第127話 オーブ捜索、前途多難

 眠るのは、昔からずっと嫌いだった。


 ……いや、正確に言えば『眠る』のが嫌いなのではない。

 本当に嫌いなのはその先、眠りの先にある黒い黒い悪夢がたまらなく嫌いなのだ。


 あの、俺の全てを否定するかのような黒い悪夢が。

 あの、己の在り方さえも壊しつくすかのような冷たい恐怖が。


 何よりも、何よりも嫌いで。

 どんなことよりも恐ろしくてしょうがなくて。



 ――だから、眠るのは昔からずっと嫌いだった。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「――ん……。う、ぐっ……。……うぇ、口んなか砂だらけじゃねえか……」


 砂を咀嚼する、このなんとも言えない苦みと息苦しさによって目を覚ますのはこれで2度目だった。

 1度目は初めてガダルカナルの領域に訪れた時。あの時も、気が付けば目の前も口の中も砂だらけで、妙に嫌な感覚を味わったものだ。


「そういや最近また会いに行けてないな。今度頃合いを見て顔を出したやらないと……。……で、これは俺は助かったって認識でいいの……かな?」


 御年100歳(ガダルカナルさんじゅうごさい)越えのわりにどこか子供っぽい賢者の機嫌を心配しつつ、ゆっくりと砂の中から身体を起こすハルマ。

 そしてそのまま辺りを見渡してみると、どうやらここはどこかの島の海岸である事が窺えた。つまり……、


「まさかあの大嵐のなか、意識を失うという大失態を犯したにも関わらず無事に五体満足で生存とは。ははは、俺もしぶといねぇ」


 どうやら今回も彼はしぶとく生き延びたようである。

 実力的には弱い癖にこの図太いまでのしぶとさ。まさにゴキブリ並みと言ったところだろうか。


「いや誰がゴキブリだ、こんちくしょう。……うん、やっぱ一人でボケて一人でツッコむは流石にやめよう。なんか妙に虚しくなる。……で、まあ生きていたのは良いとしてさ。俺は今現在一体どこに居るんでしょうね」


 と、そんな訳でまずは自分の生存を確認し、とりあえず(一人漫才が出来るくらいには)落ち着きを取り戻したハルマ。

 だが、もちろんこれで「でめたしでめたし」とはいかない。

 なんせまだハルマにはまだ、ここどこなのか、仲間達はどこに居るのか、あれからどれくらい経ったのか、何か流れ着いたものはないのか、というかそもここは本当にさっきまでいた世界なのか(一回異世界転生をしているとこういう可能性も否定出来ないのがなんとも)。など、まだまだ分からない事が多すぎるのである。だが……、


「うーん、どうしたもんか。これ、ハルマさんの目がおかしくなってないなら残念ながら周囲には何もないように見えるんだけどな」


 どうしてこんなにも異世界は残酷なのか。

 悲しい事にハルマの周りには、彼の求める情報を満たしてくれそうな物資は何一つとして存在しなかった。

 強いて言えば、貝殻と砂ならたくさん落ちているが流石にこれでは何の情報にもならない。いくら生徒会長(代理)のハルマでもそこらの貝殻や砂だけで、ここが何処なのかを把握出来るほど博識ではないのである。

(そもそも異世界の貝の種類なんぞ把握していないが)


「ふむふむ。……よし、一旦現状を整理しよう。要するに俺はあの大嵐に巻き込まれたにも関わらず、しぶとく生き延びる事に成功。しかし、その後辿り着いたのは何もない無人島。しかも物資も仲間もないまさに文字通りの孤立無援状態。……あれ、これ結局詰んでね?」


 ハルマ氏。

 冷静に現状を整理した結果、知りたくなかった絶望的な真実に辿り着く。


 もうこの際だからはっきり言うが、ハルマは何がどう転ぼうと間違いなくこの無人島で一人で生きていくのは不可能だ。

 かの0点少年のように未来の道具をいくつか持ってきていたりするのならまだしも、今のハルマにはそれすらない。そしてハルマは弱小矮小でお馴染みのぶっちぎり最弱少年。てか、これだともはや道具があっても生きていけるか危うい気がする。


「……」


 つっと、ハルマの頬をつたう冷や汗。

 冷静になればなるほど、それに比例して焦りもどんどん増していく。

 嵐の中に居た時とはまた違う恐怖が、確実にその精神を蝕んでいた。


「と、とりあえずだ! このままここに居たってしょうがないし、島をまずは見て回ろうか! もしかしたら何かあるかもしれないし!!!」


 だからこそじっとしていてははいけなかった。

 なんとかして気を紛らさないと本当にこの不気味な焦燥感に呑み込まれてしまう。

 本音を言えばこんな目に見えて小さい島、見て回ったところでどうせ無駄足になるのは分かっている。だが、それでもまずは身体を動かさないと、これ以上は心が持ちそうになかった。


