第57話 不可解な『最弱』

「自分の『最弱』に疑問を抱いたことはないのかい?」



「……。……え?」


 ニヤっと笑いながら、ガダルカナルはハルマを試すようにそう質問した。

 しかしハルマは言葉の意味が分からず困惑するばかりである。


「『最弱』に疑問って……どういう……」


「じゃあ分かりやすく説明しようか」


「……」


 ガダルカナルの表情にはまだ笑みが残っているが、放つ雰囲気は今までとは少し違う。

 先程のまでの彼女にはない真面目で少し重苦しい雰囲気がそこにはあった。

 故にハルマも少し緊張して、ガダルカナルに向き合い直す。


「……そもそも、君はどういう原理でこの世界に堕ちてきたのか理解しているかな?」


「原理? ……異世界転生ってことじゃないの?」


「違う。僕が言いたいのはもっと根本的な原理、異世界転生そのものの原理だよ」


「……知らない」


 知っているはずがない。

 そもそも元の世界では異世界転生なんて作り話のなかだけのものだ。

 現実に存在しないはずのものの原理など分かっているはずがなかった。

 もちろんそれはガダルカナルも分かっている、あくまで今のは一応の確認だ。


「まあ、そりゃそうだよね。……異世界転生っていうのは、君の世界ではどうかは知らなけど、この世界では一応一つの技法なんだよ」


「技法……?」


「前にあの娘に教わっただろう? 人智を越えた大規模な魔術、魔法のことを。異世界転生も、それに部類されるものなんだよ。まあ、これは魔法のなかでも最上位に値する大魔法だけどね」


「異世界転生が……魔法……。じゃ、じゃあ! 俺がこの世界に来たのは偶然とか、突発的なことじゃなくて、誰かの意志だったってことか!?」


「そうなるね。もっとも、僕にも術者が誰なのかは分からないけど」


「……」


「でもね、今重要なのはそこじゃないんだ。この話題はあくまで本題への前置きでしかない」


「え?」


 ハルマにとっては自分が誰かに呼ばれたという事実の時点でかなり驚きだったのだが……。

 ガダルカナルの話にはまだ先があるようだ。

 確かに、今のところはまだ『最弱』は話題に関わってきていない。


「じゃあ、本題ってなんなんだ?」


「今の前置きから、異世界転生は魔法であり作られた技法であるというのは理解してくれたね」


「うん、それは理解した」


「……だとするとね、君の考えと矛盾する点があるんだ」


「矛盾?」


「君は、自分の『最弱』をどう捉えている?」


「……?」


「もっと単純に言うと、君はなんで『最弱』なんだと思う?」


 どうして自分が『最弱』なのか。

 そんなこと、ハルマは深く考えたことはなかった。

 だって、この疑問の答えは転生してすぐに自己解決してしまえたからだ。


「それは元の世界とこの世界のギャップだろう? 平穏で安全な元の世界で生活してきた俺は、この世界じゃ弱くても不思議じゃないと思うんだけど?」


 そう、世界の常識の違いだ。

 戦いとは無縁な現代の日本で育ったハルマが、モンスターが闊歩する異世界に来れば相対的に弱くなってもなんら不思議なことはない。

 実際この世界では子供達でさえモンスターと戦ったり、魔術を使ったりしているような世界なのだ。

 そんな世界にハルマが付いて行けないのは当然……と今までハルマは考えていたのだが。


「いいや、それは違うよ」


 あっさりとそれは否定されてしまった。


「なんで?」


「考えてみてよ。そんなふうに世界のギャップに付いて行けないような存在を呼びだす魔法に何の意味がある? そんな魔法にどんな需要がある? 異世界転生は確かな意志によって作り出された魔法なんだよ?」


「……確かに」


「転生魔法の最大のメリットはね。異なる世界から人間を呼びだすことにあるんだ」


「異なる世界から人を呼ぶと何が良いんだ?」


「簡単さ。その人物には世界の理が適用されない。だって別の世界で生まれ育った人なんだもの、この世界のルールが適用される訳ないだろう? ……つまり、異世界転生者はルール無視の超人になれるんだよ。元がどんなに弱くてもね」


「へえ……」


 これが異世界転生におけるチート無双の真実らしい。(少なくともこの世界では話だが)

 確かに、世界のギャップに呑まれて役に立たなくなるような奴を呼ぶ魔法なんて何の意味もない。

 ならガダルカナルの話はなんら不思議なことはなかった。

 多分ユウキも同じような原理で最強の存在になったのだろう。

 ……だが、だとすると?


