撃。

 その威力は凄まじく、簡単に地面が抉れるほどだった。

 ホムラがどうかは分からないがハルマがくらえばまず一撃でお陀仏だろう。

 だが、そんな厄介な水の攻撃の一番の恐ろしさは威力ではない。


 ――射程だ。


 その水はホムラがかなり半魚人と距離を取っても、全く衰えることなく向かって来ていた。

 見た感じの勢いからして20メートルくらいなら余裕で届きそうである。

 あの水のせいでホムラは近づくにも近づけず、さりとて離れるにも離れられずといった感じだった。


「あの水の攻撃……あれをなんとか出来れば勝機がありそうなんだが……」


 『なんとかする』、口で言うのは簡単なこと極まりない。

 しかし、それを実行するには全く持って簡単ではないのだ。

 原理も、条件も、ハルマには分からない。

 一体何をどうやってあの技を使っているのか、それが分からない以上は何も始められなかった。


「……落ち着け、よく見ろ。考えろ。きっと何か手がかりがあるはずだ」


 前線で戦えない己への怒りを抑えながら、ハルマは必死に半魚人の観察をしていた。

 その時――


「!?」


 突然半魚人が逃げ出した。


 今の今までホムラと熾烈な戦いを繰り広げていたのに、突然くるっと綺麗に回れ右して走り出したのだ。

 もちろんホムラは逃がすまいと攻撃を行うが、半魚人はそれをひらひらと回避し……。

 半魚人はそのまま崖下の川に飛び込んでしまった。


「……終わり、なのかな?」


「え? いくら何でも突然過ぎない?」


 試練の終わりにしては脈絡がなさ過ぎる。

 いくら何でも突然過ぎるだろう。

 そう思い、二人はなおも警戒心を絶やさなかった。


「……」


「……」


 そして、その判断は――


「ギギギギギギギギギギ!!!」


「――! やっぱりか!」


 間違いではなかった。




 始めに出てきた時と同じように、20メートル近くある崖下から飛び上がってきた半魚人。

 様子は何の変化もなく、今すぐにでもさっきの続きを始められそうだ。


「さて、一体何をしたのかしらね……」


「……さあ」


「とりあえずそれを理解した――って! ハルマは下がっててって言ってるでしょう!?」


「……ダメ?」


「ダメよ! ちょっとは自分のことを大事にして!」


「……はい」


 どさくさに紛れて戦いに乱入出来ないものかと思ったハルマだったが……流石に無理だった。

 本人としては囮でも何でもいいのだが、それはホムラが許してくれないだろう。

 なのでハルマはやはり後方から敵の観察をするしかないのだった。




 さて、突然川に飛び込むという意味の分からない行動をした半魚人。

 しかし飛び込む前と特に動きに変化はなかった。

 相変わらずホムラの魔術を受けても怯えたりはせず、果敢に水で反撃を行っている。


「……なんで水に飛び込んだんだ? 理由が、理由があるはずだ」


 まず、一番に思いついたのは『回復』だ。

 RPGとかだと魚系のキャラは水に浸かると体力が回復することがある。

 ハルマはこの半魚人もそうなのか、と思ったのだが……。


「違うな。最初の火傷が残ってる……」


 水に浸かった後でも火炎魔術の火傷は消えていない。

 なら水に飛び込んだのは回復のためではない。


 なら次に思いつくのは『仕切り直し』だろうか。

 戦いにおいて不利になってきたから一旦状況を仕切り直すのは、何もおかしなことではない。

 ……だが、さっき飛び込む前の戦況はどちらかというと半魚人が有利だった。

 つまりこれもあり得ない。

 わざわざ自身の有利を捨てる意味が分からない。


「待てよ……。ってことはアイツは自分の有利を捨てるのを覚悟で飛び込んだのか。つまり『戦況の優勢』よりも大事な意味があの行動にはある……」


 少しずつ、パズルのように半魚人の戦いを解析していく。

 皮肉なことに、ハルマがそこまで冷静に戦況を確認できるのは、他ならぬハルマが『最弱』であったからなのだった。


 『最弱』だからこそ、半魚人は後方に控えるハルマに警戒せず、ハルマに落ち着いた戦況の観察を許していた。

 もう少しハルマに実力があったなら、半魚人は隙をみてこちらにも攻撃をしてきたたろう。

 あの射程なのだ、水の攻撃は余裕で後方のハルマにだって届く。


「ちくしょう、情けない……。――って! またか!?」


「もう! 何なの!?」


 と、戦況を観察しているうちに、またもや半魚人は飛び込みを行う。

 しかもやはり状況は同じ。

 半魚人は器用にホムラの魔術を躱しまくっていたのに、何故かその優勢を捨てて川に飛び込んでいった。

 そして、やはり半魚人はすぐに飛びあがってくる。


「……何だ、何がしたいんだアイツは。何の意味があって飛び込む?」


 やはり、飛び込んでも戦況は変わらない。

 半魚人はホムラの魔術をものともせず、果敢に反撃を――


「ん? 待てよ……。よく見――


「馬鹿ヤロー!!!」


「へぶしっ!?」


 その時、後頭部に柔らかいけど勢いのある衝撃が。

 なんとも不思議な感覚だが、ハルマはこの衝撃を最近受け慣れていた。

 これはスライムの体当たりの衝撃だ。

 つまり……。


「お前! 女の子に戦い任せて後ろに隠れるとか何考えてるんだ!?」


 その攻撃の主は、途中で出会った喋るスライムのだった。


「うるせえな! しょうがないだろ、俺が出て行ったら余計に邪魔になるんだから!」


