第128話 草食の島

「ちょ、ちょっと待ってください! 遭難ってあの遭難ですか!? 船壊れて、帰れなくて、無人島で『あー、ふね来たふね。あー、ふね行っちゃうふね』って感じのあれ!?」


「うん、まず船来たらスルーしちゃダメだね。まあ、でも……ですよ」


「ギャグ言ってる場合か!!!」


 さらっと自分もボケた事は棚の上にぶん投げ、今までのなかでも一際強烈なツッコミを繰り出すハルマ。

 まあこんな危機的状況でギャグをかまされれば、そりゃツッコミが荒くなるのも無理はないのだが。(ハルマもボケたけど)


 さて、そんな訳でなんとか無事に事態が収まりそうだと思ったところで、またもや面白い……もとい面倒な事になってしまったハルマ達。

 海賊との交戦、大嵐への突入に続き、今度はなんと無人島に遭難してしまった。

 まさに人生晴れ時々大荒れである。いいね、良い人生だよ。


「幸運Eなのかってくらいの不運続きだなぁ、おい! てか真面目に遭難ってどうするんですか!? こんな小さな島に6人で遭難とか完全にBADEND直行ルートじゃないっすか!!! 明日にゃ『現在犠牲者一名』とか出るやつですよ!?」


「いや、別にそんな慌てなくても……。たかだか遭難よ? これくらいならよくある事でしょ」


「ねーよ!!! 何だ、よく遭難する生活って! どこそこ運送のキャプテンか俺は! あといくら何でも現状に対して軽すぎるだろ、アンタ!!!」


 慌てふためくハルマとは逆にあまりにも平然とし過ぎているヘルメス。そんな彼にハルマは容赦なくツッコミマシンガンを炸裂させていく。

 だがまあ、実際いくら最強の騎士とは言えこれは平然とし過ぎじゃないだろうか。あれか、もしかして強すぎる余り危機感が死んじゃってたり?


「とにかく! もっとちゃんと危機感持ってくださいよ! 俺達これから誰かに見つけてもらえるまで無人島で生活しなきゃいけなんですから!!! それがどんくらいヤバい事か分かってます!?」


「えっと、まずそれなんだけどね。別にハルマちゃんが心配してるみたいに、そんな生活はしなくても大丈夫なんだよ」


「……、……え? なんで?」


「なんでってそりゃ、船なんて簡単に直せるからね。材料をちょちょっと調達して一晩待てば、あとは船に仕込まれてる草木魔術で自動修復されるの。……そっか、ハルマちゃんこれ知らんのか。だからそんなに焦ってたのね」


「なんだそのお便利な機能! ほんと魔術ってなんでも出来るな!」


 確かに言われてみればハルマも以前、船が魔術によって3日のインスタント完成されたのを見たことはあったが、それでもまさか一晩で自動修復出来るとは流石に思いつかなかった。

 ほんと、この世界は魔術が存在するおかげで元の世界と比べて、作業のスピードが段違いに早過ぎる。……てか、一晩で修復完了って割とマジでどんな原理なんだろうか。正直ちょっと早すぎてもうここまで来ると怖いのだが。……どこぞの泥船みたいに沈んだりしないだろうな。


「まあ、それなら良いんですけど……って、ちょっと待てよ? 別にその気になれば明日にでもまた出航出来るってことは……別に俺達、遭難してなくないです?」


「……」


 と、ようやく冷静になれた事で原初の矛盾点に気が付いたハルマ。

 その事を指摘されたヘルメスは暫し神妙な顔つきで沈黙を貫き、そのままじっとハルマを見つめていた。

 瞬間、その場に流れる重い空気。その雰囲気にハルマも「まさかまだ続きがあるのか」と一粒の冷や汗と共にぐっと唾を飲みこむ。

 そして、そんな空気のなか、ヘルメスはそっと口を開き――









「……だよね」







「……、……は?」


 まさかまさかの天丼をかましやがった。

 それは、もう、なんとも、楽しそうに。(というか愉悦そうに)


だよ、実は僕達別に遭難なんかしてないんだ。あはははは」


「いや!!! あはははは、じゃねえよ!!!」


 再び響き渡る先程のものをゆうに上回る大音量のツッコミ。

 まさかハルマも一日の内に、瞬間最大ツッコミを更新する事になるとは夢に思わなかったそうな。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ―島の先、少し進んだ海岸―

