第42話 幸せになろう

「はい、これで終わり」


「ありがとう。うん、やっぱりホムラの癒術はよく効く」


「それ、普通はおかしいことなんだけどね」


 少し苦笑しながらホムラはそう言う。

 実際、ホムラの癒術は最高に効きにくいはずなのだが、何故かハルマにだけはよく効くのだ。

 そんなよく効く癒術のおかげでハルマはようやく傷が回復。

 折られた腕や腹の切り傷もやっとなくなり、久しぶりにどこにも痛みを感じない。


「大丈夫? もうどこも痛くない?」


「うん! 久しぶりに全回復だ! なんか凄い清々しい気分だよ!」


「それは良かった」


 フフッと笑いながらホムラはハルマに返事をしているが……。

 やはり今までと違ってどこか距離がある。

 もうその耳や尻尾を隠すことはしていないが、ホムラの態度はどこか他所他所しかった。


「……あ、えっと、ハルマ」


「ん?」


「その……ごめんなさい。勝手に居なくなったりして。皆に変な心配掛けちゃうことは分かっていたけど……我慢出来なくて……。今後はもうこんなことはないように気を付けます。本当に、ごめんなさい」


 深々と頭を下げるホムラ。

 だが、それはやり過ぎとは言えないだろう。

 事実、ホムラはハルマ達は相当心配をさせてしまったし、間接的にとはいえハルマはそのせいで大怪我をした。

 第三者から見れば謝罪くらいじゃ足りないくらいではないか、とも思いたくなるような事態だが……。


「そんなに気にしなくても大丈夫だよ」


「……え?」


 ハルマは一切怒りを見せることはなかった。

 それどころか、ホムラの弁護さえしている。


「ホムラの気持ち、あくまで想像の上での話だけどね。なんとなく……俺も分からないことはないから」


「……どういうこと?」


「俺にも姉さんが居たんだ。凄く凄く優しい姉さんが」


「……」


 初めての聞いた事実に少し驚くホムラ。

 ハルマは一人っ子だと、ホムラはどこかで勝手に思っていたので、姉がいるということは少し意外だったようだ。


「俺は、今メチャクチャ弱い……それこそ『最弱』って言っても過言じゃないくらい弱いけどさ。それは別にここに来てから始まったことでもないんだ」


「そうなの?」


「うん。俺は元の世界に居た頃から弱かった。生まれつき病弱で、何度も何度も死にかけたよ。他の子みたいに運動なんて出来なかったし、学校にもまともに行けなかった。最近は大丈夫になってきたけど、今でも他の人と比べればいろいろ弱い所がある」


「……」


「そんな俺を支えてくれたのが姉さんだった。父さんと母さんは俺が小さい頃に死んじゃったから……尚更俺にとって凄く大切な人なんだ」


「凄く、いいお姉さんなのね」


「うん、メチャクチャいい人だよ。疑う余地もないくらいね。……俺はさ、ホムラの昔のこととか、お兄さんとの関係は分からない。でも、俺の姉さんがホムラのお兄さんみたいなことをしてたらって考えると……俺にもホムラの気持ちは少し分かるからさ」


「……」


「ああ、ごめんね。勝手なこと言っちゃって、えっと、ほら、俺はさ……」


「良いよ、そんなに深く考えなくても。ありがとう、ハルマの言いたいことは凄くよく分かるから」


「そう?」


「うん、分かるよ」


 てっきり「知ったような口を利かないで!」とか言われるかも、と思っていたハルマだったのだが。

 意外とホムラはそんなことはなく、やんわりとハルマの気持ちを汲み取ってくれた。


「……兄さんも、ハルマのお姉さんくらい凄くいい人なの」


「え?」


「だから、私の兄さんの話。私は……まあ見ての通り人間とは違うでしょう?」


「うん、まあ、ちょっとだけだけどね」


「そのちょっとも他の人には大きく見えるみたいよ。だからかしら、私と兄さんは物心がついた時から両親は居なかったの。寒くて、暗くて、汚いスラム街の路地裏に2人だけで住み着いてた」