「はあ!?」


「俺は弱いの! 悲しいくらいに弱っちいの! だからここで少しでも役に立とうと戦況を観察してたの!」


「……それはごめん。なんか、大変なんだな」


「同情するな! スライムに言われたくねえよ! いや、まあお前らの方が俺よりは強いけど! ……って、違う違う! こんな所でコントしてる場合じゃない!」


「こんと? こんとって何?」


 ……スライムの質問は聞こえなかったことにして。

 今はホムラと半魚人の戦いに集中しなければ。

 そろそろ弱点の一つ見つけ出さないと、マズいことになってくる……。


「よく見るんだ」


「え?」


「えっと……お前の名前は……そうだ、ハルマだ。ハルマ、良いか? よく見るんだ。本当に、本当に何も違いがないか? 飛び込む前と、飛び込んだ後。本当にどこにも違いがないか?」


「……何を」


「普通に考えてみろ。違いがないなんておかしいだろ? アイツはわざわざあんな高さから飛び降りてるんだ、絶対に何か意味がある。つまり、絶対に何かが変わってるんだ」


「……」


「だから、よく見ろ」


 少し、少しハルマは悔しかったが。

 スライムのアドバイスは的確だった。

 そうだ、絶対に何かが変わっている。

 そうでなきゃおかしい。


「あ! また!?」


 半魚人3回目のダイブ。

 相変わらずの俊敏さでホムラの妨害を回避し、川へと落ちていく。

 そして、数秒後にはまた普通に飛びあがってくるのだ。


「……」


 そして再び戦闘。

 ここも変わらず、今まで通り。

 ホムラの攻撃に怯えも怯みもみせず、攻撃を受けてもなお反撃を――


「……? ……!」


「気が付いたか?」


「あ、ああ! 同じじゃない! 確かに変わってる! ……でも」


「疑問に思うのは後回しだ。今は目にした『事実』をしっかりと確認しろ。不可思議な点はその後から考えればいい。それで? 何は変わっていた?」


「……アイツは飛び込んだ後に遅くなってる。飛び込む前はホムラの攻撃を躱せるのに、飛び込んだ後は躱せてない」


「そうだ、よく気が付いた! なら次だ、じゃあなんでアイツはわざわざ遅くなるのに飛び込むんだ?」


「……?」


「そもそも、なんで飛び込んだら遅くなる?」


「なんで……?」


 それは……簡単だ。

 恐らく水を吸っているのだろう。

 飛び込んだ時に川の水を吸収して、その分重くなって遅く……。


「そうか! アイツは吸水のために川に飛び込んでいるのか!」


「そういうことだ。アイツの水攻撃は無限じゃない。見てみ、アイツの関節の風船みたいなの」


「?」


「あそこに水が入っているだろう? アイツはあれを使って水攻撃をしているんだ」


「なるほど……」


 やっと合点がいった。

 これなら今までの行動にも納得出来る。

 優勢や俊敏性を捨ててまで飛び込むのは吸水のため。

 水が切れてしまえばヤツは攻撃手段を失う。

 どう考えてもそれが一番マズいだろう。


「……待てよ? じゃあアイツなんでわざわざ飛び上がってくるんだ?」


「ん?」


「だって、アイツの水攻撃の射程なら下からでも余裕で攻撃出来るだろ? わざわざここまで上がってくるメリットがない」


「……ちょっとは頭使えよ。言っただろ? それにも理由があるんだよ」


「理由……? 試練の為に、こっちに合わせてくれてるのか?」


「まあ、それもあるけど」


 ……なるほど。

 アイツがずっと下から攻撃をしてこない理由、それは恐らくデメリットだろう。

 何かは分からないが、アイツはずっと水に入っているとデメリットがあるのだ。

 だから飛び込んでもすぐに出てくる。


「よし、それなら!」


「? 何するつもりだお前?」


「簡単なことだ、戦況を有利にする」


「どうやって?」


「――こうだ!」


「!?」


 タイミングを見計らって突撃。

 タイミング……それは半魚人が飛び上がってきた瞬間だ。

 今、目の前ではまさに4度目のダイブが行われていた。

 なら、今走り出せば恐らくピッタリのはず。

 ハルマが崖際に辿り着いた時に、奴が出てくるはずだ。


「ハルマ!? 何してるの!?」


「おい!!!」


「ギギギギギギギギギギ! ……ギ?」


 半魚人も意外だったようだ、まあそれも当然だろう。

 今まで隠れていた奴が、出てきたらいきなり目の前に居たのだから。

 そして、さらに――


「うおわあああああああああ!!!!!!!!!!」


「ちょっと!?」


「ギギギギギギギギギギ!?」


 自分の身体にしがみついて、諸共崖から飛び降りるのだから。


「あああああぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」


「ギギギギギギギギギギ!?!?!?」


 重なる二つの声。

 一つはハルマの雄叫び、もう一つは半魚人の叫び。

 二人は声にならぬ声を上げながら――


 崖の下を流れる川に勢いよく飛び込んでいった。



【後書き雑談トピックス】

 魔術には下級、中級、上級、■■の3段階の強さがある。

 ホムラがよく使う『フレイア』は火炎魔術の中級である。



 次回 第13話「勇気に見える無茶」

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