第38話 白昼の騎士

「僕の名前はソメイ。聖王国キャメロット聖騎士団長、白昼の騎士 ソメイ・ユリハルリス!」


「――ッ!」


 その名を聞いた瞬間、あれ程生き生きとしていたヤクザ達は揃って青ざめることになった。

 その顔には純粋な恐怖……いや、正確に言えば畏れが現れている。


「さて……それでは、どうする? 僕は今からでも戦えるよ」


「じょ、冗談じゃねえ!  白昼の騎士なんて相手にしたら割りに合わなすぎる!! テメエら、ズラかるぞ!!!」


「は、はい!!!」


 青ざめた顔をのままスタコラと逃げていくヤクザ達。

 ……どうやら、ハルマ達はこのソメイという人物のおかげで助かったようだ。


 穏便に済んだことに安心しながらほっと息を吐くソメイ。

 すると、今後はその柔らかい雰囲気を纏ったままジバ公たちに話し掛ける。


「さて……君達、大丈夫かい?」


「え、あ、うん……おかげで助かった……。って! 違う違う! 僕は大丈夫だけどハルマが全然大丈夫じゃない!!!」


「ハルマ……とは、そこに横たわっている少年のことだね。少し、怪我の具合を見ても良いかな?」


「もちろんだ! 頼む……、突然現れたアンタにこんなことをお願いするのは図々しいとは分かってるけど! 僕にはどうしようもないんだ……」


「気にすることはないよ」


 嫌な顔一つせずジバ公の頼みを聞き入れるソメイ。

 しかも相手は喋るスライムという非常に特異な存在でありながら、ソメイは一切おかしな目で見たりすることはなかった。

 そんなソメイの様子に懐かしさと驚きを感じながら、ジバ公はハルマの元に駆け寄っていく。


「ハルマ! しっかりしろ!!!」


「……」


 倒れるハルマは返事をしない。

 腕は不気味に曲がり、至る所が傷だらけだ。

 その様子は酷い言い方をすれば、最悪死体だとすら思われてしまうかもしれないほどだった。


「これは酷い! スライム君、少し走るけど付いて来れるかい!?」


「え!? どこ行くの!?」


「この子を治療出来る所さ。癒術師がいる訳ではないから完治とまではいかないだろうけど、何もしないよりかは遥かに良いだろうからね」


「分かった! 頑張って付いて行くから、全速力でそこに向かってくれ!」


「了解!」


 その言葉を聞いた瞬間、ソメイは軽くハルマを抱え走り出す。

 そのスピードはかなりのもので、人ごみに入ってもそのスピードが落ちることはなかった。

 まさに自由自在、縦横無尽に街を駆けて行きながら目的地を目指していく。


「うぬおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 そして、それをジバ公は全力の本気で追いかけていくのだった。