「……ん?」


「ようやく気が付いたかい? 自身の不可解さに」


「……じゃあ、俺はなんで『最弱』なんだ?」


 そう、ガダルカナルの話に不思議な点はない。

 だが……そうだとすれば今度はハルマが『最弱』な理由が分からなくなる。

 この世界の外で生まれた存在なら、こちらにやって来た時点で超人になれるはずなのだ。

 なのに、ハルマは超人どころか一般人にすら劣っていた。


「あれか? 手違いで世界の理が適用されたとか?」


「……それはあまりにもあり得ない話だ。今の君の理論は、手違いで空中に絵を描いてしまった、と言っているようなものだよ」


「じゃあ……なんで?」


「君はね。なんの強化も受けずに転生したんじゃない――」




「寧ろ、信じられない程の弱体化を背負わされて転生したんだ」




「――!!!」


「……何故術者がそんなことをしたのかは、分からないけどね」


 術者による弱体化の付与。

 それがハルマの『最弱』の理由だと、ガダルカナルは言うのだ。


「いや、それこそおかしいじゃないか! 超人を呼び出すことが出来る転生魔法で、なんで『最弱』を呼ぶんだ!?」


「僕に聞かれても困るよ、そこが僕にも一番謎なんだからね。本当に理解が出来ない。味方として呼ぶつもりなら、何故弱くした? 敵となることをあらかじめ理解して弱体化したなら、何故そもそも呼び出した? ……と、こんなふうに考えてもどこかで矛盾点が現れるんだ」


「……他に、理由は考えられないのか? 弱体化付与以外に何か……。ああ、ほら例えば他に転生者がいる為のレアリティのダウンとか」


「それはあり得ない。転生魔法は人智を遥かに超えた神の領域ともいえる魔法だから、使用されれば激しいマナの揺らぎが発生するんだ。つまり僕には感知出来るってこと。そのうえでユウキ降臨以降に現れた異世界転生者は君だけだよ」


「……」


「まあ、そもそも転生魔法そのものがかなりに謎の多い魔法でもあるんだけどね。それでも君が弱い理由は他にそう思いつかないんだ。他に理由をあげるなら『魂の欠損』だが、普通に人生を送ってきた人間が魂を堕とすこともありえない。平和な世界で生まれ育ったなら尚更ね」


「じゃあ、やっぱり……俺は誰かに敢えて弱く呼ばれたのか……?」


「そうなると思う」


 ガダルカナルの話の内容は理解出来る。

 ハルマの矛盾点もちゃんと把握できた。

 だが、その代わりにあまりにも大きすぎる謎が生まれることになってしまった。


 何故、ハルマは『最弱』として呼ばれたのか。


「……なあ、俺はどうするのが一番なのかな」


「うーん……とりあえず現状維持で良いんじゃないかな。君は今後もそのまま仲間と共に世界を旅する。で、その旅のなかで君を呼び出した術者を探し出すんだ。僕たちが理解出来ない謎も、本人に聞けば何かしらの納得した答えが聞けるだろう。そしてそうすれば君が呼び出された根本的な理由も分かるはずだ」