「……」


「凄く、凄く辛い毎日だった。いろんな人から酷い目にあわされて、衣食住のどれもまともに取れなくて、何のために生きてるんだろうって思うくらい。……でもね」


「でも?」


「私はその時に死んだりはしなかった……兄さんが居てくれたから。兄さんは凄く優しいの、服とか食べ物とか私にたくさん分けてくれるし、『半獣の賢者』って呼ばれて差別される私をいつも庇ってくれた。『いつか幸せになろう』ってこんな私にも言ってくれた」


「……」


「だから、そのぶん此間のことはちょっとショックが大きかったかな……」


 無理もない話だ。

 昔からずっと、命の意味を問うくらいすり減った精神を支えてくれた人にあんなことを言われてしまった。

 それなら誰だってショックを受けるのが普通だろう。


「それでね。ちょっと……変なトラウマを思い出しちゃったの」


「トラウマ?」


「うん。ほら、さっきも言ったけど私って『半獣の賢者』でしょ? ……半獣は曖昧な存在だからなのか、人間や獣人と違って感情の制御が種族的に難しいの。そんな存在なのに賢者の力を持ってるなんて危険極まりないって」


「……」


「お前なんか生きてちゃいけないんだ、って昔言われたことを……。思い出しちゃって」


「――! 酷い! 最低だよ、そんなこと言った奴は! そんなの気にする必要なんて微塵もない! 寧ろそいつの方だよ、生きてちゃいけないのは!!!」


「ああ、ハルマ落ち着いて。昔の話だから」


「昔の話だからって!!!」


 ハルマは怒らずには居られなかった。

『生きてちゃいけない』なんて、人間が使っていい言葉ではない。

 最低の、最悪の、命の尊厳を踏みにじるクズの言葉だ。

 そんなことを小さな子供だったホムラに言った奴が居るのかと思うと、怒りが湧き出てしょうがなかった。


「大丈夫よ、私だってそんな言葉は真に受けてないから」


「……」


「でも、でもね。たまに少しだけ疑問に思っちゃうこともある。こんな危険な、いつ火がつくかも分からない爆弾みたいな存在に、幸せになる権利なんてあるのかな……って」


「あるよ」


「え!? 即答!?」


 迷いもなく放たれたハルマの一瞬の返答。

 これには流石にホムラのびっくりである。

 まるで最初からホムラがこの言葉を言うのを知っていたのかのようだった。


「あるよ、あるに決まってるじゃんか! 罪をおかした訳でもないのに幸せになる権利がない人なんてこの世には一人もいないよ!!! ただ生まれが他と少し違うことの、何が悪いって言うんだ!?」


「……ハルマ」


「それに、お兄さんも言ってくれたんだろう? 『幸せになろう』って。願ってくれたんでしょう? なら、ホムラにだって幸せになる権利はある。この世界で、幸せに生きていく権利をちゃんと持ってる」


「……」


「だからさ、そんな疑問抱く必要なんて微塵もないんだよ。なろうよ、幸せに。生きていて、生まれて良かったって思えるくらいの人生を送ろう。ホムラだってそうなって良いんだから」


「本当に? 私が、私がそんなふうになってもいいの……?」


「もちろんだとも。罪人でもない限り、その権利が踏みにじられることはないよ」


「――!」


 ハルマには何かの立場がある訳ではない。

 故に、公然的にそれを確証できるのか、なんてつまらないことを言われたら、出来ないとしか言えなかった。

 しかし、ハルマは珍しく心の奥底から確信を持って今の言葉を紡いだ。

 罪人でもない限り、この世界に生まれた全ての人には幸せになる権利があると。


「お兄さんも、今は様子がおかしいけど。きっと元に戻せるさ。そしたら今度は街でお兄さんとホムラ……ああ、後はジバ公の奴も入れてやって、幸せに暮らせばいい。そんな人生を送っちゃおうよ」