 ―夢―

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 思いつくのはいつもこの言葉だ。


 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 こんな言葉だけでは何の足しにもならないというのに。


 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 この言葉しか思いつかなかった。


 ごめんなさい。 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 辛い、辛い、辛い。

 生きているのが辛い。

 早く死んで、地獄に堕ちて、この罪を償いたい。


 弱くてごめんなさい。

 迷惑を掛けてごめんなさい。

 あまりにも弱くて、足を引っ張ってしまってごめんなさい。



 一番大切なものすら奪わせてしまって……ごめんなさい。




 ―現実、ボロくさいテント―

「――!!!」


 ぼんやりとした暗闇を漂っていた意識が覚醒した瞬間、ハルマはバネに弾かれたかのように跳び起きた。

 見回すとそこはテント……のようなものの中だった。


「……何があったんだ?」


 ハルマの意識はヤクザに腕を折られたところで終わっている。

 あの後しばらく激痛にのたうち回り、そのまま気絶していたのだ。

 故に何故今こんな状況になったのか全く見当がつかなかった。

 しかも……。


「治療……してもらってるし」


 折られた腕にはギプス。

 それ以外の至る所にある怪我にも、包帯やらなんやらで治療が施されていた。

 しかし、それは異世界に来てから何度も受けた『癒術』による治療ではなく、元居た世界でも普通にある在り来たりな治療だったのだが。

 故に、大分楽になったとはいえ今までのようにすぐさま完治! ……とはいかないようである。


「まあ、贅沢言えないよな。……んで、ここはどこなんだろうか」


 周りには誰も居ないので教えてもらうことも出来ない。

 ただ、ボロいテントのから見える外の風景は暗く、どうやら気絶している間に夜になってしまったようだ。

 ガヤガヤと人の声も聞こえて来るし、シックスダラーに充満していた酒の臭いも漂ってくるので、そう遠くではないと思われる。


「ジバ公の奴がどうにかしてくれたのかな? ……それなら癪だけど後で礼言わないと」


 まあそのジバ公も今は居ないのだが。

 ……さて、一通りいろいろ考え、この場に座ったまま出来ることは粗方行った。

 ならここから先は、とりあえずこの場から移動しないと始まらない。

 幸い、足は特に大怪我をした様子はないので、問題なく歩けるだろう。


「……うん、問題ないな。ちょっと腕に違和感あるけど」


 そのまま、ハルマはヒョロヒョロと頼りなく歩いていく。

 かなり楽になったとはいえ、まだ痛いことに変わりはない。

 痛み慣れしていないハルマにとって、今は移動だけでも結構な重労働だ。


「誰かー、居ないのかー」


 とりあえず現状を把握するべく誰かに話が聞きたいのだが。

 夜だからなのかテントの周りには誰も居ない。

 ……ていうか、怪我人を一人テントに放置するんじゃないよ。


「おいおい、マジで誰も居な――


「お、目が覚めたか?」


「うおわ!?」


 と、『誰も居ない』と確信しかけたところで暗闇から声が。

 まるで狙ったかのようなタイミングにハルマの心臓は止まりかける。


「びっくりしたなぁ!!! なんかもうちょっと前置きしてよ!!!」


「知らんがなそんなこと。おーい、騎士サマー! 小僧が起きたぞー!」


「騎士サマ?」


 暗闇から現れたのはボサボサの男だった。

 髪も、髭も、服も全部ボサボサなので『ボサボサの男』だ。

 言っちゃ悪いが清潔感とはまるで無縁な感じの男である。


「そうか! それは良かった!」


 駆け寄ってくるのはボサボサに呼ばれた『騎士サマ』という男。

 騎士サマはボサボサとは反対に、それはそれは清潔感漂う男だった。




 ―焚火の傍―

「では改めて、僕は聖王国キャメロット聖騎士団長、白昼の騎士 ソメイ・ユリハルリスという。以後よろしくね」


「あ、ありがとうございます。俺は六音時高校生徒会長代理、天宮晴馬という者です」


「六音時高校?」


「あ、コイツのこういうノリは無視して大丈夫ですよ」


 ソメイに連れられハルマは焚火の傍まで移動。

 そこにはジバ公も待っており、現在男4人のむさ苦しい空間が出来上がっている。


「えっと、あれですか? つまりはソメイさんが俺達を助けてくれて、ここで治療してくれた……って認識であってます?」


「ソメイさんじゃなくてソメイで良いよ、それと敬語も必要ない。で、認識の方はそれで間違いない」


「そうです……じゃなくて、そうなのか。じゃあ、改めて助けてくれてありがとう」


「なに、当然のことをしただけさ」


 ――なんだこのイケメンは。


 ソメイと会話していてハルマに浮かび上がった感想がこれだ。

 それは普通に外見のイケメンでもあったのだが、それ以上に中身が綺麗すぎる。

 まあ創作だとよく見る『メチャクチャ良い奴』なのだが、リアルでそういう人物と遭遇することは早々ない。

 人間なんかしら弱点があるはずなのに……と、ハルマは恩人に変なアレを向けてしまっていた。


 ソメイはハルマのそんなアレに気付いているのか、いないのか。

 少し間を置いた後、早速本題に入ってきた。


「……それで? ハルマとジバ公は2人で何をしていたんだい? ここはあまり治安が良いとは言えない、何か目的でもない限りは近寄るべき場所ではないよ」


「――! 実は、俺の仲間がここに居るかもしれないだ! いろいろあって今は別行動してるけど……」


「そうなのか、それは確かに心配だね。ちなみに、それはどんな子なんだい?」


「黒髪、黒目にロングヘアーの超カワイイ女の子だよ」


 すかさず説明を入れるジバ公。

 もうこの辺り流石だと思う。


「黒髪、黒目……。うーん、僕は見ていないな。それだけ特徴的なら見たら忘れるはずもないし……」


「……なあ、ちょっといいか?」


「ん?」


 ソメイが記憶を辿り始めた時、今まで黙っていたボサボサが口を開く。


「どうした?」


「アンタらが捜してる嬢ちゃんは、黒髪の黒目なんだよな」


「そうだけど?」


「……おい、それならそれはちょっとマズいことになったぞ」


「どういうことだ?」


 ボサボサが神妙な顔でそう言いだした。

 嫌な雰囲気が場に広がる、しかしボサボサはそれでも容赦なくその続きを言い放った。


「その嬢ちゃんなら、此間奴隷商に取っ捕まってたぞ。黒髪、黒目なんて珍しいからな。割とシックスダラーのなかでは話題になったんだ」


「ど、奴隷商!? なんで!? どうしてホムラが!?」



「当たり前だろう? なかなか見かけない『黒髪』『黒目』に加えて『半獣』の『女』だぞ。そんなのが一人でこの街歩いてたら捕まるに決まってるだろうが」



「……え? ちょっと待って、今なんて?」


「は?」


「今、半獣って言ったのか?」


「言ったが?」


 半獣……それが何なのかは知っている。

 マルサンクをのバトレックスのような、普通の人間ぽい見た目に耳と尻尾が生えている人のことだ。

 確か獣人と人間のハーフ……だったはず。


 別にそこは問題ないのだ。

 問題なのはそこではない。


「ホムラが……半獣?」


 問題はそこだった。

 もちろん今まで接してきたホムラに耳も尻尾もなかった。

 あったら見過ごすはずがない。

 だが、だからといって人間違い……と言えるほどハルマは楽観的ではなかった。

 しかもボサボサはそんなハルマにクリティカルな追い打ちをかける。


「なんだ、お前もしかして知らなかったのか? まあ、半獣は世の中で扱いが良くねえから耳や尻尾を隠すのはよくあることだけどよ」


「……」


 ホムラが半獣だった。

 それを知らなかったこと、知らされなかったことに多少はショックもある。

 だが、それ以上にハルマに冷や汗を流させるものがある。

 

 ホムラが奴隷商に捕まった。

 

 ……どうも、ハルマには常にトラブルが付きまとっているようだ。

 天宮晴馬2回目の、犯罪街での英雄譚が始まった。




【後書き雑談トピックス】

 世の中的には【人間>獣人>半獣】のような扱いを受けることが多い。

 もちろん何処でも、誰でもがそうという訳ではない。

 しかし、こういう不当な差別が染みついていることも事実だ。



 次回 第39話「宝物の使い方」

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