第15話 予期せぬ仲間、予定なき訪問

「……朝、か」


 チュンチュンとなく鳥の声と、窓から差し込む朝日。

 平穏な朝の象徴ともいえるこの2つがホムラの目を覚まさせた。


「ハルマはもう起きてるのね」


 隣のベットで寝ていたであろうハルマはもう既にいない。

 時計を見るともう8時を過ぎていたので、まあ起きていても不思議ではないだろう。

 と、思っていたら――


「おっせー! そんなんじゃ一生追いつけないぜー!」


「う、うるせぇ……! 見て……ろ……! 今、追いつい……て……!」


「……ハルマお兄ちゃん大丈夫?」


 外から数人の子供の声と、息絶え絶えになったハルマの声が聞こえてきた。




 ―外―

「おはよう、ホムラ殿。先日はよく眠れましたかな」


「おはようございます、長老さん。おかげさまでぐっすりです」


「そうか、それは良かった」


「……それで、ハルマは何を?」


 村の広場を微笑ましそうに眺めていたセニカ。

 視線の先には子供達とハルマが居た……のだが。


「ほれほれ! ここまでおーいでー!」


「くそ……! 舐めやがって……! こ、これだから……子供は……嫌い……」


 見た感じ『楽しく遊んでいる』といった感じではない。

 目の前にはハルマの脆弱を笑う子供たちと、それに必死で対抗しようとするハルマの姿があった。

 ハルマの『最弱』っぷりは相変わらずで、どう見ても10年近く年が離れているであろう子供達に全然追いつけていない。

 結果、汗だくと息切れが半端ないハルマがヘロヘロになりながら、苦悶の表情で男の子達を追っているという何とも不思議な光景が作り出されていた。


「いやな、昨日の試練の話を聞きつけた子らが、今朝アメミヤ殿と遊びたいと言い出しての」


「はあ」


「アメミヤ殿は最初『面倒くさいからヤダ』と言っておったのじゃが……、いつ間にかああなっておった。恐らく子らに根負けしたんじゃろうな」


「それで……あのヘロヘロ鬼ごっこに?」


「そのようじゃの」


 まあ、ハルマの身体能力で鬼ごっこを始めてしまったら、ああなるのは時間の問題だろう。

 ハルマが鬼で始まろうが、そうでなかろうが、最終的にはハルマが鬼のまま誰も捕まえられない。

 んで結果、ああやって笑う男の子達と、ムキになるハルマと、心配そうに見守る女の子達の構図が完成する訳だ。


「ほらほら! 俺ちょっと歩いちゃうぜー!」


「こ……このや……、ち……ちくしょ……お、おぇぇ……」


「ハ、ハルマお兄ちゃん!?」


 挙句の果てに村の女の子達に介抱されているのだから……流石と言うべきか。




 ―屋敷―

「はぁ……はぁ……はぁ……」


「大丈夫? 汗と息切れが凄いことになってるわよ?」


「だ、大丈夫……。ち、ちくしょう……、あのガキ共……。これだから……子供は……嫌いなんだ……」


 机に突っ伏してグチグチと文句を垂れるハルマ。

 結局最後までハルマは誰も捕まえることは出来なかった。


「子供、嫌いなの?」


「……子供っていうより、子供っぽい奴が嫌い。人の出来ない部分を相手がどれだけ努力したかも考慮しないで簡単に嘲笑う判断力の低さが嫌いなんだ。だから大人でも判断力がない奴は嫌いだし、子供でも判断力があれば嫌だとは思わない」


