第35話 嘘にしたい事実

「……兄、さん……?」


「……ホムラ?」


 ホムラの熱風を吹き飛ばした勢いで燃え尽きた襲撃者のローブ。

 そのおかげで今まで隠れていた顔がようやく見えるようになった。

 襲撃者は異世界では珍しい黒髪、黒目の若い男。

 だが、彼から感じるその威圧感は到底若い人間が放てるようなものではない。

 ただ睨まれるだけで心臓が止まりそうなくらいの恐ろしさがある。

 だが、ホムラが驚愕のあまり固まったのは、その視線が原因ではなかった。


「兄さん……? なにを……しているの……?」


「……」


「どうして……兄さんがこんな……。あ、分かった! きっと、きっと何か理由があるんでしょう!? もっと大事な凄く大切な理由があるのよね!?」


「……」


「そ、そうでしょう?」


 襲撃者はホムラの言葉には返事をしない。

 ただじっと変わらぬ視線で睨み続けるだけだ。


 ――兄さん……? この襲撃者が……ホムラが今まで探していたお兄さんなのか?


 確かに、ホムラと同じ黒髪の黒目。

 顔つきもどこか面影がある。

 だが、今日までにハルマ達が断片的に聞いてきた『ホムラの兄』の人物像と、今目の前にいる襲撃者はあまりにも違っていた。

 ホムラの言葉通りの人間なら、彼はこんなことするはずがない。

 城に襲撃を仕掛け、何かを強奪しようとなどするはずがないのだ。


 それにホムラは気づいていないのか、はたまた気づいていながら目を逸らしているのか。

 どうにかして兄の行動に良い解釈をしようとしていたのだが――


「……お前」


「え?」



「何を言っている?」



「――!」


 よりにもよって本人にそれは否定された。


「『理由』以前にお前は何を言っている? 『兄さん』だと? お前のような妹など知らん」


「!!! そ、そんな! 冗談でしょう!? そうよね、何かの……ちょっとした……」


「違う。私は本気で言っているのだ、お前など私は知らない」


「!!!!!!!!!!!!!!」


 否定、そして拒絶。

 その言葉を叩きつけられた瞬間、ホムラは膝から崩れ落ち蹲ってしまう。


「ホムラ!?」


「どうして……どうして……? なんで……なんでを置いていくの……?」


「ホムラ! しっかり、しっかりしろ!!!」


「いや……いや……いや……! やめて……、僕を……置いていかないで……!」


 ハルマの言葉はホムラに届かない。

 ホムラは蹲り泣きながら何かうわ言をずっと呟いているだけだった。

 到底……ハルマの声に返事が出来るような状態ではない。


「? 一体何の話をしている? ……まあいい。どうやら、もうその少女は戦えないようだな。さて、ではどうする?」


「――!」


 襲撃者は無慈悲に事実を告げる。

 どうにかしないと。

 彼はオーブを手にする為なら、容赦なくこの国の住人を全員殺すだろう。

 なら、なら……。


「……ジバ公、ホムラを頼む」


「え?」


「任せるぞ。完璧に……守り抜いてやってくれよ」


「そ、それはもちろんだけど!!! ハルマはどうするんだよ!?」


「決まってるだろうが」


「なッ!?」


 ハルマはジバ公をホムラのそばに降ろすと、一人襲撃者に向かって歩いていく。

 もちろん恐れはあるし、逃げ出したいし、勝ち目など微塵もない。

 だが……ここで引くわけにはいかなかった。


「……まさかとは思うが、今度はお前が戦うというつもりではないだろうな」


「そのまさかだぜ、お兄さんよ。……なあ、アンタ本当にホムラのこと知らないのか? ホムラはアンタに会いたくて、ここまで頑張ってきたのに」


「知らんな。そんな事情など聞かされても分からないものは分からない。あんな少女に見覚えはない」


「……そうかよ」


 人違い。

 そんな淡い期待を浮かべないでもなかったが、あれだけ兄を敬愛しているホムラが見間違えるとは思えない。

 残酷だが、今目の前に相対している相手が『兄』であることは……事実のようだった。


「それで? お前に何が出来る? 私に傷一つでも付けられるか?」


「出来るか出来ないかじゃないんだよ、今はどっちにしろやらなくちゃいけないんだ。……くそ、こんなありがちな臭い名言みたいなこと言う羽目になるなんてな……」


「……。まあ、いいだろう。弱い割には随分と勇敢なものだ、それを蛮勇とは言うまい。……お前、名は何という?」


「六音時高校生徒会長代理、天宮晴馬」


「アメミヤ・ハルマ、か。では、その名は記憶の片隅には留めておくとしよう」