「……それなら、最終的には?」


「元の世界に帰れる……かもしれない」


 ……かなり難しい話だ。

 この広い世界の何処かに居る術者を見つけ出し、その要望を叶えなくてはならないなんて。

 確かにあのままだったらハルマは電車に轢かれて死んでいたから、術者は命の恩人と言えなくもないが……だからって少し無茶ぶりが過ぎるだろう。

 それに……。


「『かもしれない』ってことは……帰れる確証はないのか?」


「前例がないからね。ユウキは……元の世界に帰ることなく死んでしまったから。転生してきた者が元の世界に帰った事例がないんだ」


「マジかよ……」


 いろいろと不安定というか曖昧過ぎる。

 分からないこと、理解出来ないことばっかりだ。

 ハルマの元の世界に帰りたいという願いも、あまりに遠い夢の話のように思えてくる。

 だが……。


「手順は示されたんだ。なら、やるっきゃないか……」


「凄いね。この状況でもめげないなんて」


「この愚直さだけが俺の取り柄だから」


 諦めることはしなかった。

 どんなに遠く離れていても道はあるんだ。

 なら、ハルマに出来ることはその道を進んでいくことだけ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


「ありがとう、ガダルカナル。とりあえず今後は君に教わった通りにするよ。ホムラのお兄さんを正気に戻すのと一緒に、俺をこの世界に読んだ術者を探してみる」


「うん、そうするといい。僕も出来る限りのサポートはしていくつもりだからね。まあ、全面的にとはいかないけど」


「なんで?」


「一つ、僕は表の世界とはかけ離れた存在だから。つまり、あまり大きくは関われないんだ。あまりに確信に迫ることを君に教えようとすると、僕はこの世界からも消えてしまう。仕方ないね、時間の流れに逆らって今も生き続けているんだし」


「……」


「そしてもう一つ、僕にも僕のやることがあるから。100年も生きながらえている時点でお察しさ」


「……ちなみにそれがなんなのかは?」


「秘密。これは個人的な理由でだけど」


「そっか」


「……」


 ならそれ以上のことをハルマは聞きはしない。

 この少年、ホムラの時もそうだったが、やけに人の秘密には寛容的なのだった。



 さて、これで一応話もひと段落着いた。

 少し間を置いて休憩したあと、ガダルカナルは再び話し始める。


「……さて、そろそろ君は帰った方が良い。ここと表は時間の流れ方が違うとはいえ、もうすぐ表でも1時間は経過する。あんまり長いこと居ないと仲間たちを心配させてしまうだろう?」


「だな……。で、今度ここに来たいと思った時はどうすればいいの? また湖に落ちるか?」


「そんなことしなくても大丈夫だよ。今、君の夢とここのリンクを繋げた。『ここに来たい』と思いながら寝れば今後はいつでも来ることが出来る。ああ、湖に飛び込みたいというなら僕は止めないけど」


「別に飛び込みたい訳じゃないんですけどね。てか、夢とのリンクとか便利だな……」


「夢は隔絶世界への一時的な移行のようなものだからね。睡眠のなかで精神だけが肉体を離れて漂ってくるのさ」


「へえ……」


 意外な夢の事実。

 なら寝てるのは死んでいるようなもの、というのもあながち間違いではないのだろうか……。

 話を聞く限りつまりは幽体離脱的なものらしいし。


「てか、それが出来るならなんでわざわざここに来るまでしなかったわけ? なんか理由でも?」


「最初は直接足を運んでもらう必要があったんだよ。リンクがなくてもガダルカナル大魔書館の近くとこの大陸でなら声を届かせるくらいくらいは出来るけど、1回直接対面しないとここ呼ぶことは出来ないんだ」


