第49話 最弱勇者の昼食譚 ~力うどん~
「――もうダメだ。限界だ。耐えられない。実家に帰らせていただきます!」
ケルトでの船完成待ち生活3日目。
ハルマは突然、ホムラ達に向けてそう宣言した。
なんの前触れもなかったので、ホムラ達はそれはそれは驚いたのだが……。
とりあえずジバ公が返事をする。
「……いや、お前『実家に帰る』って、帰れないから僕らと一緒に旅してるんだろ? なんなの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「相変わらず手厳しいな、ジバ公。だが、悪いけど今の俺はお前のそんなノリに付いて行ってやる余裕はないんだ……!」
「付いて行ってやってるのは僕の方だよ!」
「……それで? 一体何がどうしたのよ?」
明らかに様子が変なハルマを微妙に心配したのか、ホムラは優しくそう問いかけた。
すると、ハルマは青ざめた顔でぼそりと自らの強欲な願いを解き放った。
「……食べたいんだ」
「ん?」
「うどんが食べたいんだよぉ!!!」
「……『ウドン』?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
天宮晴馬は香川生まれではない。
なんなら四国生まれでもないし、四国に行ったこともない。
だが、自らのうどん愛は香川県民にも匹敵すると自信を持っていた。
初めてうどんを食べた日の記憶はない。
物心がついた頃には、もううどんを当たり前のように食していたのだ。
そして17年間、うどんと共に生き、うどんと共に育ってきた。
そんな『天宮晴馬の半分はうどんで出来ています』と言われても過言ではない半身と、彼は既に1ヶ月近く別離している。
今まではその強靭な精神力で抑え込んできたが……そろそろ限界に近かった。
思えば、武術大会でのまぐれ優勝もこの『うどん不足』による反動だったのかもしれない。(そんな馬鹿な)
「……ともかく! 俺は毎日毎食うどんでも全然良い所か、寧ろそうなって欲しいくらいのうどん好きなんだ! 今までは我慢をしてきたんだが……流石に、もう、無理!!!」
「えっと……その『ウドン』もこの間の『ナメロウ』みたいな、ハルマの世界の料理なの?」
「そうだとも! 白く絶妙な長さと太さの麺、そしてそれに濃厚に絡む昆布と鰹のつゆ! さらにはつゆに混ざろうともその独特の味わいで美味さを引き立てるネギと天かす!!! しかもこれだけ美味くて手頃なお値段なんだからうどんは偉いよ」
「そう……なの」
変に高いハルマのテンションに若干引きつつも、故にこそ『ウドン』がどれだけ(あくまでハルマにとってはだが)鬼懸った料理なのかをホムラ達は理解する。
……そして、それだけ魅力的に語られると、そりゃ――
「ぐぅ」
「……ホムラ?」
「――ッ! だ、だってハルマがあんまり美味しそうに説明するんだもの! もうすぐお昼ご飯だし、お腹が空いちゃってもしょうがないでしょう!?」
「そうだね、その通りだとも。でもちょっと恥ずかしくて必死に弁明するホムラちゃんもメチャクチャ可愛いよ」
「ジバちゃん……、それもそれで恥ずかしいから……」
……相変わらずの惚気は置いておいて。
まあ、そんなこと言われてしまえばホムラ達もお腹が空いてくるというもの。
がしかし、ここは異世界。
もちろんのことうどん屋なんてありはしない。
「あぁ……うどん……うどんが足りねぇ!!!」
故に、ハルマの強欲な暴食を満たすことは不可能なのだ。
重々分かってはいるのだが改めて理解してしまうと気も滅入ってくる。
そんな雰囲気に3人が落ち込み始めた、その時。
今まで黙っていたソメイがここで口を開いた。
「その、一つ質問なんだけど」
「ん? なんだ、ソメイ?」
「さっきのホムラの話だと、ハルマは以前『ナメロウ』なる異世界の料理を作ったんだよね」
「そうだけど?」
「なら、その……『ウドン』も君が作れば良いんじゃないかな? 自分で」
「……」
「……無理なのかい?」
沈黙し固まるハルマ。
突然フリーズするのだから、ソメイは何かマズいこと言ってしまったのかと不安になってきた、が。
次の瞬間ハルマの顔は歓喜に満ち満ちた!!!
