第56話 伝承の賢者
「……私の名前はガダルカナル、人々からは『伝承の賢者』なんて呼ばれている、しがない可憐な世捨て人さ」
突然ハルマの前に現れた少女は、さも当然の事のように自らを『賢者』と名乗る。
普通に考えればそれは絶対にあり得ないことだ。
だって、ガダルカナルが活躍したのは100年も前のこと。
仮に今も生きていたとしても、こんなハルマと同い年くらいの見た目であるはずがない。
その他にもおかしな点をあげればキリがない……が。
「へえ。やっぱりそういう感じか」
ハルマは驚くほどにあっさりと少女の言葉を信じたのだった。
「……え? えええ!? ちょっ、ちょっと!?」
「?」
「ぼ、僕はあの賢者ガダルカナルだよ!? 伝承の勇者ユウキと共に世界を旅した、あのガダルカナルなんだよ!?」
「分かってるよ。今聞いた、君から」
もちろんガダルカナルは驚きが隠せなかった。
自らを『伝承の賢者』だと名乗ったのに、ハルマはまるでちょっとお隣さんと話したくらいの感動しか見せないのである。
てっきりもっとぶったまげると思っていたのに、この肩透かしは流石の賢者も予想外だった。
「あっさりとし過ぎじゃないかなぁ!? もっとここは腰が抜けるくらい驚くべき場面だと思うんだけどなぁ!?」
「……俺を驚かしたかったんなら、いろいろと反省点があると思うよ。まず、でしゃばりすぎ。あんなに何度も幻聴みたいに声聞かされた後だとそんなに驚かない。それに名乗る前に俺と親しく会話し過ぎ」
「……うぐ。仕方ないじゃないか……だって人と話すのは100年ぶりだったから……つい、嬉しくって」
「……、それともう一つ。これは俺特有の現象だけど、残念ながらRPGや異世界ファンタジーで賢者が今も生きているってのはお決まりの展開だ。そんなあるあるを今更意気揚々と叩きつけられても……って感じ」
「それはどうしようもなくないかい!?」
……微妙に脱線していく会話。
別にガダルカナルもハルマを驚かせたかった訳ではないのだが……。
こんなにいろいろ言われるとちょっと悔しくはなってくる。
これでは賢者の面目も丸つぶれだ。
「……で、まあそんなことはどうでもいいんだ。いろいろと聞きたいことはあるが……とりあえずここは何処? 俺はどうなったわけ?」
「『どうでもいい』とは聞き捨てならないけれど……とりあえず今は忘れるとしようか……。で、その辺りの話しもちゃんと今からするよ、でもこんな殺風景にも程がある霧の砂漠でうわ若き男女が立ち話なんて悲しいじゃない。だからまずは場所を変えようと思うんだけど」
「……それは良いけど。え? うら若き?」
「まず一番にそこに触れるのはどうかと思うよ。乙女の配慮が足りていないと思うな」
「御年100歳越えの相手に乙女扱いは厳しいものがあるのでは?」
「……あとでちゃんと説明するけど。今の私の肉体年齢は15歳だ。つまり君よりも年下なんだよ? その辺りはちゃんと把握しておいてほしい」
「15!?」
……ガダルカナルの放つ雰囲気はどう見ても(?)15歳のそれではない。
いや、まああくまで肉体年齢が15歳なだけで、精神まではそうではないから雰囲気に違和感があるのは当然と言えば当然なのだが……。
――俺より2つも年下に見えねぇー……。
それを加味しても、目の前の少女ガダルカナルはハルマよりいくつも年上に見えたのだった。
―塔の中、庭園―
さて、場所を変えると言ったガダルカナルに着いて行ったハルマは、塔の中へ。
しばらく上がったり下がったりを繰り返した後、一つの部屋に辿り着いた。
ガダルカナルはその部屋の扉を少し誇らしげに開けると、そこには――
「……うわお」
美しい庭園が広がっていたのだった。
「どうだい? どうだい? ここは僕の自慢の庭園なんだけど?」
「いや、これは純粋に凄いと思った。メチャクチャ綺麗だな」
「ふふふ。お褒めに与り光栄だよ」
どういう原理なのだろうか。
部屋の中なのに空には雲一つない美しい青空と、春のように暖かい太陽が地面に向けて光を降り注いでいる。
地面には生き生きとした緑の草が生い茂り、所々に色鮮やかな花が咲き乱れていた。
そして暖かな優しい風と共に聞こえて来るには鳥の声。
さらに花の蜜を吸う蝶々たちはその風に上手に乗って、ふわりと空中を流れていく。
そこはまさに、人々が『天国』と呼ぶような空間だった。
「……これ、全部魔術で作ったの?」
「『作った』なんて言い方はしないでほしい。そりゃいくつかは魔術で手を加えてはいるけれども、基本的には全部彼ら自身の命が齎して美しさだよ。私は少しそれを手助けしただけだ」
「そう……なのか。それなのにこんなに綺麗な……いや、人の手が加わってないからこんなに綺麗なのか?」
「それは難しい質問だ。……さて、庭園を気に入ってくれるのは嬉しいけど、いつまでもそこで眺められていても困る。ほら、庭園の真ん中にあるあの椅子に座って話をしようじゃないか」
「お、おう……」
それは、普通の公園にもありそうな在り来たりなベンチだった。
特に見た目に特別感はない。
頑張ればハルマでも作れそうな気がするくらいである。
そんな何気ないベンチに腰を掛けた2人。
少し間をおいて、とうとう問答の始まりだ。
「では、いろいろ聞きたいことがあるんだろう? なんでも聞いてくれたまえ。ああ、なんでもと言ってもあんまりにも配慮に欠けた質問には答えないけどね」
