第18話 キング
「ここが……キングの森か……」
「そうみたいね」
スリームでのひと悶着から一晩。
ぐっすり寝て体力を回復したハルマ達は、朝一番でレオ船長に案内してもらいキングの森の入り口まで辿り着いていた。
辿り着いていたのだが……。
「なんか雰囲気がかなりヤバいんだよな……」
「うん、かなりヤバいよ。まだここ入り口なのに凄く強烈なマナを感じる」
「それってどういうこと?」
「相当モンスター達の気が立ってるってこと。……これは結構苦労するかもね」
ツーっとハルマの頬に冷や汗が走る。
ハルマが冷や汗を流したのはホムラの注意だけが理由ではない。
ハルマはマナを感じることは出来ないが、人間としての本能はしっかりと備わっていた。
そしてその本能はホムラがマナを感じたのと同じように、ハルマ自身に対して全力で『危険だ』と訴えている。
『本能』と『注意』の二重警告、これの前には流石にハルマも冷や汗の一つくらいは流れてしまう。
……だが、引くことはなかった。
「……そんなヤバい所に一つの街の命運を掛けた交渉しに行くとか、なんだか面白くなってきたな! なあ、そうだろジバ公?」
「全然そうじゃないけど!? お前は何が面白いんだよ! こちとら責任感と緊張で死にそうだわ!!!」
「おいおい落ち着けよ。緊張しすぎると出来る事も出来なくなるぞ?」
「なんでお前そんなにあっけらかんとしてるの!? なんかちょっとキモイんだけど!?」
「キモイ!?」
異様に平然としたハルマ。
その達観したような様子はどう見ても、これから『一つの街の命運を掛けた交渉しに行く』人のものではない。
だからこそ、ジバ公はそんなハルマに驚きと若干の気持ち悪さを感じてしまった。
「キモイ……まあ良いとするか。……よし、それじゃあ行こうぜ。この交渉、絶対に成功させよう!」
「うん!」
「まあ交渉するの僕なんだけどな!」
―森の中―
さて、そんな訳でハルマ達はキングの森に侵入。
『森』ならハルマ達はツートリスからスリームまでの間に、嫌という程歩いてきた。
しかし、このキングの森はその森とはあまりにも違った雰囲気を醸し出している。
「まさにRPGのダンジョンだな……。これ序盤は入っちゃいけないヤツだぞ……」
ギャーギャーと何処からか聞こえてくる不気味な鳴き声。
10メートル先も見えない程深い霧。
鬱蒼と生い茂る巨大な木々。
そして地面に散らばる大量の枯れ葉とトラップのように広がる木の根っこ。
元の世界の『富士の樹海』のような森がそこにあった。
おまけにここはモンスターまで出てくるのだから、富士の樹海より一層タチが悪い。
「ハルマ、迷子にならないように気を付けてね? ……なんなら手、繋ぐ?」
「流石に大丈夫だから! こんな所でまで単独行動しないよ!」
「そう? なら良いんだけど……」
「ハルマの場合、崖から川ダイブしてるから安心感がというか信頼性がないんだよな……。ホムラちゃんの心配ももっともだよ」
「ごめんなさいね!?」
こと、こういった部類の話に関してはホムラもジバ公も、まったくハルマを信頼していない。
ハルマの『大丈夫』は全く『大丈夫ではない』と、一度思い切り眼前で確認しているからだ。
自分達の感覚とハルマはズレている、そうホムラ達は確信していた。
……それがハルマの己が弱さに抗う為の必死の策だとまでは気づいていないが。
「でも流石にこんな森でまではあんまり無茶はし――
ガサッ
「!?」
ハルマが言葉を終える前に、何かの音がする。
茂みを揺らす何かの音。
ハルマは全警戒心をフル回転させ、その音のした場所を睨み続けていたが……。
「チチ」
「……なんだ、ただのネズミか。……いやまあ、この異世界ではネズミって言わないかもしれないけど」
出てきたのは小さな野ネズミっぽい生き物。
ほっといても全く害はないただの小動物だ。
「チ、チチチ」
「あんまりびっくりさせるなよな。こちとら結構精神削られたんだぞ?」
「チチ?」
「まあネズミに言っても仕方ないか。じゃあな、精々モンスターに食われないようにするんだぜ。じゃ、行こうかホム――
ネズミに軽く語りかけた後、何事もなく振り返ると……。
そこにはもうホムラ達は居なかった。
「……ホムラ?」
キョロキョロと見渡すが……誰も居ない。
そもそも居たとしても霧のせいでよく見えないだろうが。
「え、えーっと。……ホムラー!」
大声で呼んでみるも返事なし。
ただ哀しくハルマの声が響くだけ。
