第76話 助太刀はいつも傷ついてから
「僕の名前はソメイ。聖王国キャメロット聖騎士団長、白昼の騎士 ソメイ・ユリハルリスという者だ」
「ソ、ソメイ……!」
その名を聞いてアトリスは一瞬で顔を青くする。どうやら彼も、ソメイの名とその功績はよく知っているようであった。
そうでなければあんなに分かりやすく一瞬で表情が変わることはないだろう。
「……お、王国の騎士サマが何の用だよ。人々を守る立場にある奴が、自らの強欲に身を任せて他者の居場所を奪うのか!? そんな傲慢が許されるとでも!?」
「……別にこの洞窟を奪うつもりはないんだけどね。僕が今ここで君の前に立つ理由は簡単さ、君が言ったように僕は騎士として人々を守る義務がある。それを遂行するために今ここに居るんだよ」
「嘘を言うな! 僕は、僕はもう騙されない! そうやって聞こえの良いことを言ってお前も僕の居場所を奪うんだろ!?」
「……」
相手がハルマからソメイになってもアトリスの態度は何も変わらない。
一体彼に何があったのか詳しくは分からないが、彼はこちらの言葉を信用することも、受け入れることも一切しなかった。
突き放し、敵意を向け、殺意を抱く。そして――
「死ね、死ね、死ね!!! どいつもこいつもくたばればいいんだ!!! ここは僕の、僕の場所なんだよ!!!」
「――!」
両手に氷槍を顕現させながら、悲痛に傲慢なる咆哮を上げるのだった。
―その頃、後方―
一方、ソメイとアトリスが対面している後ろでは、ソメイに続いて入ってきたホムラがハルマの治療を行っていた。
「……はい、これでもう大丈夫」
「ありがとう、ホムラ。うん、やっぱりホムラの癒術はよく効くね」
「前にも言ったけど、普通は私の癒術は効きにくいはずなのよ。こんなに効果が出るのはハルマだけ」
相変わらずハルマの魔術適性「なし」による異常な癒術への適性は凄まじい。
明らかな致命傷を負い、瀕死と言えるレベルで追いつめられていたハルマの身体も一瞬で全回復だ。
たった数秒触れていただけなのに、もうどこも痛いところはないのである。
……もっともアルファルドの時のように傷跡だけは残ってしまったが。
「……oh。つ、ついに背中にまで傷跡を付けてしまった……。男の恥の証ともいえる背中の傷を……。……いや、待てよ? でもこれはお腹から貫通した槍の傷だから、ワンちゃんこれも向こう傷判定になるんじゃないか!? どう思うホムラ!?」
「何の質問? もう……そういう冗談はもっと余裕がある時だけにして。今はそんな状態じゃないでしょ?」
「いや……なんか最近こういうこと多いから少しで場の雰囲気を和らげようかなと思ったんだけど……。余計なお世話だった?」
「うん、凄く余計なお世話」
「そっすか……」
ハルマの気遣いを無慈悲に切り捨てるホムラ。まあ、実際余計な気遣いだったのでこれはしょうがない。
さて、ホムラは一呼吸した後少し周りの状況を観察。そしてその後はその視線をハルマに戻し、いつもの困った弟を見る姉のような視線でハルマを睨んできた。
「……で? これはどういう状況なの?」
「あ、えっとですね。実は雪崩に巻き込まれた後、奇跡的に生き延びて。それで雪の集落で世話になってたんだ。で、数日経って身体が治ったからホムラ達を探しに行しにいって、それで入ったこの洞窟でアイツを遭遇し……」
「その後、いろいろあってあの瀕死の重傷?」
「……はい」
「もう……、どうしていつもいつも少し目を離すと貴方は傷だらけになっちゃうの? なんかもう毎回じゃない?」
「そ、そうね」
思い返すと確かにその通り。
ホムラとはぐれた時、ハルマは毎回怪我をしている気がする。
ワンドライの時も、シックスダラーの時も、竜の谷でもそうだった。
「……。ねえ……もしかしてハルマ、貴方自分から怪我しに行ってる?」
「――!? いや、流石にそんなことしてないわ! ……え、何!? 俺、そんなドMにみたいに見える!?」
「そう言えば今回もお前、自分から前線に出るって言ったよな」
「ジバ公!? 突然会話に乱入した挙句、良くない方向性に会話を運ぶの止めてくれないかな!?」
なんかずっと黙っていると思っていたら、とんでもないタイミングで会話に参加してきたジバ公。