「なるほどね。……ってか、じゃあ試練の洞窟で聞こえたあの声はもしてかして君のだったのか?」


「そうだよ。あの時は君が少しマズい状態になりかけてたからね」


 まさかのここにきて地味に謎だった声の正体が判明。

 多分ここから遠く離れたガダルカナル大魔書館の近くにも声が届くのは、そこが彼女と縁深い場所だからだろう。実際名前に『ガダルカナル』って入ってるし。


「あ、あともう一つだけ。ここにホムラ達は呼ばなくていいの?」


「来れるなら歓迎したいんだけどね。多分彼女たちはここに来れない、いや正確にはこの場に居続けられない」


「どゆこと?」


「ここは特殊な空間だからね、マナの濃度が表の世界の何十倍もあるのさ。マナは酸素のようなものだ。少ないと害があるけど、多くても有害になる」


「……具体的には、どんな感じで?」


「激しい頭痛、吐き気、目眩。この豪華3点セットがここに居る間ずっと襲ってきまーす」


「怖!?」


「でしょ? ちなみに君が問題ないのは、魔術適性がないからだと思うよ。最弱が故の特権だね」


「嬉しくねえ……。てか、ガダルカナルも居るから特権じゃないじゃん」


「あ、確かに。……、……とまあ、そんな訳だからあの子はここには来れないよ。それとここのことも出来ればあまり話さないでほしい。さっきも言ったように僕は深く表に関われないからね」


「もし仮に話したら?」


「君を道連れにして一緒に消えるかな」


「よし決めた。絶対に誰にも話しません」


「決断早いね!?」


 ハハハと笑い合う二人。

 さて、しばらく長々と話してしまったが、そろそろ本当に帰りの時間だ。


「さて、よっと」


「おうわ!? 何!? ドア!?」


「帰りの出口さ。……またいつでも来てよ。私はいつでも待ってるからね」


「もちろん。これからもよろしくな」


「ああ、こちらこそ」


 笑顔で別れを告げたハルマはドアの外へ。

 こうして蜃気楼の楼閣には再び静寂が訪れた。

 されど、此度の静寂は前回のようにそう長くは続かない。

 またすぐにでも訪れる来客が来るようになったから。


「……やれやれ、分かっていてもどこか心苦しくなるものだね。君は本当にびっくりするくらいユウキに似ている。フォルト君が泣きたくもなる訳だ」


 その来客には聞こえないように一言を零して。






 ―目が覚めて―

「……ん」


 気が付くと、ハルマは柔らかい芝の上に寝ころんでいた。


「……ここは」


 ハルマが寝ているのは水汲みに行く前にのんびりしていた場所だ。

 どうやらご丁寧に元の場所にまで返してくれたらしい。

 それに……。


「水汲みまでしてるし。アフターサービスも万全ってか?」


 バケツにはちゃんと綺麗な水が汲まれていた。

 おまけに服もちゃんと乾いている。

 ……至れり尽くせりか。

 と、その時。


「あ、ハルマ見っけ。こんな所に居たのね、……昼寝してたの?」


「うん、ここ凄い気持ち良くて。ホムラもする?」


「……そうね、じゃあちょっと私も。……って、ハルマ、そのバケツは何? 休んでって言われたのに水汲みしたの?」


「あ、えっと、これは……。……ううん、これは俺じゃないよ」


「あらそう? てっきりハルマかと思っちゃった。だって、貴方いつもこういう時にそういうことするじゃない」


「ははは……」


 まあ、実際しようとしていたのだが。


「さて、もうちょっとゆっくり休むか。この先もまだまだ長いしね」


「珍しいわね。ハルマがそんなこと言うなんて」


「……俺ってそんなストイックなイメージある?」


「かなりね」


「あれま」


 まあ確かに、今まではそんなに休むことなどは考えてこなかったし、考えないようにしていた。

 だが、流石のハルマのこの先の長い長い道のりを前にした今では、少しそんな気も揺らいでしまう。


 ――たまには良いよな。諦めるわけでも、投げ出すわけでもないんだから……。


 遠い何かに確認するように、一抹の不安を感じながらも。

 ハルマは珍しくゆっくりとした休息に身を委ねるのだった。




【後書き雑談トピックス】

 ホム「フフッ、可愛い」

 ジバ「な!? なんでハルマを膝枕してんの!?」

 ホム「隣で寝ちゃったから、つい。ハルマには内緒にしといてね」

 ジバ「……くうぅぅ! 羨ましい……」

 ソメ「僕の膝なら空いているけど?」

 ジバ「膝枕なら誰でもいい訳じゃないのよ」



 次回 第58話「聖王国 キャメロット」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る