 直後、襲撃者の纏う気迫が一回り大きくなる。

 それは『最弱』のハルマにも、それ相応の実力を見せて相手をするという意味なのか。

 ハルマは片手を買ったばかりの剣に当てながら、冷や汗を流しつつもジッと襲撃者を睨み返し続ける。


 ――チャンスは1回。ミスったら即デットエンドのクソゲーだ、コンテニューはないぞ……。


「はっ!」


 次の瞬間、襲撃者がハルマに向けて炎を放つ。

 それは決して大きくはなかったが、速さはそうとうのものだった。

 結果としてハルマは避けることも出来ず、一瞬で炎に飲み込まれる。


「ハルマ!!!」


「……」


 燃え狂う炎。

 無慈悲に、残酷に一つの命を炎は燃やし尽くして――


「――ッ!」


「!?」


 いなかった。

 燃え狂う炎はそのまま、ハルマは颯爽と背後から姿を現したのだ。


「――! ク、クウェインの腕輪だと!?」


 ハルマの代わりに燃えているのは直してもらったクウェインの腕輪。

 ハルマは炎が当たる直前に、腕輪を投げつけて防いでいたのだ。


 ――予想通り! アイツは俺なんかに上級の魔術は使わないだろうと思ったが、見事に読み通りだったな!


 クウェインの腕輪は火炎魔術の威力を軽減する装飾品。

 ようするにこの腕輪は火炎魔術に強いのだ。

 だが、流石にさっきホムラとの戦いで放っていたような火炎を受けることは出来ない。

 ……しかし、相手に無意識のうちに安心感を感じさせるほどの『最弱』であるハルマに、襲撃者が果たしてそんな高威力の魔術を使うだろうか?

 ……結果はハルマの予想通りだった。


 襲撃者が放ったのは下級の火炎魔術。

 それでもハルマを焼き尽くすのには十分な威力だが、これくらいならギリギリクウェインの腕輪で止められる。

 もちろん2回目はもうないが……1回止められればそれで十分だ。


「エクスカリバー!!!」


「何っ!?」


 襲撃者が壊した天井、そこからは朝日が流れ込んできていた。

 ならば後はもう自然に行動は限られてくる。

 フォルトでの戦いと同じだ、朝日を跳ね返し襲撃者の目を眩ませるのみ。

 どんなに強くても太陽の光で目が眩まないはずがない。


「ぐっ――!」


 ――今だ!!!


 戦いが始まってから初めて生まれた明確な隙。

 この隙に、攻撃を――


『まずは防御なくして攻撃はないと思いましょう。攻撃は本当に余裕がある時だけに行うのです』


 ――!!!


 脳裏によぎるバトレックスの言葉。

 ハルマは咄嗟に攻撃を中断し、引き返そうとするが……。


「遅いな」


「!?!?!?!」


 それよりも早く、雷撃のような衝撃がその身を吹き飛ばした。




「ほう、なかなかやるじゃないか。実力の貧弱さに比べて、戦いにおける判断力はなかなか高い」


「……ぐ……お……あぁぁ……」


「一瞬判断を間違えたとはいえ、最後もちゃんと引き返そうと出来た。おかげで攻撃が微妙に急所から外れてしまったよ」


「が……あ……」


「まあ、勝敗とは関係ないがな」


 ハルマは、襲撃者に蹴り飛ばされたのだった。

 凄まじいまでの威力の蹴りはハルマを弾丸のように壁に叩きつけた。

 しかし、ギリギリでバトレックスのアドバイスを思い出したハルマは、なんとか攻撃を回避。

 結果即死はギリギリで免れた形となる。

 しかし、叩きつけられた勢いで全身の骨はバラバラ。

 とてもじゃないが戦えるはずがない。

 それどころか、ハルマには今悍ましい苦痛が襲いかかっていた。


 ――痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛


 ハルマの思考を支配するのは圧倒的な『痛み』。

 普通に元の世界で生きていればそうそう体験するはずがない、猛烈な激痛。

 あらゆる思考が全て吹き飛んで、何を考えようとしても『痛み』しか考えられない。


 ――早く痛い、早く立痛いたないと。次痛いの行動を早痛いく取ら痛いないと……


 何も、考えられない。



「予想外……という意味ではかなり楽しめた。少年、あの世で誇るといい。お前は『最弱』だが決して『無力』でも『無能』ではなかった」


「」


「では、さら――


 ブチッ、とテレビの電源を切ったかのように目の前が暗転し……。

 痛覚に意識が堕ちる。

 堕ちる、堕ちる、堕ちる。


 堕ちる




 次回 第36話「泣いて泣いて泣き切るまでは」

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