4章幕間 再来、賢者の領域

「……おっと」


 テンガレットを旅立ってから数日。

 いつものように野宿をし眠りについたハルマは、次に気が付いた時にはとある見覚えのある場所へと移動していた。


「何か用かな?」


 目の前にあったのは砂と霧が広がる砂漠……そう、そこはガダルカナルが居る『賢者の領域』だ。ここに呼び寄せられたということは、どうやらガダルカナルはハルマに何か用があるらしい。


「さて、今回は一体どんな用だろうか」


 結構期間が開いたとはいえ、もうこの状態はこれで3度目。

 すっかり慣れたハルマは今回の要件は一体何なのか楽しみにしつつ、ガダルカナルに会うために軽い足取りで霧の砂漠を進んでいった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 さて、その後ハルマは霧の砂漠を進んで行き、無事に『蜃気楼の楼閣』の部屋の一つである書斎にまで辿り着いた、のだが……?


「よっす、今日は何の用?」


「……」


「……ん? あのー、ガダルカナル?」


「……」


 ――……あれ?


 なんか……ガダルカナルの様子がおかしい。

 何故かガダルカナルはこっちの言葉に返事をしてくれず、そもそもこっちの方を向こうとしてくれない。まるでこちらの声など聞こえていないかのように、ガダルカナルはずっと向こうを向いたまま無反応だった。

 これは、もしや――、


「もしかして、ガダルカナル……」


「……」


「……、……寝てる?」


「――!? 違う! 人を呼びつけておいて居眠りなんてしないよ!!!」


「おうわ!? 起きてたのかよ!?」


 と、強烈に炸裂するハルマのソメイの如き天然ボケ。これには思わずガダルカナルも、つい寡黙な雰囲気を崩して綺麗なツッコミを入れてしまった。

 そして、その結構真剣な表情から察するに、今の一言は彼女なりに割と聞き逃せなかった様子。居眠りに関して何かあったのだろうか?


「まったく……。君は私の事を何だと思っているんだか……」


「だって全然返事しないし……。……てか、それを言うなら人を呼びつけておきながら、話を無視するってのはどうなのよ?」


「それはちゃんと理由があるの! ……そもそも分かってるかい? アメミヤ君、私は今怒っているんだよ?」


「……え?」


 と、不機嫌そうな表情を隠すことなくガダルカナルはそう告げる。……が、ハルマはその言葉に対し、


「……、……ごめん。怒ってるって、何に?」


「――!!!」


 動揺でも恐怖でもなく、ただ『疑問』しか湧いてこないのだった。


              △▼△▼△▼△ 


 「今、怒っています」宣言。

 それは普段のハルマであれば激しく動揺し、一体に何に怒っているのかと恐怖する言葉だ。もし、こんな宣言をホムラやシャンプーからされれば、ハルマは一体何が原因なのかと考え込み、しばらくは夜しか眠れない生活が続くことだろう。


 ……がしかし、事今回に関してはそうでもなかった。

 だって、ハルマは普段からガダルカナルと接している訳ではない。ハルマとガダルカナルの接点は、たまにこうやって夢から呼ばれている間だけだ。

 故に何か気付かないうちに相手の地雷を踏んでしまったり……なんてことはないはずだなのだが……?


「……まさか、本当に気づいてないのかい?」


「え、えっと……。ご、ごめん。割とガチ」


「……はぁ」


 重い呆れのため息。

 どうやらその様子からして、これはかなり分かりやすい理由で怒っているようだ。……だが、やはりハルマには心当たりが微塵もない。

 ……まさか、この短時間で何か地雷を踏んでしまったとでも言うのだろうか?


「だとしたら俺、地雷踏みの天才なんじゃないか? いや、そんな才能一ミリもいらないのだけども。……で、マジでゴメン。本当に分からない。マジでガダルカナルは俺の何に怒ってるの?」


「……はぁ、やれやれ。これには流石の私もちょっとがっかりだよ? 出来れば自力で気づいてほしかったんだけどね……」


「……」


「……ま、今回は最初だし特別だ。いいかい、アメミヤ君? 私が何で怒っているのか、それは――」


「それは――?」



「――君、全然ここに来なさ過ぎ!!!」



「……、……へ?」


 と、本気で身構えていたハルマに対し、飛んできたのはなんとも予想外の理由。それがあまりにも思っていたものと違うから、ハルマはつい腑抜けた声が出てしまった。


「……えっと? それは、つまり?」


「つまりじゃないよ! ……何で!? せっかく君の夢とリンクを繋いでいつでも来れるようにしたのに、なんで全然来てくれないの!? そりゃ毎日来いとは言わないよ? 疲れてる日だってあるだろうし、一人になりたい日もあるだろう。でも、それは毎日って訳じゃないでしょう!? ならたまには来てよ!!! なんで1ヶ月もずっとほったらかしにするの!? せっかく話し相手が出来たと思って色々考えてたのに! 全然来てくれないんだもの!!!」


