第32話 歓喜の国 マルサンク

 宿屋を出発して2日。

 長旅を経てホムラ達は遂にマルサンク王国へと辿り着いていた。


「あれがマルサンク王国ね!」


「そうだよ、ホムラちゃん。あそこがマルサンク、通称『歓喜の国』さ。……あそこにお兄さん、居るといいね」


「うん」


 視線の先に広がるのは清潔感と活気の漂う街並みだ。

 ゼロリアとは違い国を囲む城壁はないため、同じ王国でもこちらは開放的な活力に満ち満ちていた。


「よし! それじゃあ行こうか!」


「ちょっと待って、ジバちゃん」


「え?」


 ジバ公は意気揚々と国に入っていこうとしたのだが、ホムラはそれを引き止める。

 そんなホムラの視線の先には……いつもの彼が居たのだった。


「ひぃ……はぁ……へぇ……ふぅ……」


「ほらほら、頑張って。もう少しだから」


「うん……頑張……る……」


「やれやれ……。だから僕は助けて貰えばって言ったのに」


 言うまでもなくそれは疲れ切ったハルマだ。

 当たり前だが宿屋からここまでの2日の旅で彼はすっかり疲弊。

 またもや足が限界に近づいてきている……のだが、断固としてホムラ達の肩を借りようとはしなかった。

 ハルマにだって申し訳なさ(とプライド)はあるのだ。

 おかげでメチャクチャ遅れていたが。


「まあ、もういつものことだから特にはなんとも思わないけどさ」


「そうだけどね。これはそろそろ何かしらの対策を考えるべきかしら」


「どうかなぁ……。そもそも僕でさえ歩ける距離なんだし、これはハルマが悪いんだから特に気にする必要ないと思うけど?」


 なお、ジバ公がハルマの頭から降りているのは一応の気遣いである。(ホムラと離れるのが嫌だったという理由もあるが)

 故にジバ公は途中からずっと自分の足で歩いているのだが、その割には特に疲れている様子はなかった。

(つまりは普段ハルマの頭の上に乗っているのは『ただ楽がしたいから』ということになるが)


「ひぃ……ひぃ……。あ、あれが……マルサンク?」


「そうよ、あそこがマルサンク。まあ私も来るのは初めてだけどね」


「そう……なのか……」


 重い足を1歩1歩前へと引きずりながらマルサンク王国へ。

 4日に亘る旅も、あと少しだ。




 ―王国、入口―

 さて、あれから15分。

 もうすぐの距離だったのだが、疲れ切ったハルマにはこれでも結構大変な距離だった様子。


「やっと……着いたぁ!!!」


 フォリスを出発してから早4日。

 とうとうマルサンク王国に到着である!

 と、思った矢先、さっそくハルマ達の耳に大きな声が飛び込んで来た。


「速く! 癒術師を連れてくるんだ!」


「しっかりしてください! バトレックスさん!!!」


「……なんだ?」


 声が聞こえたのはもう少し奥。

 国のちょうど入口の所だ、そこには何人かの人だかりが出来ていた。

 緊迫した声の様子からして、あまり良いことではなさそうだ。


「行ってみるか」


「そうね。もしかしたら何か出来るかもしれないし」


 人だかりに居る人達は『癒術師』と言っていた。

 ということは、なんとなく何事かは想像がつく。

 そして、辿り着いたハルマ達の視線に映ったのはやはり予想通りの光景だった。


「――!」


「う……ぐ……」


「しっかり! しっかり!」


 人だかりの中心に居たのが大怪我をした一人の男。

 その服装からして恐らく彼は騎士だろう。

 モンスターとの戦いで傷を負ったのだろうか。


「あ、貴方達は旅人ですか!? あの癒術が得意な方は!?」


「癒術は俺もホムラも苦手ですけど……。大丈夫です、良い物を持っているので」


「え?」


 ハルマは冷静にバックから一つのアイテムを取り出す。

 それはフォリス院長から貰った、祝福付きの特性癒し水だ。

 ハルマは迷うことなくそれを倒れる騎士の傷口にかける。

 すると、傷口はまるで最初からなかったかのように一瞬で塞がっていった。


「お、おお……! 凄い!!!」


「それは……そうか! 聖地フォリスの!」


「バトレックスさん! 大丈夫ですか!?」


「あ、ああ……大丈夫だ……」


 騎士の言葉を聞いて、ようやく場の空気に安堵が満ちる。

 どうやらこれで大事には至らなくて済みそうだ。


「良かった、ちゃんと残しておいてよかったよ」


「ホントね。来るまでに疲れたから使おうとしてるを止めて本当に良かったわ」


「ははは……」


 もしそんなことしていたら、ここで一つの命が失われていたかもしれない。

 そう思えば苦労して歩いて良かったと思えるものだ。


「旅のお方、心より感謝いたします。おかげで助かりました」


「いえいえ、気にしないでください。そんな大したことはしていませんから」


「実際ハルマ水かけただけだしね」


「うるさいよ」


「いえ、ただそれだけの行為でも、私はそれによって救われたのですから感謝してもしきれませんよ。……ああ、申し遅れました、私はこの国で代理騎士団長を務めさせていただいております、バトレックスという者です」


