第129話 賢者の愚行
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ……疲れたぁ……」
「うんうん。お疲れ、ハルマちゃん」
手に持つ木材を豪快にバラまきながら、勢いよく砂浜にドロップアウト。
汗だく、泣き跡、生傷を多数抱えながらもハルマは無事、この恐ろしい『草食の島』での材料集めから生還する事に成功した。
「ナイスファイト、俺ぇ……! いや、ほんとにマジで頑張りました。てか今日は一日ずっと頑張りました、はい」
「そうだね、それはそうなんだけど……。ただの木材集めで一体何故そこまでボロボロに?」
と、そんなハルマを不思議そうに覗き込む、ハルマとは対称的に傷はおろか汚れ一つ付いていないソメイ達。
3人ともその様子からして、どうやら今回のおつかいは余裕も余裕だったようだ。
……いや、まあ彼らが強いのはもう重々知っている事だけど。
だとしてもこのジャングルに探索に行って、汚れ一つ無しは流石におかしくないだろうか。……意外とそうでもないのか。
「洗濯が楽でいいですね、こんちくしょうめ。……で? 俺がなんでこんななのかって? そりゃあアンタ、この島をうろつく食肉植物ちゃん達にたくさん遊んでもらったからに決まってんでしょうが」
「遊んでもらった!? 彼らにかい!?」
「え……? ハルマ、1日でそんなに仲良くなったの?」
「……。あのさ、せめてちょっとした皮肉くらいは理解出来るようになろうね、賢者&騎士王。『遊んでもらった』っていうのは文字通りの意味じゃなくて、襲われたって意味だよ」
皮肉すらも上手く伝わらず、すっかりぶすくれながら話すハルマ。
しかし、実際この材料集めは当初想像していた以上に過酷なものであったのだ。
何度も何度も飽きずにハルマをフィッシングする食肉植物、ハルマ(と頭に乗っかるジバ公)を地面と顔面ハイタッチさせようとしてくる天然トラップ、硬すぎてハルマ如きの腕力ではどうにもならない木々、重すぎてハルマの腕力ではどうにもならない木材、単純に歩きにくい森の道、etc……。
と、このように様々な困難に見舞われたのである。(後半は自業自得な気がしないでもないが)
お陰様で海岸に戻ってきた頃にはすっかり満身創痍。というか、今日はそもそも朝から『シーキッド襲撃』だの『大嵐突入』だのとイベントがてんこ盛りだったので、根本的にもう疲労がダイマックスなのである。
「そうだったんですね……。ごめんなさい、ハルマ君。私が同じ島に居ながらそのような目に合わせてしまうなんて! シャンプー・トラムデリカ、一生の不覚です……!」
「いや。ゆうて、島の反対側に居たんだからしょうがない希ガス」
「いえ! 例え島の反対側だろうが、世界の裏側だろうが、ピンチの時には駆け付けるものでしょう! それこそが私は本物の『愛』だと思います!」
「そうだ! シャンプーの言う通り! というか僕ならホムラちゃんの為なら次元の壁すら乗り越えてみせるぞ!」
「揃いも揃って愛が重いわ!!!」
相変わらずグラビティなお二人だ。
てか、この世界では『愛』は無限の力を発生させる謎エネルギーかなんかなのだろうか。そうでもないとそろそろこの人達の常識を超えた行動力に説明が付かなくなってくるんですが。
「あはは……。ま、何はともあれ無事に終わって良かった良かった。うん、改めてみんな今日は一日お疲れ様。それじゃあもう日も落ちてきたし、後の事はこの最強無敵のヘルメスさんに任せて今日はゆっくり休んでおいで」
「え? いや……でもそれは流石に……」
「大丈夫大丈夫、何度も言うけど僕は最強だからね。これくらいはなんともないさ。それよりも君達が明日まで疲れを残してしまう方が今は問題だ。だから、気にせずゆっくりシエスタしておいでな」
「……。……分かりました。すみません、それじゃあ今日はお言葉に甘えさせていただきます」
「うん、素直でよろしい」
ヘルメスの優しい言葉に少し申し訳なさも感じたが、言われた通りかなり疲れが出ているのも事実。
そんな訳だったので、今夜は無理せずしっかりと休むことにした。実際、疲れをこの先に引きずり明日以降迷惑を掛けてしまうのもマズいだろう。それくらいなら休める時にちゃんと身体を回復させておくべきだ。
「それじゃ、皆おやすみ。また明日元気な顔を見れるのを楽しみにしているよ」
「はい、おやすみなさい」
優しい笑顔を浮かべるヘルメスに挨拶を交わし、それぞれ部屋に戻るハルマ達。
こうして、あまりにも波乱万丈で濃厚な海の冒険の旅立ちの日は、なんとか穏やかな終わりを迎えたのであった……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
―夜も更けた頃―
「……、……」
……ただ、一人を除いて。
――……。どうしよう! 少しも、眠くないわ!!!
