第41話 ガーリック・モルドメイン

「それじゃあ返すもん返してもらおうか! クノープ・シグルス!!!」


 ハルマ達とクノープの間に突然割って入ったガーリック。

 彼は高らかに奪還宣言をすると、恐れることなくクノープに向かって行った。


「まだ死んでいなかったというのならぁ、もう一回殺して差し上げましょうぅ! やれぇ、お前達ぃ!」


「はっ!」


 クノープの指示に従い、後ろから様子を見守っていた護衛と思わしき2人の男が出撃。

 屈強な肉体の大男2人が容赦なくガーリックを倒そうとしてくる、が――


「しゃらくせえ!!!」


「――!?」


 大気を震わせる鋭い一撃を一発ずつ。

 たったそれだけのことで2人の護衛はその場に倒れることになった。

 ドサッと巨大な肉体がその場に崩れ落ちる。


「馬鹿なぁ! 馬鹿なぁ!! 貴様ぁ、一体何をしたぁ!!!」


「何を……って、簡単なことだ。ただ殴っただけさ」


「そんな訳ないだろうがぁ! それだけでぇ、この2人が倒されるはずがないぃ!!!」


「事実から目を逸らすんじゃねえよ。理屈なんてどうでもいいんだ、今事実としてこいつ等は倒れたんだからな」


「おぉ、おのれぇ……!!!」


 クノープは余程現状が信じられないのか、未だに心底気に食わないといった表情でガーリックを睨んでいる。

 しかし、それでも事実は変わらない。

 2人の護衛は、確かにガーリックに一撃で倒された。


「すげえ……ボサボサ、お前こんなに強かったのか……」


「まあ、いろいろあったからな」


「いろいろって……」


「安心しな、お前さん達は十分に仕事をしてくれた。なら後はこのガーリック・モルドメイン様が怪我無く家まで帰してやるよ」


 ニヤっと笑うガーリック。

 その顔には微塵も『不安』や『恐れ』はない。

 まだ一切行動をおこしていないクノープが眼前に控えていても、ガーリックは自分が負けるなんて全く思っていないのだ。


「フッ……、私も随分と舐められたものですねぇ」


「あ?」


「お忘れですかぁ? 12年前に貴方を下し、このシックスダラーを奪い取ったのは他ならぬ私なのですよぉ? 一度ぉ、私にぃ、は・い・ぼ・くしたことをぉ! お忘れですかぁ?」


「12年前と今が同じだと思うなよ。あの時の俺と同じだと思ってたら……死ぬぞ」


「12年前に奪い取った……?」


「ジバ公?」


 クノープの言葉に何か気になることでもあったのだろうか。

 ジバ公は初めてガーリックの名前を聞いた時のように、再び悩み始める。

 だが、今回は答えが出るのは早かった。


「……、……! 思い出した! ガーリック・モルドメインが誰なのか!!!」


「!? 知ってるのか!?」


「ああ、知ってるとも! ガーリック・モルドメイン、それはシックスダラーの大親分の名前だよ! つまりはシックスダラーの支配者だ!!!」


「……え? えええええええええええええええ!?!?!?!?!?」


 1ミリも想像していなかった正体にハルマは驚きが隠せない。

 逆に、そもそも彼のこともよく分かっていないホムラはただ困惑しているだけだったが。


「お前が、お前がか!? よく漫画とかで見る『どうか恵んでください』って言ってる爺さんみたいな見た目のお前が、大親分!?」


「お前さん、随分と失礼なこと言ってくれるじゃねえか。まあ、一応『元』になっちまった今じゃあんまり文句は言えねえけどよ。……そのスラ公の言う通りさ、俺がこのシックスダラーの真の支配者、ガーリック・モルドメイン様だ!!!」


 ガッハッハと笑いながらガーリックはそう高らかに宣言する。

 ハルマは未だに信じられず、訝し気にガーリックを見ていたが……。

 そこにクノープが割り込んできた。


「『真の』なんて言葉は使わないでほしいものですねぇ。このシックスダラーの支配者は、私!……なのですからぁ。12年前にぃ、無様に敗北した貴方にそんな二つ名を名乗る資格などないのですよぉ!」


