第75話 傲慢なる憤怒

「何? その感じ。なんで僕が変な奴みたいな目で見られてるの? 普通にここに勝手に入ってきた君達の方が変な奴だよね? なんでそんな目で見てくるのかな?」


「あ、いや……」


 突然現れた青年に対しハルマ達はなかなか言葉が出来てこなかった。それはこちらが状況を理解するよりも早く、次から次へと話が進んでいってしまうからなのだが……。


「んで無視? 本当にさ……君達どういう神経してるの?」


 それの沈黙もまた彼の不興を買ってしまったようである。その証拠に青年の表情は分かりやすくどんどんと不機嫌になっていく。

 突然前触れもなく背後に現れた彼、その見た目は一見は普通の青年だった。特に特徴もない顔つきに、特に特徴もない服装。青い髪もハルマからすれば珍しいように見えるが、それすらもこの世界では特別変わったものではない。


 ……だが、その雰囲気だけは他の誰よりも異質だった。


 彼が放つ、その独特の雰囲気はまさに刺々しいと例えるのが一番だろう。怒りを一切隠さない振る舞い、こちらに呆れきったかのような接し方、そして何よりも本人の言動とは真逆の傲慢な態度。

 そんな攻撃性に満ちた雰囲気を彼は全身に纏っている。


「ここは僕の洞窟なんだ。やっと、やっと見つけた僕の安寧の場所なんだよ。奪われて、その先にようやく見つけた……。そこに土足で上がり込んで、勝手に汚したのに謝罪もなし! そしてそれを言及しても無視! ホント、何なの君達!?」


「え? いや別にここは自然の洞窟だよな? てか、俺達はただ人を探しに――」


「言い訳? 悪いことしておいてまず言い訳するの? まったく、どんな教育を受けたのやら……親の顔が見てみたいよ」


「えっと……。悪いけどそれは俺も何だよな。俺の両親、物心つく前に死んじゃったから……」


「は? そんなの知らないんだけど? ものの例えに本気で返事するとか馬鹿なの?」


「……」


 帰ってくる返答はどれもが非常に刺々しい、そのことからも彼がこちらの言葉を受け入れてくれるつもりはないことがよく分かった。

 敵意、敵意、敵意。圧倒的敵意。彼がこちらに向けてくる感情はそれだけだ。


 ――……これじゃあ埒が明かないな。……くそ、しょうがないか……。


 彼にはこちらと分かり合うつもりは微塵もない、交渉の余地など存在しない。

 ならば、もうハルマ達に出来ることは一つだけだ。

 それは実力行使、彼には少し申し訳ない気もするが無事に帰る為には他に方法もないだろう。もっとも、それは『最弱』のハルマが最も苦手とする行為の一つなのだが。


「……ジバ公、シャンプーさんを頼む」


「なッ!? お前、まさかまた無茶苦茶なことをしようと……!」


「しょうがないだろ? これが一番最適なんだよ。それともこの状況でシャンプーさんに前に出ろって言うのか?」


「――ッ……。それは……」


 ハルマのその言葉にはジバ公も反論出来なかった。

 確かに、今ハルマ達の中で一番強いのはシャンプーだろう。どう考えても『最弱』のハルマや、スライムの中でも落ちこぼれのジバ公よりもシャンプーの方がが弱いとは考えにくい。

 ……だが、だからといってそれが前線に駆り出される理由にはならなかった。


 そもそも、彼女は今日までの人生を普通に平和に過ごしてきた人物なのだ。

 つまりその辺りの感性は一般人とほぼ同じ、旅の中で戦いに慣れているハルマ達のそれとは大きく違う。

 故にいくら英雄の子孫だろうが、命を懸けた戦いを目の前にして恐怖しない訳がなかった。現に、彼女は今現在もこの場の恐ろしい雰囲気に震えている。

 だがそれは決して恥じることではない。『恐ろしいものに対して恐怖する』、それが人間として普通なのだ。寧ろハルマの様に恐怖を感じない方が異常なのである。


「……分かった、分かったよ」


「ありがとう、ジバ公。それじゃあ、お前はシャンプーさんの護衛をしっかり頼むぞ。で、シャンプーさんは――」


「!!! あ、はい!」


「……えっと、そんな緊張しなくても大丈夫ですよ。シャンプーさんは俺が合図したら、アイツに氷の魔術を思い切りぶっ放してください。それだけで大丈夫ですから。……あ、えっと氷の魔術は使えますよね?」


