第37話 強欲の街 シックスダラー
「やはりどこを探しても居ませんよ!!!」
ジバ公によってホムラの失踪が発覚してから1時間。
国中を挙げての大捜索となったのだが、どこを探してもホムラは全く見つからなかった。
元居た部屋にも何も残されてはおらず、目撃したという者もいない。
情報が微塵も見つからない完全な行方不明となってしまったのだった。
「なんで……1人でどっか行っちゃうんだよ……、ホムラ……」
「……」
取り残されたハルマとジバ公の喪失感は大きかった。
しかし、今はそれを噛み締めている暇はない。
国を探しても居ないのなら、ホムラはもうマルサンクには居ないのだろう。
おそらく、兄を追って何処かへ行ってしまったものと思われる。
「バトレックスさん! 非常に急で申し訳ないですけど、俺とジバ公はこの先に向かってみようと思います!」
「この先……というとシックスダラーですか」
「シックスダラー?」
「ま、ハルマが知ってるはずないよな。……強欲の街シックスダラー、世界中から商人が集まる金と欲の街。それが順当に行って次に着く街だよ」
「そうか、ならそこに向かおう」
ホムラがシックスダラーに居る保証はない。
だが、だからといってここで帰ってくるのを待っているのは絶対に違うと分かっていた。
なにか行動を起こさないと、今の事態は解決できない。
「……分かりました、王には私から伝えておきましょう。それともしホムラさんがフォリスの方に後戻りしていた場合は私から連絡します」
「助かります!」
「あ、それとこれを」
「?」
「数日分の水と食料です。マルサンクからシックスダラーは歩くと3日程はかかる距離がありますので。本来ならもっと多大な支援を行いたいところなのですが……何分先日の襲撃がかなりの痛手でして……」
「ああ、そんな気にしないでください! これで十分ですから! それじゃ、本当にお世話になりました! 今後、改めてお礼に来ますので!」
「分かりました。どうか、お気を付けて」
「はい!」
それから、ハルマはジバ公を頭に乗せて駆け出すようにマルサンクを飛び出していく。
目指すは東にあるシックスダラー。
今までとは違い『希望』ではなく『焦り』を背負いながら、ハルマ達は再び旅を再開した。
―道中―
「はぁ……、ぐっ……! ……」
「ハルマ、大丈夫か?」
「平気平気、これくらい問題ないって……」
マルサンクを出た時はまだ東にあった太陽も、今ではすっかり真上にまで登っていた。
そんななかハルマとジバ公は木陰で一休み。
バトレックスから貰った食べ物を食べながら、体力を回復させていた。
しかし……。
「ハルマ、あんまり無茶しない方が良いよ。致命傷……って程ではないけど、そんなに浅い怪我ではないんだから……」
「そうかもな。でも、急がない訳にもいかないだろう?」
「それは……そうだけどさ」
……ホムラが居なくなり、改めてハルマは己が非力さを実感する。
道中に現れるモンスターが倒せないのだ。
今まではホムラがそれを難なく退治してくれていたので、道中のモンスターなど居ないも同然だった。
しかし、ホムラが居ない今はそうもいかない。
しかもこの辺りに現れるのはゼロリア当たりの『スライム』みたいな弱いモンスターではなく、ツートリスで警告されたような強力なモンスターばかり。
なんとかハルマとジバ公はまともに戦わずに逃げていたのだが、それでも無傷とはいかなった。
「……そんなに心配するなって。こないだ蹴り飛ばされた時の方がよっぽど痛かったからさ」
「そういう問題じゃないだろう!?」
ハルマにもジバ公にも傷を癒す手段はない。
さらには回復のアイテムも二人は持っていなかった。
故にハルマの傷が癒せないのだ。
……ハルマは現状かなりいろいろな所を怪我していた。
青あざや擦り傷なんて数えるのも億劫なくらいたくさんあるし、出血している個所もたくさんだ。
特に腹にくらった一撃はそれなりに強力で、死ぬことはさなそうだが今もキリキリと痛んでしょうがない。
今もうっすらと血が服に滲んできていた。
「うっ……!」
「ほら! あんまり動いちゃダメだよ!!!」
平和な日本で生まれ育ち、転生してからもずっとホムラに守られていたハルマにこの傷は痛すぎる。
