第39話 宝物の使い方

「一旦、状況を整理しよう」


 ハルマは周りを落ち着かせるかのようにそう言う。

 しかし、現状動揺しているのはハルマだけであり、あくまでこれは自分の為でしかなかった。


「つまり……ホムラは実は『半獣』で、それもあって一人でこの街に来たから『奴隷商』に捕まってしまった……ってことだよな」


「ああ、大方その通りだろうよ」


 あまり興味がないのだろうか。

 ボサボサは適当に焚火をいじりながら、なんとなくでハルマに返事をする。

 この場に居るのも成り行きで……といった感じだ。


「えっと、それじゃあ……奴隷商って具体的にどんな奴らなんだ? もちろん奴隷を扱ってる商人だってことくらいは分かるけど」


「……しょうがねえな。奴隷商、正確には『シグルス』っていう名前のギルドのこだ。シグルスの連中は12年くらい前に突然シックスダラーに現れ、この街を事実上支配しちまった。それからだ、シックスダラーが『強欲の街』なんて言われるようになったのはな」


「どういうこと?」


「シグルスの連中には容赦なんかねえってことだ。奴らはな、金を得るためならなんでもする。殺人、誘拐、脅迫……奴らがやらかした犯罪の数を上げればキリがない」


「なッ!? なんでそんなのが放置されてるんだよ!? そんなのどう考えても逮捕するべきだろ!?」


「ちょっとは考えろよ、ハルマ。それが出来ないからこうなってるんだろ?」


「え?」


 呆れた、と言いたげな口調でジバ公はハルマを落ち着かせる。

『出来ない』とは一体どういうことなのだろうか。


「シグルスのトップに立つ男、名前を『クノープ・シグルス』というんだが……。コイツが尋常じゃねえんだ」


「尋常じゃないって……どんな感じに?」


「簡単に言うとだな、常識外れのハチャメチャな技を持ってるせいで太刀打ちできないんだよ。……なあ、お前『権能』って知ってるか?」


「権能? ……聞いたことない」


「なら教えてやる。権能っていうのは、まあ簡単に言えば加護の上位互換みたいなもんだ。お前さんも加護は知ってるだろ?」


「知ってるよ、天恵苗字と一緒に付いてくる能力のことだろ?」


 聖地フォリスの院長、ブリカエル・セシル・フォリス院長もその一人だ。

 彼の持つ加護は『祝福』であり、そのアイテムが持つ力を増大させる……というものだった。


「その通りだ。で、権能はそれよりさらに強力なんだ。加護のレベルを超えた、まさに領域外の御業。それが権能だ、分かったか?」


「うん、大体は。……で、話を戻すと、つまりクノープは権能を持っているってことなのか?」


「そういうことだ。まあ、本場とは程遠いほんの少し分けてもらった程度の分だけだがな」


「本場?」


「なんだ、知らねえのか? 権能と言えば『7つの大罪』だろうが」


「7つの大罪!?」


 7つの大罪、この異世界にて度々聞く7人の咎人のこと。

 何やら過去に凄まじいまでの被害を世界に齎した……らしい。

 実際にはハルマが転生する10年も前に捕縛(という名の封印)されているので、ハルマはその事実を見たことはないのだが。

 で、そんな咎人の話がまたここで上がってくるとはハルマは夢にも思ってもいなかった。


「えーと? つまり?」


「整理するぜ。まず、お前さんの仲間が捕まったのは『シグルス』というギルド。『シグルス』は12年前にシックスダラーを支配したクズ共の集まり。『シグルス』をぶっ壊そうにもトップの『クノープ・シグルス』が権能を持っているせいで太刀打ちできない」


「うん」


「ただしクノープが持つ権能は、本場7つの大罪のものとは程遠い。大方、大罪にほんの少し力を分けてもらったとかだろうな」


「なるほどなるほど」


「まあそんなところだな。……さて、長々と話しちまったが、お前さんはどうするんだ?」


「え?」


 ニヤリと笑いながらボサボサは試すようにハルマを見る。

 ジバ公やソメイは、ただその様子を黙って見守っていた。


「どうするって、どういうことだよ」


「簡単なことだ、お前さんはこの話を聞いてどうするかって聞きたいのさ。俺は散々シグルスの連中を恐ろしく語ったが、あれでもれっきとした商人だ。お前さんの仲間を取り戻すだけなら莫大な金さえあればそれで終わる。お前さんが仲間を買い戻せばいいだけだからな」