「えっと、それは出来ますけど……。申し訳ないですが、私程度の魔術ではほとんどダメージはないと思います……」


「あ、それは大丈夫ですよ。別にアイツを倒そうって訳じゃないんで、ただこの場から逃げるためにちょっとアイツの身動きを封じたいんです」


「な、なるほど……分かりました。……頑張り……ます」


 しどろもどろな返事を返すシャンプー。

 明らかに緊張と恐怖でいっぱいになっているが……それはもう本人に頑張ってもらうしかないだろう。

 ハルマだって出来ることなら一人でどうにかしたいが、魔術も使えない彼にはせいぜい数秒の隙を作るのが限界だ。

 故に、動きを封じるのはシャンプーに頼る他ないのである。

 と、作戦を伝え終わったタイミングで、狙っていたかのように青年はハルマに声を掛けてきた。


「……で? お話は終わったのか?」


「ああ、ばっちりとな。まさかわざわざ待っていてくれるとは思わなかったけど」


「もうお前らは生きて帰れないんだ。なら、最後に言いたいことくらいは言わせてやるさ。それくらいの配慮くらいは僕にも出来る」


「ははは……」


 平然と死刑宣告しながら、傲慢にズレた『配慮』を語る青年。

 彼はそのまま、両手にいくつもの氷の槍を顕現させる。それがハルマ達を貫くために生み出されたものであることは言うまでもない。


「ここは僕、アトリスの洞窟だ! お前達なんかには絶対に奪わせない!!!」


「――ッ!!!」


 そして、氷の槍の雨は明確な敵意を纏いながら、ハルマを穿つために降り注ぎ始めた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「――ぐっ!」


 鋭く差し迫る氷槍が腕を掠める。

 もちろんハルマの腕はそのことに痛みを感じるが、今はそれを享受している時間はない。

 迫る、迫る、迫る。確実な『死』が迫る。

 一瞬だ、一瞬でも気を抜いたら確実に死ぬ。それは『最弱』のハルマにさえ重々理解出来ていた。

 故に、腕から赤い鮮血が零れ落ちようと、今はそれに構っていることは出来ないのだ。


「くっそ! ちょろちょろと鬱陶しい! 煩わしい!!!」


 一方、ハルマに死の氷槍を降り注がさせる青年……もといアトリスには先ほどよりさらに強い怒りが込み上げてきている。

 ……殺せない。必死にハルマに向けて氷槍を放ち続けるアトリスだったが、なかなかハルマが殺せないのだ。

 手や足に氷槍が掠ることならもう何回もあったが、致命傷と言える程の傷を負わせることは一度も出来ていなかった。

 何故『最弱』のハルマをなかなか仕留められないのか、それには一つ明確な理由がある。


 ――……やっぱりだな。こいつ……戦いに慣れてない。この感じだと殆ど初めてって感じだな……。


 相手の動きからそう確信するハルマ。

 事実その通りであり、ハルマが今も生きている最大の原因はシャンプーと同じくアトリスの戦いに関する慣れのなさだった。

 恐らくここまで本格的な戦闘をするのはアトリスは初めてなのだろう。その証拠に彼の氷槍攻撃はハルマの目から見ても拙いのがよく分かるものだった。その動きも、攻撃の仕方も、狙いも全てが的確とは到底言い難い。

 故に、『最弱』のハルマでも防戦に徹底し、多少のダメージを覚悟すれば耐えることは可能であったのだ。


「くそ! くそ!! くそ!!!」


「……」


 時に岩に隠れ、時には剣で弾き、時には敢えてその身に受ける。そうやって耐え続けながらハルマは『その瞬間』を待っていた。

 その瞬間——すなわちハルマがアトリスに隙を作ることが出来る刹那の一瞬だ。

 そのタイミングさえ来れば、ハルマは確実に彼に隙を作ることが出来る。


 ——まだ、もう少し奥に行ってからだ。あそこじゃ、まだ角度が悪い……。


 ハルマがアトリスに隙を作る方法、それはもう一つしかない。

 ここまで旅路でも意外と何度も活躍してきた彼の技、『エクスカリバー』だ。

 太陽光を反射させ相手の目を眩ませるこの技は、地味ではあるが案外要所要所で活躍していた。

 そして今回もそう、この技なら確実に一瞬の隙は作り出せる。


 だが、今回は今までとは少々条件が異なる。故にそう簡単には繰り出せないでいた。

 今までエクスカリバーを使った時は毎回太陽の光が直に降り注ぐ場所で戦っていた、故にいつでも放つことが出来たのだが……今回は洞窟の中に居るのでそういう訳にもいかないのだ。