「だから今日はそれを取り返しに来たんだ。ホント、苦労したぜ。なかなか条件が揃わねえからな」


「条件?」


「そうだとも。俺がコイツより強くならなきゃいけねえし、ちゃんとした立場の人間も必要だったし、それ相応のあくどいことをするのを待たなきゃならなかったし……といろいろ待たされたからな」


「……」


「だが、ようやく条件が全部揃った。後は俺がテメエをぶっ飛ばす、それで全部が終わりだ」


「それがぁ! 不可能だと言っているのですよぉ!!!」


 瞬間、凄まじい突風が廊下を吹き荒れる。

 そしてそれに合わせて瞬間移動したかのようなスピードで動いたクノープが、鋭い拳の一撃をガーリックに突き出していた。

 しかし、ガーリックはそれを難なく回避する。


「何ぃ!?」


「遅いんだよ! 分かってはいたが、テメエは何も変わってねえな!!!」


「ぐおぁあああああああ!?」


 回避と共に流れるようなガーリックの蹴りがクノープを襲う。

 クノープはそのまま蹴り上げられたボールのように、勢いよく天井に叩きつけられ床に転げ落ちた。


「何故ぇ!? 何故避けられたぁ!?」


「当たり前だろうが。12年趣味の悪い椅子に座って笑うだけだったテメエと、テメエをその椅子から引きずり落とす為に努力し続けてきた俺が同じだと思うな」


「そんなぁ、『努力』なんてものでぇ! 私の授かりし【怠惰】の権能が避けられたとぉ!?」


「【怠惰】の権能……?」


 クノープが7つの大罪から権能を分けてもらっている……とは聞いていた。

 ならば彼が分けてもらったのは、大罪の1つの【怠惰】ということなのだろうか。


「【怠惰】ってのはクノープの野郎が分けてもらった権能さ。もちろん本物の【怠惰】とは天と地ほどの差があるが……、アイツの能力も初見じゃ結構厄介だ」


「どんな能力なんだ? さっき移動した時にちょっと動きが異様だったけど……」


「よく見てたな、良い観察眼だ。権能ってのは会得した奴によって効果が変わるんだが、アイツの場合は『圧力』を操作する権能になってる」


「圧力?」


 圧力、つまりは水圧や空気圧といった押す力のことだ。

 それを操作するとはどういうことなのか。


「簡単に言うと、殴った時に押される空気の圧力をハチャメチャにデカくして尋常じゃない威力の一撃にしたり、さっきみたいに移動スピードを人間離れしたものに出来る。ちょっとした動きをするだけで良い、まさに【怠惰】にピッタリの能力だろ?」


「そ、そうだな……」


「よくご存じのようじゃないですねぇ! ならぁ、分かるでしょうぅ!? 貴方が私に勝つなど不可能なのですよぉ!」


「あれだけ綺麗に避けられておいてよく言うぜ、一発くらっても理解出来ないのか?」


「あんなまぐれがぁ、いつまでも続くと思うなぁああああああああ!!!!」


 思惑を崩されたことが余程に腹に据えかねたらしい。

 分かりやすく怒りを露わにしたクノープは再びガーリックに殴りかかる……が。

 やはり攻撃は一発も当たらなかった。


「おのれぇ!!! ちょこまかとぉ!!!!!」


「テメエの高速移動は確かに速い。だがな、それは所詮圧力で吹き飛んでいるだけなんだよ。つまりは直線移動しか出来ねえんだ、だからしっかり見てれば避けるのは案外簡単なんだぜ?」


