第17話 繋がりの街 スリーム

「……あぁ」


「ほらほら頑張って。あと少しだから」


「あ……うぁ……」


「移動だけでこれって……ホントに大丈夫かよ……」


「う……うるせぇ……」


 ガダルカナル大魔書館から出発し、約2時間。

 ツートリスを出発した時は東にあった太陽も、今はちょうど真上にまで登ってきていた。

 朝から長いこと続いていた森ももうやく終わり……視線が開けてくる。


「……!」


 森を抜けたハルマが一番に感じたのは匂いだ。

 風に乗って流れてきた塩の匂い、それと共に営みの音も聞こえてくる。


「うおお……! あれがスリームか!」


 視線の先にあったのは港町。

 ゼロリアとは違う開放的な雰囲気が漂う街を、ハルマ達は高台の上から見下ろしていた。


「そう、あれが港町……またの名を『繋がりの街 スリーム』。ここマキラ大陸と西のレンネル大陸を繋ぐ街さ」


「へー……」


「それじゃ、早速行ってみましょうか。ハルマもあと少し、頑張ってね」


「……へい」


 さて、そろそろ足が悲鳴をあげ始めたが、もう少しだけそれは抑え込んで。

 視線の先に広がる街へと向かって行った。




 ―スリーム―

 さて、そんな訳でハルマ達はスリームに到着。

 そこはゼロリアともツートリスとも違う『活気』のある街だった。


「……そういえばさ、ここは隣の大陸と繋がってる街なんだろう?」


「うん、そうよ」


「てことはマキラ大陸……だっけ? は、もう終わりなの? マキラ大陸って『ゼロリア』と『ワンドライ』と『ツートリス』と『スリーム』しかないの?」


「……お前、本当に何にも知らないんだな。そんな訳ないじゃん」


 ハルマのセリフに、彼の頭の上に鎮座するジバ公はため息をつく。

 そして、さも『呆れています感』を漂わせながら、説明し始めた。


「マキラ大陸には大陸の真ん中に『テンガレットウォール』っていう山脈があるんだよ。だからこの大陸は西と東で分断されているってわけ。だからウォールの東側に行けばちゃんとまだまだ国はあるんだよ」


