第34話 襲撃

 その時は――突然訪れた。


 ハルマとバトレックスの修行から一夜。

 まだ朝日が昇ったばかりの早朝の時間、突然空気を震わせるような轟音が鳴り響いた。


「な、何!? 何が起きた!? 地震!?」


「違う……、これは地震ではないわ」


「え!?」


 あまりに急なことに混乱するハルマと、やけに冷静なホムラ。

 ジバ公は……まだ寝ている。


「おい! 起きろジバ公!!!」


「んえ? もうご飯? まだ僕眠い……」


「違うわ! 今の音聞こえなかったのか!?」


「……音?」


「ジバちゃん! 起きて! 城に行くよ!!!」


「はい!」


「急に目覚めた!?」


 1秒前まで寝ぼけまなこだったのに、ホムラの言葉を聞いた瞬間一瞬で覚醒するジバ公。

 その辺り本当に流石だな、と思いつつハルマもホムラと共に宿屋を駆けだしていく。

 すると、視線の先の城から黒い煙がもくもくと浮かび上がっていた。


「なッ!?」


「襲撃……城に何かが攻めてきたんだ……! もう……これから兄さんが来るかもしれないって時なのに!!!」


「ど、どうするの!? 逃げる!? それとも城に行く!? ぼ、僕はホムラちゃんに付いて行くけど……」


「何言ってんだジバ公! そんなのもちろん行くに決まってるだろ!? 急ごうホムラ!!!」


「え……う、うん!!!」


 躊躇うことなく、ハルマは城に向けて走っていく。

 そして今度はさっきと逆に、その後ろをホムラとジバ公は追って行った。




 ―マルサンク城―

「別に……こういうことがしたい訳ではないんだがな」


「くっ……!」


「素直に渡したらどうだ? そうすればそれで全て終わるというのに」


「だ、誰が……貴様の言うことなど……!」


 睨み合う2つの視線。

 片方は空から見下し、もう片方は地から見上げる。

 そのうちの地から見上げる視線がバトレックスのものだ。


「無駄な強情だ……、無意味なことだとどうして分からない? それとも微塵にでも勝ち目があるとでも?」


「そんなこと……関係ない……! 私は……この命がある限り……この場を退くなど……あり得ないのだ!」


「立派なものだ。流石は代理騎士団長と言ったところだな」


 一方、もう一つの見下す視線が襲撃者のもの。

 その顔はローブのフードに隠されておりよく見えない。

 ただ口調と外見から、相手が若い男性であることは分かった。


「まったく……不愉快なことこの上ない」


「……」


「立派な騎士様よな。……なら望み通りこの場で死ね」


 手に持った杖に集まる輝き。

 それが魔力の収束により光だということは、バトレックスにもすぐに分かった。

 実際、先ほどから彼は規格外の威力の魔術を放ってきている。


「レフ……」


 凄まじいまでの炎が一瞬で集まり、悍ましい殺意となってバトレックスに向けられる。

 そして、その炎は容赦なく、バトレックスに――


「レイ……! ――!?」


「そこまでよ、悪党!!!」


「……邪魔が入ったか」


 火炎がバトレックスに放たれる直前。

 小さな火の玉が収束された火炎をかき消す。

 バトレックスと襲撃者が火の玉の飛んできた方を見ると、そこには黒髪の少女……即ちホムラが居た。


「ほ、ホムラさん!?」


「大丈夫ですか、バトレックスさん!」


「わ、私はまだ大丈夫です……。それよりも、何故ここに!?」


「何故って、こんな状況を見過ごせる訳ないでしょうが!」


「アメミヤさん!? それにジバさんまで!?」


「次から次へと……」


 さらに少し遅れてハルマとジバ公も到着。

 襲撃者は新たに乱入してきた3人をうっとおしそうな視線で見ながら、重々しい雰囲気で言葉を放つ。


「お前達も私と戦うつもりか? その勇気は素直に称賛するが……それと勝ち目はまったくもって無関係な話だぞ」


「どうかしら? 私に勝ち目がないなんて、試してみないと分からないでしょう?」


「ほう、随分と自身があるようだな。では、試してみると良い。私としてはお前が

 が『身の程知らず』でも『真の強者』でも面白いことに変わりはないからな。がしかし……」


「?」


「一応お前達は知らないから再度言っておこう。私は何もここに虐殺の為に来たわけではない」


「え?」


「もう一度言うぞ、騎士。この国あるオーブを渡せ。そうすればすぐにでも立ち去ってやる」