ハルマ達と別れてしばらく経ち、夜もそれなりに更けてきた頃。
少女ホムラ・フォルリアスはそれはそれはギンギンに目を見開いて、薄暗い天井のシミを数えておりました。
「どうしてかしら、今日は不思議なくらいに眠くならないわ。いつもならこんな事にはならないのに……」
ソメイとは違い別にホムラは不眠症でも何でもない。
寧ろ夜になればすぐに寝られるくらいなのだが……今日は何故か微塵も眠気がやってこなかった。それはもう、まるで身体から『睡眠欲』という本能が欠落してしまったのではないかと思う程に。
「うーん……、なんでこんなに眠れないのかしら。今日は寧ろ普段よりも眠くなりそうなくらいなんだけど」
そう、今日はもうそれはそれは波乱万丈な一日だったのだ。
ならば身体に積もる疲労もいつもよりも多めなはず。なら、眠気だっていつもよりも三割増しくらいで増えていても……。
……いても?
「……、……ちょっと待って。よく考えたら……私、今日……」
――特に何も、してないような……。
確かに今日は波乱万丈な一日であった、それは確固たる事実である。……だが、ではその苦労を体験したのは一体誰であっただろうか。
それは主にハルマ、ジバ公、シャンプー、ヘルメスの四人である。
彼らは今日一日、海賊と交戦し、嵐に立ち向かい、無人島での探索と様々な事態に遭遇していた。
では、そこに名が上がらないホムラとソメイはどうしていたのか。
――そうじゃん!!! 私、今日特に何もしてないわ!!! てか、なんならずっと寝てただけじゃない!!!
……そう、お部屋でぐっすり眠っておりました。
そう、そうなのである。
あろうことかホムラとソメイは今日一日、無人島探索を除いてずっと部屋で寝ていたのである。
まあソメイは船酔いというある意味恐ろしい症状に襲われ、それはそれで激動の一日だったのだが。ホムラに関してはそんな事情すらない。
ただ、普通に寝落ちして爆睡ちゃんをかましていただけなのである!!!