「その判断力を子供に求めるのはちょっと酷な話だけどね」


「分かってるよ……。だから嫌いでもそれを態度には出さないようにしてるさ。やってちょっと憎まれ口を叩く程度だよ」


 意外なハルマの嫌いなものが判明して少し驚くホムラ。

 しかし、なんだかんだ言ってハルマは結局子供達と一緒に遊んでいたところからすると、嫌いでも面倒見は良いのだろう。

 すぐに懐かれていた(恐らく弱すぎて舐められていたのだろうが)のもあって、子供との相性は良いようだ。


「ふふっ、変なの」


「何が?」


「あ、いや。何でもない」


「?」


「えっと、それで。ここは今日のお昼には出発するけど、何かやり残したこととかはない?」


 若干無理に話を逸らしたホムラ。

 まだ少し何が『変なの』なのか気になるハルマだったが……そこは深く詮索はしないでおいたようだ。


「そうだな……。結局一回も捕まえられなかったこと以外は特にないよ」


「……もしかして結構根に持ってる?」


「なに、心配なさるなって。今度はちゃんと運動してきて、アイツらが泣くくらい捕まえまくってやるよ」


「……」


 かなーり根に持っているようだ。



 と、その時。


「ったく、器が小さいなぁ」


 そんなハルマをおちょくる声が。


「なッ!?」


「判断力、だっけ? 果たして子供達に本気でムキになってるような奴が、正常な判断力を持っていると言えるのかね?」


「ぐっ……」


「そんなんだから僕は不安なんだよ」


 そう言いながら、声の主はハルマの頭の上に着地。

 即ち、声の主は洞窟の喋るスライムこと、ジバである。


「お前に不安がられる筋合いねぇよ、ジバ公」


「……なんだ、その『公』って」


「うーん、俺の地元の愛称みたいなもんかな。良くね? 『ジバ公』って凄い語呂が良いと思うんだけど」


「えー……、なんかこうさ、もっといい感じのないの?」


「そんなに悪くないと思うんだけどな……。ホムラはどう思う?」


「良いんじゃない? ジバちゃんは『ジバ公』呼びは嫌?」


「え? いやー、別に……そんなには……」


「おい、お前さっきと言ってること違うじゃねぇか」


 分かりやすい手のひら返し。

 明らかにハルマとホムラでは態度が違った。


「で? お前は何しにここに来たんだ? まさかわざわざ煽りに来たのかよ」


「誰がお前なんか煽りに来るかよ。自意識過剰か? 気持ち悪い」


「コイツ! 言わせておけば!!!」


「やるか!?」


「あ、ちょっと! 喧嘩しないで!!!」


 どうにも……洞窟の時からなんとなく分かっていたが、ハルマとジバ公は相性が悪い。

 まだ知り合ってちょっとなのに、会う度にちょこちょこと口喧嘩している気がする。


「……しょうがない、ここはホムラちゃんに免じて許してやる」


「なッ!? ふざけんな! 何、お前『自分が勝ちを譲ってやりました』風な雰囲気出して――


「喧嘩、しないで」


「……はい」


 相変わらずの迫力。

 ハルマはどうにも、怒ったホムラの出す威圧感が苦手だ。

 あれに当てられるとどうしても声が出なくなってしまう。


「……それで? ジバちゃんはここに何しに来たの? もしかして挨拶しに来てくれた?」


「ホムラちゃんに会うのに理由なんてない……って言いたいところだけど。今回はちゃんと理由があるんだ。ホムラちゃんと……一応コイツにお願いがあってね」


「お願い?」


「うん。……あの、もし良かったらなんだけど、僕も一緒に連れて行ってくれないかな?」




 ―お昼―

「それではお気を付けての。ジバはアメミヤ殿とホムラ殿に迷惑かけるでないぞ!」


「じゃあな、おう!」


「ハルマー! また鬼ごっこしようなー!」


 たくさんの見送りを受けてハルマ達はツートリスを後にした。

 次の目的地は港町スリーム。

 再びハルマとホムラのは旅が始まったのだ。

 ……新しい仲間と共に。




 ―屋敷の続き―

「え、なんで? どういう経緯で『仲間になりたそうにこちらを見てる』になった?」


「別にお前の仲間になりたい訳じゃねーし。……僕はね、お前を見て凄く不安になったんだよ」


「不安……。いや、まあ、俺が不安がられるのはしょうがないけど……」


「いや、別にお前はどうでもいい」


「どうでもいい!?」


 どこまでもハルマに辛辣なジバ公。

 ハルマはジバ公によっぽど良くない印象を持たれてしまったようだ。


「僕が不安なのはホムラちゃんの方だ! お前が足を引っ張って怪我させるんじゃないか、お前が余計なことして変な心配掛けるんじゃないか、お前が馬鹿なことしてホムラちゃんを危険な目に遭わせるんじゃないかって心配で心配で……」


「悪かったな! でも、しょうがないだろ!? 弱いんだから! これでも精一杯頑張ってるんだよ!」


「お前は頑張る方向がおかしいんだよ! ……ともかく! 僕は余りにもホムラちゃんの安全と安心が不安だったから、付いて行くことにした! 長老には昨日話を付けておいたから。……良いかなホムラちゃん、僕も付いて行って」


「私は全然いいよ? これからよろしくね、ジバちゃん」


 一切迷いなく承諾するホムラ。

 がしかし、ハルマがもちろんそれを見過ごすはずがない。


「え!? ちょっと待って、マジでコイツ連れてくの!? 絶対コイツ足手纏いになるって!」


「お前よりは役に立てるわ!!!」


 と、揉めたりなんなりいろいろあったが……。

 結局はジバ公も付いてくることになったのだった。




 ―旅路―

 そんな訳で、現在ジバ公はハルマの頭の上に乗っかっている。

 歩くと遅くて迷惑になるから、とのことだそうだ。

 それにしても……ジバ公の『ホムラガチ勢』っぷりには初激でハルマは既に驚いていた。


「何? お前ホムラと昔からの知り合いだったの? ずっと片思い的な?」


「いいや? ホムラちゃんと会ったの昨日が初めてだよ」


「1日であんなに首ったけなのか!?」


「これが一目惚れってヤツだろうね……。この世界にあんなに可憐で、可愛くて、美しい娘が居るなんて思いもしなかったよ。一瞬天使か何かかと思ったくらいだ」


「……まあ、ホムラが綺麗ななのは1ミリも否定しないけど。だからってちょっと早すぎない? ……あれだな、お前が俺の地元の神小説を知ってたら、『H・M・T!』って言ってそうだ」


「H・M・T?」


「ホムラちゃん・マジ・天使の略」


「なるほど……。いや、僕が言うなら『H・M・M!』だな。ホムラちゃん・マジ・女神の略で」


「あっそ……」


 ジバ公の筋金入りっぷりに若干呆れるハルマ。

 その時、ハルマ達の話声が聞こえたのだろうか、ホムラが唐突に足を止めた。


「? どした?」


「え!? もしかして今の聞こえてた!? いや、でも、あれは僕の本心だから聞こえても問題はないけど……」


「? 何の話?」


「あ、聞こえて訳じゃないのね……」


「ごめんさない、全然聞こえてなかった。えっと、それで、あれ……何かしら?」


「ん?」


 ホムラが指さす先にあったのは……それはそれは巨大な搭。

 遠くからでもハッキリ見える、まさに摩天楼と呼ぶにふさわしい巨大な建造物だった。




【後書き雑談トピックス】

 『公』……名前の下につけて、親しみまたは軽蔑の意を表す語。

 うん、だから愛称で間違ってないね! うん!



 次回 第16話「ガダルカナル大魔書館」

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