ジバ公に対してこそ「大丈夫だ」と言ってはいるが、実際はそんなことはないのだ。
痛い、泣きたい、辛い、投げ出したい、諦めたい。
そんな憂鬱な言葉はたくさん脳裏に浮かんでくる。
しかし、それに甘える訳にはいかなかった。
「……大丈夫だって、ほら行くぞジバ公。まだ3日の旅の序盤の序盤なんだ。初日の半分で諦めてるようじゃ一生辿り着けやしない」
「ハルマ……」
「そんなに心配するなって。俺は確かに『最弱』かもしれないけど……我慢ならそれなりに自信はあるんだ」
「……分かった、出来るだけ僕もサポートするから。なるべく安全に急ごう」
「そうだな」
ホムラを1人してはいけない。
例え彼女がそれを望んでも、今はそれを叶えてはいけない。
2人はそれをよく分かっていた。
だから、だからこそ傷ついてもハルマは先を目指すのだった。
―5日後—
さて、ハルマとジバ公がマルサンクを出発して5日。
2人はようやくシックスダラーに辿り着いていた。
「ようやく……着いたか……」
初日以降はそこまで大きな怪我はしかなったハルマ。
しかし、なかなか腹の傷は収まらず、結果として3日が5日になってしまったのである。
まあ普段のハルマなら6日かかっていたので、これでもかなり頑張っているのだが。
「さて……とりあえず聞き込みだな。黒髪、黒目にロングヘアーの女の子……っていえば通じる奴には通じるだろ……」
「そうだろうけど、まずは捜索よりも休憩しないと! お前結構顔色ヤバいよ!?」
怪我はしなかった。
しかし、それが『状況が悪化しなかった』ということにはならない。
そもそも腹の傷がなかなか治らないのもハルマがずっと移動を続けているのが原因だ。
今まで味わったこともない痛みを抱えながら5日間の徒歩の旅をすれば、それは体調も悪くなるというものだ。
だが、それでもハルマには少し意外だったことがある。
それはジバ公の態度だ。
「……なんだよ、お前やたらと俺の心配するじゃんか。お前はもっとホムラを早く見つけたいっていうと思ったのに……」
「馬鹿野郎! 例えホムラちゃんが無事でも、お前が無事じゃなかった意味ないだろ!? なんでお前はそんなことも分からないんだよ!!!」
「……」
「僕は、ホムラちゃんにもう悲しい顔をさせたくないんだ!!! それはお前も同じだろ!? だからまずは自分の心配をしろ! お前のことは、お前だけのことじゃないんだから!!!」
「悪い……」
初めてだった。
今までも何度かジバ公はハルマに怒ったことはある。
でも、ここまで本気で怒鳴られたのは今回が初めてだ。
というか、ハルマにとってはここまで本気怒られたことさえ初めてだった。
「……何も考えてなかった。じゃあ、とりあえず休める所を探そう」
「そうだ。そうしてちゃんと元気になったらホムラちゃんを探すんだよ」
「おう」
ジバ公がここまで自分のことも心配してくれることに感謝しながら。
ハルマは街の奥に入っていく……すると。
「おい、兄ちゃん」
「え?」
「なあ、ちょっと俺らと遊んでいかない?」
「……いや、それは」
馴れ馴れしく肩に手を置かれた。
振り返るとそこには3人のガタイの良い、悪人ズラの男が3人。
どう見ても友好的な感じではない。
――くそ、相変わらず弱いから警戒されずにぐいぐいくるな……。
ハルマの持つ『無警戒』のスキルはこういう場合は非常に厄介だ。
何の警戒もされず、良くない方向で安心感を抱かれてしまう。
つまりどんなに目利きのない奴にも『絶好のカモ』として見えてしまうのだ。
しかも、事実ハルマは絶好のカモなのだから本当にマズい。
「ちょっと……急いでるんで……」
「おいおい、冷たいこというなよ。寂しくなっちゃうだろう?」
「そうだぜ、ほら俺達と一緒に行こうぜ」
「……」
逃がしてくれそうな雰囲気はない。
何せ今のハルマは普段以上に脆弱だ。
『最弱』+手負いと狙い時にも程が有り過ぎる。
こんな状態を見逃す方が難しいくらいだ。
「――ッ!」
「あ、おい!」
だが、だからってそのまま付いて行く訳にもいかない。
今はチンピラに構っている暇はないのだ。
常に一刻を争う緊急事態。
どうにかチンピラから逃げて、安全な場所に――
「ハルマ! 前!!!」
「なッ!?」