「お、おう……。それは……その、ごめん」


 マシンガンの如くぶっ放されるガダルカナルの不満に、思わずたじろぐハルマ。

 まあ確かに最近は特に用もないので来ていなかったが……まさかここまで不満を溜めてしまうとは。流石にこれは正直ちょっと予想外だった。


「あー、えっと、なんだ。じゃあこれからは定期的に来るようにするよ。その、ほら、俺はそっちもそっちで忙しいのかなー? なんて思っちゃてさ」


「全っ然そんなことないから一ミリも気を使わないでいいよ。……寧ろ、毎日暇で暇でしょうがないくらいだから」


「そうなのか……。……、……えっと、それで? 今日は結局何の用? もしかしてこれ伝える為に読んだ感じ?」


「いくら退屈だからって、不満をぶちまける為だけに呼んだりはしないよ! 今日は君に『良いもの』を教えてあげようと思って呼んだの! ……まったく」


「そうなのね。……で、その『良いもの』ってのは?」


「お? ……ふっふっふ、気になるかい?」


 と、すぐさまいつもの調子に戻り、いたずらっ気に満ちた表情で笑うガダルカナル。その表情はまるで『親の誕生日にサプライズで、ちょっと良いプレゼントを買って来た子供』のような表情だった。(具体的)

 ……まあ要するに、ガダルカナルはかなりその『良いもの』に自信があるらしい。


「ならば特別にお教えしよう! ……ねえ、アメミヤ君。君はそろそろ限界が近いんじゃないかな?」


「限界……?」


「そう、限界だ。今まで君はそれを、その鋼の精神でずっと抑え込んできていた。……がしかし、今回のテンガレットにおけるホムラの一件は、君にも大きな影響を与えたんじゃないかな? 今回の件で、今まではなんとか封じてきた願い……否、欲望が溢れ出たりしてきてないかい?」


「――ッ!? ちょ、ちょっとガダルカナル!?」


「なに、そう心配しなくてもいいさ。君は特に何もする必要はないからね。……大丈夫、その欲望は私が満たしてあげよう、その為に今日は呼んだんだからね」


「!? ――!?」


 妙に妖艶というか……なんかいつもと違う雰囲気で話を進めていくガダルカナル。

 その話の内容も相まって、今度は先ほどとは違いしっかりとハルマの全身に『動揺』の感情が駆け巡っていた。……これは少し、マズいんじゃないだろうか!?


「私が用意した『良いもの』。それはね――」


「!!!」


「――君にも使える魔術、だ!」


「……、……へ?」


 ……ハルマ、本日2度目の腑抜けボイス。

 あれ程動揺と混乱が渦巻いたというのに、にこやかにガダルカナルが発表した『良い物』はまたもやハルマの予想とは全然違うものだった。


「いやね? 今回の特級魔術の件で君もそろそろ『魔術使いたい欲求』が限界なんじゃないかなー、と思った訳さ。だから私はこうやって君の為にいろいろ頑張ったのだ。凄い! 天才! 賢者さん頑張った!」


「……」


「おや? どうしたんだい? 嬉し過ぎて言葉が出ないのかな?」


「……いや、そうじゃなくて」


「ん?」


「変に紛らわしい言い方するんじゃないよ!!!」


「……え?」


 ハルマのツッコミに対し、ガダルカナルは素のキョトン顔。どうやら今のは悪趣味ないたずらではなく、ただ天然でやらかしただけのようだった。


「……」


「……え? ど、どうかした?」


 全然自分のやらかしたことに気付いていないガダルカナル。

 仮にも伝承の賢者と呼ばれる存在が、こんな天然ボケっていうのはどうなんだろうか……。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 とまあ、互いに天然ボケを交わしながらも、話はようやく本題へ。

 どうやらさっきの話によるとハルマでも使える魔術を作ったとのこと、だが……?


「そもそも、俺って魔術使えないんじゃないの?」


 その前に根本的な疑問が湧いてくる。

 そもそもの話、ハルマが魔術を使えないのはその人の魔術の適性を示す『魔術適性』がまさかの『なし』だったのが原因だ。

 つまり、ハルマは実力とかの問題ではなく、まず第一に魔術を扱う前提条件すら満たせていないはずなのだが……、


「そうだね、君は魔術を使えない。……でも、それはあくまで『今存在する魔術は』の話だ。これから先、新たに生まれる魔術まで絶対に使えないと言っている訳じゃあない。なら、答えは一つしかないだろう?」


「……まさか」


「そう、そのまさかだ。そう……魔術がどれも使えないのなら、使える魔術を新しく作れば良いじゃない!!!」


「発想が天才向け過ぎる!!!」


 なんだその『問題が難しいなら、新しい答えを作れば良いじゃない』みたいなぶっ飛んだ発想は。問題解決の仕方が斜め上すぎて追いつけないのだが。

 ……え? 何? 魔術を作る? まず、そもそも魔術って作れるものなの?