「へえ……」


「だけど、ウォールは『超高い』『超長い』『超寒い』の三拍子でね。歴戦の大英雄でもない限り登ったらまず確実に死ぬ。だからホムラちゃんはここに来たんだよ」


「なるほど」


 それならば納得はいく。

 いくらなんでもホムラのお兄さんも、そんな『死の山』みたいな所を登って東側には行かないだろう。

 なら、順当に考えてこの街で船に乗っているはずだ。


「ちなみに、東側にはどんな国があるんだ?」


「お前本気で言ってる? 本当に知らないの?」


「……」


 ジバ公の顔がちょっと凄いことになっていた。

 どうやら大分素っ頓狂な質問をハルマはしてしまったようである。


「マキラ東の有名な国なんて『バビロニア』しかないに決まってるだろ? なんせ五大王国の一つなんだから」


「……」


 当然のように放たれるワード。

 されどそれをハルマが知っているはずない……。


「『森王国 バビロニア』って知らない? かなーり有名な国だけど」


「ご存じない」


「マジか……」


 ――マズいな……。


 どうもハルマは元の世界で『アメリカって何ですか?』みたいな質問をしてしまったようだ。

 これはちょっと面倒な雰囲気になってしまった。

 と、思ったその時。

 厳つくも陽気な声が響いてきた。


「ん? 何だ、お前ら旅人か?」


「え? あ、はい。そうd――。……、……」


「? おい、どうした?」


「……、……」


 ハルマ絶句、からのフリーズ。

 しばし目の前の奇妙な光景の処理に脳をフル回転させていた。


 ハルマが息を呑んだのは目の前の男の容姿についてだ。

 もうハルマは異世界慣れして来たのである程度のことには驚かないつもりでいたが……、やはり急に来るとびっくりはしてしまう。


 目の前にいる男は、異世界物ではよくある『獣人』と呼ばれるものだった。


「おーい、どしたー?」


「あ、だ、大丈夫です。ちょっとびっくりししただけなんで……」


「あ、ああ悪いな。オレもオレの顔が怖えのは自覚してるんだが……、まあこればっかりは治そうにも治せねえしよ。悪いがちょっとずつ慣れてくれや」


「いや、怖いっていうか……」


「?」


 獣人、異世界ファンタジーにはよく登場する種族の一つ。

 簡単に言ってしまえば見た目が動物になった人間だ。

 実際、今目の前にいる彼もそんな感じ。

 犬……というよりは狼に近い外見の人物だった。


 ボサボサというかチクチクした感じの黒い毛。

 ギラギラと輝く牙と目。

 2メートル以上はあるであろう身長。

 そして極めつけは鼻の上を一直線に滑る傷。


 失礼だが『怖い』なんてレベルではない。

 普通に子供が見たら『恐ろしい』と思うレベルだろう。

 ……カッコいいと思うかもしれないが。


「……あー、えっと。失礼しました。はい、俺達は旅をしている者です」


「やっぱりか。よくスリームに来たな、まあゆっくりしていけや。オレはこの街の大親分にして船長たるレオ・カルドっつーもんだ」


「ご丁寧にありがとうございます。私はホムラ・フォルリアス。で、そっちの頭に乗ってる子がスライムのジバ。で、彼が……」


「俺は六音時高校生徒会長代理、天宮晴馬!」


「ろくおん……は?」


「あ、気にしないでくだせえ。伝わらないのは分かってますから」


「じゃあ、何で言ったの!?」


「……ともかく、ようこそスリームへってことだ。……まあ、あんまり素直に歓迎できる状況じゃあねぇんだけどな」


 難しそうな顔をするレオ船長。

 何か良くないことであるのだろうか?