ジバ公の忠告は間に合わなかった。
必死にチンピラから逃げていたせいで、前が疎かになっていたハルマは代わりにもっと大変なものにぶつかってしまう。
「あ?」
「――!!!」
チンピラなんて生易しいものではない。
まさにヤクザとしか言いようがない、さらに凶悪な大男にハルマはぶつかってしまった。
―路地裏―
「ぐぉあ!? ぐっ……がぁ……」
「まだだ、もっと痛めつけろ」
それからハルマはヤクザに捕まって路地裏へ。
数人の大男に囲まれ容赦なくボコボコにされていた。
ハルマが子供より弱く、怪我をしていても一切手加減はない。
「が――! あぁぁぁ……ぐ……が……」
「! ハル――」
「やめろ……。お前は……隠れてればいい……」
飛び出そうとするジバ公を抑え込むハルマ。
今ここでジバ公が出て行っても何かが出来るはずがない。
それを分かっているハルマは、せめて怪我人の数くらいは減らそうと必死にジバ公を服に隠しているのだ。
おかげでヤクザ達はジバ公の存在には気づいていない。
「でも……! でも……!!!」
「大丈夫、死にはしな――
ゴギャ
瞬間、吐き気するような気持ち悪い音が路地裏に響いた。
それは、何かが無惨に砕け散ったような音。
それは――ハルマの左腕が踏み砕かれた音。
「――あ?」
まるでガラスのように、ハルマの腕は簡単に砕け――
「がああぁあああぁあああぁっぁぁぁっぁぁぁあああっぁぁ!?!?!?!」
痛みを感じたハルマの痛々しい悲鳴が響き渡る。
「あああああああああ!!!! あがぁああぁああぁぁああああぁ!!!! ああ!! あああああ!!!!」
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
この間吹き飛ばされたときに比べれば――痛くはない。
しかしあの時は圧倒的すぎる痛みにすぐ意識がなくなった。
だが、今回は違う。
「あぁぁぁああっぁぁぁあっぁぁああぁあああ!!!! ああああっぁぁぁああっぁあああああぁああ!!!!!」
なまじ痛くないのが余計に辛い。
泣き叫ぶくらい痛いのに、意識は堕ちてくれない。
この痛みを噛み締めないといけない。
「ハルマ!!! ……てめえら! いい加減にしろ!!!!」
「!? なんだコイツ!?」
「これ以上ハルマを傷つけるな!!!」
ジバ公も我慢の限界だった。
これ以上ハルマが傷つくのを見過ごすことなど出来はしない。
例え何も出来なくても、黙っているのは無理だった。
「ば、馬鹿野郎……! なんで、出てきてんだ……!」
「うるさい! 怪我人は黙ってろ!!!」
「おい、見ろよ! 喋るスライムだぞ!」
「これは良い値で売れそうだ!」
凶悪な笑みを浮かべながら迫るヤクザ達。
まさに絶体絶命……助かる道筋が思いつかない。
「く、来るなら来い!!!」
ここで、終わりなのか。
そんな言葉が浮かんできた――その時だった。
「――そこまでだ」
暗い路地裏に若々しい声が響く。
それは優しさと安堵が籠っていながら、どこか緊張感も感じる声だった。
「手負いの少年とスライムに対して3人がかりとは、いくらなんでも見過ごせた状況ではない」
「……な、なんだてめえは」
「それ以上彼らに暴行をするというのなら、ここから先は僕が相手になろう」
「なにを……偉そ――ッ! お、おいアイツ……まさか……!」
そこに現れた男はまさに『太陽』だった。
燃えるように赤く、清潔纏められた長い髪。
夕日のように綺麗に輝く橙色の瞳。
白と金を基調とした潔白の服装。
そしてその雰囲気はハルマとは違う意味の『安心感』がある。
優しく照らし、温めるかのような……そんな雰囲気だ。
「お、お前は……!」
「名乗りを必要とするなら名乗ろう。君達の想像通りだと思うけどね」
「――!!!」
青ざめるヤクザ達。
そして、その顔は次の言葉でさらに青くなることになる。
「僕の名前はソメイ。聖王国キャメロット聖騎士団長、白昼の騎士 ソメイ・ユリハルリス!」
【後書き雑談トピックス】
ホムラとソメイの苗字にはちゃんと元ネタがあります。
それが何かは内緒ですが。
次回 第38話「白昼の騎士」
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