「いやー苦労したよ。なんせ魔術ってのは適性がありが当たり前だからね。そこを敢えて『なし』にして、さらにゼロから一つの術式を編み出すのだから……。多分、これは私レベルの知恵者じゃなきゃ出来ないことだろうね。……褒めても良いんだよ?」


「いや……えっと、うん。凄いね。……ぶっ飛び過ぎててあんまり実感湧かないけど」


「むむ、それは良くないな。……でも大丈夫! 実際に使えば私が一体どれだけ凄いか、きっとよーく分かるはずさ。それじゃ、早速始めよう!」


「え? そんなすぐに?」


 何か難しい準備とか必要になるのかと思ったのだが……どうやらそんなことはないようだ。寧ろ、なんなら今すぐにでも始められそうな雰囲気である。


「さて、説明……と言ってもそう難しいことはないよ。君がするのはたった二つの行動だけだからね」


「二つ……」


「まず、右手を銃のような形にする。そしてその指先を対象に向けたら、一言詠唱するんだ、『アルシエル』とね。それで使えるはずだよ」


「メチャクチャ簡単じゃん!? え、魔術ってそんな楽なもんなの!?」


「まあ使うだけだしね」


 驚きの事実。

 てっきりもっと凄い特訓とかの末に身に着けるものだと思っていたのだが、全然そんなことはなかった。寧ろ小さい子供にだって余裕出来るレベルの行動である。

 ……漫画とかの魔術授業は一体なんだったんだろうか。


「ほらほら。いろいろ言ってないで、まずは使ってみたらどうだい?」


「そう……だな。よし! なんかいろいろと拍子抜けだけど、とりあえずハルマさん魔術デビューといきますか!」


「それじゃ、このビンを狙ってね」


「よしきた!」


 と、いう訳でハルマはガダルカナルが用意したビンに、魔力を込めた右手の銃口を向ける。

 そしてしっかりと狙いを定め、一言。


「アルシエル!!!」


 その魔術の名を詠唱する。


 瞬間、ハルマの指先から放たれる魔力。

 それはまさに銃弾のように空気を切り裂きながらビンに直進していき、そしてそのまま見事にビンを粉々に割ってみせ……みせ……?


「……、……あれ?」


 ……ない。


「……ビン、割れてなくね?」


 放たれた魔力はビンに衝突した瞬間、パンッと紙風船のように破裂。

 そしてそのままビンを破壊したりすることはなく、ちょっとだけ後ろに吹き飛ばしただけでそのまま消えてしまった。

 ……これは、どういうことなんだろうか。


「……えっと、これは失敗したのか?」


「いや? これで成功だよ? 『アルシエル』、それは対象を強制的にノックバックさせるノーダメージ魔術。どんな相手でも確実にぶっ飛ばせる、魔術適性なしの君だけが使える魔術だ」


「……」


「ほら、魔術ってのは普通『魔術適性』という色のついた紐で魔力を束ねるのだけど、君にはそれがないだろう? だから君はどんな魔術を使おうとしても、それが効果を発揮する前に魔力が霧散しちゃうのさ。なので、今回は敢えて魔力が霧散する前に自分から破裂するように術式を組んでみたんだよ。そうすればきっと君でも少しは使えるような魔術になるだろうと思ってね。そしてその目論見は見事に大成功だったという訳だ!」


「……な、なるほど」


 と、にこやかにアルシエルについて語るガダルカナル。

 ……まあ、確かにこれは無能ではない。某なんちゃらジャスティスとか、アバカなんちゃらと比べれば確かに使い道はたくさんあるだろう。

 ……だが、


 ――特級魔術を引き合いに出した後にこれって……。


 直前に話題に出した魔術と、その微妙にカッコいい名前に負けている感がどうしてもハルマには否めないのであった。

 まあ使えるのは確かだし、ガダルカナルは割と本気で苦労したみたいなので、流石にそれを口にはしないが。



 ……まあ何はともあれ。

 こうして、ハルマはついに念願の魔術を会得することに成功したのだった!




【後書き雑談トピックス】

 魔術の名前に関しては某陰魔法をリスペクトしようかな……とも思ったのですが、流石に名前をまんま使うのはマズいかなと思い断念。

 何とは言いませんが、最近それ系の究極に至った問題があったばっかりですし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る