「どうかしたんですか?」


「……聞くか?」


 さっきまでの豪快な雰囲気はどこへやら。

 どうやら相当死活問題の様子。

 これはまた何やら面倒なことになりそうである……。


「とりあえず、こんな所で立ち話もなんだ。場所を変えようや」




 ―酒場―

 と、いう訳でレオ船長に付いて行った話場所は酒場。

 ここだけはゼロリアと大して雰囲気は変わらない。

 強いて違いを言うならゼロリアには一人も居なかった獣人が結構いることくらいだろうか。

 ……つまりゼロリアの時と同じようにホムラは怯えている……かと思ったのだが。


「……ホムラ、ここの酒場は大丈夫なの?」


「うん」


 ――……何が違うんだろうか。


 何故だか全然怯える様子はなかった。

 普通に考えたら物々しい雰囲気を漂わす獣人がたくさん居るこの酒場の方が、ゼロリアの酒場よりも怖い気がするのだが。

 実際ジバ公はハルマの服のフードに隠れている。


「さて、それじゃあ続きを話すぜ。実は今このスリームは大ピンチに陥っているんだ」


「大ピンチ?」


「ああ。実はな、此間この港町の要……レンネル大陸との連絡船がぶっ壊れちまったのさ」


「なッ!?」


 それは……ピンチもピンチ、大ピンチだろう。

 繋がりの街が繋がれないのであれば死活問題になるに決まっている。


「5日前の出港が最後だった。無事レンネル大陸には着いたそうなんだが、帰りに船がぶっ壊れたようでよ。まあ幸い死人・怪我人は出なかったがな」


「ぶっ壊れたって……何があったんです?」


「さあな、オレは用があってその時には乗れてねえんだよ。まあ船員たちの話を纏めると多分積み荷の魔法石が暴発した、とかだとは思うけどよ」


「……」


 これは、ハルマ達にもかなり困ったことになった。

 恐らくホムラのお兄さんはその5日前の船でレンネル大陸に着いているだろう。

 船が壊れたのは帰りなので彼は無事である可能性は高い。

 ……だが、彼が無事でも船がないとハルマ達は彼には追いつけないのだった。


「船をもう一度作れば良いのでは? ここには船づくりの達人の方がたくさんいらっしゃるんですよね?」


「あ、そっか」


 ホムラの当然の質問。

 そりゃそうだ、壊れたならまた作ればいい。

 当たり前の発想だ。


「……それが出来れば、俺達も苦労しねえんだけどなぁ」


「?」


 だが、当たり前故に。

 それが出来ないからこそ、レオ船長達は悩んでいるのだった。




「木が切れない?」


「ああ、そうなんだ。15年前までは俺達スリームの人間は近くの『キングの森』っていう森からを木を切って船を作っていたのさ」


「ほうほう」


「だがな、ある日突然その時までずっと友好な関係を築いてきていたモンスター達が俺達を追い出すようになってな。それ以来森から木を取って来れねえのさ」


「……何で突然?」


「さあな。だがまあ、あそこは元々奴らの領域だ。そこから俺達は木を拝借させてもらっていたんだから、文句は言えねぇ。それでこの15年は貯蓄なり、輸入なりでどうにかしてきたんだが……」


「今回はそうもいかないと」


「ああ、連絡船なんてデケぇ船作るには木が圧倒的に足りねぇ。だが、輸入に頼ってたら完成はいつになるか分からねぇ。……だから此間改めてお願いに行ったんだが、モンスター達は門前払い。八方塞がりってやつさ」


「……うーむ」


 これは困ったことになった。

 船がないと先に進めないのに、船が作れない。

 そりゃ森に居るモンスターを倒せば木は切れるかもしれないが、それはいくら何でも傲慢すぎるだろう。


「交渉が出来ればいいんだが……誰も受け入れてくれないんですよね」


「ああ、『もう人間は信用出来ない』ってな」


「ホント、何で急にそんなふうに……。……ん?」


「どした?」


「レオ船長、今人間『は』って言いました?」


「ああ、そう言ったが」


「! おい、聞いたかよジバ公!」


「――!」


 ピクっとフードの中のジバ公が震える。

 が、ハルマの声に返事をしようとはしない。


「人間はダメかもしれない。でも、スライムのお前なら話聞いてくれるんじゃないか?」


「……」


「……おい、何で返事しないんだよ」


「……」


 結構有効な策だと思ったのだが……肝心のジバ公がビビって出てこようとしない。

 まあ、スライムと言えば子供でも追い払えるような脆弱なモンスターだ。

 臆病でもしょうがない気もするが……ここは頑張ってもらわないといけないのだ。


「頼むよ、お前しか頼れないんだ。ほら、ホムラの為にも、怖いのは分かるけどさ」


「……お前、ホムラちゃんをダシに使うのは卑怯だぞ……」


「いや、事実だし」


「……ぐ、ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……」


 ――クソ、しぶといな……。


 なかなか、フードからジバ公はフードから出てこようとしない。

 唸り声を上げて悩んではいるが……まだ一押し足りないようだ。


「……じゃあ、しょうがない。お前が来ないなら俺とホムラの二人で行くしかないかな」


「え!?」


「だってそうだろ? どっちにしろここにずっと居てもしょうがないんだし、お前が来なくても行動はするぜ?」


「……あー! もう分かったよ! ちくしょー!」


「やっと出てきたか……」


 流石に自分だけ置いて行かれるのは嫌だったようだ。

 ジバ公は半ばヤケッパチになりながらフードから飛び出してきた。


「ごめんね、ジバちゃん。でも本当に貴方が頼りなの、お願いできる?」


「分かったよ! やるよ、やりますよ! ただし失敗しても僕の責任じゃないからな!?」


「分かってるって」


「まったく……。こんなのホムラちゃんが居なかったら絶対にやらないのに……」

 

 ぶつくさ文句は言っているが、これならジバ公も来てくれるだろう。

 同じモンスターの説得なのだ。

 森のモンスター達もこれなら聞き入れてくれるかもしれない!


「結局あれか? まさかお前らが森のモンスター達と交渉してくれるってのか?」


「ああ、任せといてくださいよレオ船長。ビシッとジバ公が良い感じに交渉してきますぜ!」


「ハードル上げるなー!!!」


 ……さて、そんな訳で目指すはキングの森。

 モンスター達との交渉作戦開始である!



 

【後書き雑談トピックス】

 完全に動物っぽい見た目なのが『獣人』

 元の世界と同じ普通の奴が『人間』

 獣人と人間のハーフの、耳と尻尾だけあるのが『半獣』

 

 ただし当の人間達以外は全部まとめて『人間』と扱うことが多い。

 曰く一々区別しているには人間だけなそうな。



 次回 第18話「キング」

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