流石にハルマも『実は自分から好き好んで傷つきに行っている』と思われるのは嫌なのだが……ジバ公はまるでそれを理解した上で嫌がらせかをするかのようにとんでもない発言をかましてきた。
……まあ、確かに自分から前線に出ると言ったのは嘘ではないが、今の言い方では絶対思い切り勘違いされてしまう。
「ていうか、お前には俺が前線に出る理由をちゃんと話しただろうが!!!」
「……そうだっけ?」
「そうだっけじゃねえよ!!!」
状況の緊迫さも忘れ、ハルマとジバ公はくだらないことで揉め始める。
まあ、そんな馬鹿げた光景はハルマ達からすればよくあるいつもの光景なのだが、
「え、えっと……。あの……」
「……あ、ごめんなさいシャンプーさん。まだ何も言ってなかったですね。ついうっかり忘れてました……」
「あ、いえ。こちらこそす、すみません……」
シャンプーからすればそれは知らない光景だ。……というか、彼女からすれば突然乱入者が現れ、そしてその乱入者とハルマ達が親し気な会話し始める……など、それ以上に訳が分からないことばかりが起こっていた。
結果、何をどうすればいいのか分からず、シャンプーはただその場でオロオロしていることしか出来なかったのだが、今になってようやくハルマもそんな彼女のその様子に気付く。
「えっと、この人はホムラ。俺達が探してた旅仲間です。で、向こうで戦ってるのも同じ旅仲間で、ソメイっていいます。ソメイの方は知ってるんじゃないですかね?」
「はい、ソメイさんは知っています。聖王国の騎士様ですよね?」
「そうですそうです」
流石、別の大陸にまでもその名が伝わるだけはある。
この雪原地帯の奥に住まうシャンプーにもソメイ・ユリハルリスの名はしっかりと伝わっていた。
と、そんな訳でようやく相手の素相が分かったシャンプーはホムラに軽く一礼した後、自己紹介を始める。
「……あ、申し遅れました。私、雪の集落に住んでいるシャンプー・トラムデリカといいます。よろしくお願いします、ホムラさん」
「はい、よろしくお願いします。シャンプーさん」
「……えっと、それで」
「ん?」
「その、ソメイさんに加勢しなくてもよろしいのですか? その、思い切り戦っていますが……」
「ああ」
まあ、突然の疑問だろう。
こちらを殺そうとしてきた相手と仲間が戦ってくれている状況を前にして、こっちはこっちで馬鹿騒ぎしていたらそりゃ不思議に思うのも当然だ。
だが、今回はこのままで問題はなかった。何故なら、
「それは大丈夫ですよ。ソメイはメチャクチャ強いんです、だから俺達が前に出るだけ多分余計に足手纏いになっちゃうんですよね。それに……」
「それに?」
「ソメイは必要以上に相手を傷つけたりはしない奴ですから。ちゃんと穏便に解決してくれますよ」
戦っているのは他でもない、白昼の騎士ソメイ・ユリハルリスだから。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ぐっ……」
そして、それから約5分後。事はほぼほぼハルマの予想していた通りになった。
ソメイとアトリスは交戦し、結果はソメイの圧勝。
だが、彼はハルマの信頼通りアトリスに必要以上の傷を負わせることはなく、彼を束縛。
結果、現在アトリスは縛られた状態でソメイを睨んでいる状態だ。
そんなアトリスと対面している彼の元にハルマ達も移動し、アトリスの様子に注意しつつソメイに声を掛ける。
「……ありがとうな、ソメイ。また助けてくれて」
「いや、僕は当然のことをしただけだよ。そんなことにまで礼を言う必要はないさ」
「そんなこと言うなよ。言われた礼は貰っておけ、いいか? 世の中には受け入れないと永遠に言い続ける人も居るんだぞ」
「?」
遠い目をしながら雪の集落でのリンスとの一幕を思い出すハルマ。
もちろんホムラとソメイはそのことを知らないので、言われても分からず首を傾げるばかりなのだが。
「――ねえ」
とその時、そんなハルマ達の雑談の間に割り込む不機嫌な声が。
その主は言うまでもなく……目の前で縛られているアトリスだ。
彼は分かりやすく不快感MAXの顔でハルマ達を睨んでいる。
「……あのさ、そういう会話は後にしてくれないかな? 僕は負けたんだ。ならさっさと殺せよ、情けなんかかけるな」
「あ、いや、何度も言うけど俺達は別にこの洞窟を奪いに来たわけじゃないんだ。ただ人探しにちょっと入っただけ。それももう済んだから、今すぐにでも出ていくよ。ごめんな、ここがお前の洞窟だとは知らなくてさ……」