「そうだよ、その通りだ! 俺が自分でうどんを作ればいいんじゃないか!!! ありがとうソメイ! お前はやっぱ凄い奴だよ!!!」
「そんなに大したことは言ってないと思うんだけど……」
「よっしゃ! それじゃあ早速食材買いに行くぞぅ!!!」
「……」
色々言いたいことはあったが……。
まあハルマは嬉しそうなので、それで良いことにしたソメイだった。
―長い廊下―
そんな訳で食材購入の為に長い廊下を意気揚々と駆け出すハルマ。
ここは異世界だが、なめろうの時もなんだかんだで材料は揃ったのだ。
故にハルマはそのことは特に不安視はしていなかった。
それよりも今から何うどんにするか考えて口の中の唾が溢れそうになっている。
徐々に上がるテンションと共に、駆け抜ける速度も上昇上昇……。
「おい! 廊下を走るんじゃねーぞ!!!」
「! あ、アラドヴァルか。ごめんごめん、つい」
「まったく、アタシだって走りたいの我慢してるんだからな」
「王、それは注意の仕方としてはズレていると思います」
「そうか?」
駆け抜けるハルマを注意したのはアラドヴァルだ。
さらにその後ろにはモラも一緒に付いている。
「それで? そんなに急いでどこ行くんだ?」
「買い出し、うどんを作るためにね」
「ウドン?」
「俺の世界の料理さ。めっちゃくちゃ美味しいんだぜ?」
「へえ……、『めっちゃくちゃ』美味しいのか」
「王?」
暫し、ハルマの言葉を聞いたアラドヴァルは何かに悩んでいた。
がしかし、それもすぐに終わりハルマに一つ提案をする。
「良し。ハルマ、そのウドンとやらをアタシ達にも作ってくれ。代わりに厨房使わせてっから」
「え?」
「『え?』って、そんなこと言われたら食べたくなるに決まってるだろ?」
「まあ、そうだけどさ。良いの? 何かメニュー決まってたりしないの?」
「別にアタシが食いたいもんくらいアタシが決めてもいいだろ。そうだよな、モラ?」
「私的には予定を組んで買い物いしているので、あまりそれを頻繁に行われると困りますが……。まあ今日一度くらいなら問題ありませんね」
「そうなのか、じゃあ別に俺は作っても問題な――
「え!? ちょ、ちょっと待ってハルマ!?」
「?」
その時、了承しようとしたハルマをホムラ達は慌てて止める。
何かマズいことであるのだろうか。
「どしたの?」
「『どしたの?』じゃないわよ!!!今の状況ちゃんと分かってるの!? 相手は五大王国の王様なのよ!? 今の自分の状況理解出来てる!?」
「五大王へ料理を作るってのは世界中の料理人達の最終到達点なんだぞ!? 何十年間もの下積み時代に、さらに何十年もの修行時代。そんな長い長い月日を懸命に努力した人でようやくスタートラインなんだ!!!」
「そこからさらに毎年行わる熾烈な権利の争奪戦、それに勝ち抜いてやっと料理を作ることが許される……そんな領域の話なんだ。ところがそれを君は全部すっ飛ばしてしまった。……これだけ言えば自分の状況が理解出来たかい?」
「……。ああ、そっか、アラドヴァルってそんな凄い王なんだったわ。なんかすっかり忘れてた」
「えええ!?」
「でも大丈夫だよ? 俺、料理だけは自信あるからさ」
「いや、まあハルマの料理が美味しいのは知ってるけど……」
不安はある。
アラドヴァル王が横暴な人ではないのはもちろん分かっている。
だが、よっぽどの料理を作らない限り、世界中の料理人がハルマに物凄い感情を向けることになるだろう。
果たしてそこまでの料理を『最弱』のハルマに作ることが出来るのか……。
「それじゃ、材料買ってきたら作るから。出来るのを楽しみにね~」
