第33話 勝利の意味

 さて、そんな訳でこのマルサンクで待っていれば、ホムラのお兄さんと再会出来ると判明したハルマ達。

 結果、昨日からハルマ達は宿屋(の一番良い部屋)を借りて、しばらくこの国に留まることにしていた。


 早速、ホムラは今朝から出かけてお兄さんを迎える準備に出発。

 何でも「いろいろ買ってくる」とのことらしい。

 なお、ジバ公も一緒に同行している。


 とまあ、それは大変喜ばしいことなのだが……。


「俺、何しようかな……」


 一人残されたハルマは暇だった。


 最初は一緒に買い物に行こうかと思ったのだが、ジバ公が訴えるような目で見てきたので断念。

 結果、今現在は一人で留守番しているのだが……暇すぎてしょうがない。


「駄目だ、何かしないと。このままではいけない……!」


 さて、では何をするか。


 まず一番に思いつくのは、このどうしようもない『脆弱さ』の克服だろう。

 つまりは『強くなる』ということだ。

 ホムラ(ジバ公は微妙だが)は優しいが、いつまでもその優しさに甘えているのはハルマ本人が許せない。

 ならば、なればこの時間を使って少しでも強くなっておきたいところだ。


「とりあえずじゃあ無難に筋トレ……いや、待てよ?」


 一瞬腕立てを始めようとしたハルマだが、それよりも効率がいい方法があることを発見。

 てなわけで、ハルマはそそくさと荷物を纏め、とある場所に向かって行った。

 向かった先は……マルサンク城である。




 ―城内―

「稽古をつけてほしい……ですか?」


「はい」


 ハルマが会いに行った相手はバトレックスだ。

 そもそも特訓の『と』の字も理解出来ていないハルマが一人で筋トレするよりも、誰かに教えてもらう方が格段に効率が良いと判断。

 そんな訳で、昨日言っていた「お礼がしたい」をここで利用させていただくことにした。


「私は全然問題ありませんが、本当にそのようなことでよろしいので?」


「メチャクチャよろしいです。寧ろ、これが今一番の望みですので」


「そうですか。……では、早速始めましょう。あ、私は今日は1日暇だったので、その辺りは考慮しなくて大丈夫ですよ」


「ありがとうございます!」


 こうして、代理騎士団長の特訓は始まった!




 ―街―

「では、まずは買い物をしましょう」


「え? 何で? これ特訓と関係あります?」


 意気揚々と挑んだ特訓。

 最初に与えられた課題は……買い物だった。

 これじゃあ元の予定と変わらないのだが。

 しかし、バトレックスは至って真面目な雰囲気だ。


「もちろんありますよ。つまりは、まずアメミヤさんの装備を整えることから始めるのです。常に最適な装備を用意しておくことも大事なことですからね」


「あ、なるほど」


 言われてみればそれも当然。

 RPGで装備品を逐一変えていくのなど、当たり前過ぎるくらいの常識だ。

 がしかし、ハルマはツートリスで貰った装備品から全く変わっていない。

 そろそろ買い替え時だろう。


「……でもなぁ、俺に装備出来ますかね」


「それはどういう?」


「筋力的な問題ですよ。俺……その……弱いですから」


「大丈夫ですよ。街にいろいろな方に適した装備が揃えられていますから。きっとアメミヤさんにも適した装備があることでしょう。あ、それと」


「?」


「その壊れた腕輪も一緒に直してもらいましょうか」


「え? あ、このクウェインの腕輪のことですか?」


 バトレックスが指さす先はハルマの腕。

 ワンドライの街でチンピラから逃げる時に壊されたクウェインの腕輪である。

 ハルマはあの後も捨てるのは勿体ないと思って、ずっとここまで持ってきていたのだ。


「これ、直せるんですか?」


「もちろん、少し拝借しても?」


「あ、どうぞどうぞ」


「ありがとうございます。うん、これくらいなら2、3時間あれば直りますよ」


「早!?」


 船の時もそうだったが……流石異世界。

 そこら辺のスピードが本当に尋常ではない。




 ―2時間後―

 さて、街での買い物から2時間後。

 ニュー装備&直った腕輪を手にした、新・天宮晴馬が完成した。

 武器と防具はハルマが装備出来る範囲で最強の物を装備。(どちらも初心者用の物だが)