「……」
アトリスの発言に対し、素直に自らの無知を謝罪するハルマ。
その発言にアトリスは先程までのように痛烈な反論をすることなかったが……。それでも彼の表情は変わらない、相変わらずこちらに向けているのは圧倒的な敵意だけだ。
「……じゃあさっさと消えてくれないかな。ここは僕の場所なんだ、誰かが居るってだけで不愉快だ」
「……分かった。じゃあ、邪魔して悪かったな。もうここには誰が無許可で入ってこないように言っておくよ。それじゃ」
「あ、あの……!」
アトリスに言われた通り、そのまま素直に洞窟を出ていこうとした一行。
だが、そんな彼らをシャンプーが引き留める。
「どうかしました?」
「えっと。一つだけ、彼に聞きたいことがありまして……」
「?」
「あの、貴方はしきりにここを『僕の場所』だと言いましたよね? でも、この洞窟は確かに数か月までは誰も居ない洞窟だったはずなんです」
「……」
「えっと、話したくなかったら良いんですけど……。アトリスさん、貴方は……一体これまでに何があったんですか?」
真摯にアトリスに質問するシャンプー。その表情には決して『敵意』や『侮蔑』の感情はなく、あるのは純粋な『疑問』と少しの『思いやり』だけだった。
……それが、アトリスにも伝わったのだろうか。
「……、……僕は。僕は元々住んでいた場所を追い出されて、ここに行き着いたんだ」
「――!」
なんと、彼は皮肉や嫌味なしにシャンプーの質問に返答してくれたのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「僕は元々、この雪原地方の別の洞窟に仲間達と住んでいた。特に裕福ではなかったけどそれでもそれなりには楽しい日々を過ごしていたんだ」
先程までとは打って変わって素直に語るアトリス。
そんな彼は思わずこちらがつられてしまうくらい辛そうで、そして寂しそうな顔をしながら、己の過去を語っていく。
「でも、それは突然終わりを迎えた。……ある日、洞窟の外に出てみたら一人の男が居たんだ。ソイツは他に誰も居ないのに、一人で雪原をうろうろしてて……。変に思って話を聞いてみたら「道に迷って困ってる」って言ったんだ。だから僕はソイツを洞窟に一晩泊めてやろうと思って、洞窟に案内した。……それが騙されているとも知らずにね」
「どういうことだ?」
「ソイツは最初から迷っていた訳じゃなかったのさ。それどころか洞窟を奪いに来たあくどい悪者だったんだよ。……でも、僕はそれに気づかずソイツを案内しちまった。結果、その日の夜僕達が休んでいる隙にソイツは僕らを奇襲、僕以外は全員やられて、僕も洞窟を追い出された」
「……その後、見つけだのがここ。……ってことか?」
「そういうことだよ」
「……」
……だから、彼はここに誰かが入ってくることを必死に拒んだのだろう。
確かに困っていている人を助けたつもりだったのに、その相手に騙されたとあらばもう他人が信用出来なくなっても無理はない。
故に、彼はこちらの言葉を受け入れることもなかったのだ。
そんな彼の辛い過去にハルマ達は何も言えなかった、いな言わなかった。
きっと慰めは余計に彼の不快感を買うことになるだろう。
彼はハルマ達に『同情』なんて求めてはいないのだ。
「……もういいだろ? 話してやったんだから、さっさと出て行ってくれよ」
「……」
「そしてもう、誰もここに入れないでくれ。僕は一人になりたいんだ。もう誰も信じないし、信じたくない。絶対に、絶対に……」
悲痛に呻くアトリスの涙声が洞窟に響く。だが、ハルマ達にはそれを止める方法はなかった。
故に、それが一番の正解ではないと分かっていても。
そこにアトリスを一人残し、悲しい声を背中に受けながら洞窟を出ていくことしかハルマ達には出来なかった。
それが、一番正しい行動ではないと、分かっていても。
それ以外に出来ることは何もなかった。
【後書き雑談トピックス】
やたら『傲慢』という言葉を口にするアトリスですが、別に彼は【傲慢】の使徒だったりはしません。
まあ使徒だったらもっと強いですし。
次回 第77話「心を掴む恐怖」
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