第11話 ユーキ

「……」


 試練の洞窟を少し進んだ先、そこにヤツは居た。

 狭い通路の入り口を塞ぐように立ち塞がる……オークが。


「あの人に退いてもらわないといけないの? 厄介ね……」


 オーク、と聞けば基本的に猪っぽいモンスターを想像するのではないだろうか。

 まあ確かにそれは間違いではないだろう。

 実際、立ち塞がるモンスターは猪っぽい見た目ではあった。

 だがそれ以上に特徴的な部分がそのオークにはある。


「あれ、ほとんど岩じゃない……」


 よく聞く『岩のような男』ではない。

 どちらかというと『男のような岩』の正しいだろう。

 剣の刃さえ通らなさそうなガチガチの肉体と、その巨体っぷりにホムラはそう思わざるをえなかった。


「ハルマ、ここは私がまず話を……って? え? ハルマ?」


「よー、ちょっといいかー?」


「ハルマ!?」


 明らかに戦闘になれば苦戦するであろう相手。

 ここはハルマの安全を考えて、まず自分が前に出ようと思ったホムラなのだが……。

 ハルマは既に前に出ており、それどころかオークに話し掛けていた。


「んんんー? なんだオメー?」


「俺は六音時高校生徒会長代理、天宮晴馬。それでさ、ちょっとここを通りたいんだけど退いてくれない?」


「ここを通りたいのかー? それならオイラと戦わないとダメだなー!」


「あ、やっぱし? なんとなくそんな気はしてたけど」


「言っておくがオイラはチョー強えぞー! オメーじゃ勝てないくらいになー!」


「まあ、俺の場合はお前じゃなくても勝てないけどな……」


 別にそれは謙遜ではない。

 実際ハルマはスライム相手に大苦戦してギリ負けるのだから、こんな強そうなオークを用意しなくても余裕で負けるだろう。

 ……とその時、ハルマとオークが話し合っている間にホムラも乱入してくる。


「ちょっとハルマ!? なんで一人で行っちゃうの!?」


「え? あ、ごめんホムラ。いや、平和的に交渉で解決出来ないかなと思ったんだ」


「だとしてもよ! 一人で行ったら危ないでしょう!?」


「え? あ、そうか。ごめん」


「もう……」


 『無茶しない』という約束を既に忘れかけているハルマ。

 どうも彼には危機管理能力が足りていないのではないだろうか、とホムラは思ったが、指摘するのは後にした。

 まずは現状の問題の方を優先させないといけない。


「それでー? オメーらはチョー強えオイラと戦うのかー?」


「戦うよ」


「ちょっとハルマ!?」


「いや、流石にこれは無茶ではないでしょう? 戦わないと進ませてくれなさそうだし」


「いや、まあ、そうなんだけど……」


「……ほ、ほほうオメーなかなかユーキだけはあるみたいだなー! だが、チョー強えオイラはユーキだけじゃ勝てねーぞー?」


 ハルマの返答が意外だったのだろうか。

 少しオークは驚いた様子だ。

 まあ、確かにハルマは周りの人から無意識に『コイツは大丈夫だ』と思われてしまうほど弱いのだから、オークが驚いても不思議ではないのだが。


「……だろうな、勇気だけ勝てるような勝負があるなら苦労はしないよ」


「……じゃあなんでオメーは戦うんだ?」


「簡単なことさ。どんなに無理そうなことでも、やらないで失敗しないよりも頑張って失敗する方が絶対に自分の為になる。ただそれだけだよ」


「……ほー」


「それに? 『ここも突破出来ないようならこの先旅を続けるのは難しい』って言われて、『途中に居たオークが怖かったからやめました』なんて言える訳ないだろう?」


「……」


「だから少なくとも俺は戦うよ。勝てなくても戦いはする」


「も、もちろん私も戦うからね!?」


「だってさ。だから俺達は戦うよ」


 果たしてそれは『勇気』か、或いは『蛮勇』か。

 恐ろしきオークを前にして、ハルマは一切恐れることなくそう言い切ってみせた。

 ホムラも少し怯みはすれど、逃げる様子はない。

 そんなことが今までになかったのか、オークはさらに驚いていた。


「……ほ、本当にいいのかー? オイラは本当に強いんだぞー? 怪我しても知らねーぞー?」


「良いって」


「……ほ、本当に本当かー?」


「……」


 ――……まさかコイツ。


 やけにこちらに選択の機会を与えてくれるオーク。

 その慎重というか、優しいというか、微妙な態度を前にしてハルマは一つのことに気付く。


「なあ、お前」


「な、なんだー?」



「お前……本当に強いのか?」



「――!」


 もしかしてコイツ、大して強くないんじゃないだろうか……と。

 やけに慎重なのはただ単にビビっているだけなのではないか。

 今まではこの姿を見ただけで相対した奴らは逃げていたのに、何故か逃げていかないから戸惑っているのではないか、と。


「な、何を言ってるんだー……? オイラは強いに決まってるだろー……?」


「まあ確かに? 俺はよりは多分お前の方が強いだろうけど? 俺もそれなりには精一杯頑張るからな? お前も怪我の一つや二つはするかもしれないぞ?」


「うっ……」


「いや、ハルマ怪我させるも何も、武器持ってな――ってあれ?」


「持ってるよ、試練始まる前に貰ったんだ。まあ俺でも使えるくらい軽くて弱い剣だけどね」


 ハルマの手に握られていたのは小さく粗雑な剣。

 それは剣を始めたばかりの人でも使えるように工夫して作られた剣だ。

 代わりに威力は大きく落ちていそうだが。


「ま、そんな訳だからさ。俺も頑張ればお前に怪我くらいはさせられるのよ。……いいのかー? 俺は弱いけどその分しつこいぞー? 例えば腕に怪我とかした暁には次の戦いで傷が痛んで負けちゃうかもしれないぞぉー?」


