第50話 さらにその先へ

「さてと……」


 朝日に照らされながら、ハルマはふかふかのベットから起き上がる。

 今日でこのベットともさよならなのかと思うと少し名残惜しいが、だからっていつまでもこの国にいる訳にもいかない。

 今日で武術大会開催から5日、即ちハルマ達の超豪華船完成(予定)の日である。



 ―ダイニングルーム―

 顔洗って着替えを終えたハルマは朝食を取りにダイニングルームへ。

 すると、そこには既にホムラが居た。


「ハルマ、おはよう。今日は出発の日だけど、昨日はよく眠れた?」


「遠足が楽しみで眠れなくなる子供じゃあるまいし、ちゃんとぐっすり眠れましたよ」


「それは良かった」


 ふふっと笑いながらホムラはスープを口に運ぶ。

 モラが作ったスープはとても美味しかったのか、頭の上にある二つの犬耳はピコピコと動いていた。


 前にも少し話したが、シックスダラーの件以来ホムラは自らの耳と尻尾を隠さなくなった。

 今まではその立場と過去もあって、どうしてもハルマにどこか警戒しているところがあったのだろう。

 だが、シックスダラーでボロボロになりながらも助けに来てくれたことで、すっかり完全信頼したようで、今では普通に耳と尻尾は見えている。


 ――うんうん、やはりありのままが一番。


 そんな少し成長したホムラの様子を見て、まるで兄にでもなったかのような嬉しさを感じるハルマ。

 普段はどちらかというとホムラが姉で、ハルマが弟と言った感じなのだが……。

 最近ハルマはたまにホムラを妹みたいだと思うこともあったりしていた。

(もちろん一滴も血のつながりはないが)


「……」


 さて、そんなことを考えながらハルマもパンを口に運んでいく。

 その間もサラダやスープを食すホムラの耳は、常にピコピコとご機嫌だ。

 ピコピコと可愛く動いている……。


「……ッ」


「にゅあ!?」


「……! あっ! ごめん!!!」


 そんな耳をジーっと見ていたものだから、ハルマの内に秘められた男の子の本能が発動してしまった。

 ハルマは無意識のうちにホムラの耳に手を伸ばしてしまっていたのである。


「ちょっ……!? 急に触らないでよ!!!」


「ごめん! なんかピコピコしてたから、つい……」


「子供なの!?」


 さっき『子供じゃあるまいし』と言ったばかりなのに、すぐにこんな醜態を晒してしまったハルマ。

 自分の言葉が深く胸を抉る抉る……。

 さらに言うと、ハルマはホムラにあんな声を出させてしまった。

 ならば同然が反応する。


「おんどらぁ!!!!!」


「おうわ!?」


「てめぇハルマ!!! 今、ホムラちゃんに何しやがった!? この変態色欲野獣め!!! やはりお前はここで処するべきか!?」


「ま、待てジバ公!!! 落ち着け!!! それはガチで死ぬやつだから!!!」


 うねうねと器用に顔面にへばりつくジバ公。

 おかげでハルマは上手く呼吸が出来ず、割と本気で苦しい。

 このスライム、本気で殺しにきている……!!!