 そう言うと、バトレックスはハルマ達に深々と頭を下げる。

 その頭には……普通の人間にはないはずのものがあった。

 それは耳だ。

 元の世界では俗に『ケモ耳』と呼ばれるヤツである。

 さらに言うと彼には尻尾もついていた。


 ――『半獣』……だっけか。普通の『人間』と、レオ船長みたいに完全な『獣人』の中間。双方のハーフ……だったはず。


 半獣や獣人については事前に教えてもらっていたので、今回はハルマも特に驚いたりはしなかった。


「あの、もしよろしければ貴方達のお名前をお聞かせ願えないでしょうか?」


「もちろん良いですよ。私はホムラ・フォルリアス、でこっちのスライムはジバ。それで、こっちの子が……」


「俺は六音時高校生徒会長代理、天宮晴馬! バトレックスさん、同じ『代理』同士仲良くしていきましょう!」


「六音時……?」


「ああ、気にしないでください。伝わらないのは分かっていますから」


「じゃあなんで言ったの!?」


「……あ、えっと……。アメミヤさんに、ホムラさんに、ジバさんですね。では改めてありがとうございました」


 改めて、バトレックスは深々と頭を下げた。

 ……どうにも感謝され慣れていないハルマは恥ずかしくてたまらなかったが。


「そんな気にしてくださいって、当然のことをしただけですから」


「ありがとうございます。……それで、アメミヤさん達は今、ここに着いたところ……といった感じでしょうか?」


「そうですね」


「そうですか。では、ぜひよろしければ私に付いて来て貰えないでしょうか? 何かお礼がしたいですし、王の下へも案内したいですから」


「お、王様の所に……?」


 若干竦んでしまうハルマ。

 まあ、無理もないことではあったが。


「大丈夫だよ、ハルマ。マルサンク王国は開放的な国だからね。城も旅人が自由に立ち入れるようになってるのさ。だから特に僕らが入っても問題ないんだよ」


「そうなのか」


「はい、そういう訳です。ぜひ王にもご挨拶していってください」


「……じゃ、そうしようか」


「そうね」


 そんな訳で、ハルマ達3人はバトレックスに付いて王に会いに行くことにした。




 ―王室―

 さてさて、バトレックスと共に王室にやって来た3人。

 しばらくバトレックスが王と会話した後、王はハルマ達の方に向き直り話し始めた。


「アメミヤさん、ホムラさん、ジバさん。まずは何よりもバトレックスを助けていただきありがとうございました」


「あ、いや、そんな……」


「私も心から感謝するばかりです。……それで、何かお礼がしたいのですが、何かお望みはありませんか?」


「え!? あ、その……」


 一瞬ハルマの脳裏に下賤な考えが浮かんできたが……すぐにそれは取り払う。

 ……いくら何でも『大金』なんて言えるものか。

 そもそも財布はそれなりに暖かいし。


「……ねえ、ハルマ。何もないなら私ちょっと聞きたいことあるんだけどいい?」


「? 別にいいけど?」


「ありがとう。あの、王様。この国に黒髪の若い男が来ませんでしたか? 私の兄がこの近くに居るはずなのですが……」


「黒髪の男性……いえ、来てはいませんね。それだけ特徴的なら、見落とすこともないはずですし」


「! そうですか!」


「え?」


 何故か『来ていない』と言われて喜ぶホムラ。

 理解出来ず困惑するハルマに、ジバ公が補足する。


「考えてみなよ。他に行くとこないのにここに来てないってことは、ここで待っていれば会えるってことだろ?」


「あ、なるほど」


「いやー! 良かった良かった! まさかこんなに早くお兄さんと再会出来るとはね!」


「でもさ、何で俺達いつの間にか追い越してるんだろう?」


「さあ? 兄さんの事だし、どっかで人助けでもしてるんじゃない?」


「……」


 喜ぶホムラとジバ公。

 思いのほか呆気なく叶った再会に、ハルマはちょっとびっくりにして呆けてしまった。

 だが、まあ喜ばしいのは事実。

 そんな訳でハルマ達はホムラの兄が訪れるまで、マルサンク王国に滞在することになったのでした。



 

【後書き雑談トピックス】

 ハルマが貰った祝福の癒し水は2つ。

 だから流石にもう貯蓄はないです。

 

 

 次回 第33話「勝利の意味」

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