「……、……」


 分かりやすく青ざめるオーク。

 これで疑問は確信へと変わった。


 このオーク、大して強くない。

 それどころかメンタル面はかなり弱い。


 その証拠にハルマのちょっとした脅しで分かりやすく動揺している。


「こ、ここはしょうがないから通してやろうかー! お、お前たちのスゲーユーキに免じて特別……そう特別になー!」


「え? 私達通っていいの?」


「あ、ああ! 特別に、特別になー!」


「本当に良いのか? 俺達は戦ってやっても良いんだぜ?」


「え? あー、いやー……」


「ちょっと! せっかく通れるんだから余計な事言わないで!」


「そ、そうだぞー! その女の言う通りだー! せっかくなんだから、早く通った方が良いぞー?」


「そうかい。じゃあお言葉に甘えて」


 そんな訳で。

 ハルマとホムラはオークと戦闘をすることなく、先に進むことが出来たのだった。




 ―先に進んで―

「もう……次からは勝手に行動しないでね? あのオークは臆病だったから良かったけど」


「ごめんなさいね」


「まったく……これだから男の子は」


 『男の子は』と言うということはお兄さんもこんな感じだったのだろうか。

 まあ、無茶なことも平気でする無鉄砲な性格の男の子なんて世にはたくさんいるが。


 さて、オークの所から結構進んだハルマ達は次なる問題に直面していた。


「さてさて……。これはどこに進めば良いのかねぇ……」


 ダンジョンの超あるあるトラップ、分かれ道。

 先の道が5つに分かれておりハルマ達にはまったく手掛かりがない。

 故にどの道に進めば良いのか全然分からなかった。


「どうする? とりあえず左から順番に入ってく?」


「うーん……それでも良いかもしれないけど……。罠とか仕掛けられてたら私は対処出来ないよ?」


「そうか、間違いの場合はそういう可能性もあるのか……」


「……なんとなく分かっていたけど、ハルマも罠の対処は出来ないのね」


「ホムラに出来ないことが、俺に出来るとでも?」


「……」


 誇れることでもないのに自慢げに言い切るハルマ。

 が、今はそんなことで胸を張っている場合ではない。

 なんとかして手掛かりを見つけないといけないのだが……。


「4番目だよ」


「え?」


「だから、左から4番目。そこが正しい道なんだって」


「……誰だ?」


 その時、突然響いた声。

 驚き辺りを見渡すが人影はない。

 居るのはハルマとホムラ、それと……。


「……まさか今のお前か?」


 スライムくらいだった。


「――。そうだよ」


「うおわ!? ス、スライムが喋った!?」


 今までハルマ達が出くわした(そして主にハルマに襲い掛かってきた)スライムと、今目の前にいるスライムに大きな違いはなかった。

 強いて言うなら今までに見たことがない青色だったが、それ以外はまるで同じだった。


 丸いこんにゃくにクリクリした可愛い目が付いているみたいな不思議な見た目。

 大きさはちょっと潰れて堕円なった野球ボールくらいで、片手ですっぽり覆えてしまう。


 そんな今まで見てきた何処にでもいるスライムが当たり前のように話しかけている。


「そんなにびっくりしなくても良いじゃないか。スライムが喋ったらダメか?」


「……いや、ダメではないけど……びっくりしてもしょうがないだろ?」


「酷いな、そういうの差別って言うんだぞ。……まあ、いいけどさ。それで正解の道は左から4番目だよ」