「……? それは当たり前ことだろ?」


「そう当たり前だ。だが、はっきり言うとお前さん達3人だけじゃ、この当たり前のことも難しくなってくる。分かるだろ? ここは何でもありの強欲の街、ストレートに大金入手して、そのまま買い戻しが出来ると思うか?」


「……思わない」


「だろ? ならそれをすんなり行くようにしたいよな。……そこでだ」


「?」


「俺と手を組まねえか?」


「は?」


 ニヤリと凶悪な笑みを浮かべるボサボサ。

 さっきまでの興味なさげな態度はどこへやら、ハルマはこの突然の提案に驚き変な返事をしてしまった。


「何、簡単なことだ。俺はお前さんが仲間を取り戻すのを円滑に行えるように協力してやる、だからお前さんも俺に協力しろ。俺の目的を果たすためにな」


「……お前の目的は何だ?」


「んなもん一つしかねえだろうが、シグルスの壊滅だよ」


「――!?」


「なあ、俺と一緒にあのギルドをぶっ壊さねえか?」




 つまりはこういうことらしい。

 ボサボサは元々シグルスの連中が気に食わなかったが、一人では太刀打ちが出来なかった。

 そこで共に戦う協力者を探しており、ハルマもめでたく(?)協力者に選ばれた、ということである。


「じゃああれか? ソメイもその協力者……なのか?」


「そういうことになるね。ただ、これは『キャメロットの騎士』としてではなく『ソメイ・ユリハルリス』としての個人的な協力だ。だからあまり支援などには期待しないでほしい」


「……そもそも、そこら辺の支援を要請出来るならとっくの昔にしてるって話なんだよな。シグルスの野郎共は対外的には立派なギルドってことになってるから、国も下手に手が出せねえんだよ」


「うーん、面倒くさいな」


「だろ?」


 まあ、ホムラ奪還のためにも協力するのは全然問題ないハルマだったのだが。

 それはそれとして根本的な疑問がある。


「で? 仮に俺が協力するとしても、俺達4人だけでどうする訳? どう考えても無理じゃない? 俺なんか手負いの最弱だよ?」


「お前さんに戦力としての期待なんかしてねえさ」


「……」


「それぞれ仕事があるんだよ。まず、お前さんは奴隷のオークションに潜り込み、何かしらの方法で注目を集める」


「何かしらの方法!?」


「注目を集めることでシグルスの連中が集まってくる。そこを騎士サマが一網打尽だ。俺が捕まえてやっても良いんだが、立場とかその後のことを考えると騎士サマの方が都合がいい。俺は捕まえても最悪『チンピラの横暴だ』とか言われかねねえからな」


「まあ、そうだね。そこのところは僕に任せてほしい」


「んで、そうなってくるとクノープの野郎も顔を出さざるを得なくなる。そこを――」


「そこを?」


「俺がボコボコにして捕まえる」


「作戦雑過ぎ!!!」


 計画性のなさ、細かい点の不明瞭さ!

 なんて雑な作戦だろうか、いやそもそもこれ作戦と言えるのか?


「あ?」


「『あ?』じゃねえよ! いろいろ問題有り過ぎるだろうが!」


「何がだよ?」


「まず、俺が注目を集める方法! これどうするの!?」


「意外と簡単だぜ? 金を用意すりゃいい」


「金」


「ああ。そもそもシグルスは上層部の数人を除けば、後は金に群がるだけの阿呆共ばかりだ。そんな連中、ちょいと金を見せつけてやればすぐに蠅みたいに集まってくるさ。お前さん、金は持ってるんだろ? スライムに聞いたぜ」