「……!!!」
熟考の末、然程衝撃でもない事実に辿り着きホムラは絶句。
そりゃ眠くならないのも当然である。だって疲れてないんだもの。てかそれどころか寧ろ寝落ちしたおかげで元気が有り余ってるくらいなんだもの。
「……、……ちょっと、夜風に当たろうかしら」
流石に……何か思うところがあったのか。シャンプーを起こさないように、静かにそっと立ち上がり部屋の外へと出ていく不眠の賢者。
一人、複雑な気持ちで夜の海に向かって行くその背中は、それはそれはどこか寂しい哀愁感に満ち満ちていましたとさ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
―夜の砂浜―
さて、そんな訳で変な哀愁感を背負いながら、一人深夜の海岸に出向いたホムラだったのだが……。
「あれ? どうしたのこんな夜遅くに。今日はなんだか眠れない感じかい?」
「……」
そこには、何故か最強無敵のヘルメスさんが寝室に行く前と同じ場所で、同じような体勢をして座っていた。
「えっと……。『どうしたのこんな夜遅くに』はこっちのセリフでもあるんですけど……。ヘルメスさん、何してるんです?」
「何って、見張りだけど? 食肉植物ちゃん達は夜でも元気森々だからね。誰かが見張ってないと危ないでしょ」
「……」
まあ、なんとも。さも当然のことのようにそう言ってのける。いや、言っている事は自体は確かに正しいのだが。
それでも今はもう日が沈んでからかなり経つ夜更け。しかもその雰囲気からして彼は恐らくホムラ達が寝室に戻った時からずっとここに居たはずだ。
なら……、
「あの……。私が言うのもあれですけど、ヘルメスさん眠くないんですか? ……というか疲れないんですか?」
「全然? 別にこれくらいそんな大した事じゃあないさ」
「――!!!」
もう、ここまでにも何度か目にしてきた事ではあるが。改めて最強の騎士の凄まじさにホムラは文字通り息を呑む。
……果たして、一体どれだけの体力があればあれだけ波乱万丈な一日を『大した事じゃない』なんて言ってのけられるのだろう。しかも、その表情や様子からしてやせ我慢ではなく、普通に本心から言っていそうなのだから……。
本当に、『最強』とは末恐ろしいものである。
「それで? そう言うホムラちゃんは何でまたこんな夜中に……って、ああそうか。さては君、日中爆睡ちゃんをかましてたせいで眠れないんだな?」
「! まあ、はい……。その、お恥ずかしながら……」
「ははは。まあ、日中ずっと寝てりゃそりゃ眠くなくてもしゃーないね。……よし、それならホムラちゃんさえ良ければ少し僕とお話でもするかい? ……古臭いカビの生えた昔話でも」
「……昔話?」
と、ホムラの状態をすぐさま察したヘルメスは、火の様子を見ながらホムラに少し変わった提案をしてきた。
……昔話、とは一体どういう事だろう。
「そう、昔話。神代から今現在に至るまで、このラルセルムで起きたいろいろな出来事に関する難しーい歴史のお話さ。……ほら、君らは魔王を追っかけて旅をしてるんだろう? なら聞いといて損はないと思うよ」
「あ、昔話ってそういう……。でも、はい。確かにそうですね」
「でしょ? それにほら、昔から年上の難しい話ってのは聞いてるだけで眠くなってくるものだからね。どちらにせよ好都合ってもんさ。……それじゃあ、ホムラちゃんは何の話が聞きたい?」
「うーん……」
いざ、具体的に何が良いかと聞かれるとなかなか思いつかないものである。出来れば旅に有用そうな話が聞きたいが、大雑把過ぎる指定ではヘルメスに迷惑だろう。
と、いろいろと思い悩むホムラ。そんな彼女をヘルメスはなんとも楽しそうにニヤリと笑いながら眺めていた。
「なんだって良いよ、僕が知っている範囲であれば何でも答えるとも。世界で一番最初の天恵苗字を授かり、後に始まりの騎士と呼ばれた【太陽騎士】ことか? それとも、神の世界から飛来したとされる妖魔に立ち向かった偉大な【三英傑】と伝説の武具【宝器】ことか? それとも、前代未聞の魔術の才を持って世界を滅ぼそうとした【厄災】とそれを打ち破った【初代・最強の騎士】ことか?」
「――それとも、そんな大それた二つ名を受け継いだ愚者【現・最強の騎士】……ヘルメス・ファウストのことかい?」
【後書き雑談トピックス】
ソメイは不眠症です。
「別にこれくらい大丈夫」と徹夜して仕事しまくってたら、いつの間にか寝たくてもなかなか寝れない体質になってしまいました。
ただ最近は、ホムラの子守歌(物理)のおかげで一応睡眠は出来ているようです。
次回 第130話「いろいろ昔話」
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