「そうなの。ありがとうね、スライムちゃん。それとハルマがごめんね、悪い子ではないから許してあげて?」


「――!」


 驚きを隠せないハルマとは反対に、全く動じていないホムラ。

 普通にお礼と謝罪をした後、スライムに言われた通り左から4番目の道を進んでいく。

 そんなホムラをスライムは何故か呼び止めた。


「ちょ、ちょっと!」


「?」


「えっと、君の名前……教えてもらってもいいかな?」


「私の名前? 私はホムラ、ホムラ・フォルリアスよ」


「ホムラ……」


「じゃ、私達ちょっと先を急いでるから行くわね。ハルマ、行くよ」


「え? あ、うん、はい……」


 未だにハルマは喋るスライムへの驚きが消え切らないが……。

 いつまでもそこで観察していても意味がないので、ホムラと共に先に進んでいった。


「……」




 ―洞窟の奥―

「スライムって……普通喋んないよな……」


「まだ気にしてたの? まあ、確かにあんまり喋る子はみないけど」


「ホムラは全然驚いてなかったね」


「うん、まあそういう子は世の中にいっぱ――あれ、行き止り?」


「え?」


 スライムに教えられた4番目の道。

 その先にどんどんと進んでいった二人の先にあったのは――崖だ。


 狭い天井は一気に高くなり、そこはドームのようになっていた。

 突き出した地面は途中でなくなっておりその先はもうない。

 崖の遥か下では川が勢いよく流れているが……。

 いくら何でもこの川が次の道……ではないだろう。


「ここが終着点なのかしら?」


「……特に何もないけど」


 ゴールならゴールと分かるような何かがあるのではないか。

 ハルマはそう思って周りを探すが何もない。

 まさか……スライムに騙されたのだろうか?


「うーん? 何もないわね」


「まさかマジで川が次の道とかないよな――……ん?」


「どうしたの?」


 冗談交じりに川を見下ろしていたハルマ。

 そんなふうにしばらく見ていると、川に違和感があることに気付いた。

 始めは流れの勢いで泡立つように水が跳ねているのかと思っていたのだが。

 よく見ていると、それとは明らかに違う泡立ちがあるのだ。


「何だ……?」


「ハルマ?」


 その正体を見極めようとじっと目を凝らした……その時。


「グギギギギギギギギギギギギギギギギ!!!」


「!?」


 何かが川から飛び出して来た!


「ガガガガガガガ……ギギギギギギギギ!!!」


「え!? は、半魚人!?」


「ハルマ下がって!!!」




 この洞窟は『試練の洞窟』だ。

 ならばやはり何かを試すのがこの洞窟なのだろう。

 ……その何かは、恐らく『勇気』だ。


 オークの時は立ち向かう『勇気』を。

 スライムの時は信じる『勇気』を。

 そして今回は……戦う『勇気』を。


 問われている。

 ハルマとホムラは問われているのだ。


 ”お前たちに勇気はあるか”と……。



【本日のプチIFルート:オークと戦った場合】

 ハル「……」

 ホム「……」

 オク「こ、このギウラルティ様が……負けるなんて……」

 ハル「……なんか思ったより強くなかったな」

 ホム「そうね」


 結果、変化なし。



 次回 第12話「水音の試練官」

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