「ホムラー!! ジバ公ー!!!」
声量を上げても意味はない。
誰も、何も、返事はしない。
「……あれ、ヤバくね……?」
その瞬間、ハルマは自分の状況の危険さに気付く。
さらに極めつけ、ハルマは後ろを振り返るが霧に隠れて来た道も分からない。
「……」
ハルマは遭難してしまった。
―キングの森、どこか―
「マズい、マズい、マズい!」
初めてこちらの世界に来た時と同じくらいのレベルで焦るハルマ。
まあ、この状況では無理もないことだが。
「連絡手段なし。食料なし。水もなし。……ヤバいぞ、死の三原則が揃ってる気がする……」
そんな原則は存在しないが、危機的状況なのは確か。
何か行動しないと確実にハルマはここで野垂れ死ぬ。
もしくはモンスターに殺される。
「マズいな、どうするべきだ? ホムラ達か、入口を探すか? いや、でも下手に動いて状況を悪化させたら……」
こんな時にジバ公が居れば多少辛辣な慣れど、ハルマに適切なアドバイスをしていることだろう。
だが都合の悪いことにこういう時に限ってジバ公はホムラと一緒におり、ハルマにアドバイスをしてくれることはない。
「そうだ! 焚火をして煙で知らせるとかどうだろうか! ……いや、無理か。そもそも俺、火が熾せないや」
……こういう時、多少なりとも強ければある程度は無茶な方法に頼れるだろう。
だが、ハルマは自他ともに認める最弱。
洞窟の時のように近くに仲間がいる状況でもなければ、脆弱なハルマに無茶な方法は死を意味する。
「……ちくしょう」
改めて己が弱さを痛感し、悔しさがひしひしと込み上げてくるが……。
今はそれを噛み締めている時間すらなかった。
「とりあえず考えろ……。何か、方法を……」
切り株に座りながら、必死で方法を模索していた。
その時。
「何者じゃ」
背後から声が聞こえてきた。
「!?」
驚いて振り返ると、そこに居たのは……モンスターの群れ。
つまり……。
「マジか、交渉相手と出くわしちゃったよ……」
まさかの単独交渉である。
「質問に答えよ、貴様は何者だ」
ハルマに問いを投げかけるのはモンスターの群れの先頭に立つ者。
小さな体と明らかに合っていない巨大な杖を持ったモンスターだ。
モンスター自身の身長はハルマの腰くらいまでしかないのに、杖はハルマが見上げるくらいの大きさがある。
こんな杖を持って重くはないのだろうか……。
だが、それを表情から伺おうにも、モンスター達は一つ目の描かれた布で顔を隠しているので、理解するのは不可能だった。
「あ、えっと……。俺は六音時高校生徒会長代理、天宮晴馬です」
「ろくおんじ……?」
「ああ、気にしないでください。伝わらないのは分かってますから」
「……不思議な奴め。訳の分からないことを言っていながら、嘘をついた目ではない」
「あはは……」
まあ実際嘘ではないのだ。
さて、ハルマは少しでも場の雰囲気を和らげようとしたのだが、1ミリもそんなことは出来なかった。
お決まりのツッコミが飛んでくることもなく、変わらずピリピリした空気がその場を支配している。
「では次の質問だ。貴様はここに何をしに来た?」
「えっと……その、ちょっとお話に……」
「……なるほど、相分かった。立ち去れ」
「え!? ちょっとまだ何も話してな――
「立ち去れ」
圧倒的拒絶。
そこには他の何もない。
ただただ、強い『拒絶』だけがあった。
「ど、どうして!? 15年前までは上手くやっていたんですよね!?」
「……」
「スリームの人達が何か酷いことをしたんですか!? それとも何か他に理由があるんですか!?」
「……」
「そこに何があったのかは俺には分からない……。でも! どうかお願いです! 身勝手とは分かっていますが、お願いします!!!」
「……」
「木が必要なんです! 木がないと船が作れない、船がないとスリームの人達が生活出来ない、船がないと……俺の仲間がお兄さんに会えないんです……」
「……だから?」
「……え?」
「それが儂らになんの関係がある! そもそもこの森の平穏を乱したのは他ならぬ貴様たちだろうが!!!」
「!?」
激昂する長老モンスター。
顔は布に隠れていても、今その表情は怒りに満ち憤怒しているのだろうと、ハルマにもすぐに分かった。
「知っていながらそのような口を利いているのならふざけるのも大概にしろ! 何も知らないならまずはそれを知ってくるんだな!!!」
「ちょ! 待って……!」
「問答無用!