「よし! 行くぞ、行くぞ、俺! なんとかしてまだ見ぬ希望を見出すのだ! この第一歩がきっと未来を切り開く!」


 震える心をぐっと抑え込み、あとはピシャリと頬を叩けば準備は万端。

 大丈夫、今までだっていろんな困難を乗り越えてきた。だから今回だって、この一歩から希望をつかむ旅がきっと始ま――



「あ、良かった。目、覚めたのねハルマちゃん」



「ほわあああああああああああああ!?!?!?!?!? あ、あぶべっ!?」


「あ」


 る、と思ったその矢先。

 1ミリも予想していなかった突然の呼び声に、ハルマは思い切り第一歩を踏み外したのであった……。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「あの、ヘルメスさん……。お願いですから、もう二度とほんの数秒で視界の外から背後に移動しないでください。マジで心臓が止まります」


「はい、ごめんなさい」


 砂浜にて最弱少年に正座させられる最強騎士。それは、なんとも実に奇妙な光景であった。

 まあ、それを言ったら数秒前の「大音量で変な悲鳴をあげながら砂に顔面ダイブするハルマ」もまたなかなか面白い光景だったのだが。


「……いや、本当にマジでごめん。誓って脅かすつもりはなかったんだ。ただ、ハルマちゃんが起きてたのが見えたからさ、出来るだけ急いで向かった方が良いと思ってね。……てか、ハルマちゃん僕が後ろから近づいて来てたの気付かなかった?」


「気付いてたらあんなに驚かないでしょうが!!! そして人間は普通音のない後ろからの接近物には気付きませんから!」


「……そう、なのか。うん、分かった。今後は気を付けるようにする」


「なんでちょっと驚いてるんですかね。なに、もしかして海繋がりで見聞色でも使えるの? 3D2Y?」


 でも、この人ならわりと素でこれが出来そうだから恐ろしいもんである。

 まあ流石に未来視とか心の声を聞く事までは出来ないと思うが。(身近に思考の領域少女が居る事からは目を逸らしつつ)


「……あいつはあいつで何なんだろうな。で、えっと。とりあえずヘルメスさんと合流出来てまずは良かったです。……あの、ちなみに他の皆がどこに居るのかとかは把握してたりします?」


「うん、ちゃんとみんな見つけたよ。てか多分もう起きてハルマちゃんが起きてくるの待ってんじゃないかな」


「あ、そうなんですね」


 流石は最強の騎士ヘルメス・ファウスト、仕事が早い。

 最初一人で目を覚ました時はどうしたものかと思ったが、どうやら今回は彼のおかげで大した損害はないままこの件は解決出来そうだ。

 もしこれが普段のハルマ達だったら、きっとまた何日か離れ離れになってその間にハルマは死に掛けていたに違いない。


「ほんと、マジでこの人居て良かったよ……」


「ん?」


「あ、いえ、なんでも。ただ、すぐに事態が解決しそうで良かったってだけなので」


「……あ。あー、うん……そう……ね」


「……どうしました? なんかめっちゃ歯切れ悪いですけど」


「……ごめんね。実はみんなは無事だったんだけど、事態がすぐに解決するかはちょっと、ねぇ……。……聞きたい?」


「……」


 これはまた、なんとも嫌な質問だ。

 そりゃそんなのはっきり言えば聞きたくはない。だが、それでも聞かなければ絶対話が先には進まないのである。

 ……どうやら、今回もハルマの身にはちゃんと災難がやって来ていたようでした。さっき一瞬でも「今回は楽に終わりそう」と思った自分の愚かさを嗤いたい。


「……何が、あったんですか」


「えっとね。実は、僕らは全員無事だったんだけど。その僕らを運んでくれた船の方はそうもいかなかったみたいでね」


「え? えっと、それって、つまり……?」


「はい。僕達、遭難しちゃいました」



「……。ええええええええええ!?!?!?!?!」



 海賊に、大嵐に、遭難で始まった、このバルトメロイ海域を巡るオーブ探しの旅。

 だが、未だにオーブの所在は不明、海賊達の力は未知数、嵐に潜む悪意は不鮮明。

 まさに前途多難なこの旅を、ハルマ達は果たして最後まで迎える事が出来るのであろうか……。




【後書き雑談トピックス】

 次回、なんと約10ヶ月ぶりくらいにホムラとソメイが登場します!

 ……ソメイはまだ良いとしても、メインヒロインが10ヶ月登場しない小説ってどうなのよ。



 次回 第128話「草食の島」

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