「ジバちゃん! ストップ!」


「はい」


「あっさり!?」


 ホムラの一言で一瞬で離れるジバ公。

 貼ってから時間が経ったシールの如く全然ハルマには剥がせなかったのに、たった一言でいとも簡単に離れてしまった。


「そんなに大変なことされた訳じゃないから大丈夫よ。あれくらいは男の子なんだし、まあしょうがないから」


「ホムラちゃんがそういうなら僕は良いんだけど……。今後は気を付けろよ、ハルマ」


「なんでだろう!? 許されたのにメチャクチャ腑に落ちない!!!」


『俺は子供じゃねえ!!!』とハルマは大声で叫びたかったが、やらかしてしまった手前そんなこと言えるはずがない。

 こうして、ホムラとジバ公にハルマはまた子供認識されてしまうのだった。




 ―船着き場―

 さてさて、朝食を食べ終えたハルマは居ずらいダイニングルームから逃げるように外出。

 ケルトの散歩がてら、今日完成した(はずの)船を見に行こうと思ったのだ。


「おう兄ちゃん! 優勝者のアンタには特別に負けておくよ、なんか買わないかい?」


「悪い、今俺文無しなんだ。また今度な」


「そっか、それじゃしょうがねえな。ならまた今度来てくれよな!」


 ちょっと街を歩くだけでハルマはいろんな人から声を掛けられる。

 元々、『低身長』『女顔』『童顔』『最弱』のおかげで人一倍声を掛けられやすいのに加え、この国ではハルマは『今年の武術大会の優勝者』でもあるのだ。

 つまりは結構な有名人。

 今はもう寧ろ声を掛けてこない人の方が少ない。


「まさか異世界でスターの疑似体験が出来るとはなぁ……」


 サングラスでもかけようか、とそれっぽいことを考える。

 がしかし、どうせ今日で出発することを思い出し断念。

 多分だが次に来る頃にはもうハルマブームも去っているだろう。

 ……悲しみ。


「あ! あ、あの! アメミヤさん……ですよね!?」


「そうですよ」


 だから、ハルマは今のうちにスター気分を存分に満喫しておくのだった。

 ……文無しなので商人の期待には応えられないが。




 ―船着き場―

「やっと着いた……」


 それからハルマが船着き場にまで辿り着いたのは20分後のことだった。

 ハルマの速度でも大体10分で着く距離だったのだが、思いのほか周りの対応に時間が掛かってしまった。


「随分と人気者になったね。まあ当然と言えば当然なんだけど」


「ああ、改めて自分のなしたことがどれだけ偉業なのかを再確認したよ」


 船着き場に居るのはソメイ、モラ、アラドヴァルの3人。

 おそらく彼らも船を見に来たのだろう。


「たださ」


「?」


「まあ、なんとも傲慢なことを言ってるのは分かるんだけど……。途中から億劫になってくるんだよね、向こうからすれば毎回初めてでも、こっちはもう何回も同じようなことしてるからさ……」