「あ、ヘルメスさんと……ハルマ君が帰ってきました!」


「ほんとだ! ……でも、あれ? なんか……」


「ハルマ、怒ってるね」


「だな」


 ハルマが私的ギネスツッコミ記録を更新してから少しした頃。

 船が漂着した海岸で待っていたホムラ達の元に無事ハルマとヘルメスが帰ってきた。

 がしかし、待ち望んだ少年は何故か恩人(であるはず)のヘルメスに対しておかんむり。これは一体どうした事だろう。


「ハルマちゃん、ごめんって! 謝るからさ、な! な!」


「別に、怒って、ない、ですから。……あ! えっと、みんな心配かけてごめん! 天宮晴馬ただいま無事帰還しましたです!」


「うん、ハルマも問題なさそうで本当に良かったよ。良かったんだけど……。えっと、後ろのヘルメスさんは一体?」


「サア、ナンダロウネ? サッキカラズットナンデカシランケド、メッチャアヤマッテクルンダヨネ。イヤー、イッタイナンデダロウネー?」


「……ヘルメスさん?」


「……、……」


 はっきりとは口にしないものの、露骨なまでに何かに怒っている様子のハルマ。

 そんな彼の様子を見てヘルメスはちらりとヘルメスに視線を向けるが、当の本人からは気まずそうな表情と共にそっぽを向かれてしまった。

 ……が、流石にここまで分かりやすければ鈍いソメイでも何があったか察することは出来る。


「……ヘルメスさん、今回は一体何を?」


「えっと……その、あれよ。失敗ってのはさ、誰にでもあることじゃない。どんな強者でも弱者でも。だから僕はそんな万人に起こり得る『失敗』を吊るし上げたりするのはとても良くない事だと思うんだ」


「お言葉ですが。ヘルメスさんの仰る通り誰でも失敗をするからこそ、その失敗を振り返り、反省し、次にどう生かすのかが大事なのではないでしょうか。」


「……」


 ソメイのド正論に何も言い返せない最強騎士。

 こうしてヘルメスの『軽~いギャグで緊張感を和らげようぜ大作戦』はしっかりとソメイ達にも伝えられ、ヘルメスは後輩からそれなりにお説教される事になったのでした。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「はぁーい……。それじゃあ、これからどうするのかのお話合い始めまーす……」


「いや。テンション低いなぁ、おい」


「……そりゃね。ハルマちゃんにはまだ分からんかもしれんけど、後輩からお説教ってのは何回やってもメンタルに来るもんなのよ……」


「完全に自業自得ですけどね」


 と、いう訳で。

 ソメイのお説教も終わり、これからの事についての話し合いが始まった……のだが。

 10年以上離れた後輩から割とちゃんと怒られたヘルメスのテンションは、近年稀に見るだだ下がりっぷりであった。

 あと今この人サラッと『何回やっても』とか言ったけど、もしかしなくてもソメイから説教されるはこれが初めてではないのだろうか。

 ……大丈夫か、最強の騎士。


「でも確かにいつまでも落ち込んでたってしょうがないわね……。はい、それじゃあ改めてこれからどうすんのかお話します。って言ってもそんなにムズい事はないから、そこは安心してOKね。まあ端的に言えば材料集めをしてほしい訳なんですよ。はい」


「材料集め……ですか。それはやはり船の修理の?」


「その通り。さっき言った通りあの船には魔術が仕込んでるから、損傷は勝手に直るんだ。でもその為には船を直す材料が必要で、それは僕らが自分達で集める必要があるんだよね。で、だから皆で手分けして材料を集めてほしいってわけ」


「なるほど」


「よしよし。それじゃまずは戦力が平等になるように二手にメンバーを分けて、それから材料を集めに行こうか。一応この島にもモンスターは居るからね、安全に行くに越したことはないでしょ」


 てな訳でヘルメスの指導の下、ハルマ達はメンバー分けタイムに突入。

 島の大きさ、必要な材料、生息しているモンスターなどなど。ヘルメス達は様々な情報を入念に照らし合わせ、何度もしっかりと話し合った末にそのメンバーを考え抜いた。

 ……では、そんな熟考の末に導き出されたメンバーを紹介しよう。


「まずはA班! メンバーはリーダーのソメイ君に、シャンプーちゃんとホムラちゃんの3人ね。君らは丈夫そうなツタをいい感じに集めて来てくれたまえ」


「はい!」


「で、もう一方が僕達B班。メンバーは僕、ヘルメス・ファウストとハルマちゃんにジバ公くん。ちなみに僕らの担当は木材集めね。こっちもこっちで重要な素材だから一生懸命木こり頑張ろう!」


「……」


「ん? どうかした、ハルマちゃん?」


「いや……」


 ――平等な戦力、か……。うん、まあ、そうね……。


 張り切るヘルメス達を他所に、あまりに極端なメンバーに内心なんとも言えない気持ちになってしまったハルマ。(とジバ公)

 いや、まあ確かに平等ではあるけど……ありますけども……。


「諦めろハルマ。これが事実だ」


「……」


 そっと諦めをジバ公の声が、妙に重苦しく聞こえた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 と、いう訳でヘルメスと共に材料を求め、島の奥地へと向かったハルマとジバ公。