「……ありがとう。そうね、そんな未来を迎えられるなら……とても幸せだわ」


「でしょ? そして、ホムラにはそんな未来を迎える権利もちゃんとあるんだから。変に疑問に思う必要もないんだよ」


「うん、そうする。……本当にありがとう、ハルマ。そんなこと言ってくれたの、兄さん以外だとハルマが初めてよ」


「……」


 酷い奴ばっかりだ、とハルマは心底思う。

 自分が同じことをされたらどう思うとか考えられないのだろうか。

 何の罪もない少女に「生きることが罪だ」なんて言うとは、とてもじゃないが人間とは思えない。


「さてと、そろそろ俺達も戻ろうか。あんまりこれいじょう2人で話してると、ジバ公が嫉妬でおかしくなっちゃうから」


「おかしくってどんな感じに?」


「ん、そうだな……。とりあえず、俺の安否は保証できない」


「それは大変ね。すぐ戻らないと」


 すっかり元気になってくれたホムラは、犬のような尻尾を振りながらテントに戻っていく。(可愛い)

 が、途中でくるっと振り返り、笑顔でハルマに一つ訂正した。


「あ、そうだ」


「?」


「さっきの未来構想、私と兄さんとジバちゃんだけじゃなくて、ハルマもね」


「俺?」


「うん、だってハルマだけ仲間外れなんて酷いじゃない。ハルマは帰ることが最終目的でも、一緒に暮らすくらいはおかしなことでもないと思うのだけど」


「……あ、うん。そうだね」


 ホムラの発現には特に深い意味はない。

 ただ、当然のようにそう思ったから、そう言っただけだ。

 だが、その発言がハルマはとても……痛い一言だった。




 ―テント―

「おや、戻ってきたようだね」


 さて、テントの近くに戻るとそこにはソメイとジバ公が居た。

 焚火でなんかを焼いている感じからして、晩御飯の準備でもしているのだろうか。


「ホムラちゃーん!!!」


「うわ! ジバちゃん、飛び込んできたら危ないでしょう?」


「あ、ごめんなさい。でも、僕心配で……。大丈夫? どっか怪我してない? 酷い目には合わされなかった? ハルマに変な事言われてない?」


「おい、こらジバ公」


「ごめんね、心配かけて。私はどこも問題ないよ。ありがとう」


「お礼なんて必要ないさ! 僕がホムラちゃんのことを思うのは、呼吸レベルで当たり前のことだからね!」


「スライムって呼吸するの?」


「するよ」


 まったく……ジバ公の揺るがぬホムラ愛は流石だと、ハルマは改めて実感する。

 どこか自分も見習うべきところがあるのでは……と思ってしまうくらいだ。


「やれやれ……って、あれ? ボサボサは?」


「ガーリックさんなら、今頃街のど真ん中で演説をしているんじゃないかな。なんせ12年ぶりにやっと街を取り返したんだからね。言いたいこともいっぱいあると思うよ」


「そっか」


「……それで、君がハルマ達の言っていた……ホムラさんだね」


「あ、はい、そうです」


 そういえば、ホムラとソメイは今が初対面だ。

 お互い話ではお互いのことを聞いてはいるが。


「えっと、ハルマ達のことをたくさん助けていただいたみたいで……本当にありがとうございます。……ソメイさん」


「ソメイで大丈夫ですよ、あと敬語も。それに今回の件も完全に個人的な感情でやったことですので、そんなお礼を言われることではありません」


「それでもです……じゃなくて、それでもよ。本当にありがとう、ソメイ。後、私も呼び捨ての状態で大丈夫です」


「承知。では今後はそのように」


 なんだろうか、この清潔感の半端ない会話は。

 ガサツなハルマやジバ公には到底たどり着けない領域な気がする。

 と、一通り挨拶を済ませたところで、ソメイが話を始めた。


「……さて、皆揃ったところで少し話があるんだ。ジバ公とはもう話したことなんだけど」


「?」


「実は、僕がこの辺りに来たのはとある事件の調査の為なんだ。まあ、これも完全な私用なんだけど」


「調査?」


「ああ、先日のマルサンク王国襲撃についてだ」


「――!」


「マルサンクは個人的に僕と縁のある国でね。特別に許可をもらって襲撃事件について調査していたんだ。そのタイミングでガーリックさんに協力を頼まれて……今に至るという訳だ」