「おう! 楽しみにしてるぜ!」
「……」
本人はあっけらかんとしているが……。
ホムラ達は不安でしょうがなかった。
―商店街―
街に出たハルマ達は、数多くの露店が立ち並ぶ商店街へ。
結果、無事そこで一通り必要な物は買い揃えることが出来た。
「うん、思った通り材料はそれっぽいのがちゃんとあって良かったよ。意外とケルトって食品豊富なんだね」
「ケルトは『食べて動いて寝て食べて』の国だからね、食べることに関しては事欠かないのさ。……それは良いとして、材料はそれで本当に大丈夫なのかい?」
「問題ないって。変に高いのを買ってもそんなに変わんないよ? どっちにしろ美味いからさ」
「……」
ハルマのこの自信は自分の腕前からなのか、はたまたうどんへの信頼からなのか。
……両方の可能性もありそうだが。
騎士としてそれなりに良い物を食べているソメイには、何処でも買える材料ばかりの時点でさらに不安が増していた。
「んでだ、肝心の中身は何にするかね……」
「中身? 『ウドン』には中身があるの?」
「そう、中身。うどんって単純に言ってもいろいろ種類があるのさ。シンプルに『かけうどん』とか、油揚げ乗せて『きつねうどん』とか、他にも『ぶっかけ』『釜揚げ』『肉』……といろいろね」
「へえ……」
「でも折角ここは『覇王国』なんだから、なんとなくそれに因んだヤツにしたいんだ。何が良いかな……」
並ぶ店を一つ一つ見て回りながらハルマは暫し中身を考える。
と、その時。
美味しそうな香りがハルマの鼻に流れ込んできた。
「これは……餅か?」
「ああ、そうだよ。買っていくかい?」
ふっくらと美味しそうに膨らむ餅。
どう見てもハルマが元の世界で食べていた餅と同じ食べ物である。
「なめろうとかうどんはないけど、餅はこっちにもあるんだな」
「ああ、モチは元々この世界にあった食べ物ではなく、ユウキが齎したと言われているんだ。だから、きっとこれも元は君の世界の食べ物なんだろう?」
「そうだよ。いや、まあ餅が本当に俺の世界で誕生した食べ物なのかは分からんけども」
「どうするんだい兄ちゃん達。買うのかい? 買わないのかい?」
「買うよ。焼く前の餅、10個くらいおくれ」
「あいよ」
「……もしかしてモチを入れるのかい?」
「そうだよ、んでもうちょっと材料を買い足して『なべ焼き力うどん』にしようかな」
つまりは餅の入った鍋焼きうどんという訳。
力うどんの『力』というのも、戦いの覇王国にはピッタリだろう。
「モチ、モチか……」
「モチって別にそんな凄い食べ物って訳じゃないわよね……」
「皆、そんなに心配するなって! さあて、ひっさしぶりにうどんが食えるぞぉ!!!」
どうにも不安は拭いきれないが……。
それはそれとして力うどんの調理開始である!!!
―厨房―
さて、やる気満々で厨房に立つハルマ。
なにせ1ヶ月(くらい)ぶりのうどんだ。
興奮と中毒症状で震えが出てくるくらいである。
そんなハルマの今回の料理アシスタントは……。
「では、よろしくお願いしますね」
「はい! よろしくですモラさん!」
モラだ。
本当は前回のようにジバ公に頼むつもりだったのだが、責任がデカすぎるせいで吐き気がするとか言い出したので、モラに交代となった。
「てか、モラさんは何か忙しかったりは大丈夫なんですか?」
「はい、特には問題ありませんよ。それに、今はここで調理方法を覚えることの方が大事です。もし王がお気に召したらいつでも作れるようになっておきたいので」
「なるほど」
なんと素晴らしき精神、流石は王国の騎士と言ったところか。
……でも、そもそも料理って騎士の仕事だっけ?