「配慮に欠けた質問?」
「スリーサイズとか」
「聞かねえよ!!!」
中年のセクハラ親父か。
ていうか今時マジでスリーサイズ聞く奴とか居るんだろうか。
もし居るのなら、一体どういうメンタルなのかが割と本気で気になる。
「それで? 僕に聞きたいこととは何だい?」
「……君さ、一人称『僕』と『私』の2つを使うけど、それにはどういう意味合いが?」
「……最初にする質問、それ? いや、別にいいけど」
「ボクっ娘かどうかって創作物だと結構大事よ?」
「……」
素っ頓狂な質問に、ガダルカナルは呆れ半分面白さ半分といった感じだった。
それでもやはり100年ぶりの会話は楽しいのだろうか。
苦笑しつつも、楽しそうな雰囲気は隠さずにハルマの質問に答え始める。
「僕の一人称は基本的には『私』のつもりだよ。でも、昔『僕』と言っていた時期があってね。今みたいにちょっと気分が高揚してると、たまに素が出てしまうことがあるんだ。まあ、つまりは君の仲間のあの子と同じさ。あの子も素が出ると一人称が『僕』になっていただろう?」
「……そういえば」
ホムラの一人称が『僕』になっていたのは……確かマルサンク王国でのこと。
あの時は非常事態なので触れている余裕なんてなかったが、確かにあの時のホムラは一人称が『僕』になっていた。
……今度ホムラにも聞いてみるかな。
「これで納得できたかな? それにしても……やれやれ、この僕にする最初の質問が『一人称について』とはね。君の行動はいろいろと予想が過ぎるよ。賢者の名を返上したくなってしまいそうだ」
「そんな?」
「そんなだよ」
伝承の賢者にそこまで言わせるとはある意味凄い。
……全然誇れたことではないが。
「それじゃ、次は真面目な質問。まず、ここは何処? で、君は何者なのさ。君はっていうのはもっと具体的にな」
「そういう質問を待っていたよ。……まず、ここは『蜃気楼の楼閣』と呼ばれる……隔絶世界とでも言うべき空間だ」
「隔絶世界?」
「世界の裏側という程遠くはないけど、世界の表ではない場所の事さ。エクストラ、番外、そういったものだと思ってくれればいい。僕は事情が特殊だからね、ここでないと生活出来ないのさ。そんな訳だからちょっと君にはここに来てもらった。心配しなくてもちゃんと後で送り返してあげるから、その辺りは安心していいよ」
「分かった、ちゃんと頼むぜ」
「もちろんだとも。……で、次に僕が何者か、なのだけど……。まず最初に言ったとおり僕があの『伝承の賢者ガダルカナル』なことは間違いない。ではそんな100年も前の人物がどうやって今もこの可憐な容姿を保っているのかを説明しよう」
「自分で『可憐』とか言っちゃうのな。いや、まあ確かに君は可愛いけどさ」
「……! あ、あのねぇ……。そういうことをサラッと言ってしまうのはどうかと思うよ……」
「え?」
「……」
自分の発言の重さに気付いていないハルマ。
気付いていないからこそ、それがお世辞ではないと分かってしまうのが余計に質が悪い。
「で、今も僕が若い理由だけど。それはこれのお陰さ」
「……砂時計?」
「これは時の砂と呼ばれるアイテムだよ。これをひっくり返すと、ひっくり返した人の時間が1年前に戻るんだ」
「凄いありがちなアイテム出てきたな」
RPG定番の時間逆行アイテム。
寧ろコレ系のアイテムが出ない方が珍しい気がする。
RPGに置いて『時間逆行』と『記憶喪失』はもう定番中の定番なのだ。
「これ、どういう原理なの? 説明出来ない感じ?」
「説明出来るよ。このアイテムには【強欲】の権能の欠片が詰まっているんだ、それが対象の時間逆行を可能にしている」
「【強欲】の権能……7つの大罪のか」
「そうそう。君達がシックスダラーで出会ったクノープは【怠惰】の権能の欠片を持っていただろう? 要はあれと同じことさ」
欠片でさえ『時間逆行』を行えるとは……やはり権能とは恐ろしいものである。
これを欠片ではなく本当に有している大罪は一体どれほどのものなのだろうか。
そして、10年前にそれをとっ捕まえた奴が居るというのだから……驚きだ。
「さて、これで君の疑問はまず解決されたかな?」
「……そうだな。ここはちょっと普通とは違う世界の『蜃気楼の楼閣』で、俺は君と話しをする為にここに呼ばれた。死んだわけではないし、ちゃんと帰るとこも可能。で、君は100年前にユウキと共に世界を旅した『伝承の賢者ガダルカナル』で、その【強欲】の欠片が詰まったアイテムで今も生きている、と」
「うん。それで間違いない」
「なるほどね……」
とりあえず一番の疑問は解消された。
でも、それで疑問がなくなった訳ではない。
「じゃあ、次の質問」
「なんだい?」
「君は、俺に何の用がある? なにか用があるから、俺を呼んだんだろう?」
「旅仲間の後輩を呼ぶのに用事が必要になるかな? と、思いもするけど今はそれは置いておこうか。……うん、実は君と少し話し合いたいことがあってね」
「話し合いたいこと?」
「ああ。ねえ、君はさ――」
「自分の『最弱』に疑問を抱いたことはないのかい?」
【後書き雑談トピックス】
ハルマのガダルカナルに対する二人称は基本的に『君』です。
この子普段は『お前』が多いからたまに間違えそうになる。
次回 第57話「不可解な『最弱』」
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