「何をぉ! 偉そうにぃいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!」


「分かってねえから教えてやってるのさ。それにお前の攻撃もそうだ、一撃一撃は強えがやっぱりどうしても直線的、どんなに強くても当たらなきゃ意味がねえ」


「ぬぅううううううううううあああああああああああああ!!!!!!!!」


「もう一度言うぜ? 12年間怠惰を貪っていたテメエと、12年間勤勉を積んできた俺とじゃ……もう天地の差があるんだよ!!!」


「がぁあああああああ!?!?」


 再び繰り出される強烈な蹴り。

 クノープは綺麗にそのまま吹き飛んでいき、壁に勢いよく叩きつけられる。


「すげえ……」


 ガーリックの強さは圧倒的だった。

 何より凄いのが、ガーリックのはクノープと違い『権能』だとか言ったものを持っていないという点である。

 つまり素の力であのレベルなのだ。


「認めないぃ……、認めないぃ……、認めないぃ……!!!」


「好きにしろ。テメエがどう思おうが、事実は変わらねえんだよ」


「がああああああああああ!!!!!!!!」


「――なッ!」


 崩れ落ちたクノープは苦し紛れの一発をその場で放つ。

 もちろん拳自体はまるで届いていないが、僅かに押された空気が権能によって弾丸のように変貌して襲い掛かってくる。

 しかし、その相手はガーリックではなく――


「え?」


 戦況を後ろから見守っていたハルマだった。


「危ない!!!!!」


「!?」


 咄嗟にガーリックが割って入ったことでハルマは無事。

 しかし、代わりにガーリックがまともに空気圧をくらって吹き飛んでいく。


「ボサボサ!!!」


「ふっ、はははははは! あははははははははは!!!!! ざまあみろぉ! 私にぃ! 私に逆らうからこうなるのだぁ!!!」


「クノープ!!!」


「遅いぃ、遅いのですよぉ! 今更私の名を怒鳴ったところで時すでに遅しぃ! ガーリックは私の権能の一撃をまともに顔に受けましたぁ! ならば首の骨は折れ命は既にないでしょうぅ! ははははははは! あははははははははは!!!」


 狂ったかのように、クノープはその場で大笑い。

 未だ彼は床に突っ伏しているが、それでもハルマ達なら倒すには十分な体力と実力がある。

 万事休す、一気に逆転されてしまった。


「さあぁ! 貴方達にもぉ! 粛清をぉ!!!」



「――だから言っただろうが、テメエと俺とじゃ天地の差があるって」



「!?」


 響いた聞き慣れた声にクノープは目を見開くが――遅かった。

 倒れ込むクノープの顎を彼は容赦なく蹴り上げ、見事にうつ伏せの状態から仰向けにひっくり返した。


「な……ぜぇ……!?」


「テメエの攻撃一発で俺がくたばる訳ねえだろうが。ふざけてんのかお前」


「なぁッ!?」


「よく覚えておきな、最強イコール勝利じゃねえねんだ。強くても負けるときは負けるんだよ」


「おのれぇ……! このぉ……化け物めぇ……!!!」


 その一言を最後にクノープは失神。

 仰向けにぶっ倒れて……ピクリとも動かなくなってしまった。


「……死んでないよな」


「当たり前だろうが、そのくらいの加減は分かってるさ」


「お前は大丈夫なのか? 思い切り顔面にくらってたけど」


「まあメチャクチャ痛かったが、死にはしねえから問題ないな」


「……」


 化け物という表現はあながち間違っていない気がする。

 いくらなんでも人間離れし過ぎだろうに。


「えっと……これで終わり……か?」


「多分な。どのみちコイツをとっ捕まえたんだ、後は時間の問題だろうよ。残党が居たところで俺の敵じゃねえしな」


「……」


「騎士サマの方も上手くやったみたいだし。お前さんもお仲間帰ってきたし、万々歳ってところだろ」


 ハッハッハとガーリックは嬉しそうに笑う。

 こうして、シックスダラーを巡る戦いは終結を迎えたのだった。




【後書き雑談トピックス】

 メチャクチャ強いガーリックだけど、12年前はそうでもなかった。

 実際にクノープに半殺しにされてシックスダラー盗られてるし。

 強くなったのは事実12年の努力の成果なのである。


 

 次回 第42話「幸せになろう」

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