「……なら、私ももう一度言おう。お断りだ」


「やれやれ……まあ、分かっていたがな」


 心底呆れた、といった様子の襲撃者。

 オーブが一体何なのか分からないハルマ達は少し戸惑ったが……それでも目の前の襲撃者が危険である事実には変わりない。


「なら少女よ。先ほど言った通り、遠慮なく試してみるがいい。私がお前がどれほどのものか見定めてやろう」


「――!」


 一切の遠慮なくホムラは火炎を襲撃者へ。

 襲撃者はそれを簡単に杖で弾くと、そのまま勢いを殺さず同じ火炎で反撃してきた。

 しかし、ホムラもそれを風の魔術で綺麗に弾き飛ばす。


「ほう……なるほど、どうやら本当に口だけではないようだな。それなりに魔力を込めたのに、簡単に風で弾き飛ばすとは」


「この程度で褒めないでほしいんだけどね!!!」


 次に襲撃者に放たれたのは電気の矢。

 それはまるで横向きに降る雨のように、避ける隙など一切なく飛び込んでいく。


「面白い、悪くない魔術だ」


 矢の雨に向けて襲撃者が撃ったのは再び火炎。

 迫りくる雷撃を軽く蹴散らしながらホムラへと迫る。

 だが、火炎が矢を抜けた時にはもうホムラはそこに居なかった。


「何?」


 ホムラを見失う襲撃者。

 彼女が移動したのは、右でも左でも後ろでもなく――


「――!」


 上だった。


 一瞬、あの一瞬でホムラは襲撃者の上空まで移動したのだ。

 僅かに薫る水の匂いから、恐らく水の魔術の勢いで駆け上がったのだろう。


中級火炎魔術フレイア!!!!!!!!」


 火炎を纏った両手による全力の打撃。

 襲撃者は防ぐことも出来ず、勢いよく床に吹き飛んでいく。


「……なるほど、そういうことか」


 何かに納得したような口ぶりの襲撃者。

 床に強烈な亀裂が走るほどの勢いで叩きつけられたというのに、襲撃者は何の問題もさなそうにユラリと立ち上がる。


「お前は『賢者』だな? そうでもなければその質と数の説明がつかない」


「……その質問にはなんの意味があるのかしら? 答えを分かっていることはあまり質問しない方がいいわよ」


「何、ちょっとした確認というものだ。……やれやれ、そう現れるわけではない『賢者』とどうも縁があるというのは、存外厄介なものだ」


「?」


「気にするな、こっちの話だ」


 どこか懐かしそうな、それでいて面倒くさそうな声でよく分からないことを言う襲撃者。

 しかし、それとは別にその表情には愉悦が満ちている。

 それは『強者との戦い』に対する愉悦だった。

 襲撃者は今、自らの目的とは別にホムラという強者との戦いに愉悦を見出していたのだ。


「さあ、もっと続けようじゃないか。お前のような奴とはそう戦えるものではないからな。せっかくの機会を無駄にはしたくない」


「それはどうも!」


 流れる水のように空中を滑る炎。

 今度はそれを襲撃者は輝きを纏った杖で受け流す。


「悪くない、悪くないぞ少女! もっといろいろな戦い方を見せてみろ!!!」


「言われなくても!!!」


 右手からは風、左手からは炎。

 2つを織り交ぜ火炎を纏う熱風として解き放つ。

 熱風は襲撃者を四方から囲み、逃げ場を全て奪ったのだが……。


「ああ、これも悪くない! だが、少々詰めが甘いな!!!」


「――ッ!」


 放たれたのは気迫。

 ただの気迫が、熱風を全て吹き飛ばしたのだ。


「どういう強さしてんのよ!!!」


 規格外。

 そんな言葉がホムラ達の脳裏に浮かぶ。

 実際今までに出会ってきたどの敵よりも、目の前の襲撃者は強かった。


「おっと……これはこれは。ついやり過ぎてしまった」


 その時、熱風を吹き飛ばした勢いでローブが燃え尽きる。

 そのおかげで今まで見えなかった襲撃者の顔が露わになった。


「……、……え?」


 瞬間、凍り付くようにホムラは動かなくなってしまった。

 信じられないものを見たかのような表情で、ホムラは固まっている。


「ほ、ホムラ……?」


「どうした? 急に固まって?」


 返事は返ってこない。

 ただ、ただ驚愕に呑まれたホムラがそこに固まっている。

 そして、そのまま、絞り出すように声を――























「……兄、さん……?」

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