 というか、本来なら使うことすら出来ないはずのだが……この洞窟は少しばかり特殊だった。


 それが『氷の水晶』である。

 ここに来るまでもそうだったが、この洞窟には無数の氷の水晶が生えており、それが太陽光を反射しているのでこの洞窟は明るかった。

 つまり、氷の水晶が跳ね返す光を上手く利用すれば、この場所でも今回はエクスカリバーが使えるのだ。

 だが、それはどこでもはいかない。


 太陽の光とは違い氷の水晶は小さく細い。

 故に反射するのも、そしてその操作もそう簡単ではないのだ。

 だからこそアトリスがちょうどいい場所に動いてくれるまで、ハルマはただ待つしかないのであった。


「あのさあ! 耐えてばかりで反撃する気もないなら、もういっそのこと死んでくれないかな!? 面倒くさいことこの上ないんだけど!?」


「その言い分はいくら何でも傲慢過ぎるだろ!!!」


 メチャクチャなこと言い出すアトリス。

 まあ確かに、ずっと防戦ばっかりで攻撃もしてこない相手に苛立ちを覚えるのも分からなくはないが。


「ああ、もう!!!」


 故に停滞を勧めるためハルマを仕留めようと、一歩前に踏み出したアトリス。

 だが、それこそがハルマの待ち望んだ瞬間だった。


「――! エクスカリバー!!!」


「なッ!?」


 その一瞬の隙を逃さずハルマはエクスカリバーを発射、跳ね返された光は閃光となってアトリスの両眼を塞ぐ。

 なら、後は――


「シャンプーさん!!!」


 シャンプーの氷だけ……だったのだが。


「あっ……、しまっ――!!!」


「――!」


 遅れてしまった。

 恐怖と緊張はシャンプーを縛り付け、その身体を十全に動かさせない。結果、シャンプーは一瞬その動きに遅れが出てしまった。

 そしてそれが命取りだった。


「死ねぇ!!!」


「がっああああああああっああぁぁあぁあああ!!!」


 シャンプーの放った氷をギリギリで避けたアトリス。そのまま彼は隙だらけになっていたハルマに、容赦なく氷槍を放った。

 それは一切の躊躇いなく彼の腹に突き刺さり、貫通して背中からその先端を覗かせる。


「ハルマ!!!」


「アメミヤさん!!!」


「ご、がっごぶっ……」


 血が、血が、血が。

 絶え間なく口に流れ込んでくる。

 咳き込むと刺さった槍が痛くてしょうがないのに、身体は咳をすることを望んでしょうがない。血が、熱が、命が、身体がどんどんと零れていく。


「ぐぶっ……が、がっ……」


「はぁ……はぁ……。ホント、とんでもないことしようとしやがって……でも、もうこれで終わりだ。次は確実に心臓に刺してやる。そしてそれが終わったら今度はアイツらの番だ」


「おぶっ……ぐ、ごはっ……」


「苦しいだろう? 今楽にしてやるよ」


 そして、アトリスは一切の慈悲なく、その槍を――




「――そこまでだ」


「!?」


 突き刺す直前。

 温厚な雰囲気を纏いながらも、力強さのある声がその手を止めさせた。


「何があったのか、僕はまだ十分理解出来てはいない。だが、それでもこれ以上友人を傷つけさせる訳にはいかないよ」


「だ、誰だお前! 勝手にここまで入って来やがって!!! 本当にお前らはどうして僕の場所に!!!」


「……ここが君の場所だとは知らなかった。それは素直に謝罪しよう」


「謝ればいいってもんじゃない!!!」


 素直に謝罪する乱入者と、それにも激昂するアトリス。

 その様子を見て、ハルマは死に瀕していながら苦笑していた。

 ……まったく、この男はどんな時でも変わらない。


「そもそもお前は誰なんだ!!!」


「おっと、まだ名乗っていなかったね。これは失礼した」



「僕の名前はソメイ。聖王国キャメロット聖騎士団長、白昼の騎士 ソメイ・ユリハルリスという者だ」




【後書き雑談トピックス】

 今日、4月9日はソメイの誕生日です。

 ……だからどうという訳ことはないが。誕生日エクストラとか書いてる余裕もないし……。

 なのでまあ、せめて脳内で小さく祝ってあげてください。


 

 次回 第76話「助太刀はいつも傷ついてから」

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