「まあ、それはそうですけど」


 そんなに上手くいくのだろうか。

 ボサボサはやけに自信満々だが……。


「で、次。ボサボサ、お前『俺がボコボコにする』って言ったけど、そんな簡単出来るのか? メチャクチャ強いんじゃないの?」


「タイマン出来るならそうでもねえのさ。それに、俺は1回ヤツの戦いを見ているから対応も出来る」


「そう……なの」


「ああ、そうだとも。いいか? この作戦は誰か一人でも欠けたら成立しねえ。お前さんの財力、騎士サマの立場、俺の強さ。この3つがあって初めて成り立ってるんだ」


「あのー僕は?」


 ……確かにジバ公はどうするんだろうか。

 作戦に加入してなかった気がする。


「お前はコイツの御守りさ。誰かが付いててやらねえと危ないだろ?」


「なるほど! それなら任せてくれ!」


「スライムが御守りか……」


 情けない。

 けど、事実そうなってしまうからしょうがない。


「分かった、そういうことならやってみようか。まあ、シグルスのギルドが気に食わないのは同感だし」


「良し、ならこれで同盟成立だ。……ところでお前さんよ」


「ん?」


「具体的にいくら持ってるんだ?」


 確かに、当然の疑問だ。

 所持金の額は今回の作戦におけるハルマの最大のアドバンテージ。

 これがどれくらいあるのかはかなり重要なポイントだろう。


「5万ギルトくらいあるよ。ほら」


 財布を開けて中身を見せる。

 旅の中で2万は使ってしまったが、まだまだこれだけあれば十分なはずだ。

 なんせ、異世界ではお金は約10倍の価値になっている。

 ようするにハルマの5万はこっちでは50万と同じなのである。

 ……なのだが。


「……」


「どうした? ボサボサ」


「うーん、5万か」


「え?」


「これじゃあ少し、心許ないかもしれねえな……」


「え?」


 現実はそう甘くなかった。




「5万あっても足りないのか!?」


「言っただろ? ここは世界中から商人の集まる『強欲の街』だぞ? まさかとは思うがガラの悪いチンピラばっかりだとでも思ったのか?」


「……」


「ワンドライとは違うんだ。こっちは金に肥えた豚共もわんさか居るんだよ」


「そんな……」


 だからってここで引き下がる訳にはいかない。

 なんとしてもホムラを取り戻さないといけないのだ。

 ハルマは急いでバッグをひっくり返し、何か使える物がないか探す。

 しかし、そんな便利な換金アイテムなど、持ち合わせているはずも――


「ん?」


 バッグから出てきたのはゼロリアで貰った錆びた刀。

 それともう一つ、綺麗な輝きを纏う瑠璃色の携帯電話。


「……」


 それはハルマが財布ともにこの世界に持ち込んだ数少ないアイテム。

 こちらの世界では使い道がないので、バッグの中にしまっていたのだが……。


「……なあ、これ売ったらいくらになるかな」


「……なんだこれ、見たこともねえモン出してきたな。何に使えるんだ?」


「写真……っていうのが撮れるんだけど」


「しゃしん?」


「ああ、ほら」


 ボサボサに携帯を向けて写真を撮る。

 カシャっと聞き慣れた電子音が鳴り響き、携帯にボサボサの写真が登場。

 それをボサボサ達に見せる。


「ほら、こういうふうに……時間を切り取って保管出来るんだ」


「す、すげえ! 長年生きてきたが、こんなのは初めて見た! そうだな……これなから100万ギルト……いや、もっと高値で売れるんじゃねえか?」


「それで足りるか?」


「ああ、足りるさ。ようはオークションの連中があっと驚くような金額を示せればいいんだからな。100万ギルトも持ってる奴はそうそう居ねえよ」


 100万ギルト、つまりは元の世界では1千万円。

 確かに、ここまでくればそうそう追いつく者は居ないだろう。


「なら、これを良い感じに換金してくれないか? そういうのはお前の方が得意だろ? ボサボサ」


「ちょ、ちょっと!?」


「ん?」


 と、ここでジバ公が口を挟む。

 何か困惑している様子だ。


「良いの? ハルマ、それお前の大事な物なんだろ?」


「……どうして?」


「分かるよそれくらい! そもそもそんな便利なのに、ずっとバッグの中に保管していた時点で大切にしてる証拠だろ!? ホントに売って良いのか!? それはお前の……宝物なんじゃないのか!?」


「……そうだな、宝物だよ。俺の命の次に大事だったものだ」


「なら!」


「でも、他に確かな方法はないだろ? 今から金を稼いだって間に合わないし」


「それは……そうだけど……」


「宝物だからっていつまでも持ってたら意味ないぞ? ちゃんと、ここぞという時に使わないと。そういうのを俺の地元では『宝の持ち腐れ』っていうんだ。……あれ? そうだっけ? なんか自分で言って微妙に違うような気が……」


「……」


「まあ、とりあえず。後悔はしないよ。大事な人を取り戻すために、俺は大事な物を手放す。……こういう使い方なら、怒られることもないだろうしね」


 遠い過去を懐かしむような、寂しさと懐かしさの同居した顔でハルマはそう言う。

 怒られる、とは一体誰になのか。

 それをジバ公たちは知る由もなかったが、それが会うことが出来る人物ではないことはすぐに分かった。


 ハルマの顔がそれを伝えていたからだ。




【後書き雑談トピックス】

 この携帯が何なのかはまた後日。

 そして、なんだかんだ言ってもジバ公はハルマにもかなり優しい。

 素直じゃないけどね。



 次回 第40話「ホムラ奪還作戦」

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