 クウェインの腕輪も再び赤い光を取り戻している。


「バトレックスさん……」


「? いかがなさいました? 何か……不具合でも?」


「いや、そうじゃなくて」


「?」


「この服のマント! クッソカッコいいじゃないですか!!!」


「あ、なるほど。はい、恐らくアメミヤさんはそういうのがお好きだろうと思いまして。特別に発注してみました」


 現在ハルマが来ている服は、バトレックスの特注とはいえ、大方RPGとかでよく出てくる一般的な『旅人の服』だ。

 がしかし、元の世界の服にはまず付いていないマントが、ハルマのなかの中二病心にドストライク。

 結果、小さな子供のようにはしゃぎまくる始末だった。


「さて、アメミヤさん。新しい装備に高揚する気分は分からなくもありませんが……。そろそろ特訓を始めますよ」


「あ、すみません。……良し! では俺は何をすれば?」


「簡単ですよ、その剣で私に斬りかかってください。まずは一撃私に入れることが出来るようになりましょう」


「了解です!!!」


 本来、こういう時は「え!? 真剣で!?」とか言うパターンなのかもしれない。

 しかし、ハルマは自らの弱さに別格の自信(?)を持っていたので、迷うことなく真剣で斬りかかっていった。

 ……実際、ハルマの攻撃は全然当たらないし。


「でりゃああああああああ!!!!!!!」


「よっと」


 凄まじい連撃(本人談)を繰り返すが、バトレックスにはかすりもしない。

 余裕を持った動作でサッサッと避けられてしまう。

 さらに――


「ぐおふっ!?」


「あ、言い忘れてしましたが、私ももちろん反撃しますよ。武器は使いませんが」


 軽い蹴りがハルマに飛んでくる。

 それはそれは軽く、大人の男性が放った蹴りとは思えないほど弱かったが……。

 ハルマが吹き飛ぶにはそれでも十分だった。


「……痛ってぇ。……いやいや! 反撃上等! それくらいじゃないと特訓にはなりませんよ!!!」


「良い気概です!」


 もちろん、ハルマの心は一ミリも折れはしない。

 寧ろその顔には笑顔さえ浮かべながら、再びバトレックスに向かって行った。




 ―30分後―

 それから、しばらくの間斬りかかっていたハルマだったが……。

 どれだけやっても攻撃は一発も当たらなかった。

 反対にハルマはいろんな所に(軽い)蹴りをくらいまくっている。


「はぁ……はぁ……。ちくしょう……バトレックスさん強えな……」


「まあこれでも一応代理騎士団長ですので。……しかし、理由はそれだけではありませんよ?」


「え?」


 バトレックスはそっとハルマの前に座り、ここまで攻撃が当たらない理由を説明し始める。


「少々失礼な話にはなりますが、『私とアメミヤさんの実力差』というのも、確かに原因の一つでしょう」


「はあ」


「しかし、それ以上に大きなものがあります。分かりますか?」


「……分かりません。なんですか?」


「戦い方です」


「戦い方?」


 戦い方……確かに根本的な話だが、具体的に言われるとイマイチピンとこない。

 よっぽど非効率的な動き方をしているのだろうか。


「それも物理的な意味ではなく、心情的な意味での話でです」


「心情的な……」


「……アメミヤさん、貴方が戦いにおいて最終的に目指す目標は何ですか?」


「え? も、目標? ……えっと、うーん……。勝つこと、とかでしょうか」


 戦いの目標、それはやはり『勝利』ではないのだろうか。

 ハルマのこの意見は特におかしなところはない、ように思えたが……。


「それが原因ですよ。良いですか? 戦いにおいてもっとも目指すことは『勝つこと』ではありません」


「え? じゃあ、何を?」


「『負けないこと』です」


「負けない……こと?」


『勝つこと』と『負けないこと』、一見同じに聞こえる言葉だ。

 だが、バトレックスはそれを明確に違うことだと言った。


「勝とうとして戦うのではなく、負けないように戦いなさい。敵が隙を見せたのなら、その隙に攻めるのではなくその隙に体制を立て直しなさい。常に攻撃より守備を意識して戦い、敵の命を奪うことではなく味方の命を守ることを優先しなさい」


「……」


「と、これは私の言葉ではなく、団長の受け売りですがね。私の言いたいこと、分かりましたか?」


「えっと……つまり、常に慎重にあれ……ということですか?」


「うーん、まあ今は大体そういうことで良いでしょう。ただ一つ言っておくとすれば、一番大事なことは『慎重さ』でもありませんよ」


「?」


「『勝利』という言葉をはき違えないことです。大勢の味方を失って敵を殲滅しても、それは真の意味で勝利とはいえません。逆に敵を少数しか討伐出来なくても、味方に被害がなければ、それは敗北とまでは言わないでしょう。戦いとは敵を殺すことが勝利ではないのですよ」


「……分かりました」


「よろしい。で、私に攻撃が当たらないのも、まあそういうことです。アメミヤさんは『攻め』に意識が行き過ぎています。結果、体勢の立て直しも、防御もままなっておりません。まずは防御なくして攻撃はないと思いましょう。攻撃は本当に余裕がある時だけに行うのです」


「一撃入れる特訓なのにですか?」


「はい。要するにこの特訓で私が貴方に会得してほしいのは、『本当の余裕』なのですからね」


「なるほど……頑張ります」


 再び、斬り合い再開。

 ただし今度はその戦い方を意識的に変えて、攻めよりも守りを意識して。

 ハルマは再び剣を振るい始める。




 ―2時間後―

「らああああああああぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」


「――ッ!」


 それから2時間。

 ひたすらに続いた斬撃にも、ついに終わりが来た。

 ハルマの放った剣撃がバトレックスはを掠めたのだ!


「そこまで!」


「――!?」


「よくやりました。たった2時間半でここまで成長するとは、かなり凄いことですよ」


「あ、ありがとう……ございますぅ……」


 バタリとハルマはその場に倒れ込む。

 達成した瞬間、緊張がほどけて疲れがどっと出てきたのだ。


「これで……どれくらい……強くなりましたかね……」


「……」


「? バトレックスさん?」


「あ、えっと……申し上げにくいのですが……。今の特訓は基礎中の基礎ですので……そこまで飛躍的な戦力の向上は見込めないかと……」


「え!? 今凄い成長したって!!!」


「成長はしましたよ、それは事実です」


 要するに-10が-5くらいになったということ。

 結局マイナスなことに変わりはないし、1のスライムにすら届かないのは変わらない。

 たった2時間半でそんなに強くなれると思う方が間違いなのである。

 (それでも5増えただけ十分凄いが)


「えええ……」


「努力は1日して成らず、と言ったところですかね。日々の積み重ねが大事ですので」


「が、頑張ります……」


 どうやら、まだまだ『最弱』から抜け出す道は長く遠そうだ。

 ハルマの『最弱脱却』はまだ始まったばかりなのである……。




【後書き雑談トピックス】

 ちなみにホムラの強さが50くらい。

 ジバ公が0.5くらい。

 ユウキが10000くらいかな。

 (異世界レポートの数値とはまた違うのでご理解を)



 次回 第34話「襲撃」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る