「ああ……なるほど」


 嫌なことは何回やっても嫌なままだが、嬉しいことは何回も繰り返されると流石に飽きてくる。

 最初はスター気分を満喫していたハルマも、30人目くらいからは流石に面倒になってきていたのだ。

 そんな訳で『目立つ』というのも良いことばかりではない、とハルマは学習。

 ……某未来のロボットの漫画でもそんなことを示唆した回があった気がする。


「その気持ちはなんとなく私も分かりますよ、4年前は私も同じような感じでしたから」


「そっか、モラさんは4年前の優勝者ですもんね」


「そうそう。んで、その後アタシが騎士に任命したのさ」


「うん、俺もそう聞いたよ」


 ホープは確かにそう言っていた。

 ということはハルマも同じのような道を辿る可能性があったのだろうか。

 覇王国ケルト騎士アメミヤ・ハルマ、……似合わなすぎる。

 とてもじゃないがハルマはそんなガラではないし、そんな力もない。

 せいぜい『自称騎士』程度がお似合いだろう。


「……これ以上このことを考えてると悲しくなるな、だから止めにしよう。で、そろそろ船の話題に移行するか? 俺はちょっと怖いんだけど」


「何が怖いんだよ?」


「分かってよ」


 さて、嫌な予感はするし、多分それは当たっているのだろうが……。

 それでも、ハルマは船を見に行くことにした。




 ―んで、船の前―

「むおわああああああああああああああ……!!!」


 予想通り、そこにはえげつない船があった。


「うん! アタシが思っていた通りだな!」


「そうですか、王のご期待に応えられて良かったです」


「……」


 どう見ても眼前にある船は『豪華客船』である。

 ……勘違いしないで欲しいのだが、これは国の豪華客船ではない。

 ハルマ達の自家用車ならぬ自家用船なのだ。

 断言しよう、絶対にこれは持て余す。

 こんな馬鹿でかい船、堪能しきれるはずがない。


「……てかさ、これ誰が操縦するの? ソメイ?」


「申し訳ないが、僕はここまで大きな船の免許は持っていないよ。普通サイズの船なら操縦出来るけどね」


「えええ!? じゃあ誰が操縦するのさ!? 船を馬鹿でかくしたせいで誰も操縦出来なくなったとか馬鹿すぎるぞ!?」


「心配するなよ、それもちゃんとアタシが呼んでおいたから」


「マ?」


 専用の操縦士まで雇ってんのか。

 もう訳わからない規模になってきたのだが。

 こんな自家用船、どう考えても前代未聞だろう。

 強いて言うのであれば、かの最強勇者ユウキならこのレベルの船に乗っていたかもしれないが……。


「で? 操縦士はどなた? 居るなら挨拶しておきたんだけど」


「居るぞ、おーい!」


 アラドヴァルが呼ぶと、遠くから一人がすぐさまやってきた。


「……ん?」


 逆光でよく見えないが……ハルマはその姿に見覚えがある気がする。

 その人間とは微妙に違うシルエット、そして黒い狼みたいな風貌は……。


「よう、久しぶりだな。兄ちゃん」


「レオ船長!?」


 なんとスリームの親分、レオ船長ことレオ・カルドではないか!


「えええ!? この船の操縦士って、レオ船長なんですか!?」


「ああ、覇王様直々に依頼されたお仕事だ。しかし兄ちゃんの船の操縦士だったとはなぁ、こりゃ張り切って操縦しねえとな!」


「……マジでか」


「ん? ハルマ、コイツと知り合いなのか?」


「うん、まあね。スリームでいろいろあったのさ」


 かつてスリームを訪れた際の船づくりには、ハルマも深く関わっている。

 なんせキングの森の15年の停滞を解いたのはハルマなのだから。

(本当はほとんどキングの功績だが)


「……」


「? どうかしました?」


「いや、すげえなと思ってな」


「?」


「かの覇王様相手にタメ口たぁ、なかなか度胸のいる話だぞ? お前さんよく分かってないかもしれないが、五大王様はそうそう簡単に会えるような人じゃねからな」


「タメ口どころか、先日は王に料理も振る舞われましたよ。とても美味な料理でしたが」


「マジか!? お前さんマジでやべぇな!!! まあ、確かに兄ちゃんが作った『ナメロウ』は美味かったけどよ!!!」


「……」


 そう言えばの話になってしまうが、ハルマはアラドヴァルが実は王様だったと分かっても特に態度を変えたりはしなかった。

 少し考えもしたのだが、相手の立場によってコロコロ接し方を変えるのは失礼だろうと思ったのである。

 結果的にその考えは決して間違いではなく、アラドヴァルはそんなハルマを気に入っていた。


「ホント、未来ってのは分んねえな……。初見はただの移動すらひーこら言ってる情けねえ奴だったのに、今じゃあ覇王様のお気に入りなんだからよ」


「レオ船長俺のことそんな風に見てたんですか!? いや、間違いではないけどさ!?」


 ……なんとも、恥ずかしい第一印象を持たれてしまったものだ。




 ―昼前―

 さて、船の最終チェックも終わり、とうとう出発の時。

 港にはそれなりの人が見送りに来てくれた。


「おーい、チビー! 元気でなー! 来年も参加しろよー!」


「私も楽しみにしてるからねー!」


「来年こそはリベンジをしたい、私もぜひ参加してくれると期待しているよ」


「あ、ははは……」


 武術大会常連のダイン、ホープ、オルナからは当然のように来年の参加を期待されてしまったハルマ。

 来年の参加は……どうだろうか。


「ハルマー! また来いよー!」


「歓迎の準備はいつでもしておりますので、いつでもお越しくださいねー!」


 アラドヴァルとモラからも温かい見送りの言葉を貰い、船は出発。

 目指すは北の大陸、聖王国キャメロットがあるガダルカナル大陸だ!


「……」


「……お兄さんと今度はちゃんと話せるといいね」


「ハルマ……。……うん、ありがとう。大丈夫、今度は取り乱したりなんてしないから」


 少し強くなったホムラの顔を潮風が優しくなでる。

 新たな期待と希望を胸に秘め、ハルマ達はレンネル大陸を出発した。




【後書き雑談トピックス】

 1章はちょうど20話、2章はちょうど50話だけど……。

 別に狙った訳じゃない。

 予定だと3章もキリの良い数字だけど……これも偶然です。

 ちょっとした奇跡。



 次回 第51話「おん・ざ・しっぷ えぶりでい Ⅳ」

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