詠唱と共に凄まじい風が吹き荒れる。
大樹をも大きく揺らすような突風、もちろんハルマがその風を前にして立っていられるはずもなく……。
「!!!」
風に流され遥か上空まで吹き飛ばされる!
図らずも森からの脱出は叶いそうだったが、このままでは間違いなく落下ししてしまう!
「う、嘘だろ!?」
そのまま、地面は勢いよくハルマに迫ってくる。
そして、地面がハルマに接触する、その瞬間――
「危なかったね」
鈴のように綺麗な声が辺り一面に流れた。
「……え? あ、あれ?」
「うん、怪我はなさそうだね。無事でよかったよ」
「あ、ありがとうございます……」
何が起きたのか、数十秒の混乱の末ハルマは理解した。
自分は助けれられたのだ、と。
事実、一人の女性がハルマの見上げる先に居た。
「……ん?」
ハルマの視線は上を向いている。
なのに女性の顔が見える、というか女性はハルマを見下ろしている。
……つまり?
「俺、お姫様だっこされてる!?」
「うーんと、『オヒメサマダッコ』が何かは知らないけれど。本来男性が女性にするようなことを、今君は女性である私にされているね」
「……恥っず!!! ジバ公居なくてよかったー!!!」
居たら絶対に嗤われている。
アイツのことだ、末代までずっとネタにし続けるに違いない。
「どうやら心の方も元気そうだね。……立てるかい?」
「あ、はい、大丈夫です。えっと、危ないところをありがとうございました」
「どういたしまして」
さて、自分の足で立ち、改めて女性を見てみると……なんとも不思議な人だった。
まず一番に目に付くのは髪。
白よりも白い、透き通るような白髪。
そんな髪が腰はおろか地面に届くくらいまで長く伸ばされている。
なお、身長も決して低くなく、少なくとも180cmくらいはあるだろう。
不思議なのは、髪は確かに地面に届いているのに、一切汚れていないことだった。
そして次が服装。
その上品な雰囲気からどこかの貴族か、と思いきや服装はいやに質素。
ゼロリアやスリームの一般人どころか、ワンドライの住民が来ていてもおかしくないような、ただの服に身を包んでいる。
そんな要素が合わさって、ハルマは一瞬この森の精霊か何かかと思った。
「それじゃあ、君はここで待っていてね。私は彼らに用があるんだ」
「いや、そうもいかないんです! 俺も用があって!」
「大丈夫、多分私の用で君の用も解決するから」
「?」
綺麗な声から紡がれる言葉は、どうもフワフワしていて掴みどころがない。
頼りない、という訳ではないのだが。
「やあ、ジャックス長老。久しぶり、20年ぶりくらいかな?」
「……そうですな、キング殿」
「!?」
特に何ともなく普通にモンスターに話しかけた女性。
するとモンスターはさっきまでの激昂はどこへやら、なんとも冷静に返事をするではないか。
――しかも、今『キング』って……。
キングの森でキングという名を聞けば、関連性を疑うなという方がおかしい。
20年前からこの森の長老モンスターと関りがあるようなのもあって、彼女がこの森と深い関係のある存在なのは確かだった。
「それで? 何用ですか、キング殿」
「うん、ちょっとお話にね。そんなに難しいことじゃないないんだけど」
「どうしてそんなに怒っているのか、教えてくれないかな? ジャックス長老」
【後書き雑談トピックス】
ハルマの髪は茶色(地毛)
ホムラの髪は黒色
ジバ公は……ない。
次回 第19話「憤怒」
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