「……まあいいか。じゃあ俺が教えながら作っていくんで、それを真似してください」
「はい、分かりました」
(注意:食材名は分かりやすさを優先して元の世界と同じで書きます)
「まずはなんですが、昆布はもう準備しておいたので今日は大丈夫です。もし次から作るなら軽く拭いて30分くらい水につけておいてください。こうすると美味しくなるので」
「30分ですか、分かりました」
「まあ別に急ぎなら省略しても良いですし、逆に前日に作って一晩冷蔵庫に入れておいてもいいですよ。ここはそこまで重要な工程ではないので」
「了解です」
ちなみにハルマは作るなら前日から作って置いておくタイプだ。
まあこれが一番美味しい……という訳ではないのだが。
「じゃあまずは材料を切りましょうか。鶏もも肉は一口大、長ネギとなるとは太めの斜め切り、ほうれん草は4~5cmのざく切りでお願いします。……えっと、具体的にはこんな感じで」
タタタっと慣れた手つきで材料を切っていくハルマ。
そのままあっと言う間に一人分の材料を切り終えてしまった。
「なるほど、こういう感じですか」
しかしモラも負けてはいない。
流石に初めて作るメニューなのでハルマ程ではなかったが、それでも素早く綺麗に材料を切っていった。
「モラさん大分慣れてますね」
「そうですね、もう王の料理を作るようになって4年近く経ちますから。それに騎士になる前も料理をしていたんですよ」
「へえ……」
意外とモラの料理歴が長いことに驚くハルマ。
同時に改めて「料理って騎士の仕事だっけか?」と思いつつも、ハルマは次の工程に入っていく。
「んで、次はさっきの昆布を一人用の鍋に入れて火にかけます。そんで沸騰する直前に取り出してください」
「分かりました」
「そしたらそこにカツオ出汁、しょうゆを小さじ一杯。みりんを大さじ一杯。塩をひとつまみ加えます。んでそれを入れたら茹でうどん、もも肉、なると、長ネギも入れちゃってください」
「一気にたくさん入りますね。みりんやしょうゆなどの順番はないんですか?」
「ないですよ。だからそんなに気にしなくても大丈夫です」
てなわけで鍋にパパっと食材投入。
ぐつぐつと煮込みを始めていく。
「煮込みは麺が出汁の色に染まるくらいまでです、火加減は弱火で。大体5分~10分くらいで出来ますよ」
「煮込みは色がつくまで……分かりました」
「んでそれが終わったらほうれん草を加えてさらに煮込み、火が通ったら麺の中央に卵を割り入れて蓋をしてください。で、余熱で卵が好みの固さになったら完成です! さらに今回はここに餅も入れますけどね」
「おお、意外とすぐに出来るんですね」
「そこがうどんの良いところですから」
さて、そんな訳で良い匂いを漂わせる鍋焼き力うどんは無事完成。
あとはこれを運んでいくだけだ。
―食堂―
食堂ではワクワクした様子のアラドヴァルと、ドキドキした様子のホムラ達が待っていた。
「はい! 無事完成です! さ、食べようぜ!」
「おお! これがウドンか! それじゃ早速いただきまーす!!!」
「いただきます……」
ちゅるりと麺は一瞬で口の中へ。
さらにアラドヴァルは続けて餅も一緒に食した。
そのお味は……?
「……」
「……」
「……うっま!!! すげえ! 確かにこれは美味いわ!!!」
「ホント……! ハルマは料理上手なのは知ってたけど、それでもびっくりすくらい美味しいわ!」
「だしょ? 実は事前準備でいろいろ頑張ったんだよ。かえしとか出汁とか、うどんなんて手打ちだしね」
フフンとうどんを食しながらドヤるハルマ。
普段『最弱』なぶん、なかなか珍しい表情だ。
「この汁も美味いなぁ!!! モラ、これの作り方ちゃんと覚えたか!?」
「ご安心ください、まるっと暗記しましたよ」
「でかした! そしてハルマもサンキューな!」
「いや、別に俺は自分の欲を満たしただけだから」
アッハッハと笑うハルマ。
ハルマもハルマで久しぶりの大好物にご機嫌そうだ。
そんななか、ジバ公はボソッと言葉を漏らす。
「……それにしても」
「? どうしたんだい、ジバ公?」
「こんなに料理上手ならさ。ハルマはこのまま冒険を続けるよりも、料理人になった方が幸せな気がする……」
「ああ、それは確かにね……」
もったいないなぁと思いつつ、ジバ公とソメイも美味しくうどんを頂くのであった。
【後書き雑談トピックス】
ハルマのヤバいうどん愛は作者のそれをまんま投影しています。
……要するに私もうどん超大好きです。
まあ、私の場合は四国育ちなのがある程度影響していますが。
次回 第50話「さらにその先へ」
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