「……」


「それで……そのマルサンクの襲撃者はホムラのお兄さんで、君達はその人を追っている……とジバ公に聞いたんだけど、あってるかい?」


「うん、合ってるわ。私達は兄さん……ああ、名前はグレン・フォルリアスって言うんだけど、とりあえず私達が現状兄さんを追って旅をしているのは間違いないわ」


「やはりそうか。……なら、君達に一つ提案があるんだけど」


「?」


「僕も一緒に同行させてくれないかな?」


「!?」


 突然の発現に、流石にハルマとホムラは驚きが隠せなかった。

 唯一事前に聞いていたのであろうジバ公は驚いていなかったが。


「僕と君達の目的は同じ、そのグレンという人物の追跡だ。なら、お互いに損はないと思う。それに、仮に追いつけたとき彼の関係者であるホムラ、君が居てくれるととても助かるからね」


「……ソメイは、兄さんに追いついたらどうするつもり?」


「うーん……現状はまだ、なんとも言えないな。ジバ公の話から、君のお兄さんがそういうことをするような人物ではないというのはよく分かった。だが、そうなのだとすれば君のお兄さんがそんなふうに豹変してしまった原因があるはずだろう?」


「そうね」


「僕は騎士として以前に、そんな危険な何かがあるのならそれを見過ごしたくはない。マルサンクでは死者は出なかったが、この先どうなるかは分からないからね」


「……」


「大丈夫。少なくとも、君のお兄さんに不平等なことを突きつけたりはしないさ。それは約束する。ただ、僕は今目の前にある危険を放置したくないだけだからね」


「……分かった。私達をたくさん助けてくれた貴方の言葉だもの、信じるわ。なら私は同行に反対はしないけど、ハルマは?」


「もちろん俺もさ。これからよろしくな、ソメイ」


「! ありがとう! ああ、よろしく頼む。ハルマ、ホムラ、ジバ公」


 ハルマとソメイは固く握手を交わす。

 さて、だがもう少しだけソメイの話は続いた。


「それで……君達は次グレンがどこに向かうか、何か見当はあるかい?」


「特には……今までも道なりに進んできただけだから」


「そうか。なら、僕に一つ当てがあるんだけど、次はそこに行ってみないか?」


「当て?」


「ああ。話の内容からして、グレンが狙っているのは『オーブ』と呼ばれる宝石のようだ。なら、彼が次に向かうのは恐らくこの先にある国、『覇王国 ケルト』だと思われる」


「覇王国 ケルト!!!」


 ハルマも噂には聞いていた。

 五大王国と呼ばれる特別な王国のひとつ、このレンネル大陸の大国。

 覇王国 ケルト。

 ソメイは、そこにグレンが向かっていると言ったのだった。


「ケルトにもそういった宝石があると話を聞いたことがあるんだ。まあ、ケルトのアラドヴァル王が負けるとはあまり思えないが、行ってみる価値はあると思う」


「もちろんだ、ホムラとジバ公もそこで文句ないか?」


「ええ!」


「僕も文句ないよ」


「なら、決まりだな!」


 こうしてハルマ達は新たな仲間、ソメイ・ユリハルリスと共に覇王国ケルトに向かうこととなった。

 いつかの幸せを掴み取る為に、旅はまだまだ終わらない。




【後書き雑談トピックス】

 シグルスの面子は全員ソメイの手によって正式に捕縛されることに。

 どっかの国で強制労働させられることになったそうな。

 まあ、自業自得というやつです。



 次回 第43話「覇王国 ケルト」

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