 そこはマキラの熱帯雨林ほどではなかったが、それでも人の手は明らかに加えられていない鬱蒼とした木々の生い茂る森であった。


「よいよいよいっと。あ、ハルマちゃんそこ根っこが出っ張ってるから気をつけてね」


「はい、分かりま――おわっと!?」


「あっぶな! お前、何にも分かってねえじゃねえか!」


「うるさいな! 分かってはいたんだよ、だだちょっと反応が遅れただけですー!」


「あはは……」


 言われた傍から転びかけるハルマと、それを容赦なくツッコむジバ公。

 そんな彼らに対しヘルメスは小さく苦笑いを浮かべながらも、その足は一切迷うことなくズンズンと先へ進んでいた。


「ま、ここは確かに結構歩きにくいからね。しゃーないしゃーない。ただやっぱ転ぶといろいろ危ないし、もう少しゆっくり行こうか」


「……すみません。……てか、ヘルメスさんはなんか歩き慣れてる感じですけど、ここ来たことあるんですか?」


「うん、あるよ。一応僕これでも海王国の騎士ですからね。領地内の島の視察とかもお仕事なのさ」


「へえ……」


 なるほど、ここに一度着た事があるのであればこの慣れた感じも納得である。

(まあそれ以前に彼は騎士の仕事で似たような場所に何度も行っているのだろうが)

 あとすぐに直るとは言え、船が壊れて漂流したというのに異様に落ち着いていたのもきっとこれが原因の一因なのであろう。

 ……まあ、それならなおの事「遭難だ!」と喚く必要はなかったという事でもあるのだが。ほんと、タチの悪い冗談をかましてくれたもんである……。


「それじゃあ、ヘルメスさんはこの島がどんな島なのかもご存じで?」


「もちろん。ここはバルトメロイ海域の南東部に位置する『草食の島』と呼ばれる島さ。見ての通り豊かな自然が特徴の無人島だね」


「草食の島」


 なんだろう……なんか凄い平和そうな名前の島である。

 外界の殺伐とした雰囲気とはかけ離れた、穏やかでのどかそうな感じ。

 ヘルメスはさっき「モンスターが出る」とは言っていたが、この名前から察するにきっとそう凶暴なモンスターは居ないのであろう。

 だとすれば、この島に漂流出来たのはまだ不幸中の幸いであったと言うべきか。


「良かった、漂流したのがこの島で。それこそ『肉食の島』とかに流れ着いてたらどうなってた事か……」


「お前なんかいいカモだもんな。一瞬で骨まで食われてそう」


「実際そうなりそうだから否定出来ないのがなんとも」


「いや、まあ僕が居る以上そんな事させねーけどね? あと、別にこの島もそんなハルマちゃんが言うほど平和な島じゃあないよ?」


「え? こんな平和そうな名前なのに? 超危険なモンスターとか居るんです?」


「いや、モンスターは実際そんな強くないけど……」


「けど……?」


 なにやら含みのある言い方をするヘルメス。

 しかし超危険なモンスターが居る訳ではないのであれば、一体何がこの島を平和ならざる島にしているというのだろうか。

 モンスターではないのなら、まさか何か悪そうな蛮族が森の奥に館でも作っていると言うのd――


「――? !?!?!?!?!?!?!?!?!」


「ハルマーーーーーー!!!!!????」


 と、この島の脅威について思考を巡らせていたハルマに、突如襲いかかる浮遊感。

 一瞬何が起きたのかまるで理解出来なかったハルマは、なされるがままにその浮遊感に連れ去られ声を出すことも出来なかった。


「何!? 何何何!?!?!? 俺、今、どうなって!?!?!」


 一瞬落ち着いた浮遊感と共に一瞬だけ戻って来た理性をフル回転させ、全力で現状を解析するハルマ。

 結果、揺れ動いた視界には日が沈みかけいくつかの星が見え始めてきた夜空が、先ほどまでより近くに映っていた。


「は!? 俺浮いてる!? いや、違!!! 吊り上げられてる!?!?!?!」


 浮いている……というより、上に向かって行く感じから『吊り上げられ』もしくは『引っ張り上げられ』ているとハルマは察する。

 それはつまりどういう事なのかと言うと……。


 ハルマは足を謎の触手に掴まれ、絶賛真下で待ち構えるパッ〇ンフラワーみたいなヤツに食われそうになっているのでありました。


「――!!! ぬわああああ!!! ヘルメスさん!!! ヘルプミー!!!!!」


「よっと」


 絶叫するハルマを軽く救出し、そのままキャッチするヘルメス。

 結果ハルマは傷一つ付けられることなく救出された……が、当然それは肉体の話。

 心の方にはしっかりと『恐怖』という傷が付けられていた。


「……あの、今の……、何ですか……!?」


「あれ? あれはね、この島にうようよ居る食虫植物……いや、食肉植物だよ。夜になると今みたいに動いている生き物を見つけては、ひたすら口の中に放りこむの」


「怖っ!!! なんで!? さっきヘルメスさん『草食の島』って言ったじゃないですか!!! これのどこが草食なんです!?」


「? 思いっきり草食じゃね? 『草が食う島』なんだからさ」



「草食ってそっちかよ!!!!!」



 沈みゆく夕日に照らされながら、三度特大級のツッコミをぶっ放す。

 悲しい事に『不幸中の幸い』なんて甘えは一切なく、不幸はどこまでもとことん不幸なハルマなのでありました。




【後書き雑談トピックス】

 ―その頃、島の反対側―

 シャ「――! 今、ハルマ君の悲鳴が聞こえたような……!」

 ソメ「え? いや、流石に冗談だろう? ……冗談だよね?」

 ホム「割と本当だったりして……」



 次回 第129話「賢者の愚行」

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